第417話
「おいおいおいおいっ、どれだけサンドワームが出てくるんだよ! いい加減にしてくれよな!」
「今は黙ってとにかく逃げるのよ! あたしの魔力がもう殆ど残っていない状況でサンドワームと戦うなんて、最悪もいいところよ!」
「ちょっ、ちょっと待って! 向こうを見て、向こう! 人、人がいる!」
背後から体長5mを超える、砂色の巨大なミミズ――ただし腹から左右3本ずつの足が生えている――のようなモンスター、サンドワームがその先端にある口を大きく開き牙を剥きながら追ってくる中で、3人の冒険者達は大騒ぎをしながらも必死に逃げていた。
先頭を走っているのが手に槍を持っている戦士の男、次に杖を持っている魔法使いの女、そして最後に弓を持っている女の合計3人だ。3人が3人とも日差し避けの為に砂色の外套を身に纏っている。
この砂漠地帯で採取可能な、砂漠の薔薇と呼ばれている特殊な植物を採取する依頼を受けてやって来た3人だが、幸先良く砂に埋まるようにして咲いていた砂漠の薔薇を採取は出来た。そこまで良かったのだ。
少なくても3人はその時までは幸運だと思っていただろう。
だが、その幸運が表面上のものでしかなかったことをすぐに思い知らされる。依頼書に書かれていた通り、青い花を咲かせている薔薇の花の部分だけを切り取った瞬間、砂漠の薔薇が生えていた場所のすぐ近くで砂が爆発したのだ。
爆発に驚いた3人が視線を向け、そこで見たのはぬうっとばかりに砂の中から身体を出しているサンドワームの姿。……それも8匹。
咄嗟に魔法使いの女が放った魔法で1匹を倒し、弓術士の女と戦士の男が連携して1匹を倒す。
だが、それが余計にサンドワームの怒りを買ったのだろう。残り6匹とも戦闘に入り……それでも何とか3匹を倒すことには成功したのだが、結局3人の中で最も火力のある魔法使いの魔力が切れた為にこうして命がけの鬼ごっこをする羽目になっていたのだ。
それでも3人にはまだ希望があった。砂漠の薔薇を入手したのが魔法陣のある小部屋からそれ程遠くない場所だった――少なくてもこの階層に慣れた男達にしてみれば1時間掛からない程の距離である――ので、そのまま逃げ込めれば助かる……と。
まさか自分達の逃げている方に冒険者がいるとは思いもせずに。
いや、勿論その可能性は考えられるべきことだった。だが、異常種の情報のおかげでダンジョンの中に入る者が減っていること、一攫千金を求めて異常種を捕らえるか倒すべくダンジョンに入っている者は異常種が現れた階層に向かっていること、砂漠という環境の問題上この階層は他の冒険者に好まれてはいないこと。自分達が走っているのは砂漠で通常移動する峰ではなく平地であること。それらの考えから、まさか自分達が逃げている方向に他の冒険者がいるとは思っていなかったのだ。
心の奥底ではその可能性を考えたかもしれないが、まさか本当にその懸念が実現するとは思わなかったというのが正しいだろう。
視線の先、自分達が向かっている方向で武器を構えて待ち構えている冒険者と思しき2人組へと向かい、先頭を走っている戦士の男が大声で叫ぶ。
「おーいっ、逃げろぉっ!」
だが、男の声は間違いなく聞こえているのだろうに、それでも逃げ出そうとする気配は無い。
それどころか、剣を持った人物の方が前へと、馬鹿げた大きさの巨大な鎌を持った人物が後ろへと移動する。そう、戦闘態勢を整えるかのように。
(馬鹿か、腕利きか……せめて腕利きであるのを祈るしか無い、か)
内心で素早く考え、砂の上を走りながら隣や後ろを走っている仲間2人へと視線を向ける。
魔法使いの方は魔力を消耗しているので戦力にはならないが、弓術士の方はまだ矢の本数にはかなりの余裕があり戦闘は可能だ。
「この先にいる2人と合流してサンドワームを倒すぞ! さすがにこのまま奴等にモンスターを擦り付ける訳にはいかないっ!」
「ああああ、もう、分かったわよ! けどあたしの魔力はもう殆ど残ってないからね! 特に砂漠で活動する以上はあたしの魔法が使えないと色々と不味いでしょ!」
「こっちも分かったわ! けど、あの人達本当に戦力になるの!? 大鎌とか使ってる人、殆ど見たこと無いわよ!?」
魔法使いの女は半ば自棄になって叫び、弓術士の女は男の言葉に了解の言葉を返す。
