第393話

 時は少し戻る。

 地下3階の、十字路が幾つも連なった迷路のような場所を地図を見ながら進んでいたレイ達は、迷いはしていないものの同じような景色が延々と続くことに次第に進行速度が鈍ってきていた。

 景色の問題もそうだが、罠を警戒しながら進んでいるということや、モンスターがちょくちょく襲い掛かって来るのも原因である。

 モンスター自体は片手間の一撃で倒せるような低ランクモンスターなのだが、モンスターが現れる度に歩みを止めて迎撃し、魔石を取りだして……とやっているので、一向に距離を稼ぐことが出来ずにいるのだ。


「ちっ、またソード・ビーか。今日はやけにこいつらが襲ってくるな」


 振るわれたデスサイズの一撃により、ソード・ビーは数匹纏めて胴体が切断されてダンジョンの通路へと落ちていく。


「キュ!」


 そんな中をイエロは背後からソード・ビーに追われつつセトの方へと逃げていく。


「グルルルルゥッ!」


 高く鳴きながら口を開くセト。イエロが自分と擦れ違ったのを入れ違いにクチバシを開き、ファイアブレスを吐く。

 セトには幾つもの遠距離攻撃手段があるが、その中で最も威力と攻撃範囲に優れているのがファイアブレスだ。その炎を吐いたまま首を動かし、イエロの後を追っていた10匹程のソード・ビーへと高温の炎を浴びせかけ、全身を焦げさせながら通路へと落下していく。

 エレーナもまた連接剣を鞭状にして振るい、5匹のソード・ビーを纏めて斬り裂いていく。

 レイの放った火球が最後に残っていた数匹のソード・ビーを纏めて灰と化し、ようやく戦闘が終わる。


「はぁ、何だって俺達の方にこいつらが襲ってくるんだろうな。どうせなら、ソード・ビーの魔石を狙っているさっきの奴等の方に行けばいいものを」


 溜息を吐きながら、素早く解体用のナイフでソード・ビーの魔石をえぐり出し、討伐証明部位の尾から生えている剣の部分を切り取っていく。


「まぁ、そう言うな。魔石に関してはなるべく多く持ってきてくれと言われていただろう? それを考えれば決して悪い出来事じゃない」


 レイへと返しながら、エレーナもまた見よう見まねでソード・ビーの解体をしていく。

 尾から生えている剣の切り取りは難しく無いのだが、さすがに心臓に埋まっている魔石を取り出すのはまだ慣れないらしく少し手間取っている。

 もっとも、レイがこの世界でウォーターベアを解体した時に比べれば随分と素早く、丁寧でもあったのだが。


「確かに魔石を欲しているとは言ってたが、それでも限度があるだろ。……ソード・ビーの魔石は小さいから、それこそ安値で買い叩かれるだろうし」

「それでもエグジルの住人が魔石不足になるよりは、多少の苦労をしてでも魔石を売った方がいいだろう?」

「……エグジルの住人の数を思えば、焼け石に水だと思うけどな」


 そんな風に会話をしながらもソード・ビーの魔石や討伐証明部位をミスティリングの中に収納していく。


「せめて、獣型のモンスターなら多少は食料になるんだろうけど……虫じゃなぁ」


(まぁ、日本ではスズメバチとか蜂の巣、蜂の幼虫が高級食材だって聞いたことはあるけど……蜂蜜はともかく、さすがに虫はな。いや、オークとか普通に食べているんだから無意味な拘りなのは分かってるけど)


 モンスターとは言っても2本の足で立って両手で武器を持って使うオークや、あるいはリザードマンといったモンスターの肉を平気で食べることが出来るレイだったが、さすがに虫を食べる気にはならなかった。

 もっとも、セトはクチバシで突いておやつ感覚で食べており、イエロもまたセトと同様に興味を持ったのか味見をする程度に食べてはいたのだが。


「ほら、とにかく進むぞ。このまま進めば後それ程掛からないで地下4階の階段に到着する筈だからな」

「……やっぱり盗賊は必要だよな」


 またもや始まる、罠を探しながらのゆっくりとした移動速度を思って溜息を吐くレイ。

 エレーナもそれに同意するように小さく苦笑を浮かべるが……


「グルゥッ!」


 そんな一瞬だけ弛緩した空気の中、突然セトが鋭く鳴く。

 その鳴き声に含まれている警戒を理解し、レイは何も言わずにデスサイズを、エレーナも連接剣を構える。

 いつ襲われても対応出来るように素早く周囲を見渡しながら、舌打ちをするレイ。

 現在レイ達がいるのは丁度十字路の真ん中。つまり、前後左右どこから敵が来てもおかしくはないのだ。

 幸いセトは十字路の中でも右の方へと視線を向けているので、敵が来るとしても右側に最も強い敵がいるのだろうと判断したレイはいつでも先制攻撃として魔法を発動出来るようにしながら待ち受ける。

