第395話
エグジルにあるダンジョンの地下4階。ソード・ビーの件が済んでから1時間程経った後、そこにレイ達の姿はあった。
「ここが地下4階か。またしても変わらず、だな」
階段と魔法陣のある部屋を見回しながら呟くエレーナ。
周辺にあるのは石畳と壁であり、その様相は地下3階と全く違った様子が無い。
「こうして見ると、私達が継承の祭壇を求めて潜ったダンジョンがどれだけ規格外だったのかが分かるというものだな」
「あそこも上層部は普通の通路で、ある程度潜ってから変わったダンジョンになっていってたな。けど、あそこはダンジョンが出来てからまだそれ程経っていないから浅かったし、その影響もあるんだろ。そう考えれば、恐らくこのダンジョンももっと深くまで潜ればあの時のように森とかがある……かもしれないな」
「だといいがな。さすがにこうも同じ景色ばかりでは飽きてくる。……それよりもこれからどうする? この階層を少しでも探索していくか? それとも地上に戻るか?」
そんなエレーナの問いに、レイは頭を擦りつけて甘えてくるセトの背を撫でながら数秒程考え、エレーナを一瞥してから決断する。
「今日はもう戻ろう。あのソード・ビーで無駄に疲れたし、何だかんだ言って俺達がエグジルに来てからはまだ数日、順調に進んでいるしな。ここで無理をする必要は無い」
「私としてはもう少し探索してもいいのだが……」
そう言いつつも、レイがここで探索を終えると言っているのはダンジョンのような場所に慣れていない自分のことを思ってだというのは理解しているのだろう。戦場での強さに関しては軍人でもあるエレーナにとっては問題無い。だが、ダンジョンという畑違いの場所で罠を警戒しながらの移動や、どこから現れるか分からないモンスター。そして女王蜂の襲撃と追跡、無数のソード・ビーとの戦いと、慣れないことのオンパレードなのだ。当然エレーナには見た目以上に疲れが溜まっていた。
「ただ、魔法陣で地上に戻る前に女王蜂の魔石の吸収は済ませておくか」
周囲を見回し、特に人影がないのを確認しながら呟くレイ。それを聞いたエレーナは、数秒前とは違って小さく笑みを浮かべる。
「魔石の吸収か。それは1度私も見てみたいと思っていたのだが……よいのか?」
「今更エレーナに何を隠せって言うんだよ。気にするな」
呟き、ミスティリングの中から取り出す女王蜂の胴体。頭部は砕かれており、毒針の生えていた腹部も同様に砕かれているので、一目見ただけでは恐らくこれがどのような姿形をしたモンスターなのか判別出来ない者の方が多いだろう。
「こうして見ると、さすがはセトの攻撃なんだろうな」
観察する視線で女王蜂の胴体を見ながら呟くエレーナ。
そんな視線を向けられつつ、レイは解体用のナイフを取り出して胴体を切り裂いていく。
毒針が生えていた腹部の部分は残ってはいないが、幸い魔石の埋まっている心臓は普通にあったので特に問題無く心臓から魔石を取り出す。
「……翅とかその辺の素材は売れると思うか?」
「私に聞かれてもな。ただまぁ、持っていくだけ持って行ってみてはどうだ? それでもし売れないのなら燃やすなり捨てるなりすればいいだろう。レイはアイテムボックスを持っているんだから、重さに関しては問題無いだろうし」
「それもそうか」
頷き、心臓をえぐり出された女王蜂の胴体をアイテムボックスへと収納するレイ。そのまま汚れた手とナイフを洗う為に流水の短剣を取り出し、手を洗う。
レイの莫大な魔力を使って作り出される水の味を知っているエレーナは、何かを言いたそうにレイへと視線を向けていた。だが、レイにしてみてば所詮水は水であり、自分の魔力があれば幾らでも作り出せる物なのだ。それ故に全く気にした様子も無く手やナイフを洗い終わり、女王蜂から取り出した魔石をセトへと差し出す。
「セト、食ってもいいぞ」
「グルゥ」
レイの声を聞き、クチバシで魔石を咥えて飲み込むが……
30秒程待っても脳裏にお馴染みのアナウンスが響かないのを知り、溜息を吐く。
(まぁ、女王蜂とは言っても所詮はランクEモンスターのソード・ビーの女王蜂だ。それを考えればスキルを習得出来なくてもしょうがないだろうな)