そんな弓術士の言葉を聞いて戦士の男の脳裏を一瞬何かが過ぎったが、既に前方にいる2人との距離は縮まってきている。余計なことを考えている暇は無いとばかりに、槍を手にしながら前方にいる2人へと向かって叫ぶ。
「俺達も協力してあのサンドワームに攻撃を仕掛ける! 構わないか!」
「ああ、問題は無い! そのまま一旦私達の横を通ってから迎撃態勢を整えてくれ! そこで奴等の足を止める!」
前衛にいる人物の声を聞き、少し驚く。
外套を被っていたせいで顔の見分けはつかなかったが、それでも背の高さから男だとばかり思っていたからだ。
だが、今の声は間違いなく女の声だった。
(いや、背の高い女くらいは普通にいるか。となると、大鎌を持っているのも女か)
内心で考えている間にも次第に距離が縮まり……剣を構えた女と、大鎌を構えた女と思われる人物。そんな2人組の横を通り抜ける。
その後を追いかけるようにして3匹のサンドワームが自分を待ち構えている2人に気がついた、その時。
「はああぁぁあっ!」
前衛の女――エレーナ――が声を上げながら連接剣へと魔力を通して振るう。
その瞬間、鞭状になった連接剣が放たれ、小癪にも自分の前に立ちふさがった相手を一飲みにしてやろうとしたサンドワームが開いた口の中へと連接剣の先端部分が飛び込み、同時にそのまま頭部を貫通。柄の部分を大きく振るったエレーナの動きに従い、貫通したまま頭部を左右に切断しながら刃は自由を取り戻す。
だが、頭部を縦に切断されつつも痛覚がないのだろう。そのまま真っ直ぐに突き進み……エレーナの横を通り過ぎ、追ってきた3人すらも追い抜いて10m程進んだところでようやく動きを止めて砂の上に崩れ落ちる。
あまりと言えばあまりの光景に、逃げてきた3人組は思わず足を止めてエレーナの方へと視線を向けるが、その驚きは少し早かった。
『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』
エレーナの後ろにいた、大鎌を持った男――レイ――が呪文を唱えると同時に、その背後に50本を超える炎の矢が形成される。
それを見た魔法使いの女は、あまりにも圧倒的な威力の魔法にただ驚く。
得意とする属性で矢を形成するという魔法は数多いし、かく言う女自身も水の矢を作り出す魔法を好んで使う。だが、それでも自分の魔力とそれをコントロールする技術で作り出せる矢は無理に無理を重ねてどうにか10本に届くかどうかといったところであり、目の前に広がっているような、50本を超える矢を作り出すような真似は天地が引っ繰り返っても無理だったからだ。
だが、レイは自分を見ている女の視線を気にした様子も無く、十分に矢の数が……そして消費した魔力により威力が十分になったと判断したところで魔法を発動させる。
『降り注ぐ炎矢!』
その言葉と共に50を超える炎の矢が放たれ、残り2匹のサンドワームへと殺到した。
炎の矢が突き刺さり、命中した周辺を燃やしながら、それでも威力を弱めずに突き刺さったまま進み続け……やがてその肉体を貫通する。
「嘘……矢の本数といい、威力といい……どんなに馬鹿げた魔力を込めればこんな大規模な魔法になるのよ。それをあの短い詠唱で、こうもあっさり……」
魔法使いの女が、自分が見たものが信じられないとばかりに呟く。
だが、現実は現実であり、視線の先では身体中を燃やし、貫通された2匹のサンドワームが完全に息の根を絶たれて砂漠へとその巨大な身体を横たわらせていた。
レイとエレーナは一方的としか言えない程の力でサンドワームを蹂躙し、その視線を自分達の近くで呆然としていた3人の冒険者へと向ける。
「そっちは無事か?」
「……あ、ああ。その、何だ助かった」
自分に呼びかけてきた声でようやく槍を持った戦士の男が我に返り頷く。多少レイへと驚きの視線を向けていたのは、やはりレイの声が男であったからだろう。
あるいは童顔のレイの場合は、ドラゴンローブのフードを被っていなくても女に間違えられたかもしれないのだが。
「そうか、それは何よりだ。……で、このサンドワームは俺達が倒した以上、所有権はこっちにあると考えてもいいのか?」
「勿論だ。俺達は追われて逃げていただけだしな。……それにしても、あんたらはいったいどんなパーティだ? たった2人でダンジョンに潜ってるなんて」