 そんなレイの横でエレーナが小さく口を開く。


「……敵か?」

「それは間違い無い。ただ、場所が悪い。来た方向に……いや、駄目だな」


 一旦後退するという言葉を口に出そうとしたレイのドラゴンローブを、セトがクチバシで引っ張って小さく首を振る。


「となると……右方向から来る敵を速攻で倒してしまうのが手っ取り早いだろうな」

「しょうがない。ただ、この階層の敵を考えると出て来る敵は大体予想出来るのが救いと言えば救いか」

「まあな」


 エレーナの言葉に小さく笑みを浮かべるレイ。

 出て来る敵のほぼ全てがソード・ビーであり、セトがいるにも関わらず襲ってくるのは本能的な恐怖を抑える何かがあるとしか思えなかった。そうなると選択肢はそれ程多くはない。即ち……


「やっぱりな」


 通路の奥から姿を現した敵を見ながら呟くレイ。

 通常体長30cm程の大きさのソード・ビーだが、目の前にいるのはその3倍近い大きさで約1m程の体長をもつソード・ビーだ。


「希少種か上位種か、あるいは単純に女王蜂か。……どう思う?」

「レイでも分からないのか?」

「ああ、残念ながらな。俺が持っているモンスターの本には載っていなかった」


 迷宮都市であるここなら、ギルムよりも情報量の多いモンスター図鑑が売ってるかも? そんな風に思いつつ、以前に読んだモンスター図鑑やゼパイルの知識を探るが、目の前にいる巨大なソード・ビーに関しては何も情報が無い。


「なら取りあえずは女王蜂として対処した方がいいだろうな。希少種や上位種よりは、まだ女王蜂の方が可能性が高いだろう?」


 連接剣をいつでも振るえるように構えつつ、目の前にいる自分達を包囲せんとしているソード・ビーへと視線を向けながらのエレーナの言葉に、レイもまた同様だとデスサイズへと魔力を集中しながら頷く。

 静かにお互いの様子を観察しあっていた均衡を崩したのは、レイの放つ魔法だった。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 その詠唱と共に石突きの部分に30cm程の火の玉が作り出され……


『火球!』


 魔法が完成し、炎の球は真っ先に女王蜂と思われる相手を焼き尽くそうと空中を飛び……


「キキキキキッ!」


 女王蜂の翅が擦り合わせられ、まるで鳴き声のような音が周囲に響く。いや、それは明らかに声の一種だったのだろう。まるで女王蜂を守るかのように大量のソード・ビーが火球の前に身を晒しては燃やし尽くされていくのだから。まさに身を張って女王蜂を守るその様子を見ながら、レイは舌打ちをする。


(女王蜂だけあって、味方に連携を取らせるのはお手のものって訳か。となると……無理矢理にでも先に女王蜂を叩いておくべきだな)


 素早く判断し、エレーナに視線を向ける。

 その視線だけでレイが何をして欲しいのかを理解したのか、エレーナは連接剣を鞭状にして振るう。

 エレーナの魔力によってコントロールされた剣先は、空中を複雑な軌道を描きつつソード・ビーを回避しながら女王蜂へと向かい……だが、命中する寸前に身を投げ出すようにして女王蜂の前に飛び出てきたソード・ビーが剣先を身体で止める。


「グルルルルゥッ!」


 そこに隙を見つけたのか、セトがウィンドアローを使い女王蜂の周辺にいるソード・ビーを貫き……


「道が開いたなっ! こっちの戦闘力を見誤ったお前のミスだ!」


 その言葉と共に、ミスティリングから取り出した槍を女王蜂目掛けて投擲するレイ。

 空気を斬り裂くようにして放たれた槍は、それでも女王を守ろうとして身を投げ出したソード・ビーを次々に貫き、砕き、破壊し、粉砕しながら飛び……それでも軌道を変えることなく女王蜂の大きく膨らんだ胴体目掛けて突き刺さらんとした、その瞬間。


「キキキキキッ!」


 女王蜂が翅を鳴らすと、レイ達とソード・ビーとの間を遮るようにして風の障壁が発生。女王蜂の姿を隠すことになる。

 それでもレイの放った槍は風の障壁を貫くが、軌道は明確に女王蜂から外れていた。


「風の魔法!? ……まさかあんな隠し球があったとはな」

「レイ、駄目だ。他の場所から迫ってきているソード・ビーの姿も見えない。どうやら撤退したらしい」

「一旦撤退? なるほど、そうなると」


 レイが呟いたその時、丁度風の障壁が力を失い向こう側の様子が見えるようになる。

 そこには当然女王蜂の姿は無く、ただレイが放った槍が貫いたのだろうソード・ビーが数匹串刺しにされたまま壁に突き刺さっているだけだった。

 更に最悪だったのは、あれ程倒したソード・ビーの死体が風の障壁に巻き込まれて全て粉々になり、魔石も討伐証明部位も剥ぎ取れなくなっていたことだろう。

 その様子に舌打ちしながら、溜息を吐くレイ。


「部下を逃がしたんだから、当然自分も逃げているのは分かったが……それでも、まさか自分の部下の死体を粉々にしていくとはな。こっちの狙いが魔石や素材、討伐証明部位だと把握してるのか?」

