第419話
サンドワームの解体が終了し、素材を剥ぎ取り終わった残りもレイが貰い受け、既にミスティリングの中へと収納されている。
最初にレイと出会った時に倒した3匹を丸々収容した時にも驚いたプレアデスだったが、それでも倍以上の合計8匹のサンドワームを収納しているのを見ればさすがに驚きの表情を浮かべざるを得ないし、それはオティスやシャールも同様だった。
だが、レイはそれを気にした様子も無くサンドワームの血で汚れた砂の地面を見回し、プレアデス達へと声を掛ける。
「取りあえず一旦ここを離れないか? ここにいれば他のモンスターが襲ってくる可能性もある。この階層にいるモンスターは、同じダンジョンのモンスターでも襲うってさっき言ってただろ?」
「あ、ああ。そうだな。これからどうするのかを考える為にも、一旦ここから離れよう」
プレアデスもレイの言葉に同意し、そのまま5人は上空を警戒しているセトと共に20分程進んだ先にある高さ5m程の大きめの岩のある場所へと向かう。
そしてレイ達が立ち去ってから少しして……その場にはサンドワームの血の臭いを嗅ぎつけたサソリ、オオカミ、鳥、蜘蛛、蛇といった姿に近いモンスターが現れ、しかし食べるべき死体は存在しておらず、その代わりに集まってきた他のモンスターへと向かって攻撃を開始する。
「うわぁ……凄い、美味しい、冷たい、美味しい、綺麗、美味しい!」
岩の近くまで到着した一行は、サンドワームの解体で汚れた手や顔を洗うべくレイが流水の短剣で生み出した水に喜びの声を上げていた。
特にオティスは、手を洗った後にふと流水の短剣から生み出されている水を飲んだ瞬間に思わず叫ぶ。
その叫んだ声の中に『美味しい』という声が何度も混ざっていたのがオティスの正直な気持ちを表しているのだろう。
「本当だ、美味い……まさか砂漠でこんな水を飲むことが出来るなんて……」
「ちょっと、何なのこの水!?」
プレアデスとシャールもオティスの言葉を聞いて水を飲み、思わず呟く。
「ふふっ、まぁ、レイの魔力があってこその味だがな」
外套の下で笑みを浮かべたエレーナの言葉に、レイはミスティリングから取り出したコップやセトが飲みやすいような深めの皿に入れながら小さく肩を竦め、上空を飛んでいるセトへ呼びかける。
「セト! 少し休憩するから降りてきてくれ!」
「グルルルルルゥッ!」
レイの声に喉を鳴らし地上へと降りてきたセトは、水の入った皿へとクチバシをつけて冷たい水の味を楽しむ。
そんな様子を見ながら人数分のコップへと水を入れ、手渡していくレイ。
丁度岩の影で日陰になっているので、それぞれが流水の短剣から生み出される、冷たい甘露ともいえる程の水の味を楽しみながら一休みする。
「ねぇ、レイ。水が出てるのを見ると、その短剣はマジックアイテム?」
日陰の中でほっと一息吐きながらシャールがレイへと尋ねてくる。
その視線の先に岩に立てかけられている流水の短剣があるのは、やはり魔法使いだけにマジックアイテムが気になるのだろう。
「そうだ。流水の短剣というマジックアイテムで、魔力を使って水を作り出す能力を持っている。本来なら水を自由自在に操って水の鞭とかのようにして戦うことが出来る戦闘用のマジックアイテムなんだが、生憎と俺は炎の属性に特化されているらしくてな。使えることは使えるけど、飲み水やら何やらくらいにしか使えない」
レイの説明の言葉だけで、視線の先にある短剣がどれ程のレベルのマジックアイテムなのか理解したのだろう。シャールはゴクリと息を呑む。
そのまま岩に立てかけられている短剣へと手を伸ばしながらレイへと尋ねる。
「ね、ちょっと使わせて貰ってもいい?」
「ああ、構わない」
「……聞いたあたしが言うのもなんだけど、そんなにあっさりと貸してもいいの? 正直、この短剣があればそれだけで一生遊んで暮らせるだけの価値はあるわよ? あれだけの味の水なんだもの」
シャールの言葉に、レイは小さく笑みを浮かべつつ肩を竦める。
そんなレイの横では、こちらもまたレイ同様にエレーナが笑みを浮かべていた。
「使ってみれば分かるさ」
その言葉に小首を傾げたシャールは、レイに言われたとおり短剣へと手を伸ばして魔力を流す。瞬間、短剣に魔力を吸い上げられる感触があり、刀身の先端から水が流れ出る。
