第404話

 鍾乳石が落下してくる罠を利用してウィンド・バットを倒してから30分程。数ヶ所の分かれ道を通ってダンジョンの中を進んでいると、不意にビューネが足を止める。


「どうしたの、ビューネ」

「ん」


 前衛として隣を歩いているヴィヘラの問いに、一言呟き通路の先を指差すビューネ。

 そちらへと視線を向けると、その場のほぼ全員が何故ビューネが足を止めたのかを理解する。


「剣じゃ駄目だ、ハンマーで……いけっ!」

「おうっ、任せろ。どけラムロス! 俺のハンマーの方がこの石ころ野郎には有効だ!」

「うるせえっ! こんな人形如きが俺のカルサナを傷つけやがって、ぶっ壊してやる!」

「ええいっ、面倒臭い。俺が攻撃するから自分で避けろよ! 当たっても知らねえぞ! お前は奴の後ろに回り込め! うおおおおおおおおっ!」


 微かにだが、そんな声が聞こえてきたからだ。

 普通なら聞こえない程の距離だが、その場にいる全員が通常よりも鋭い五感を持っている。その為に聞こえてきた声だ。


「ん?」


 どうする? と一声で尋ねてくるビューネ。その視線を向けられたのはレイ……では無く、この中で一番ビューネと付き合いが長いヴィヘラだった。ダンジョンに潜っている経験を考えれば、無理も無いことではあったが。


「そう、ね。無駄な戦いをするよりは……いえ、石ころ野郎とか言ってたわね。となると、間違い無くストーンパペット。レイやエレーナにストーンパペットを見せておいた方がいいのも事実、か」

「だがいいのか? 他のパーティが戦闘している場所に不意打ちを行うというのは、色々と不味いと思うのだが」

「キュ!」


 エレーナの言葉に、その左肩に止まっていたイエロが小さく鳴いて同意を示す。

 だが、ヴィヘラは通路の向こうから聞こえて来る怒声や雄叫びの声を聞きながら数秒程考え、小さく首を振る。


「確かに戦闘に割り込むのはマナー違反というのが暗黙の了解よ。ただ、それが向こうからの要請があれば話は別。と言うことで、向こうに聞いて援軍がいらないというのなら戦闘には参加しないことにしましょう。何か異論は?」

「……私としては、お前の目の輝きが微妙に心配なんだが」


 口では向こうを助ける為と言っているヴィヘラだったが、その目に浮かんでいるのは自らが戦闘をしたいという闘争本能とも、戦闘欲とも呼ぶべきものだ。それでも見ている者に危険を抱かせないのは、ヴィヘラが自らの中に存在しているその欲求をきちんと制御出来ているからなのだろう。

 ヴィヘラはエレーナの言葉を聞き流しつつ。両手に嵌まっている手甲を軽くぶつけて一同へと視線を巡らせる。

 特に誰も文句を言うような者はいないと知り、蕩けるような艶美な微笑を浮かべるとそのまま地面を蹴って喚声の聞こえて来る方へと走り出す。

 今にもその薄衣の他には手甲、足甲しか身につけていない、魅力的な肢体から闘気が発散するかの如き勢いで。

 そのまま洞窟の中を突き進み、ヴィヘラ独特の滑るような足運びで走って行く。するとやがて、マッドパペットよりもかなり大きい影がレイ達の視界の中に入ってきた。

 その影は175cm程の身長を持つヴィヘラよりも頭1つ分は大きい。恐らく2mは超えているだろう石の人形。

 ゴーレムと呼ぶには小さく、パペットと呼ぶには大きいストーンパペットと思しき存在へと、前後から挟み込むようにして2人の戦士が武器を叩きつけていた。

 丁度ヴィヘラから見える、ストーンパペットの背後からは剣を持った戦士が、そして正面からは人の頭程はあろうという巨大な鉄槌を振り下ろしている。


「ヴィヘラ、どうだ?」


 数秒程様子を見ていたヴィヘラへと、素早く駆け寄ってきたエレーナが声を掛ける。

 その隣には、レイとセト、それ以外にも当然ビューネの姿があった。


「そう、ね。どうやらあのパーティはちょっと無理してこの地下6階まで来たみたい。ほら」


 手甲に包まれた右腕が指差すのは、巨大なストーンパペットから少し離れた場所で倒れている盗賊と思しき軽装の女。その横では弓を持った男が矢を番えては牽制の為に射っている。

 だが……


「駄目だな」


 その結果に思わず呟くレイ。

 事実、放たれた矢は相手がストーンパペットというので相性が悪く、マッドパペット同様の大雑把な顔の形をしている部分に当たりはするものの、弾かれていた。

 あるいはその矢が魔法金属の類の鏃がついていたり、弓そのものがマジックアイテムだったら話は違ったのだろう。はたまた弓術士がもっと凄腕であれば石の身体だろうと何だろうと射抜けていたかもしれない。