「……可能性はあるな。虫系のモンスターは基本的に何も考えていないのが多いが、時々妙に知恵の回る奴がいると聞く。今のがそれだったかもしれない。女王蜂と予想されるし。……どうする?」


 そう尋ねつつも、エレーナはレイの返答を半ば予想していた。

 今の様子を見る限りではソード・ビーの女王蜂とレイが遭遇したのは初めてであり、そうなれば当然……


「あいつの魔石はまだ吸収していないからな。当然追うさ」

「だと思ったよ。全く、これだからレイは1人にしておけないのだ。わ、私が一緒についていなければな」


 最後に若干言葉に詰まりつつもエレーナは言葉を続ける。

 本人にしてみれば精一杯のアピールだったのだが、残念ながら女王蜂の魔石に意識が向いているレイに対しては効果が無かった。

 周囲の様子を確認し、女王蜂が飛んでいったと思われる方向へと視線を向けていたレイは数秒程考えてやがて決断を下す。


「悪い、エレーナ。あの女王蜂の魔石は入手しておきたい。真っ直ぐに地下4階の階段に向かいたいところだけど」

「はぁ。……分かった。まぁ、レイのことだからそうなるとは思っていたさ。もう少しくらいは私のことを気にしてもいいと思うのだがな」


 自分のアピール自体が全く無かったことになっているのを知って小さく溜息を吐くが、エレーナにしてもレイの目的に合わせるのに否はない。


「じゃあ行くか。とは言っても、こうも十字路が連なっている場所だとな。……セト、頼めるか?」

「グルルゥ!」


 レイの声に任せろとばかりに喉を鳴らすセト。その頼もしい様子に小さく笑みを浮かべ頭を撫でる。

 セトは一瞬気持ちよさそうに目を細めるものの、すぐに駆け出す。

 匂いはまだ残っているが、時間が経てばそれだけ後を追うのが難しくなるからだ。

 そしてレイ達もまた、セトの後を追うようにして走り出す。

 本来であれば罠を警戒するという意味も込めて進んでいたのだが、現状でそんなことをしていれば間違い無く女王蜂には逃げられる。それを思えば、多少の危険を覚悟してでも一気に通路を走り抜けて標的の女王蜂に追いつき、倒してしまった方が早いという判断からだ。

 レイにしろエレーナにしろ、口には出さずに視線を合わせただけでお互いの意志を確認して行動へと移していた。


(幸い、地下3階の罠はどれもこれも大したことの無いやつだけだったしな)


 セトの後ろ姿を追いながら内心で呟くレイ。

 エレーナが自分の隣を走り、イエロはそんなエレーナの左肩の上に乗っている。2人と2匹というパーティだったが、言葉を交わして無駄な時間を使うでもなく意思疎通出来るという状態に不思議な満足感を覚えるレイ。

 そのままダンジョンを駆け抜け、右に左に時には真っ直ぐにと、幾つもの十字路が配置されている中を迷いもせずに進み続ける。

 時々十字路を曲がった瞬間にモンスターと遭遇することもあったが、その殆どがゴブリンのような低ランクモンスターであった為に横を通り抜け様にレイのデスサイズが、エレーナの連接剣が斬り裂き、あるいはセトの前足の一撃により頭部や身体を砕かれていく。

 中でも不運だったのは通り抜け様にセトの肩にぶつかったゴブリンだろう。面倒だとばかりにゴブリンをダンジョンの壁に押しつけつつ速度を落とさずに走った結果、壁により身体を削られてようやくセトから解放された時には体重は半分以下にまで減っていたのだから。

 そして……


「グルゥッ!」


 短く吼えるセト。

 その声を聞き、女王蜂へと追いついたことを知ったレイだったが、すぐに戦闘音が聞こえて来るのに気が付く。

 怒声や悲鳴、あるいは何かを斬り裂く音や叩きつける音。それらを聞きながら、レイの脳裏には階段前であった冒険者の声が思い浮かぶ。

 そして最後の角を曲がった時に目に入ってきたのは、間違い無くレイの予想通りの光景だった。

 念の為とばかりに唱えていた魔法を放ち、冒険者から少し離れた位置にいるソード・ビーを纏めて燃やし尽くし……


「手助けはいるか?」


 そう声を掛けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る