第402話

「ここが地下6階……上の階層と比べると、かなり違ってきているな」


 階段と魔法陣のある小部屋で、周囲を見回しながらレイが呟く。

 まだ小部屋の中だが、周囲の様子は明らかに上の階の石畳があった普通のダンジョンとは違っていた。

 スレイプニルの靴が露出した地面を踏み込む。

 地下5階までとは違い、まさに洞窟の中といった雰囲気の階層だった。踏んだ地面の感触でも分かるように、地面は剥き出しの土である。他にも所々に石の類が落ちている。


「何と言うか、これもまたダンジョンって雰囲気はあるけど……」

「そうね、どちらかと言えば見たまま洞窟だと思っていいわよ。ただ、洞窟なだけに鉱石の採掘が可能な場所があったりするし、ゴーレム系のモンスターも多いわ。……正直、ゴーレム系のモンスターとは言っても泥で出来たマッドパペットや石で出来たストーンパペットとか、レイと同じかそれよりも少し小さいくらいの大きさしかないゴーレムだけどね」

「ん」


 ビューネが天井を指差しながらヴィヘラの腕を突き、それに気が付いたヴィヘラが頷く。


「そうね。風の魔法を使うウィンド・バットもいるわね。こっちはゴーレムと違って注意が必要……」


 そこまで呟き、レイとセト、エレーナとその左肩に止まっているイエロへと視線を向けるヴィヘラ。


「……なんだけど、普通の冒険者ならともかくレイやエレーナには言うまでも無いわね。寧ろ、モンスターの方に注意しろと言いたくなるわ」

「それはちょっと言い過ぎではないか? 少なくても私はゴーレム系のモンスターはともかく、ウィンド・バットとかいうモンスターとは初めてだ」

「でも、所詮は低ランクモンスターよ。姫将軍ともあろうものが、そんな相手に苦戦するの? だとしたら私の目も曇っていたということでしょうね」


 強気で挑発的な笑みを浮かべつつ尋ねるヴィヘラに、エレーナもまたそう言われては退く訳にはいかず小さな笑みを口元に浮かべる。


「勿論自信はあるさ。だが、これまで遭遇したことのないモンスターなのだから、警戒するのは当然だろう? それとも、ヴィヘラは初めて遭遇するモンスター相手にも無策に突っ込んでいくのか?」


 エレーナ本人は気が付いていなかったが、ヴィヘラのことをきちんと名前で呼び始めている辺り、共に行動してある程度気を許し始めている証なのだろう。

 そんなエレーナの問い掛けに、ヴィヘラは当然とばかりに頷き……


「当然でしょう? 折角の未知のモンスターとの出会いなのよ? そんな相手と戦う時の対応力を身につけるには直接当たって身体で覚えるしか無いじゃない」

「……そうか」


 戦闘狂ここに極まれり、とでも言うようなヴィヘラの言葉にエレーナはどこか諦めたような溜息を吐く。


「ん」


 元気出せとビューネがエレーナの腰を軽く叩くのは、レイの目から見てもどこか印象的な光景だった。


「とにかく、ゴーレムとの戦闘は……ああ、そう言えばあったな」


 一瞬、脳裏に継承の祭壇で戦ったヴェルのゴーレムを思い出しながらそう告げる。


(あの時のゴーレムは錬金術で作られたゴーレムだったから魔石は無かったが……モンスターとしてのゴーレムには魔石があるのか? まぁ、その辺は実際に戦ってみれば分かるだろう)


「へぇ、レイはゴーレムと戦ったことがあるの?」

「いや、俺が戦ったのは錬金術で作り出されたゴーレムだから、モンスターとしてのゴーレムとは別物だと思ってくれ。で、聞きたいんだがこのダンジョンで出て来るゴーレム、いやそれよりも下位のパペット系モンスターってのは魔石を持っているのか?」


 もしもパペットが魔石を持っていないとすれば骨折り損のくたびれもうけだと少し心配になり尋ねたレイだったが、そんなヴィヘラは当然とばかりに頷く。


「魔石はあるわよ。それにこの子にとっても基本的にパペットは美味しい獲物なのよ」

「ん」


 ヴィヘラの言葉に躊躇無く頷きを返すビューネ。

 いつもより若干早い頷きを見て、エレーナは小さく首を傾げる。


「そんなにパペットというのは美味しいのか? 討伐証明部位を高く買い取って貰えるとかか?」

「残念。勿論ある程度の値段で買い取って貰えはするけど、重要なのは素材よ。泥で出来たマッドパペットの身体はそのまま錬金術の素材になるし、ストーンパペットはそれ以外にも多少の魔力が込められているから普通より少し高めの建築素材として売れるの。もっとも、いいことばかりじゃないけどね。特に倒すと泥と石になってしまうから、討伐証明部位はそのまま魔石なの。つまり、普通のモンスターを倒した時と比べて討伐証明部位分の値段は入らないってことね。もっとも、その分魔石の買い取りに多少金額を上乗せしてくれるんだけど」

