第407話
「おお、戻って来てくれたか!」
その声は、レイ達が地下7階にある魔法陣から地上へと転移をし、戦利品の精算をしようとしてギルドに入った時に掛けられた声だ。
声のした方へとレイ達が視線を向けると、そこにいたのはハンマーを背負った男と、弓を背負った男。ダンジョンの中でレイ達が助けた冒険者パーティのエネルゲイアとメノスの2人。
その顔に浮かんでいるのは、笑み。……ただし、ダンジョンで自分達を助けてくれたレイ達が無事に戻って来たという笑みではなく、ギルドへの情報提供が出来る援軍という意味での喜びの笑みだ。
「……なるほどね」
「ん」
エグジルでの生活が長いヴィヘラとビューネの2人は、エネルゲイアとメノスが何を欲しているのか即座に気が付き、小さく溜息を吐く。
「随分と疲れているようね」
「分かってくれるか! いや、確かに情報提供が大事なのは認めるさ。だが、同じ話を何度も何度も何度も何度も……さすがに堪える」
「それはしょうがないわよ。そうやって何度も同じ話をさせることによって、貴方達の話に矛盾点が無いかどうかを確かめてるんだから。けど……そう、それでもここにいるということは」
珍しく微妙に嫌そうな表情を浮かべてそう告げるヴィヘラへと、エネルゲイアは頷く。
「ああ。当然俺達の話は終わったから、次はあんた達の番って訳だ。それを知らせる為にここで待ってたんだし」
「……それは当然俺もだよな?」
ヴィヘラとエネルゲイアの話を聞いていたレイが、こちらもまた嫌そうな表情を浮かべつつ尋ねる。それに当然とばかりに頷くヴィヘラ。
「私だけを生け贄の羊にするつもり? けどまぁ、安心しなさい。あのストーンパペットと戦ったのは結局私だから、一番多く話をするのは私になる筈よ。レイやエレーナはそれを補足する感じね」
「ビューネは補足組ではないのか?」
エレーナの問い掛けに、ヴィヘラは小さく苦笑を浮かべて自分を無表情で見上げているビューネの頭を撫でる。
「この子が説明なんて真似を出来ると思う?」
「……無理だろうな」
その言葉にはエレーナもまた同意せざるを得ない。
ビューネも元々は普通に言葉を喋っていたのだ。だが、今よりも更に小さい頃から1人でダンジョンに向かい、黙々と金を稼ぐという生活をしていた関係上、次第に1日で話す言葉が減っていき、次第に言葉少なになり、最終的には今の様に『ん』の一言で済ませるようになってしまっていた。
そこまで詳しい事情は知らずとも、ビューネと一緒に行動をしていれば『ん』の一言で全てを済ませているのは分かる。
「ん」
ビューネがその通りと頷くのを見て、しょうがないと諦めて自分達へと視線を向けていたカウンターにいる受付嬢の方へと近づく。
「で、今のやり取りを見てたなら分かると思うが、俺達の話も聞きたいって話だったな」
「はい。2階にある会議室へと向かって下さい。ボスク様と以前お会いになった奥の部屋です」
その言葉で、ようやくレイは目の前にいる受付嬢がボスクに呼び出された時に知らせてくれた人物だと思い出す。
(何か俺達の騒ぎに巻き込まれてばっかりなのは……まぁ、不運だよな)
内心で考えつつも、さすがにそれを態度に出すのは受付嬢としても嬉しく無いだろうと判断し、小さく礼を言ってから2階へと上がって行く。
当然エレーナとヴィヘラ、そして自分では説明する気は無いのだろうが、それでもここで自分だけ帰る訳にはいかないと思ったのか、ビューネもまたついてきた。
そして以前にボスクと顔を合わせた会議室の前に到着し、中から聞こえて来るざわめき、あるいは怒鳴り声を無視して扉をノックする。
『入ってくれ』
その瞬間、まるで待ってましたとでもいうように中から声が聞こえてきて、扉を開く。
事実会議室の中で話をしていた者達はレイ達が来るのを待ち構えていたのだろう。会議室の中にいた5人程の視線が、一斉に最初に会議室の中に入ったレイへと向けられる。
普通ならまず間違い無く怯む光景であるのは間違い無い。何しろ、会議室の中にいる5人はギルドでもそれなりの地位にいる者達なのだから。
だが、レイはそんな視線を向けられても全く気にした様子も無く会議室の中に入っていく。
それを見て感心したように頷く者、あるいは不愉快そうに眉を顰める者、はたまた表情を全く動かさずに観察するような視線を向ける者といったように、それぞれの反応に分かれる。
しかしそれも、レイの後ろからエレーナが姿を現せばそっと視線を逸らす者が多くなる。ミレアーナ王国第2の派閥でもある貴族派の、それも中心人物でもあるケレベル公爵の令嬢であり、更には姫将軍との異名を持つエレーナなのだから迂闊な真似は出来無いというのはしょうが無かった。