そんな風に内心で考えつつ、どこか期待の視線で自分やセトを見ているエレーナへと視線を向けると、待ってましたとでもいうようにエレーナが尋ねてきた。
「それで、何を習得したんだ? 女王蜂関係だと、やっぱり毒関係か?」
珍しく興味深い様子のエレーナに、レイは首を左右に振る。
「残念だがスキルの習得は出来なかった。まぁ、魔石を吸収すれば確実にスキルを習得出来る訳じゃ無いしな」
「……そうか」
その言葉に、残念そうに溜息を吐くエレーナ。
レイはそんなエレーナを励ますように白い鎧に包まれた肩を軽く叩き、声を掛ける。
「ま、ダンジョンである以上下に潜ればそれだけ強いモンスターもいるだろ。そいつらの魔石を吸収する機会もあると思うから期待しててくれ」
「……うむ」
余程にスキルを習得する場面を見たかったのか、残念そうな表情を変えることなく頷くエレーナ。
「キュ!」
「グルルゥ」
そんなエレーナを、左肩に乗っているイエロが頬を擦りつけながら慰め、セトもまたごめんなさいと喉を鳴らしながら頭を下げる。
2匹の様子を見ていたエレーナだったが、すぐに小さく笑みを浮かべて2匹の頭を撫でながら口を開く。
「いや、気にしないでくれ。私が勝手に期待していただけだしな。それに、レイの言う通りこのまま深い階層に進めば強いモンスターはたくさん現れるだろうしな。それよりも、ほら。外に出るんだろう? ソード・ビーの魔石は全部譲ったが、それ以外の魔石はきちんと集めているんだ。ギルドで売ってから、昨日のように何か食べて帰るとしよう。……ただし、レイは昨日のヴィヘラとかいう女に会ったとしてもデレデレしたりしないように」
「いや、だから別に俺は……」
「何か?」
「……いや、何でも無い」
ジト目を向けて来るエレーナにそれ以上言葉を続けることが出来ず、押し黙るレイ。
それを見て満足したのか、エレーナは小さく頷くと早速とばかりに魔法陣へと向かって行く。
「ほら、レイ。行くぞ」
おもむろにレイの手を握りながら。
「この買い取りを頼む」
ギルドへとやって来たレイ達は、早速とばかりに買い取りカウンターへと向かってミスティリングから取り出した魔石や討伐証明部位、それと数は少ないが素材をカウンターの上に出す。
昨日よりは遅い時間帯だが、それでもまだ午後4時過ぎで混む時間帯ではない。その為、特に並ぶこともなく素材の換金を済ませて――結局女王蜂は買い取れる素材が無かった――ギルドの外へと出ようとした、その時。
「すいません、レイさん、エレーナさん。ちょっとお2人を呼んでる方がいますので、時間の方よろしいでしょうか?」
素材買い取りの方ではなく、依頼を受ける方のカウンターにいた受付嬢にそう声を掛けられる。
「俺達を?」
特にエグジルでは騒ぎを起こした覚えの無いレイは、思わずそう尋ねる。何かの間違いではないかと。
だが、受付嬢はレイの言葉に小さく横に首を振ってから再び口を開く。
「間違い無くレイさんとエレーナさんをお呼びです。ギルドの2階に上がって、一番奥の会議室にてお待ちしていますので」
「……誰が?」
「ボスク・シルワ様です」
その名前を聞き、ダンジョンの中での出来事を思い出す。
(なるほど、あの騒動の関係か)
続いて脳裏を過ぎるのは、食堂で少しの間だけ見た2mを超える巨体。そして何よりもその背にあった巨大なクレイモアだ。
(さて、どういう用事なのか……出来れば険悪な雰囲気にはなって欲しくないんだが)
そんな風に考えながらレイとエレーナは階段を昇っていき、2階の最奥にある部屋へと到着する。
「鬼が出るか蛇が出るか」
呟き、扉をノックするとすぐに反応があった。
『入ってくれ』
その言葉を聞いてから扉を開けると、そこには前日にも見た男の姿がある。
さすがに部屋の中ではクレイモアを背負っているのは邪魔なのか、テーブルの上へと無造作に置かれていた。
いや、それを無造作と見るのはその程度の腕しか無い者だろう。見る者が見れば、ボスクは瞬時にクレイモアを抜けるような態勢を整えていると分かる筈だ。
……例え、それがテーブルの上に30本近い串焼きがあろうとも。
「おう、待ってたぞ」
レイに向かって左手を挙げながら挨拶をしつつも、右手は串焼きに伸びている。
そのまま串焼きを口へと運び、手元の肉へと齧り付くとそのまま一気に串を引き抜き、一口で肉の全てを口の中へと収める。