「……ん」


 金を求めているビューネにしても、それは残念な出来事なのだろう。残念そうに下を向きながら同意する。


「それに量が量だから、ポーターでもいなければ石や泥を持ち帰るのは難しいんだけど……幸い、今日はレイがいるしね」


 チラリ、とレイへと視線を向けて呟くヴィヘラ。それが何を期待してのことなのかというのは明らかだった。

 もっとも、レイにしても自分の持っているミスティリングを出し惜しみするつもりはない。あるいは、レイが嫌っているような典型的な貴族のような相手ならそのような手段もとったかも知れないが。


「それとさっき言い掛けたことだけど、ウィンド・バットは普通なら接近に気を付けてって言いたかったのよ。もっとも、セトがいるとなるとその心配はいらないでしょうね」

「接近に?」

「ええ。元々蝙蝠だけあって隠密行動は上手いんだけど、そこに更に風の魔法を使っているから見つけにくいのよ。……普通ならね」

「ああ、なるほど。幾らそのウィンド・バットとやらが隠密行動が得意でも、セトの目や耳、鼻を欺ける程じゃない訳だ」

「そうなるわ。他にもオークとかゴブリンのようなモンスターも幾らかいるけど、その辺は気にする必要が無いでしょ。この階ではビューネの希望もあってちょっと稼いでいくけど、構わないかしら?」

「ん」


 ヴィヘラの言葉にビューネは小さく頷き、視線をレイとエレーナへと向ける。


「俺は構わない。どのみち俺達が用意してある地図は地下5階までだからな。今日の探索が終わったら地下6階以降の地図も買おうとは思ってるが、今日のうちに地下7階まで到達してくれるならこっちとしても願ったり叶ったりだ」

「そうだな、私としてもレイの意見に異論は無い」

「グルゥ」

「キュ!」


 レイとエレーナが頷き、セトとイエロも小さく鳴いて同意する。

 これでその場にいる全員の意見が纏まり、早速とばかりに4人と2匹は洞窟のようになっているダンジョンへと1歩を踏み出す。

 天井には壁よりは薄暗いが薄らと明かりを灯した鍾乳石が存在しており、地面は薄らとした水溜まりになっている場所もある。基本的には土の地面である以上、地下5階までの石畳に比べると足場は悪いと言えるだろう。


「……こうして見ると、改めて地下5階までとは随分と違うな」

「うむ。私達が以前に潜ったダンジョンのように、階層ごとに違うのだろう」

「うーん、半分正解ね」


 エレーナの言葉を聞いていたヴィヘラがそう告げ、説明を続ける。


「正確に言えば地下5階までが普通のダンジョンで、地下6階から地下10階まではここのように洞窟風。地下11階からは砂漠風というように、大体5階ずつで変わっていってるわ。……もっとも、地下16階以降は5階ずつじゃなくなって、1階とか2階とかでも変わるようだけど……それはまだレイやエレーナ達にはちょっと早いかもしれないわね」


 その言葉に微かに不愉快そうに眉を顰めたエレーナだったが、実際に自分やレイがダンジョンについてはまだ慣れていないというのも事実である以上は口を開く訳にもいかなかった。

 そんな風にして会話をしながら進むこと約30分。やがて先頭を歩いているビューネがそっと手を伸ばして一同の歩みを止める。

 同時に聞こえて来るのは、グチャ、グチャ、という聞くからに汚らしい音。


(ダンジョンでこの手の音だと……継承の祭壇のダンジョンで遭遇したゾンビを連想させるな)


 内心でそう考えつつも、レイの嗅覚は以前に嗅いだことのあるような腐臭を感じてはいなかった。

 チラリと横目で自分の隣を歩いているエレーナへと視線を向けるが、そこではレイと同じことを連想したのだろう、微かに眉を顰めているエレーナの姿がある。

 エレーナもその視線を感じたのだろう。レイの方へと視線を向ける。

 お互いの視線が交差し、同じことを考えていた2人が苦笑を浮かべていると『コホンッ』という小さな咳払いが聞こえてきた。

 そちらへと視線を向けると、どこか呆れた視線を2人へと向けているヴィヘラが口を開く。


「2人でイチャイチャするのはいいけど、出来れば戦闘が終わってからにして貰えるかしら」

「いや、別に私とレイは……」

「ほら、いいからいいから。取りあえず近づいて来ているのは、あの足音から考えてマッドパペットで間違い無いわ。……そうね、レイが戦ってみる?」

「俺がか?」

「ええ。足音から考えて1匹なんだし、戦闘経験を積んでおいた方がいいでしょ。……ビューネ、構わないわね?」

「ん」


 ヴィヘラの言葉に頷くビューネ。

 本人としてはマッドパペットはそれなりに稼げる相手ではあるが、無理をしてまで戦うべき相手でもない。それよりは、まだマッドパペットと戦ったことの無いレイやエレーナに戦闘経験を積んで貰った方がこの先のことを考えれば都合がいいと思ったのだろう。

