第394話

「なっ、こ、これは!?」


 ソード・ビーにより包囲されていた状況で、いきなり背後にいた40匹程のソード・ビーが纏めて消滅する。

 否、それは消滅というよりは焼滅とでも呼ぶべき現象。

 そして何よりも、聞こえてきた声と姿はリーダー格の男にとっては聞き覚え、見覚えのありすぎるものだった。


「レイさん!?」


 その声に頷きつつ、レイ、エレーナ、セトの2人と1匹は後ろから近付いていく。

 イエロのみは自分で飛ばずに、エレーナの左肩に止まっていたが。


「何でここに? 確か地下4階に向かっている筈では?」

「何、ちょっとした野暮用でな」


 前、左、右と背後以外の全てをソード・ビーに囲まれているにも関わらず、デスサイズを構えたまま気楽に告げるレイ。

 その様子にリーダー格の男は絶対的な安心感というものを……それこそ、自分達の兄貴分でもあるボスクから感じるのと同様の安堵感を胸に抱きつつ口を開く。


「野暮用、ですか? いえ、もっとも俺達はレイさんのおかげで助かりましたけどね。まさか、ソード・ビーがこんな風な攻め方をしてくるとは思いませんでしたから」

「だろうな。こいつ等は普通のソード・ビーじゃない。……いや、正確に言えばこいつらを率いてるソード・ビーが普通じゃないって言うべきだろうな」

「普通じゃない、ですか?」

「ああ。女王蜂のように、普通のソード・ビーよりも遥かにでかいボスが率いている。……知ってるか?」


 チラリ、とセトに背後を任せると視線を向けながら問うレイ。

 部外者がいる以上はセトのスキルを使える筈も無く、それ故にセトは直接自らの肉体で攻撃を行うべく、ソード・ビーのいる方へと向かう。

 冒険者の男達が唖然としつつ自分達の横を通り過ぎるセトを見ている視線を気にした様子も無く。


「女王蜂、ですか? いえ、残念ですが聞いたことが無いですね。……おい、誰か知ってる奴はいるか?」

「あ、俺聞いたことがあります」


 自分の弟分へと声を掛けたリーダー格の男の声に、盗賊の男が短剣を構えながら、いつソード・ビーに襲われてもいいように牽制しつつ言葉を返す。

 ソード・ビーは、自分達の前でそんなやり取りをしているというのにまったく動かない。……いや、動けないでいた。

 完全にレイ達を撒いたと思って冒険者に襲撃したというのに、呆気なく自分達の前にレイ達が姿を現したからだ。

 女王蜂にしても、ソード・ビーの後ろで翅を鳴らしながらレイを見やる。

 虫型モンスターの常として感情が無いような複眼ではあったが、それでも翅を鳴らしているその様子はもし誰かが見ていれば苛立ちを見てとれたことだろう。

 自分達の群れをあっさりと倒せるような相手を再び前にし、一旦退くかどうかを考える女王蜂。だが、あれだけの距離を開けたにも関わらず追って来たのを思えば、ここで幾ら逃げても無駄だと判断。どうせなら向こうに足手纏いがいるこの状態で戦うことを決断する。

 女王蜂のミスは自分達の力の過信。そしてレイ達の強さに目が眩んだことだろう。確かにレイやエレーナ、あるいはセトの戦力は圧倒的と言ってもいい。だが、それとは別にレイ達から逃げ切ったと安堵して襲いに掛かった6人の冒険者達も、決して侮っていいような相手ではなかったのだ。本来ならもっと深い階層で活動をしている冒険者達であり、相応の――少なくてもこの地下3階は楽に攻略出来るだけの――実力は持っているのだから。

 この辺、女王蜂とは言っても所詮はランクEのソード・ビーの女王蜂であるのだろう。


「キキキキキッ!」


 翅を鳴らしてソード・ビーへと指示を出す。最初にここにいた男達を狙えと。足手纏いは最大限に利用しろと。

 その指示に従い、ソード・ビーは一斉に攻撃を開始する。

 無数のソード・ビーが腹部から伸びている剣で斬り裂かんと男達へと向かって行くが……


「何だこいつら。俺達だけを狙うだと? あまり俺達を舐めて貰っちゃ困るぜ!」


 その声と共に、リーダー格の男が剣を素早く振るう。

 一閃、二閃、三閃。素早く空中を剣が通り過ぎ、その後に残っていたのは胴体を切断された数匹のソード・ビーのみ。


「……へぇ」


 近くでその様子を見ていたレイが感心したような声を上げる。

 前日の出来事から考えて、これ程に腕が立つ相手だとは思わなかったのだ。

 そして男の背後でも槍や短剣、弓、長剣、バトルアックスといったものを振り回して自分達に襲い掛かってくるソード・ビーを次々に倒していく。

 最初にいきなり自分達を包囲するようにした現れたソード・ビーに驚いた男達だったが、本来の実力を発揮すればランクEモンスターのソード・ビー如きは敵ではない。次々に減っていく敵の数。

