第418話

「つまり、こうして砂漠を歩く時は平面じゃなくて、ある程度砂が固まって歩きやすくなっている峰の近くを歩けば体力の消耗が少ない訳だ。この階層に到着したばかりの冒険者なら、普通はまずこうして砂漠という環境に身体を慣らしていくのが普通なんだが……いや、お前さん達2人には言うまでも無いな。普通に砂漠の平面を移動してるし」


 砂漠を歩きながら、プレアデスが地下11階で活動する上で必要な注意を口にする。


「それと、アイテムボックス持ちのレイさんならあまり意味は無いけど、もしこの階層で水が切れたら致命的よ。ただ、その代わりになるのが砂漠に生えているサボテン。普通の砂漠なら毒のあるサボテンも生えているんだけど、幸いこの地下11階層に生えているサボテンは全部水分補給に使える種類なの」


 弓術士のオティスがプレアデスの言葉の後を継いでそう告げ、一段階声を下げながら言葉を続ける。


「ただしサボテンに関しては地下13階層からは注意が必要よ。モンスターがサボテンに擬態していることがあるから、迂闊に近づくと無防備に攻撃されるわ」

「サボテンに擬態? ……まぁ、俺の場合はアイテムボックスを始めとしたマジックアイテムがあるから水に困ることはないけど……それが無くても迂闊に近づきたくは無いな」


 砂漠の砂を運ぶ風に不機嫌そうに眉を顰め、強烈な自己主張と共に照りつける太陽光を遮る為にドラゴンローブのフードをより深く被る。

 そんなレイの懐の中には相変わらずイエロが存在しているのだが、涼しい環境とレイが歩いている一定のリズムが心地よいのだろう。暴れもせずに丸くなって眠りについていた。


「アイテムボックスねぇ。何しろあのサンドワーム3匹が瞬時に消える様子を実際にこの目で見たんだから、信じないわけにはいかないわよね」


 レイの言葉に魔法使いのシャールが思わずといった様子で口を挟む。

 レイやセト、エレーナの存在で散々驚いていたシャールだったが、サンドワームがアイテムボックスに収納されるのを直接その目で見て以降は驚きも麻痺したのか、通常の状態へと戻っていた。


「そうだな、実際レイの持っているアイテムボックスにはこれまで散々助けられているな」

「でしょうね。そもそも、普通のパーティなら倒したモンスターの素材だけを剥ぎ取るのが普通よ。少なくても体長5mを超えるサンドワームを丸々3匹確保するなんて真似は、余程大所帯の……それも幾つものパーティが集まった、何十人単位で行動している集団じゃ無きゃ無理ね。特にこのダンジョンの中だと移動速度が生死に直結するし」

「俺達にしたところで普段はポーターがいるけど、そのポーターも専門のポーターじゃなくて戦士と兼任って感じだしな」


 持っていた槍の柄を右肩で担ぎながら、プレアデスがぼやくように言う。

 本人達にしても、やはり取れる素材を全て持ち帰ることが出来ないというのは色々と勿体ないと思っているのだろう。


「いや、でもここでレイさんやエレーナさん達に出会えて助かったけどね。今の私達だけじゃ、戦力的に不安があるから折角倒したサンドワームの素材を剥ぎ取れずにむざむざと見逃すことになっていただろうし」


 そう、現在オティスの言葉通りレイやエレーナはプレアデスのパーティと行動を共にしていた。 

 大きな理由として、プレアデス側としてはオティスが口にしたようにサンドワームの素材を見逃す手は無かったこと。レイ達としては、向かう先が地下12階へと続く階段と方向的にそれ程違わないことや、プレアデス達が持ち帰れないサンドワームに関しては自分達が貰えること、そして何よりも砂漠の階層を攻略する上で必要な情報を教えて貰えるという見返りがあった為に引き受けることになったのだ。


「それと、砂漠の階層は基本的に罠が無いから、その辺は安心してもいいわ。だからこそ今日の私達も盗賊を連れてきてないんだし」

「ふむ、それはありがたい情報だな。私もレイも戦士や魔法使いとしてはそれなりに自信があるが、罠の類に関してはやはり本職には及ばなくてな」

「え? でも、じゃあここまでどうやって降りてきたの? 洞窟の階層には結構危険度の高い罠が仕掛けられているのに」


 エレーナの言葉を聞き、オティスが小さく目を開く。

 だが、次の瞬間には納得したように頷きを返す。


「ああ、なるほど。聖光教の盗賊を雇ったとか? 確かにちょっと高くつくけど、それでも基本的に腕は確かだしね」

「いや。レイが宗教の類を好んでないので、残念ながら私達はそっちとは無関係だ」

「……なら、どうやって?」

「ちょっとした伝手があってな。数階程度だが知り合いの盗賊と一緒に行動することが出来たから、その時に大体の罠の見分け方だけを教えて貰って、後は罠を見つけたら解除せずに回避しながらきた」