 通路の暗がりの向こうから、次第に聞こえて来るグチャ、グチャ、という音。やがてその泥で出来た人影がレイの視界に見えるようになり……


「あれがマッドパペットか。まさに名前通りの人形だな」


 大きさで考えれば、身長150cm程。姿は一応人型と言ってもいいのだろうが、レイの言葉通りにあくまでも大雑把な人型でしか無い。手足があり、胴体と頭部がある。子供が泥遊びで作った人形をそのまま巨大化させた姿といったところか。

 頭部に関しても、目や鼻、口といったものは無く、のっぺらぼうに近い。だが、そんな状態でもどうやってか周囲の状況は確認しているのだろう。通路の先にレイ達がいると見るや、グチャ、グチャ、という音を響かせながら、先程までよりも若干速い速度で歩を進めてくる。

 その度に身体から泥がこぼれ落ち、洞窟の地面へとこぼしながら。

 周囲を汚しながら歩いてくるマッドパペットを見て、レイは小さく眉を顰める。


(とりあえずデスサイズを使った近接戦闘は止めておいた方がいいな。となると、魔法か)


 内心で呟き、魔力を集中しながら呪文を唱える。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 レイが使える中で、短い詠唱の割には魔力の大きさで威力は高い魔法。その呪文を唱えつつ石突きに30cm程の火球が形成され……


『火球』


 その言葉と共に魔法が発動し、石突きに作り出されていた火球が放たれ……


「あ」


 マッドパペットへと命中する直前、ヴィヘラが思わず声を出す。

 だが既に遅く、放たれた火球はマッドパペットへと命中し、次の瞬間には150cm程の泥の人形を炎で包み込み、瞬く間に乾かし、燃やし尽くす。数秒と経たずに地面へと崩れ落ちた泥……否、レイの火球により水分が完全に蒸発して焦げた土へと変化したマッドパペットの残骸を見てビューネが残念そうに呟く。


「……ん」


 ビューネの口から漏れたのはその一言だけだが、それだけに無念さとも思われるものを聞いた者に感じさせた。


「あら、まさかここまでやっちゃうとは思わなかったわね。てっきりあの大鎌で倒すと思ってたんだけど……まぁ、これも経験かしら」

「……何のことだ?」


 地面へと残っている、焼け焦げた土の山。それを見ながらヴィヘラの言葉に小首を傾げるレイ。


「マッドパペットの身体を形成している泥が錬金術の素材として有用だというのは言ったわよね?」

「ああ。確かに聞いたな」

「逆に言えば、泥でなければ錬金術の素材としては使えないのよ。土を泥にしている水の部分が重要らしくてね」


 ピクリ。ヴィヘラの言葉を聞き、思わず眉を動かす。その視線の先にあるのは、レイの魔法により水分が蒸発して焼け焦げ、半ばガラス化している土のみだ。そしてヴィヘラの言葉が正しいのなら、水分を失って泥では無くなってしまったこの土は錬金術の素材としては役に立たないことを意味している。


「悪い」


 さすがに炎の魔法を使ったのが失敗だったことを悟り、頭を下げるレイ。

 だが、ビューネとヴィヘラの2人はしょうが無いとばかりに首を左右に振る。


「これも経験よ。確かにレイの魔法の威力は高いし、敵を排除するという意味では問題ない。けど、敵によってはそのせいで素材を取れなくなるというのも覚えておくといいわ」

「ん」


 ヴィヘラの言葉にビューネが頷く。


「グルルゥ」

「キュ!」


 セトが元気を出して、とばかりに喉を鳴らしながらレイへと顔を擦りつけ、イエロも同様にレイの肩に止まって鳴きながらペタペタと前足で叩いてくる。

 そんな様子に、思わず和む一同。


「私も知らなかった以上は何も言えないが、あまり気にするな」


 エレーナからも励ましの言葉を貰い、一同はマッドパペットの魔石のみを入手して洞窟状のダンジョンの中を改めて進み始めるのだった。

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