 だが……


「このままだとちょっと不味いな」


 レイ自身もデスサイズを振るって数匹のソード・ビーを纏めて胴体を切断しながら呟く。

 確かに敵はそれ程強くなく、今はレイや冒険者の男達が有利に戦うことが出来ている。……そう。今は、だ。


(数が多い。いや、多すぎる。となると……雑魚を相手にするよりも大本の命令を出している女王蜂を倒した方がいいだろうな)


 元々の狙いがソード・ビーではなく、女王蜂の方であるレイは素早く考えを纏めて周囲を見回す。これだけ的確に指示を出している以上はこちらの様子を確認出来る場所に女王蜂がいるだろうと判断して。

 だが、それでも周囲に見えるのはあくまでも30cm程のソード・ビーのみ。女王蜂の姿はどこにも見えない。


(ちっ、初遭遇の時に脅かしすぎたか? けどまさかこうまで頭が回るとは思わなかったしな。それに蜂だというのも関係あるんだろうが、ソード・ビーが自らの身を捨ててまで女王蜂を守るとは思わなかった。となると奴を見つけるのは……)


 姿が見えない以上、女王蜂を見つける手段は少ない。その少ない手段を取るべく周囲を見回す。

 幸い、冒険者の男達はリーダー格の男の指示に従って十分以上に対抗出来ているのを確認し、背後から回り込んできているソード・ビーと戦っているセトへと声を掛ける。


「セト、女王蜂を頼む!」

「グルゥ? ……グルゥッ!」


 ソード・ビーを前足で叩き落とし、鋭く鳴くセト。そのまま床を蹴り、壁を蹴って三角跳びの要領で冒険者の男達の頭上を通り越し、ソード・ビーが最も多く飛んでいる場所へとわざと突入し、30匹近いソード・ビーをその場で吹き飛ばしながらレイの側に着地。同時に数秒程周囲を睨みつけるように見回す。

 本来感情というのものが殆ど無いソード・ビーだが、それでも何か感じるものがあったのだろう。空中で一瞬動きを止めたその瞬間、十字路の右側から女王蜂の臭いを嗅ぎ取ったセトはそちらへと向かって床を蹴る。


「グルルルルルルゥッ!」


 雄叫びを上げながら再度の跳躍。そのまま地を蹴り、壁を蹴り、更に反対側の壁を蹴り、翼を羽ばたかせて速度をコントロールしながら天井を蹴りと、まるでピンポン球の如く進んで行き……


「キキキキキキッ!」


 セトが自分に向かって来ているのに気が付いたのだろう。翅を鳴らして周囲にいるソード・ビーへと指示を出し、同時に風の刃を複数放つ女王蜂。

 放たれた風の刃は見えず、真っ直ぐにセトへと向かう。

 当然、そうなればセトへと襲い掛かっているソード・ビーも無傷では済まず、身体を切断されたソード・ビーも多く出る。

 だが女王蜂に指揮されているソード・ビーは、自分達の被害を省みることなくセトの前に立ち塞がった。


「グルルゥッ!」


 見えない風の刃が迫ってきているのを切断されてるソード・ビーを見て気が付いたセトは、鋭く鳴いて翼を羽ばたかせながら強引に軌道を変える。その勢いのまま再び壁を蹴り……とうとうその姿は目標の前、即ち女王蜂の前へと辿り着く。


「キキキキキッ!」


 これ以上はさすがに逃げ切れないと判断したのだろう。女王蜂は翅を鳴らして威嚇しつつ風の刃を幾つも放ち、同時に毒針を突き出す。


「グルゥッ!」


 自分に凶悪な風の刃が迫っていると察知しつつ、それでもセトは勇ましく鳴きながら前へと出る。

 見て回避するのではなく、聴覚や嗅覚といったものを利用し、更には第六感のようなものまで使いながら風の刃を回避しつつ前へと向かう。

 幾つもの風の刃が放たれ、どうしようも無い時にはスキルのサイズ変更を利用して身体の大きさを変更。そのまま風の刃の間を擦り抜けるようにして前へと突き進む。

 幸いだったのは、セトの秘密を知らなかった冒険者の男達はソード・ビーの相手で手一杯だったことだろう。幾ら実力で圧倒しているとは言っても、ソード・ビーの数は無数とも言える程に存在していたのだから。

