第400話

「グルゥ」

「ん!」


 ダンジョンの地下4階を進み始めてから30分程。相変わらずの石畳といった、レイ達にとっては代わり映えのしない景色の中を進んでいると突然セトが声を上げ、数秒遅れてビューネもまた声を上げた。

 1人と1匹が声を上げたことで敵の接近を察知したレイ達は、それぞれが戦闘準備を整える。

 ビューネは両手に短剣を持ち、ヴィヘラは左右の手甲から鋭い爪を伸ばし、足甲の踵からは刃を生やす。エレーナは腰の鞘から連接剣を抜き、セトはいつでも飛びかかれるように微かに身を沈め、レイもまたデスサイズを構える。

 尚、エレーナの左肩に止まっていたイエロは、邪魔にならないように空中に浮かんでいた。

 そして……


「来たわよ。……でも、妙にゆっくりね。これは恐らく……」


 ヴィヘラの言葉が終わり、通路の先から姿を現したのは体長50cm程のモンスターだった。その数7匹。もぞもぞと、石畳の上をゆっくりと進んでくる。


「……警戒したのが馬鹿みたいだな。これがシール・ワームか」

「ん」


 地下4階で最初に遭遇したモンスターということで、何が起きても対応出来るようにしていたレイ達。だが、現れたのは動きの鈍いシール・ワームだったのだから、気が抜けても無理は無かった。

 溜息と共に吐れたレイの言葉に、ヴィヘラは苦笑を浮かべつつ口を開く。


「ま、実際相手の動きを封じるという意味では多少厄介だけど、あくまでも自分はサポート役に徹して、自分の攻撃力は無いに等しいモンスターだしね」


 エレーナもまた、もっと強いモンスターが姿を現すと想定していたのだろう。どこか戸惑ったようにシール・ワームへと視線を向けていた。


「ん!」


 そんな一行の中で、唯一張り切っているように見えるのはビューネ。いつもと変わらぬ無表情の中にも、目的としている素材を入手すべく、どこかやる気に満ちているように見える。


「グルルゥ?」


 どうするの? とばかりに喉を鳴らすセトの頭を撫でながら、再度デスサイズを構えるレイ。


「幾ら弱い敵だとは言っても、モンスターであることに代わりは無い。それにこのシール・ワームの魔石はまだ持っていないからな。俺にとってはビューネと同様に遭遇出来てラッキーな獲物だったよ」

「魔石?」


 そんなレイとは逆にやる気を失ったのか、手甲の爪と足甲の刃を消し去って尋ねるヴィヘラ。


(……何だ? 手甲や足甲に収納されるのではなく、消え去った? あの爪や刃は魔力か何かで形作られているのか?)


 連接剣を構えてシール・ワームの様子を確認しつつ、横目で見た光景に内心で小さく驚くエレーナ。

 だが、そんな風に考えている暇は無く戦闘が始まる。

 まず真っ先に飛び出したのは、当然の如く盗賊のビューネ。とても10歳という子供だとは思えない程の速度でシール・ワームへと近付いていく。そんなビューネを迎撃するようにシール・ワームの口から白い液体が吐き出される。石畳や壁に命中したかと思えば、その瞬間から硬化していった。だがビューネはそんな攻撃など意味は無いとばかりに、7匹のシール・ワームから吐き出される液体を回避しながら前へ、前へと進む。

 そしてとうとう接敵し、一番近くにいるシール・ワームの横を通り抜け様に地を這うかのような低い姿勢を取りつつ、柔らかい脇腹を斬り裂いていく。


「ギギギギギッ!」


 怒りか、はたまた痛みか。とにかく脇腹を斬り裂かれたシール・ワームが牙を擦るようにして声を上げ、それを合図にしたかのように周囲にいた6匹のシール・ワームが再び硬化液を吐き出す。

 狙いは既にシール・ワームの横を駆け抜けたビューネ……ではなく、ビューネの操る短剣によって深々と斬り裂かれたシール・ワームだ。傷口へと命中した硬化液は、そのまま傷口諸共に固まり止血することに成功する。


「あんな方法で傷の治療をするとは、さすがに予想外だった」


 そんなシール・ワームの様子を見ていたレイが思わず呟き、エレーナもまた同様だったのか無言で頷く。


「確かに今は一時しのぎで良かったでしょうけど……それも時間稼ぎにしか過ぎないわ。ほら、ビューネを見てみなさい」


 ヴィヘラの視線を追うと、そこには地面を蹴り、壁を蹴って三角跳びの要領でシール・ワームの頭上へと高々と舞い上がっているビューネの姿。そのままいつの間に取り出したか、長さ20cm程の針が複数指の間に挟まれていた。それらを大きく振り上げ……次の瞬間に投擲する。