続いて入って来たのは、狂獣と呼ばれるヴィヘラにフラウト家の遺児ビューネ。4人の臨時パーティではあったが、その誰もが色々な意味で曰く付きであったり、迂闊に触れることが出来ない相手であったりする。
それを考えれば、一同の中でレイが最も話しやすいという、ギルムに住んでいる者にしてみればちょっと冗談としか思えないような状況になるのも不思議では無かった。
「ん、コホン。よく来てくれた。そっちの席に座ってくれ。詳しい話を聞かせて貰いたい」
5人の内の1人、40代程の男に促された席へと、レイ達が座る。
それを確認し、早速とばかりに席に座るのを促してきた男が口を開く。
「さて、君達がここに呼ばれた理由は分かっているかね?」
その視線が向けられているのはレイ。
5人の中で主導権を握っていると思われる男にしても、やはりレイが1番話しやすいと感じたのだろう。
(まさか俺にこういう役目が回ってくるとはな。……まぁ、臨時とは言ってもこのパーティは色々と濃い面子が揃っているんだし、俺に話し掛けるのが無難だと判断してもしょうがないか)
エレーナ辺りが聞けば即座に異論を唱えそうなことを内心で考えつつ口を開く。
「ギルドに入って来た時にエネルゲイア達から聞いている。俺達が戦ったストーンパペットに関してだろう?」
「その通りだ。彼等からも話は聞いたが、さすがにパーティ1組の話だけで判断する訳にはいかないのでね。……率直に聞こう。君達は件のストーンパペットを見てどう思った?」
男の問い掛けに、他の4人の視線もレイへと集まる。
だが、レイはそんな視線を平然と受けながらも小さく首を振る。
「この場にいるんだろうから恐らく知っているとは思うが、俺やこっちのエレーナはつい最近エグジルにやってきたばかりだ。それこそ、まだ1週間も経っていない。でもって、地下6階に降りたのも今日が初めてだから当然ストーンパペットと戦ったのも初めてだ。……俺はな。もっとも、その後で普通のストーンパペットとも戦ったが、確かにヴィヘラが戦った個体とは違っていたように思えたけどな。まぁ、詳しい話は本人に任せよう」
チラリ、と隣に座っているヴィヘラへと視線を向けるレイ。
尚、席順は端からエレーナ、レイ、ヴィヘラ、ビューネとなってる。
エレーナとしてはレイの隣にヴィヘラを座らせるというのは嫌だったのだが、部屋の雰囲気を考えればそんなことを言っていられるような状況では無いのも明らかであり、渋々黙認した形だ。
そんなヴィヘラが、レイの言葉に頷いて口を開く。
「じゃあ、私から説明させて貰うわ。実際にストーンパペットと戦ったのも私だしね。……率直に言わせて貰うけど、確かに私が戦ったストーンパペットは通常とは大きく違ったわ。まず1つは身体が通常よりも圧倒的に大きいこと。エレーナよりも頭1つ分くらい、身長にして2mくらいはあったわね」
ざわり。ヴィヘラの言葉を聞いたギルドの上級職員5人がざわめく。
ストーンパペットの異変についての報告を受けるという関係上、当然5人は一般的なストーンパペットについては前もって調べてある。だが、その中にはどこにも2mを超える身長を持つとは無かったのだ。つまり、その時点で異常なのは明らかだった。
当然エネルゲイア達からも話は聞いていたのだが、エグジルに来たばかりの新人と名の知れたレイ達では説得力その物が違っている。これでようやく本気で信じる気になった、というのが正しいだろう。
「それと次に、普通のストーンパペットはただの石で身体を構成されていて、剣はともかく斧やハンマーといった武器でなら容易に……とは言えなくても、ダメージを与えることが出来るわ。けど、私達が戦ったのはハンマーをまともに食らっても身体の破片を多少落とすくらいで、殆ど無傷に近かった。つまり、身体も普通の石じゃなかったってことね。……レイ」
「ああ」
ヴィエラの言葉に従い、ミスティリングの中から問題となっているストーンパペットの身体の破片を取り出す。
机の上に出されたのは、一見すると普通の石にも見える物質である。だが、すぐに上級職員のうちの1人が異常に気が付く。
思わず席を立ち上がってレイ達の座っている席まで近づき、机の上に乗っているストーンパペットの破片を手に取り、マジマジと見つめながら口を開く。
「これは……魔法金属? いや、石の要素もある。となると……魔法金属になりかけている?」
「正解」
笑みを浮かべて頷くヴィヘラ。