 男達は確かにもっと下の階層で活動している冒険者だが、だからと言ってレイやエレーナのように桁外れの強さを持っている訳では無い。幾らこのエルジィンでは質が量を覆すとは言っても、その質には当然一定以上の強さが求められる。

 そして男達はソード・ビーの群れを相手にするだけの質を有している訳では無い。それ故に現状維持が精一杯であり、セトがスキルを使った事により体長が1m程にまで縮んでいたのを見ることは出来なかった。

 だが、それを目の前でまともに見た女王蜂はそうはいかない。何しろ絶対に回避不可能な密度で放たれた風の刃を回避されたのだ。本来であれば風の刃で身体中を切り刻まれたところに毒針を撃ち込もうと、待ち構えていた一瞬。その一瞬が逆に女王蜂にとっての致命的な隙となる。


「グルルルルルゥッ!」


 雄叫びと共にセトの姿が2mを超える元の体長へと戻り、振るわれる前足。グリフォン本来の膂力に、マジックアイテムの剛力の腕輪の効果が重なり合って振るわれたその一撃は、例え女王蜂と言えども体長1m程度のモンスターの耐えられるものではなかった。

 鷲爪が毒針の生えている腹部を吹き飛ばし、その勢いで女王蜂の身体が勢いよく半回転して頭部が下へと向けられる。そこにセトの前足が無慈悲にも襲い掛かり……次の瞬間、女王蜂の頭部は腹部同様に破裂した。


「グルルルルゥッ!」


 通路に散らばった女王蜂の死体を眺め、勝利の雄叫びを上げるセト。

 すると、まるでそれが合図だったかのように冒険者やレイ達を襲っていたソード・ビーの動きが一瞬止まり、次の瞬間にはそれぞれが逃げるようにあらぬ方へと飛んで行く。

 その場にいた者は、ただそれを見送るだけだった。

 勿論追撃しようと思えばそれも出来ただろう。だが、それをするには男達は連続した戦闘で疲れ果てていたし、レイやエレーナは特にソード・ビーを倒したいと思う理由も無い。

 特にレイにとっての目的はあくまでも女王蜂の魔石であり、通常のソード・ビーには興味は無い。


「ふぅ……つっかれたなぁ!」


 男達の中の1人がそう叫びながらダンジョンの壁へと寄り掛かる。

 それを見ていた他のメンバーも同様にそれぞれが休憩したり、ポーターの男から水筒を受け取って水を回し飲みしていた。


「おい、お前等! 休憩前にまずは魔石と討伐証明部位の剥ぎ取りだ!」

「えー……兄貴、少しくらい休んでも」

「ふざけるなっ! ボスクの兄貴がいつも言ってるだろ! ダンジョンの中ではくれぐれも油断をするなって。とにかくさっさと作業に入れ!」


 リーダー格の男がそう叫び、レイ達の方へと視線を向けて来る。


「その、助けてくれてありがとうございます。それで、その……お互いの取り分についてなんですが……」


 どこか遠慮するように声を掛けてくるリーダー格の男に、レイはエレーナと視線を合わせてから小さく頷く。


「そうだな、ソード・ビーに関してはお前達に譲ってもいい。ただし、あの女王蜂に関してはこちらで貰いたい」

「そんなっ! それだと俺達が貰いすぎですよ! 命を救って貰った恩人に対して、ぼったくるような真似はできません。女王蜂を倒したのはそちらなので譲るのは全然構いませんが……」

「気にするな。そもそも俺達がダンジョンに潜っているのは、マジックアイテムや珍しいモンスターの魔石を手に入れる為だからな。ソード・ビーに関しては以前魔石を入手しているから、特に欲しいわけではないんだよ。金に関してもそれ程困ってる訳じゃ無いし」

「ですが、その……」


 更に何かを言い募ろうとしてくるリーダー格の男に、これ以上話しても無駄だろうと判断するレイ。

 だが、そう判断はしながらも内心では目の前にいる男を軽く見直していたのも事実だった。

 何しろ、周辺に転がっているソード・ビーの死体は100匹分はある。あるいはもっといるかもしれない。それを考えれば、自分達だけで独占したいと考えるのが当然だろう。それなのに、わざわざ分けないかと言ってきているのだから。

 しかし、レイにしても女王蜂はともかくここでソード・ビーを全て解体するというのは手間だし、かといってミスティリングに収納して後でチマチマと魔石を取り出したりするのも面倒臭い。

 結局金と手間を天秤に掛けただけのことだったのだ。

 それ故に小さく肩を竦めると、女王蜂の死体で無事に残っている胴体だけをミスティリングに収納して、後ろでまだ何か声を掛けて来ているリーダー格の男をその場に残してエレーナやセト、イエロと共に去って行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る