 投擲とは言っても、レイが遠距離攻撃の手段として使っている槍の投擲とは全くの別物だ。身体全体を使って速度を増し、威力を上げているレイの投擲とは違い、ビューネが行った針の投擲は手首のしなやかさを利用して放たれたものであり、速度自体はそれ程速くないが、代わりに連射性、あるいは速射性に優れていた。

 数秒と掛からずに指の間に幾本も構えていた針を全て投げ終え、その後に残っているのは身体中を針で貫通されて身動きが出来なくなっている7匹のシール・ワームの姿のみ。

 持っていた針の全てを投げ終えたビューネは、そのまま再び左右の腰の鞘から2本の短剣を抜き去り……次の瞬間には地上へと落下。その落下速度を活かしてシール・ワーム2匹の頭部へと短剣の切っ先を埋め込む。

 そして通路の上に着地し、前方へ……シール・ワームのいる方へと向かって跳躍。横を通り抜け様に刃を振るい、針で刺されて動けなくなっているシール・ワームの身体を斬り裂いていく。その動きは一切止まることが無かった。セトがよくやるような、三角跳びにも似た動き。それを幾度となく繰り返しながら徐々に、徐々にとシール・ワームの身体を斬り裂いていく。

 本来であれば、その特徴的な硬化液で傷を塞ぐことも出来たのだろう。だが、針により身動きが取れなくなっている今の状況ではそれも難しい。それ故に、一方的に斬り裂かれ続け……やがてシール・ワームはその全てが息絶えることになる。


「ん!」


 これは自分の! と主張し、事実シール・ワームを倒したのはビューネ独力であったので、レイ達もそれを認めて素材を剥ぐのを手伝う。


「今の戦い、残酷だとか言わないのね。お堅い将軍様なんだから、てっきり文句を言うものだとばかり思ってたけど」


 ビューネの目的でもある、シール・ワームの体内に瓶を突っ込んで硬化液を採取した後で討伐証明部位兼素材の牙を剥ぎ取り、心臓から魔石を取り出す。そんな風に行動をしながら、それでも暇を持て余したのかヴィヘラがエレーナへと声を掛ける。

 別にシール・ワームの牙を剥ぎ取りながらその言葉を聞いたエレーナだったが、どこか挑発染みた……と言ってもいいようなヴィヘラの言葉に、真面目な表情を浮かべたまま口を開く。


「確かに一見するとなぶり殺しのような残虐な行為にも見える。だが、ビューネは普通の状態ではシール・ワームを一撃で倒すことが出来ないのだろう? それを速度で補って一撃の攻撃力を上げている。……別におかしな話ではないと思うが?」

「……そう、ね。それが分かるのならいいわ」


 ヴィヘラは返ってきた言葉に一瞬驚きの表情を浮かべ、やがて納得したように頷く。

 その脳裏に過ぎっているのは、以前同行することになったとある冒険者達だった。その冒険者達は自分達よりも10歳以上も年下であるビューネに対して嫉妬し、ビューネの戦闘方法は残虐で残酷で、冷酷だとまで言ったのだ。言われた本人はいつもと変わらずに無表情で受け流しているように見え、それ故にその冒険者達の口からでた責める言葉もより強いものになっていった。

 だが、これまでに何度かビューネとパーティを組んでいたヴィヘラには、ビューネが深く傷ついているのが分かった。もしビューネが止めていなければ、恐らくあのパーティはダンジョンの中で行方不明になっていただろうと思える程に怒ったヴィヘラだったが……結局そのパーティはその後自分達の実力も省みずに深い階層へと潜り、それ以降戻って来ることは無かった。


(フラウト家の生き残りでもあるビューネに対して辛く当たるとか、あのパーティにも色々と怪しいところはあったけど……あの件があってからそれまで以上にビューネは感情を隠すようになったし、野良パーティを組むことも無くなった。それを考えれば、こうしてレイやエレーナ達と野良とは言ってもパーティを組んだのはいいこと……なのよね)


 内心でレイとエレーナという人材に出会えたことを感謝するヴィヘラ。

 自分の興味がある2人の戦闘力だけでは無く、ビューネとも打ち解けてくれているのだから。


(ああ、でもそれだけに……この2人と戦って、その結果死ぬようなことになったらビューネも悲しむでしょうね)


 魔石を取り出しつつ、その時のことを想像してヴィヘラは微かに悲しげな表情を浮かべる。

 だが例えどのような思いがあろうとも、ヴィヘラにはレイとエレーナの2人と戦わないという選択肢は存在していなかった。そう、例えその戦いで自分かレイ、あるいはエレーナが死ぬことになったとしてもだ。