次に手を伸ばしたのはワインの入った樽。無造作にコップ――ただし丼程もある大きさの――へとワインを注ぐとそのまま肉を流し込むようにして口の中に入っている串焼きを腹に収める。
「ふぅ……悪いな、これでも街を治める身としては色々と細かい仕事があるんだよ。そのおかげでこうして昼食とも夕食ともいえる食事をしている訳だ。……で、俺がお前さん達を呼んだ理由だが、もう分かってるだろう?」
「ああ、今日のダンジョンでの出来事だろ? 随分と動きが早いな」
「そりゃそうだ。何しろ俺は若いだけにフットワークの軽さが売りだからな」
口元に笑みを浮かべつつ、座っていた椅子から立ち上がってレイとエレーナの方へと近付いてくる。
そのまま数秒の沈黙の後……
「俺の弟分共を助けてくれて、感謝している!」
そう告げ、大きく頭を下げる。
それは余りにも予想外の光景だった。まさかエグジルを治めている3家のうちの1つの当主が、こうも簡単に頭を下げるとは思わなかったのだ。
あるいは見せかけだけの感謝の気持ちかとも思ったレイやエレーナだったが、実際にこうして頭を下げている光景は真剣そのものである。
少なくてもレイやエレーナには、本気で頭を下げているようにしか見えなかった。
「意外だな」
「……俺がこうして頭を下げるのがか?」
レイの言葉に下げていた頭を上げて尋ねるボスク。
「ああ。昨日のやり取りからいって、そこまで殊勝な態度を取るとは思わなかったからな」
「確かに普通なら俺はそこまでしないだろう。そんなことは自分自身が1番良く分かっている。けどな、あいつらは別だ。あいつらを含めて俺を頼って慕ってくれる弟分達。そいつは俺にとっての最大の財産だからな。それこそ、金なんかより余程に大事な」
「……ほう」
その言葉が気に入ったのだろう。レイの隣で話を聞いていたエレーナが感心したように呟く。
「それで、だ。これは俺からの謝礼の気持ちだ。受け取ってくれ」
呟き、腰のポシェットから出したのは数個の宝石だった。大きさ的にはそれ程に大きくはないが、それでもルビーやエメラルド、ターコイズといったものが混ざって合計6個。
その宝石の数が何を意味するのかをレイはすぐに理解する。即ち、ダンジョンでレイ達が助けた冒険者の人数だ。
「いいのか?」
「ああ。別にこれは俺だけの金って訳じゃねえからな。お前達が助けてくれた奴等が命の礼だってことで半分近くを出している。実際、ソード・ビーの魔石を全部譲ってくれたんだから、あいつらも無理をして出した訳じゃ無いしな」
「なんともまぁ、見かけによらず随分と律義な奴等だ」
お前もな、というニュアンスに豪快な笑みを浮かべるボスク。
その様子を見ていたレイは、何故か脳裏に雷神の斧のリーダーでもあるエルクの顔が過ぎる。
(似ているか? ……まぁ、似ているといえば似ているか。特に仲間を大事にするようなところはな)
何となくそんな風に思いつつも、宝石を小さな袋に入れて手渡してくるボスクから受け取る。
本来であれば、冒険者数人の命としては過剰な程と言える。それだけ冒険者の命が安いとも言えるのだが、渡した本人は特に気にした様子も無く満足そうに頷く。
そのまま座っていた席に戻り、串焼きを再び口へと運び始める。
今回の件についてはもう終わった、そういうことなのだろう。
だが、そう判断して部屋を出ようとしたレイとエレーナの後ろ姿に再び声が掛けられる。
「なぁ、深紅と姫将軍とも呼ばれるお前達が、何を目的としてこのエグジルに来たんだ? 一応異名持ちってことで最低限の報告はさせているが、ただダンジョン潜ってるだけだしな」
「別に問題は無いだろ? そのダンジョンが目的なんだから」
「……本当に、か?」
「さて、どうだろうな。だが、少なくても今のところはそれ以外の目的は無いな。マジックアイテムや魔石の収集といった趣味はあるが、別にこの街をどうこうしようなんて考えてはいないさ」
その言葉をどう受け取ったのかは分からないが、ボスクが去って行く2人にそれ以上何かを問い掛けることは無かった。
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