だが、それを聞いていた他の上級職員のうちの1人が安堵の息を吐いたのを見ると、小さく眉を顰める。
「なるほど、となるとそれ程の問題では無いですな。単純に今回はストーンパペットの希少種が出たという認識でいいのでは?」
その言葉に、他の数人も同様に安堵の息を吐きながら同意しようとして……
「それは早計というものでは? 魔法金属の類は基本的に長い時間を掛けて作り出されるものです。この破片を見る限り、この状態になったのはつい最近。となると、何らかの異常が関係しているという可能性は高いでしょう」
ストーンパペットの破片を持っていたギルド職員の男がそう告げる。
(魔法金属を作るのに時間が掛かる? ……そう言えば火炎鉱石の時もそうだったな)
レイはそれぞれの話を聞きながら、そう考える。
ハーピーの巣をレイの放った強大な威力を持つ魔法で一掃した時に出来た火炎鉱石のことを思い出していたのだが、その件は様々な要素が重なって起こった、奇跡にも等しい偶然によるものだった。それ故、例え同じことをレイがやろうとしても、再び火炎鉱石を作り出すのはかなり難しいだろう。
「では、彼等が戦ったストーンパペットは希少種の類では無いと?」
「恐らくは、ですが。勿論、本当に偶然ストーンパペットの身体が何らかの理由で魔法金属化しそうになっていたと考えることも出来ますが」
「そうなると、迷宮自体に何らかの異常が起きていると?」
「これまでに同じような事案があったか? 少なくても俺は聞いたことがないぞ」
「それは私もですね。詳しいことは過去の記録を探ってみないと分かりませんが、恐らくは初めてじゃないかと」
「……待って欲しい。もしかしてある程度の階層に冒険者達が到達したのが理由とは考えられないか?」
「現在は何階まで到達しているのが最深部だ?」
「確か2ヶ月程前にランクBパーティの樹木の縁が地下33階に到達したのが最深部だったかと」
「地下33階か。意味ありげな階層だな」
「だが、それにしたって地下33階に到達して異常が現れるのが地下6階というのはおかしいだろう。何の意味も無いと思うが?」
「それは……」
そんな風にレイ達を置いて議論をしている5人に向かい、レイは声を掛ける。
「その件に関してだが、俺達はもっと上の階層で同じような異変に遭遇している……かもしれない」
レイの言葉を聞き、上級職員達の議論がピタリと止まる。
嘘だと言って欲しい、やっぱりか、これ以上の騒ぎはごめんだ等々。色々な感情が込められた視線を向けられながらも、レイは口を開く。
「地下3階にソード・ビーというモンスターが現れるんだが、その中に明らかに他のソード・ビーとは違うモンスターの姿があった。具体的に言えば体長が3倍近い大きさで、他のソード・ビーに対して戦術的な指示を送っていた」
「馬鹿なっ!」
レイの説明を聞き、上級職員のうちの1人が思わず叫ぶ。
だが、それも無理は無い。ソード・ビーと言えばあくまでも虫型のモンスターであり、知能に関しても本能で動いている程度に過ぎない。少なくてもその職員は他の仲間に指示を出して行動させるというようなソード・ビーの話は聞いたこともなかったし、見たこともなかった。
「事実だ。あいにくと戦闘でかなり身体が損傷してしまって胴体しか残っていなかったし、その胴体にしてもここのギルドで買い取れないと言われたので、既に処分して手元には無いけど」
「……それこそ、未知の上位種や希少種の可能性が高いのでは?」
他の上級職員の言葉に、先程叫んだ男は首を横に振る。
「地下3階ということは、ダンジョンの初心者が多くいる場所です。つまり、それだけ人数も多い。そんな中で未知の上位種や希少種がこれまで発見されなかった……というのは、ちょっと考えにくいかと。勿論、あくまでも可能性の問題ですから、本当に未知の上位種や希少種であるということは否定出来ませんが……」
そう告げ、それから暫く上級職員同士で話をし、レイからも女王蜂と思われる存在の話を聞いてこの日の聞き取りは終了することになる。
憶測で騒がれたくないという理由から、その日は周囲に広めないように釘を刺され、ヴィヘラが倒したストーンパペットをギルドが買い取るという交渉をしてからだが。
尚、当然のことながらヴィヘラ1人で倒したストーンパペットである以上、所有権はヴィヘラにあるのでその交渉にレイが口を出すことはなかった。
レイの本音を言えば、魔石は欲しかったのだが……さすがにこの状況でそれを言う訳にはいかなかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます