第420話

「サンドスネークを一撃とはね。さすがにレイの魔力と言うべきかしら」


 レイの放った魔法により文字通りに一撃で粉砕された蛇型のモンスター、サンドスネークの死体を見ながらシャールが呆れたように呟く。

 ただし、その呆れは多分にレイの馬鹿げたと表現してもいい魔法の威力についてだ。

 シャール自身もレイと同じような魔法は当然使える。何しろ、地水火風その他諸々を矢や弾の状態で撃ち出す魔法というのは、基本と言ってもいいのだから。だが、レイの場合はそこに込められている魔力の差や構成される術式、イメージの差によって明確な程に他の者が使う魔法とは一線を画す威力を有している。


「……ちょっとやり過ぎたけどな」


 シャールの称賛と言ってもいいような言葉を聞きつつも、目の前に広がっているサンドスネークの死体を前に小さく肩を竦める。

 幸い素材として最も高値で売れる――レイの場合は売るつもりは無いが――魔石は無事だったが、それ以外の素材は討伐証明部位も含めて諦めるしか無い程に砕け散っていたのだから。

 寧ろプレアデスやオティスにしてみれば、よくあの爆発で魔石が無事だったと不思議がる程だった。


「ま、まぁ、油断してパクリといかれるよりはいいんじゃないか? 結構強い毒を持っているし。……ああ、そう言えば砂漠のある階層では毒を持つモンスターが多く出てくるけど、その辺の対策は?」


 チラリ、エレーナへと視線を向けて尋ねるプレアデス。

 尋ねる相手がレイではなくエレーナである辺り、下心がある……という訳では無く、ただ単純にエレーナの方が背が高いので年上に見え、しっかりしていると判断したのだろう。

 それを察したレイが若干不本意そうな表情を浮かべているが、過剰攻撃とも言える魔法でサンドスネークを粉砕してしまった以上抗弁することは出来なかった。

 エレーナはそんなレイの様子に小さく笑みを浮かべつつ頷く。


「昨日のうちに砂漠で使う解毒薬を含めて購入してある」

「ならそれ程問題はないか。いや、中にはいるんだよ。今までに購入した解毒薬の類を持っているから、わざわざこの階層用に別途買う必要は無いって奴が」


 そして、大抵そういう奴等はこの砂漠の毒で痛い目に遭う。そう告げるプレアデスだが、その顔には苦い色が浮かんでいる。


(あるいは、この男自身の経験なのかもな)


 そんな風に思ったエレーナだったが、本人が口に出さない以上わざわざ口にする必要も無いだろうと判断して口を噤む。


「さて、じゃあ進むか。この調子で進めば2時間も掛からずに地下12階の階段に到着する筈だが、油断はしないようにして行こう」


 プレアデスの声に従い、レイ達はそのまま砂漠の峰を辿るようにして進んでいく。

 そんなレイ達の上空ではセトが周囲を警戒するように空を飛んでいたが、さすがに相手がグリフォンだと知ると砂漠のモンスターも手を出すような真似はしないのだろう。鳥に似たモンスターが数匹砂漠の空を飛んでいたが、セトへと攻撃を仕掛けてくることは無かった。

 そのまま一行は護衛を引き受ける時約束したように、砂漠で行動する上で最低限知っておくべきことや、知っておけば便利なことといったものを話したり、聞いたりしながら砂漠を進んでいく。


「つまり喉が渇いたって感じた時にはもう遅いのよ。そうなる前に小まめに水分補給をしていくのが大事なの。……もっとも、レイさんが持っている流水の短剣の水を好きに飲めるなら脱水症状とかの心配はしなくてもいいんでしょうけど」


 羨ましそうに自分へと視線を向けるオティスに、エレーナは苦笑を浮かべるだけで何も口には出さない。

 レイの持っているミスティリングのおかげで、自分達がどれ程ダンジョン攻略で有利なのかを理解しているからだ。

 そして、それから暫くして更にそれは証明されることになる。


「……ちょっと腹が減ってきたな。そろそろ昼食にしないか?」


 レイがそう口にしたのだ。

 それを聞いたプレアデスは、困惑したような表情で周囲を見回す。

 現在歩いている周辺には少し前に休憩したような岩の類も無い。かろうじて峰のおかげで若干の日陰はあるが、それもあくまでも多少でしかない。直射日光に当たりながら食事をするというのは遠慮したいというのがプレアデス達3人の本音だった。