 だがそのようなことが出来る技術は持っていないらしく、若干の注意を引くことしか出来ていなかった。


「ここは……レイ、お願い出来る?」

「俺でいいのか?」

「ええ。この状況で私みたいなか弱い女が声を掛けるよりは、多少見くびられるにしてもレイのような男の方がいいと思う」

「……」


 チラリとエレーナとビューネにも視線を向けるが、2人共異論は無いらしく小さく頷く。

 その隣では、セトとイエロもまた小さく喉を鳴らして了承の意志を示していた。……もっとも、イエロの場合はセトが頷いたからという理由で頷いた可能性の方が高いだろうが。


(俺よりもエグジルで名前が売れてるヴィヘラが声を掛けた方が絶対にいいと思うけどな)


 そう思いつつも、そもそも視線の先で巨大なストーンパペットと戦っている冒険者が不利になってきているのを見ては、悠長にしてもいられない。


「おい、手助けはいるか!」

「うるせぇっ、関係ねえ奴は引っ込んでやがれ!」


 レイの言葉に、瞬時にそう返してくる男。叫びながらも振るわれた剣は、石の身体を斬り裂ける訳も無く甲高い音を立てて弾かれた。


(……甲高い? 石に剣を叩きつけて?)


 それに一瞬疑問を持ったレイだったが、ハンマーを持った男の叫び声がその考えを中断させる。


「ラムロス、感情でものを言うな! すまない、出来れば助けて……うおっ!」


 レイ達へと叫んでいた男がストーンパペットが振るった拳を間一髪で回避し、安堵の息を吐く。


「と、とにかく、助けてくれるのなら大歓迎だ! 頼む!」

「ふざけるな! この石人形は俺が……壊す!」

「いい加減にし……ろ!」


 一旦距離を取ったハンマーを持った男に代わって、再び剣を持った男へと狙いを変えたストーンパペット。その背後から勢いを付けてハンマーを振り下ろす男。その衝撃はさすがに剣による一撃とは違って弾かれるということはなく、ストーンパペットの身体を構成している石を欠けさせて周囲へと散らばらせる。


「うおおおおおおおっ!」

「ええいっ、突っ込むな! 一旦退け!」


 そんな風に剣とハンマーを持った2人の男がやり取りをしている間に、盗賊の女の側で援護として矢を射っていた弓術士の男がレイ達の方へと近付いてくる。

 自分の援護が殆ど効果が無いと知り、とにかくレイ達と話を付けることを優先したのだろう。


(へぇ、あの剣を持った男に比べると随分と冷静だな)


 感心しながら近付いてくる男へ向かって声を掛けるレイ。


「手助けはいるということでいいのか?」

「頼む。……ラムロスに関しては許してやってくれ。恋人があのストーンパペットに出会い頭に殴られてな……」


 その視線の向かう先にいるのは、地面で気を失っている盗賊の女。それだけでラムロスと呼ばれた男の頭に血が上っている理由を理解したレイは、小さく頷く。


「ならこっちで倒すが、構わないんだな? 後であの男に文句を付けられても、そっちで対応してくれるな?」

「ああ。まさかストーンパペットがあんなに強いなんて……」


(違う、わね)


 話を聞いていたヴィヘラが、内心で呟く。

 この階層で今までにも幾度か活動している以上、当然これまでにもストーンパペットと戦った経験はある。だがそんなヴィヘラにしても、視線の先にいるストーンパペットは過去に戦ったストーンパペットと比べると大きく違っていた。

 まずその大きさ。普通のストーンパペットはマッドパペットと同じ大きさであり、それに比べると随分と大きい。身体を構成している石にしても、本来であればハンマーを叩きつけられれば破壊されてもおかしくは無い筈だ。少なくても、あのように何度もハンマーを叩きつけられても欠片程度の傷しか負わないということは決してない。


(これは……予想外に当たりだったかしら。レイやエレーナの戦いを側で見られればそれで十分だと思ってたのに)


 ヴィヘラの中で闘争を求める炎が燃え上がり、その炎は瞳に好戦的な光を宿す。

 艶美。闘争を求めて口元に笑みを浮かべたヴィヘラの顔は、そう表現してもおかしくなかった。


「レイ、エレーナ、ビューネ、悪いけどあの獲物は私が貰うわ。構わないわね?」

「待ってくれ! あいつは1人で倒せるような相手じゃない!」


 ヴィヘラの肢体から湧き上がる凄絶な色気に当てられつつも、弓術士の男は何とか声を出す。

 この時に不運だったのは、男がヴィヘラのことを知らなかったことだろう。狂獣と呼ばれているヴィヘラだが、その名は結局知る人ぞ知るといったレベルでしかない。深紅や姫将軍のように、近隣諸国に広がっている異名とは違う。それ故に、ヴィヘラのことを知らなくてもしょうが無かったのだが……