 ビューネの名前を出さないのは、一応フラウト家という存在を思ってのことだ。

 そんな風に女同士の会話というには些か物騒な会話をしている横では、シャールがレイへと繰り返し質問をしている。


「ね、魔法の構築イメージはどんな風に行っているの? それと魔力運用に関しては……」

「どんな風にって言われてもな。基本的にはイメージ通りにとしか答えようが無いんだが」

「え? それはちょっと無理でしょ。普通なら炎の矢を50本以上……それも自分の思い通りに操るなんてまず無理よ? あたしの場合はどう頑張っても10本が精々。しかも、矢の数を増やせば増やす程加速度的に消費魔力が大きくなるもの。それなら矢なんて使わないで、もっと殲滅力の大きな魔法を使うわ」


 レイの答えが自分の期待したものではなかったのか、不機嫌そうに口を尖らせているのが外套を被っていても見える。


「そう言われても、想像力の差としか言えないな。魔力運用に関しても殆ど力業に近いし」


 そもそもレイが使っている多種多様な炎の魔法は、その殆どが地球にいる時に読んだ漫画や小説、アニメ、ゲームといったものからヒントを得ている。絵や文字、あるいは映像化されているのを直接読んだり見たりしてきただけに、レイの中では同じような魔法を放つのはそれ程難しいことではない。

 勿論全てがそのままという訳では無く、ある程度の変化はつけているのだが。

 そして魔力に関しては、魂の状態となって感情が薄くなっていたゼパイルですらも驚く程の量を持っているのだ。その魔力量にものを言わせ、イメージ可能な魔法の術式を構築して放つ。……と言うのがレイの魔法のプロセスであり、そのイメージと魔力量の2つが揃ってこそ可能なことである以上、普通の魔法使いにレイと同じような魔法を使うというのはかなり難しい。


「ちょっと、シャール。あまり無理を言わないでよ。ただでさえ私達はレイさんやエレーナさんの好意に甘えている立場なんだから」

「……分かったわよ。けど、いい? 今度1回あたしにきっちりとあんたの魔法に対する考え方を教えるのよ。いい?」

「機会があったらな」


 シャールの態度が目に余ったのかオティスが窘めるが、シャール本人はどこ吹く風とばかりにレイに言い募る。

 もっとも、それに対するレイの態度は素っ気ないものだったが。

 そんな風に賑やかに会話をしながらも砂漠を進んでいくと、やがて砂漠に倒れているサンドワームの死体の姿が見えてくる。


「お、どうやら無事なようだな。良かった」

「時間が経てば他のモンスターの餌になったり、あるいは冒険者がサンドワームの死体を見つけて自分達で素材の剥ぎ取りをしたりするからね。もっとも、その場で死体を放置して逃げ出した以上、文句は言えないんだけど」


 砂漠に横たわっているサンドワーム5匹の死体を見てプレアデスが安堵の息を吐き、同様にオティスもまた頷きつつも自分達の運の良さに感謝する。

 シャールは未だにレイへと向けて未練がありそうな視線を向けていたが、プレアデスが早速とばかりに自分の解体用のナイフを取り出しながら促す。


「ほら、シャール。さっさと素材の剥ぎ取りを行うぞ。5匹もいるんだから、それぞれ皆で協力してやっていかないと」

「……分かったわよ」

「なら俺達は周囲の見張りをしておこう。セトもいるしな」


 上空で周囲を警戒していたセトだが、レイ達の歩みが止まったのを理解したのだろう。翼を羽ばたかせながら地上へと向かって降りてくる。

 その羽ばたいた翼の風圧で粒子の細かい砂が周囲へと飛び散るが、幸い羽ばたく方向をきちんと考えていたおかげか、その場にいる者達に砂が掛かるといったことはなかった。


「グルルゥ?」


 どうしたの? と小首を傾げながら喉を鳴らすセトの愛らしさにオティスが思わず見とれる。

 だがセトに対してそのような行動をとる人物は多くいるので、レイは特に気にした様子も無くその頭を撫でながら耳元で囁く。


「プレアデス達がサンドワームの素材を剥ぎ取るから、俺達はその間周囲の警戒だ」

「……とか言いつつ、本音は素材の剥ぎ取り方を見ておきたいのだろう?」

「まぁ、それは否定しない」


 言葉を挟んできたエレーナに向かい、身も蓋も無く頷くレイ。

 その言葉を聞いて思わず苦笑を浮かべたプレアデスだったが、素材の剥ぎ取りに集中している時というのは周囲への警戒が疎かになるのも事実。それを考えれば、自分達が素材を剥ぎ取るのを見て覚えるといったことで安全が確約されるのなら文句の言いようも無かった。いや、寧ろ安い買い物であるとすら言えるだろう。