「確かに腹は減ってるけど、この環境で昼食というのはちょっと遠慮したい。このまま歩き続ければ後2時間もしないうちに岩のある場所に出るから、そこまで待たないか?」


 地下11階から15階までの、砂漠の階層を中心として活動しているプレアデスにしてみれば当然の提案だったのだが、レイにとっては日差し程度のことは全く問題にせず周囲を眺め、ある程度平らな部分を見つけるとミスティリングからマジックテントを取り出す。

 それを見た者の反応は2つに分かれた。

 マジックテントがどのような物なのかを知っているエレーナは笑みを。逆に外見からでは普通のテントにしか見えないので、プレアデス達3人は微かに眉を顰める。

 そんな3人を代表して、プレアデスが口を開く。


「レイ、悪いがこの状況でそんなテントを出しても意味は無い。せめて日陰に移動してからでないと、日光で蒸し暑くなるだけだぞ」

「確かに普通のテントならそうなんだろうが……まぁ、入ってみろよ」

「……意味は無いと思うんだが」


 そう言葉を返しつつ、それでもレイの勧めだからといってプレアデスはテントの中に入り……


「うおおおおっ、何だこれは!?」


 驚愕の声が外へと響く。

 オティスとシャールも気になったのだろう。レイへと視線を向け、小さく頷くのを確認してからテントの中に入り、同様の驚きの声を上げていた。


「確かにこの手のマジックアイテムは貴重だから、あの3人が驚くのも無理は無い。……ところでレイ、見張りはどうするのだ? 確かこのマジックテントで近寄らせないように出来るのはランクD以下だろう? この地下11階層のモンスターはランクC以上が普通にいそうだが」

「だろうな。だからまぁ……セト!」


 地上から呼びかける声に気がついたのだろう。セトが翼を羽ばたかせながら地上へと降りてくる。


「グルルルルゥ?」


 どうしたの? と喉を鳴らしながら尋ねてくるセトの頭を撫でつつ、口を開く。


「俺達は暫くマジックテントの中で昼食を食べようと思うんだが、悪いけどセトは周囲の様子を警戒していてくれないか? 何か危険が迫ったら呼んでくれ」

「グルゥ……」


 レイと一緒に昼食を食べられないことに残念そうに喉を鳴らすが、セトにしてもこの砂漠の階層ではマジックテントで対処出来ないランクC以上のモンスターがいるかもしれないというのは理解していた。それ故に少し寂しいと思いつつも、レイやエレーナの安全を考えればそれがベストだと判断したのだろう。円らな瞳でレイを一瞥し、マジックテントの横に寝転がるのだった。

 幸い峰で日陰になっている部分である為、暑いことは暑いのだが我慢出来ない程でも無いらしくそのまま周囲の様子を警戒しながら目を瞑る。


「悪いな、セト。取りあえずこれがお前の昼食だから味わって食べてくれ」


 ここにセト1匹を残すという後ろめたさもあったのだろう。レイがミスティリングから取り出したのは、港町エモシオンで倒した巨大なモンスター、レムレースのブロック肉だった。外側を強火で焼き上げて中に肉汁を閉じ込めた部分だ。塩と香草だけというシンプルな味付けだが、それがレムレースの肉の味を活かしているといってもいい。