「あら、私の闘争の邪魔をする気なの?」


 チラリ、と戦いを求める光を宿したまま視線を向けるヴィヘラ。


「っ!?」


 その視線の圧力に貫かれた弓術士の男は一瞬にして己の死を覚悟した。それ程の力が込められた視線。

 それだけで腰を抜かして地面に座り込んだ男から、つまらない相手を見たとばかりに鼻を鳴らしてレイへと視線を向ける。

 ただし、その視線は許可を求めるものではない。邪魔をするなという牽制に等しい視線だ。


「……はぁ、分かった。行ってこい。ただし、あそこで戦っている2人には被害を与えるなよ」

「ふふっ、やっぱり私のことを良く分かってるわね。さすがレイ。このお礼は後でたっぷりとしてあげる」


 それだけ告げ、ヴィヘラは地を蹴りストーンパペットへと向かって間合いを詰めていく。


「ヴィヘラ!」


 エレーナの怒声を背に受けながら。


「くそっ、何だってこんなに固いんだこの石ころが!」


 ラムロスが舌打ちをしながら、それでも尚諦めることなく長剣をストーンパペットの背中へと振り下ろす。

 何度となく繰り返してきただろう作業。その尽くは石の身体に弾かれ、傷一つ付けることが出来ずにいる。

 それでも止めることが出来なかったのは、やはり自分の恋人が出会い頭にストーンパペットの拳で殴られて吹き飛び、そのまま意識を失ってしまったのを自分の目で直接見てしまったからだろう。

 当然ダンジョンの中の出来事である以上油断した冒険者が悪いと言われればそれまでであるのは事実だし、こうして懲りずにストーンパペットに攻撃しているラムロスも理解してはいる。だが、それでも恋人が傷つけられたことに我慢が出来ず攻撃していたのだが……

 自分の攻撃の全てが碌なダメージを与えられずにいるのを見て、内心で舌打ちをする。

 その瞬間。


「どきなさい!」


 すっと何かが言葉を残して、ラムロスの横を駆け抜けていく。

 戦士である自分がその動きの全てを理解出来なかった。それだけに驚きの表情を浮かべ、次の瞬間に流麗とすら呼べるその動きの滑らかさに目を見開く。

 そんな視線を向けられているとも知らず――あるいは気にした様子も無く――ヴィヘラは左右の手甲に魔力を流して爪を形成し、ストーンパペットの横を通り抜け様に薙ぎ払っていく。

 そのまま速度を一切落とさずに洞窟の壁へと向かい……


「おいっ、危ないぞ!」


 ハンマーを持った男の声を聞きつつも、一切の速度を落とさずにそのまま突っ込み、壁を蹴った反動で跳ね返るようにして再びストーンパペットへと向かって真っ直ぐに突き進む。

 自分へと真っ直ぐに向かって来るヴィヘラへと向かい、迎撃するべく拳を繰り出すストーンパペット。

 だが、ヴィヘラはそれを見た瞬間に空中で踊るようにしてバランスを取り、身体を大きく曲げて石の拳が通り過ぎるべき空間を作り出すことに成功する。

 何も無い空間を通り抜けた石の拳に触れ、ぶら下がるようにして一瞬動きを止め……次の瞬間には、ストーンパペットの振るう拳の威力そのものが利用され、通常よりも大きなその身体は地面に叩きつけられていた。


「……何が起こった?」


 一瞬の出来事故に、何が起きたのか全く理解出来無かった様子で呟くラムロス。それはハンマーを持った男も同様であり、ただ唖然として一連の動きを見守ることしか出来なかった。

 だが、ヴィヘラの攻撃はそれで終わりでは無い。地面を軽く蹴ると空中へと浮かび、足甲へと魔力を流して踵に刃を形成。そのまま起き上がろうとして地面に手を突いていたストーンパペットに、刃のついた踵を振り下ろして肩を破壊する。同時に爪の出たままの手甲を使い幾度となく拳を、足を振るい続ける。

 ラムロスやハンマーの男には目にも止まらぬ程の連続攻撃が数秒程続き、ヴィヘラが自らの戦闘欲を満たして攻撃を終了させた時、既にストーンパペットは身体の半分近くを失い、動くことも出来なくなっていた。

 それを見下ろすヴィヘラの顔には、艶然とした笑みのみが浮かべられている。

 ラムロスは、ただただ見惚れるようにそのヴィヘラの艶のある笑顔に視線を釘付けにさせられており、弓術士の男の声でようやく我に返ることになるのだった。

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