「ほらシャール、コップ」
「ありがと」
オティスから受け取ったコップに水を溜め、慎重に口をつけ……次の瞬間に思わず眉を顰める。
確かに水だ。それは間違い無い。だがコップの中にある水は、最初にレイから手渡されたものと比べると圧倒的に味が落ちていた。例えるのなら一流の絵描きが書いた絵画と、ちょっと絵心のある素人が描いた絵画。どちらも絵であるというのは同じであっても、その2つには明らかに差があるように。
「……何で?」
「簡単だ。その流水の短剣は、使用者の魔力の量や質で生み出す水がどのようなものかが決まる」
「……それってつまり、普通の魔力量や魔力の質程度だと飲料用としては使えないってこと?」
「そうなるな」
あっさりと頷かれたレイの言葉に、シャールは残念そうに溜息を吐く。
普通であれば多少なりとも嫉妬の視線を向けるところなのだが、そんな様子が無いことに思わずレイは感心する。
ともあれ、砂漠の暑さを岩の日陰で何とかやり過ごしつつ水分補給をして一息吐いたところで、プレアデスが口を開く。
「ところで聞きたいんだが、レイとエレーナはこのまま地下11階層の探索を続けるのか?」
そう尋ねたプレアデスだが、内心ではかなり緊張している。サンドワームとの戦いで魔力や体力を消耗している以上、出来ればこのまま過剰とも言える戦闘力を持っている2人と1匹――レイの懐に入るイエロは取りあえず数に入れていないらしい――に護衛をして貰いたいというのが正直な気持ちだったからだ。
それは同時にオティスとシャールも同様だったのだろう。2人共がじっと視線をレイとエレーナへと向けている。
一瞬だが確実に周囲に緊張を伴った静寂が走り……だが、エレーナはそれをあっさりと破って口を開く。
「なるほど。確かに今のお前達の戦力では少数の敵ならともかく今回みたいに一度に10匹近いモンスターに襲われれば危ないか」
「いや、普通のパーティでも10匹近いサンドワームに襲われたら普通は逃げるから」
思わずといった様子でオティスがエレーナに突っ込み、そのおかげでどことなくリラックスした雰囲気になる。
あるいは、これを狙ってやったとしたのならオティスはかなりのやり手と言えるだろうが……
(素、だろうな)
笑みを浮かべているオティスの表情を見て内心で判断するレイ。
そのまま小さく肩を竦め、これからどうするべきかを考える。
確かにプレアデス達をこのまま放り出すと後味が悪いだろう。それに砂漠での行動に慣れているというのは移動途中に聞いた話でも明らかであり、知己を得ておくというのはそう悪い選択肢でも無いように思えた。
一応確認の意味も込めてエレーナの方へと視線を向けるレイだが、そこでは判断は任せるとばかりに視線を返される。
セトはと視線を向けるも、喉を鳴らしながらまだ水を飲んでいる。
そのまま数秒考え、やがて口を開く。
「分かった、ようはダンジョンを出るまで護衛して欲しいってことだろ? 確かにここで見捨てるのも後味が悪いし、サンドワームの素材に関しても大分譲って貰ったのを考えると護衛を引き受けてもいい。ただし、俺達は地下12階に降りる階段に向かう予定だ。魔法陣で転移するにしても、地下12階の小部屋になると思うが、それでもいいか?」
「あ、ああ。それでいい。こっちとしても願ったり叶ったりだ」
レイの言葉に思わず安堵の息を吐くプレアデス。だが、レイの言葉はまだ終わっていなかった。
「そうだな、ついでと言っては何だが護衛する代わりにもう1つ頼まれて貰おうか」
その言葉で、再びプレアデスの顔が緊張に包まれる。何を要求されるのかと。
だが、レイの口から出たのはプレアデスが予想していた最悪の事態――有り金全部、奴隷になれ、女を寄越せ等――といったものとは全く違うものだった。
「どうせ砂漠を進んでいる間は暇なんだ。俺達はこの階層に降りてきたばかりなんだし、この地下11階層から暫く続く砂漠の階層で気をつけるべきことを教えて貰えると助かる」
「……それで、いいのか?」
「うん? 俺はそれでいと思うが……他に何か要求するものがあるか?」
「いや、私もレイの意見に異論は無い」
「……そうか、そう言ってくれるとこっちとしても助かる」
改めて安堵の息を吐くプレアデス。
それはオティスやシャールも同様だった。
そんな3人の様子にエレーナは首を傾げ、レイは何となく納得したように頷くがそれ以上は口に出さない。
そのまま10分程の休憩の後、改めて5人は地下12階へと向かうべく歩みを再開するべく立ち上がる。
「グルゥ?」
「ああ、悪いがセトはさっきまでと同じく上空から周囲の様子を警戒してくれ。何かあったらすぐに知らせて欲しい」
「グルルルルゥッ!」
セトにしても、レイが流水の短剣で作り出した甘露とも言える味の水を飲んで元気が出たのだろう。翼を大きく羽ばたかせながら空へと駆け上がるようにして昇っていく。
「うわっ、元気ね」
そんなセトの姿を下から見ながらオティスが呟き、シャールもまた同意するように頷く。
ただし、その視線はセトではなくレイがたった今ミスティリングの中へと収納した流水の短剣へと向けられていたが。
「あれだけ美味しい水を飲めるのなら、そりゃあ気力も体力も回復するでしょうよ。……普通に高級な料理を出すお店に行っても、あのレベルの水を飲むのはまず不可能だし。それこそ金貨を払ってでもね」
「そうかもな。それを考えれば、私達は随分と恵まれているんだろう。……さて、それよりもそろそろ歩みを進めようか」
エレーナの言葉に全員が頷き、そのまま岩の陰から砂漠へと向かって足を踏み出す。
そして岩の陰から砂漠へと1歩を踏み出した瞬間、再び強烈な太陽光が降り注ぎ始める。
「ったく、たまには曇ったりしないのかね?」
「ダンジョンであまり無茶を言わないでちょうだい」
プレアデスの言葉にシャールが突っ込みつつ、砂漠を歩き始める。
レイとエレーナだけであれば、ただひたすら真っ直ぐに地下12階への階段がある方向へと進んでいたのだろうが、今回はこの階層に関してはベテランでもあるプレアデス達がいる。よって、歩きやすいと言われている砂漠の峰にそって進むことになった。
「……確かに砂がある程度固まっていて歩きやすいな」
「だろ? ただ、俺達が歩きやすいってことは当然それ以外、モンスターなんかも歩きやすいってことだから注意が必要だ」
呟き、視線を自分達が歩いている峰の先へと向ける。
一見するとただの砂が風によって作られた模様が描かれているだけに見える砂漠だが、先頭を歩くプレアデスの動きが止まったのを見た全員がその視線を追う。
「何かある?」
「ちょっと、なんで私達の仲間のあんたが分からないのよ」
シャールとオティスの会話を横で聞きつつも、レイは口を開く。
「蛇……か?」
「正解。よく分かったな。モンスターにしても、ここは人が通りやすいと知っている。そうなれば当然ここで待ち受けるのが獲物を得る為には最も効率がいいと判断する訳だ」
プレアデスはそう言葉を発しながら、どうする? とばかりにレイとエレーナへと視線を向ける。
その視線を受け、レイは小さく頷いて前へと1歩踏み出す。
この先ずっとプレアデス達と共に進むのでは無い以上、何をするにしても自分達で対処できるようにしておいた方がいいと判断した為だ。
デスサイズを片手に、魔力を集中させていく。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
呪文の詠唱と共に、デスサイズの刃の近くに30cm程の炎の塊が生成される。
レイが放つ魔法の中では比較的詠唱が短いのだが、それでもレイのイメージを基にした魔法構築力と、その莫大な魔力を用いている為にかなり高い威力を持つ。
『火球』
その言葉と共に完成した魔法はレイがデスサイズを振るうのと同時に放たれ、一見すると何も見えない場所へと飛んでいく。
そこに何があるのか……否、いるのかを知っているシャール以外の者は一応警戒して武器を構え、それを見たシャールもまた持っていた杖を構え、残り少ない魔力でいつでも魔法を発動できるようにするが……
轟っ!
着弾した火球は、短い詠唱で唱えられた魔法とは思えぬ程に強力な爆発と業火を周囲へと撒き散らかし、レイ達の隙を狙っていた体長2m程の蛇は何をすることもなく、一瞬にしてその命を散らすのだった。
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