戦士の男の言葉に、弓術士の女が無言で頷き同意する。
尚、魔法使いの女の方は、未だに先程見たレイの魔法に圧倒されており、言葉も出ずに惚けている様子だった。
だが、この魔法使いはある意味で幸運だったと言えるだろう。魔力を感知するという能力が無かったのだから。
もしそのような能力があった場合は惚けるだけでは済まず、恐らく腰を抜かす程度はしていただろう。それ程にレイの放つ魔力は圧倒的であったのだから。
そんな魔法使いの女を気にした様子も無く、戦士の男の言葉に小さく肩を竦める。
「そんなことを言ったら、そっちだって3人だろ? 俺達とそう大差無いと思うけど」
「いや、俺達は普段は5人組なんだよ。今日はちょっとメンバーが揃ってないだけで」
「ふーん」
戦士の男の言葉に頷き、レイはふと何かに気がついたかのように上へと……空へと視線を向ける。
「ま、確かに人間は2人だけどな。ただ、それ以外の戦力もきちんといるさ。ほら、戻ってきた」
その言葉と共に、バサッ、バサッという音が聞こえてくる。音が気になり上空を見上げた戦士の男と弓術士の女は、翼を羽ばたかせながら降りてくる存在にただただ目と口を開けて唖然とするしか無かった。
獅子の下半身と鷲の上半身を持つそのモンスターは、あまりにも有名だったからだ。空飛ぶ死神としても有名なランクAモンスター。即ち……
「グリフォン、だと?」
地上へと降りてきたセトの姿に、思わず1歩後退る戦士の男と弓術士の女。
「グルルゥ?」
降りてきたセトは、どうしたの? とばかりに喉を鳴らしながら首を傾げて円らな瞳を3人組の方を向ける。
「いや、何でも無い。それよりも偵察してきてどうだった? あのモンスター以外に危険そうな敵はいたか?」
「グルゥ」
頭をコリコリと掻かれる気持ちよさに、思わず目を細めながら否定の鳴き声を口にするセト。
その様子を眺め、ようやく自分達に危険が無いと悟ったのだろう。恐る恐るといった様子で戦士の男がレイの方へと近づく。
同時にようやく我に返った魔法使いの女もまた、気がつけばいきなり目の前にいたグリフォンに気圧されていた。
戦士の男がレイに声を掛けたのは、落ち着いた状態になってようやく思い出したからだ。即ち、最近休みすら取らずにダンジョンへと潜っている存在がいるということを。その人物はグリフォンを連れており、深紅の異名を持つということを。
尚、正確には前日にダンジョンの探索を1日休んでいるレイとエレーナだが、戦士の男はそれについては知らなかったらしい。
「ちょっと聞くけど……もしかしてお前さん、深紅って異名持ちだったりしないか?」
「ああ、一応深紅と呼ばれているな。レイだ」
「……やっぱり……ああ、助けて貰ったってのにこっちの自己紹介を忘れていたな。俺はプレアデス。そっちの弓術士がオティスで、魔法使いがシャールだ。改めて今回は助かった」
律儀に頭を下げてくるプレアデスに、レイは無言で首を振る。
「こっちにしても砂漠の階層は初めてだったからな。どんなモンスターが出るのかを知るという意味では丁度良かった」
なあ? と視線で同意を求めるレイに、エレーナもまた連接剣についているサンドワームの血を振り払いながら頷く。
「ああ、丁度良い腕ならしになったと考えれば、それ程悪いものではないな。こうして素材も譲って貰えたのだし」
エレーナがそう言葉を返しながら外套のフードの部分を少しだけ上に上げて3人組の冒険者の方へと視線を向けながら告げる。
それを見た3人……特に男のプレアデスは、フードの下から現れた美貌に思わず息を呑む。
サンドワームに追われている時にもエレーナとすれ違ってはいたのだが、その時は自分達の命の危機でありそれどころでは無かったという理由もある。それ故に改めてこうしてエレーナの素顔を見て、プレアデス……だけではなく、同じ女のオティスとシャールの2人もまた同様にエレーナの美貌に見惚れていた。
レイの魔法を直接見て唖然とし、セトの姿を見て腰を抜かしそうになり、更にはエレーナの美貌を見て再び唖然とし。ある意味でレイ達と出会ってもっとも衝撃を受けていたのは魔法使いでもあるシャールだったのだろう。
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