(何しろ、あの深紅が護衛についてくれるっていうんだからな。安全が約束されたも同然だ)


 噂や異名だけではプレアデスがここまでレイの戦闘力を信頼することは無かっただろう。だが、自分達が苦戦したサンドワーム3匹のうち2匹を瞬殺したのを直接その目で見ているのだから、レイの戦闘力は疑う余地も無い。

 それだけではなく、グリフォンであるセトや連接剣という非常に珍しい武器を自由自在に操るエレーナもいるのだから。


「じゃ、精々勉強してくれ。ただ、そうは言っても周囲の警戒は頼むな」


 意図的に軽い口調でそう告げ、オティスとシャールの2人を促して早速とばかりにサンドワームの解体へと取り掛かった。

 どのサンドワームも体長は5m以上あり、素材の剥ぎ取りには手間が掛かる。それ故にまず最初にやるべきは討伐証明部位でもある舌の先端部分を切り取っていくことだ。次にやるのは素材の剥ぎ取り。まず口の中に生えている牙の中から、一定以上の長さを持つ牙だけをプレアデスが解体用のナイフではなく、持っていた槍を使って綺麗に切断する。

 鎧すらも噛み砕く牙なので、普通の解体用のナイフでは切断出来ないのだ。当然それ程の硬度を誇る牙なので、腕の悪い戦士であればそもそも切断することすら不可能なのだが。

 プレアデスが牙を切断している場所から少し離れたところでは、オティスとシャールの2人が協力してサンドワームの腹を裂き、心臓から魔石を取り出している。

 次にやるのは、サンドワームの腹の部分から生えている足の先端部分。これはある程度の力があれば可能らしく、3人がそれぞれ手早く切り取っていく。そして頭部に1つだけある眼球を取り出し、水晶体の部分をシャールが取り出したビーカーの中へと保存。

 一応ランクDモンスターということもあって肉の味はそれなりなのだが、さすがにサンドワームの肉を食いたいとは思わないらしく、売るにしても特殊な店でしか買い取ってくれないということもあって、プレアデス達は満場一致でレイへと譲ることにする。

 とは言え、レイはともかくセトは虫でも普通に食べる。それを考えれば、レイにとってもそれ程悪い話では無い。

 最後に錬金術に使える内臓を数種類程確保し、ようやく1匹目の素材剥ぎ取りが終わるのだった。

 ここまで素材の剥ぎ取りを始めてから10分も掛かっていない。さすがにベテランのパーティと言うべきか、それぞれが自分のやるべきことをきちんとやっており、その解体速度は非常に素早い。

 それは気が進まない様子だったシャールも同様で、その手際はさすがに戦士であるプレアデスに比べれば劣ってはいるものの、それでもやるべきことを既に知っている分、毎回調べながら剥ぎ取りをすることの多いレイよりもスムーズだった。

 それでも残り4匹それぞれの素材を剥ぎ取るのに10分ずつを掛ければ合計50分。1匹10分というのも、あくまでも目安でしかない以上はなんだかんだ言いつつ1時間程はその場に拘束されることになる。

 それでも他のモンスターが姿を現さなかったのは、元々この周辺が地面で屍を晒しているサンドワームの縄張りであったり、あるいはそれらを倒したレイ達を警戒しているというのもあるのだろう。そして何よりも他のモンスターが脅威に思ったのは、恐らくは空中をこれ見よがしに飛んでいるセトの姿だった筈だ。


(ダンジョンの中では他の種族ともある程度協力していたと思うんだが……)


 素材の剥ぎ取りが終わり、約束通り残りに関してはレイの所有物となったサンドワームの死骸をミスティリングへと収納しながら、ふと疑問に思ったことを素材の解体をしているプレアデスへと尋ねるが、戻ってきたのは『ダンジョンや階層にもよる』というものだった。

 たとえばエグジルにあるこのダンジョンの場合、砂漠では他種族間が協力することは滅多に無いが、他の階層では協力するところもあるというものだった。

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