「グルルゥ、グルルルルルゥッ!」


 目の前にある肉から漂ってくる美味そうな匂いに気がつき、喉を鳴らしながら囓りつくセト。

 そんな様子を見ながらレイとエレーナは視線を合わせて小さく笑みを浮かべ、マジックテントの中へと入っていくのだった。






「ちょっと、これってもしかしてマジックテント!?」


 レイ達よりも一足先にマジックテントの中に入ったシャールの叫びが響き渡る。

 一番先にマジックテントの中に入っていたプレアデスは少し離れた場所にいた為にシャールの叫びにも被害は受けなかったが、共に入ったオティスは別だった。

 隣で思い切り叫ばれたその声に、思わず耳を押さえながら叫び返す。


「もっと声の音量を落としてよ!」

「あ、ごめんごめん。……でも、見てよこれ。どう見てもマジックテントだわ。どこでこんなの手に入れたのかしら。普通に買うとなると、光金貨とか必要よ!?」


 窘められた時よりも声は抑えられているが、それでも尚興奮したシャールの声は大きい。

 オティスにしても、珍しげにマジックテントの中を見ていたプレアデスにしても、そんなシャールの言葉に思わず息を呑む。

 ランクDパーティでしかない3人にとっては、光金貨どころか白金貨すら見たことは無いのだ。


「春の戦争に参加した報酬で、だよ」


 そんな風に固まった3人の背後から掛けられる声。その声の主が誰なのかというのは考えるまでも無かった。


「どうやら驚いて貰えたようだな」

「普通は驚くと思うぞ」


 少し自慢げにマジックテントの中に入ってきたレイと、そんなレイの様子に溜息を吐きながら呟くエレーナ。

 ただしエレーナにしてもレイを窘めているのはあくまでも口だけといった様子であり、その視線はプレアデス3人達へと向けられている。


「……春の戦争って言うと、確かベスティア帝国との?」

「レイさんが異名を付けられたのも、その戦争よね?」


 プレアデス、オティスの言葉に頷きつつ、一時の驚愕から我に返ったシャールがマジックテントの中を見回しているのを横目に、部屋の中に入ったレイはテーブルの上に自分達の分の昼食を出しながら頷く。

 テーブルの上に出されたのは黄金の風亭で作って貰った弁当が2つ。ただしどちらもかなりの量で、一般人よりも多く食べる冒険者にしてみても食い切れないだろう大量のサンドイッチがぎっしりと詰まっている。サンドイッチの匂いを嗅ぎつけたのか、あるいはマジックテントの中で涼しいのを感じたのか、レイの懐からイエロも姿を現してエレーナの方へと向かっていく。

 そんなイエロの姿に驚きつつも、テーブルの上に乗っているサンドイッチを見て食欲が刺激されたのだろう。プレアデスの腹の虫が激しく自己主張し始め、それはオティスとシャールもまた同様だった。

 

「ん? 昼食は用意してないのか?」


 流水の短剣とバケツを使って手を洗いながら尋ねるレイに、プレアデスとオティスが苦笑を浮かべ、シャールが眉を顰めて口を開く。


「あのね、普通の冒険者はサンドイッチとかをダンジョンに持ちこまないし、そもそも持ち込めないわ。干し肉とかの保存食が精々よ。ポーターが入れば多少はマシな食料も持ち込めるかもしれないけど、それでも柔らかいパンとかそういうのはまず無理だから」


 がーっとばかりに叫んでくるシャールの言葉に、レイはそんなものかと頷く。

 あるいはこれが普通の冒険者で、ダンジョンという狭い場所で無ければ多少は食糧事情に関してもマシだったのだろう。焚き火をして干し肉を水で戻すといったことだけでも簡単なスープにはなるのだから。

 だが、ダンジョンという限られた空間の中では当然そんな真似は出来ない。寧ろ閉じられた空間でそんな真似をすれば敵を招き寄せる要因にしかならないのだから。

 もっとも、階層全てが砂漠であるこの地下11階のような場所では焚き火をしても敵を招き寄せるといった要因にはなりにくいのだが、プレアデス達の場合はそもそも身軽さを重視してここにいるので、持っている食料と言えば念の為に用意した干し肉やドライフルーツといったものが精々だった。


「……ま、このまま俺達だけで食っても後味が悪いか。しょうがない。ほら、お前達の分だ」


 そう告げ、ミスティリングの中からサンドイッチを――ただし黄金の風亭で作って貰った物では無く、以前に屋台で購入した物――を取り出してテーブルの上に置く。

 ミスティリングの特性として、中に入っているものは時間が流れないというのがあり、テーブルの上に置かれたサンドイッチは随分と前に購入した物にも関わらず、作りたての味だった。柔らかな白パンに、肉と野菜を炒めた物が挟まっているシンプルなサンドイッチではあるが、それだけに腹が空いている状態の時に食べるのには最適だろう。


「い、いいのか?」

「ああ。まさかお前達の前で俺とエレーナだけが美味い物を食う訳にはいかないしな。ま、この階層のことを教えて貰っている情報料だと思って貰えばいいさ」

「……悪いな。護衛の代金として情報を渡しているってのに」


 呟き、小さく頭を下げてサンドイッチへと手を伸ばすプレアデス。

 それに続いてオティスとシャールもまたサンドイッチへと手を伸ばし、5人はダンジョンの中で食べる食事としては最上級とすら言ってもいいような食事を済ませるのだった。

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