 身の内で燃え盛り、自分自身すらも燃え尽くすような戦闘欲求。今は幸いチリチリとした朧気な炎ではあるが、いずれその炎が大きくなるのはヴィヘラにとって確定事項と言っても良かった。

 そしてその炎が大きくなった時にレイやエレーナと戦闘を行えば、どれだけの充実度や快感というものが己の身を満たすのか。その昂ぶりを思えば、原初の衝動とも呼べるそれを止めることなど出来る筈も無い。


(私の中にある炎が少し燃え上がっただけであれだけの戦いを楽しめたのだから)


 前日のレイとの戦いを思い出し、うっとりとするヴィヘラ。幸いその表情を見ている者は誰もいなかったが、もしその辺の男が今のヴィヘラを……その、見ただけで魂を奪われる程の艶を浮かべている表情を見ていれば、己の実力すらも弁えずに襲い掛かる者が多数出ていただろう。

 自分にしろ、レイにしろ、本来の武器を使わないような中途半端な戦いであってもあそこまで燃え上がることが出来たのだ。それが、もし2人共が万全の状態で戦ったとしたら……

 トクン。

 その時のことを想像しただけで、まるで恋でもしているかのように酷く胸が高鳴る。


「ん!」


 そんなヴィヘラへと、ビューネが心配したのか声を掛けた。

 殆ど感情を表さないビューネだが、その瞳には微かに……ほんの微かにだが心配そうな色が浮かんでいる。

 それを見て取ったヴィヘラは、小さく首を振って笑みを浮かべる。同じ笑みでも、先程までの笑みとは全く違う優しい笑み。


「ふふっ、何でも無いわよ。それよりも……はい、これ。シール・ワームの魔石と討伐証明部位の牙よ」

「ん」


 差し出されたそれらに、小さく頷きながら腰のポーチへと入れる。

 エレーナの持っているマジックポーチとは違いごく普通のポーチなので、中に収納出来る量は決まっている。

 金を稼ぐ必要のあるビューネとしては、普段から出来るだけ高価で場所を取らないもの――主に魔石――を集めていた。

 もっとも、今日に限って言えばミスティリングを持っているレイや、それには及ばないとしてもマジックポーチを持っているエレーナもいるので持ち帰りの心配はいらないのだが。

 得ることの出来た素材や魔石、そして硬化液の入った瓶を見てビューネは満足そうに頷く。


「ちょっといいか? 出来れば、次にシール・ワームが出て来たら2匹程こっちに譲って欲しいんだが」

「ん?」

「2匹でいいの?」


 ビューネの代わり、とでもいうように尋ねるヴィヘラへと頷くレイ。


「趣味でモンスターの魔石を集めていてな。シール・ワームの魔石はまだ持っていないから、保存用と観賞用に1つずつ確保しておきたい」

「んー……ん!」


 分かったと声を出すビューネに、軽く礼を言いながら一行はそのままダンジョンの中を進んで行く。


「上の階までは地図を見ながら進んできたんだが……さすがに盗賊のビューネがいれば、地図を見る必要も無いな」

「そうだな。ダンジョンの通路を覚えているというのはさすがだ。ダンジョンの探索で盗賊が人気な理由も納得だよ」


 そんな風に話しながら歩いているエレーナとレイ。だが、それは違うとヴィヘラは口を挟む。


「それはちょっと違うわね。盗賊と言ってもピンキリよ。特に腕の悪い盗賊なんかは、罠を見抜いたり解除したりも出来ないわ。それを考えれば、ビューネがどれだけの盗賊なのかが分かるでしょ?」

「具体的には、どのくらいの腕なんだ?」


 何故か自慢気なヴィヘラへと尋ねるレイ。

 レイの知っている盗賊と言えば、ランクアップ試験で共に行動したキュロットとオンズ。更には専門的な盗賊では無いが、ある程度盗賊の技能も持っている万能な冒険者のルーノや、エレーナの護衛騎士団でありながらも裏切ったヴェルといったところだ。

 そんな風に考えながら尋ねたレイに、迷い無くY字路で右の道を選んだビューネを見ながらヴィヘラは言葉を返す。


「そうね。純粋に盗賊としての腕だけで言えば、あの年代で考えると世界でも上位に位置すると思うわ。……まぁ、そもそもあの年代で冒険者をしている子がどのくらいいるのかは分からないけど。盗賊全体で見れば、中の下から下の上といったところかしら。今の年齢でそのくらいなんだから、このまま大きくなったらどれだけの腕前になるのかは……推して知るべしってところね」


 罠を警戒しながら通路を進むビューネを見ながら、そう告げるのだった。

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