第379話

 エグジルの表通りを馬車が進み、あるいはその馬車の横をセトが歩き、イエロはそんなセトの背の上に乗っている。

 1台の馬車とグリフォンと小さな竜は、迷宮都市という特異な都市であっても周囲の注目を集めていた。

 もっとも、それでもセトの首に従魔の首飾りが掛けられているのが影響しているのだろう。エグジルに入る手続きをしている時のように、グリフォンを見た瞬間に逃げ出すといったものは殆ど存在しない。

 ただ、それでもやはりグリフォンというのは畏怖の対象になるらしく、セトはギルムにいる時のように自分に構ってくれる相手がいないので非常に寂しそうにしている。


「キュキュ、キュウ!」

「グルゥ……」


 セトの背に乗っているイエロが励ますように可愛らしい鳴き声を上げ、それを聞いたセトが寂しそうに喉を鳴らす。

 そんな光景を見ていた者の中には『あれ? もしかして可愛い?』と思う者も数人いたのだが、さすがにセトという存在を初めて見たばかりの者達がいきなり撫でるような真似は出来ない。

 だがそれでも、そんなやり取りをしているセトとイエロの姿は、間違い無く2匹のやり取りを眺めている者達の心に何かを残すのだった。






 馬車の外でそんなやり取りが行われている間、中のレイとエレーナは相変わらず迷宮都市エグジルについての話を続けていた。


「迷宮都市を治めている3つの家か。元々はこのダンジョンを見つけた4人組のパーティがそれぞれの家の先祖って話だよな?」

「そうだ。300年くらい前までは4つの家が共同でエグジルを治めていたのだが、その中の1つが没落した為に今は3つの家で治めている。……もっとも、これについては王国の陰謀論や家同士の利益争い、あるいは潰れた家のお家騒動と諸説あるのだが……その辺は明確になっていないな」

「ま、ダンジョン発見当時はパーティを組んでいたんだろうが、それも今は昔……って訳だ」


 小さく肩を竦めて呟くレイに、エレーナは無言で頷く。

 貴族であるにも関わらず、何らかの理由で家が潰れたのだ。公爵家という、貴族の中でも最も高い地位の家に生まれたエレーナにとっては他人事ではないのだろう。


「とにかくこのエグジルは3つの家が治めているってことだな。……もっとも、俺達は別にこの迷宮都市を支配しに来たとかそういう訳じゃ無いだろ? 単純にダンジョンに潜る為に来たんだから、そういう家との付き合いは……あるんだろうな」


 言葉の最後でエレーナの美貌へと目を止め、苦笑を浮かべながら肩を竦める。


「エレーナが来た件については上に知らせるとか、さっき言われてたしな」

「その件については構わない。私がこのエグジルに来た以上、向こうに知られるのは遅かれ早かれ決まっていただろう」

「お嬢様、バレート様に教えて貰った宿に到着しました」


 エレーナが告げると同時に、御者台にいるツーファルが馬車の中へと声を掛ける。


「ご苦労だった。手続きの方を進めてくれ」

「はい、お任せ下さい。ですが、セト様に関してはレイ様が直接宿の方に説明した方が良いのではないかと思いますが……どのように致しますか?」


 ツーファルの言葉を受け、エレーナはレイへと視線を向けて尋ねる。


「とのことだが、どうする? 私としても、セトに関してはレイが直接説明した方がいいと思う。……エグジルについての話が中断されるのは惜しいがな」

「そうだな、確かにその方がいいか。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「うむ、気を付け……いや、これはそもそもレイに使う言葉じゃないし、そもそもセトの説明をしに行くだけで使う必要は無いか」


 いつもならしないようなミスに、エレーナは自分が浮かれていることを自覚するのだった。

 そんなエレーナの言葉を背に受け、レイは馬車の外に出る。


「レイ様、私は宿の手続きを済ませておきますので、レイ様はこちらの方にセト様の説明をお願いします」

「分かった。そっちの件は任せる」


 ツーファルの言葉にレイが頷くと、ツーファルの側にいた30代程の男が1歩前へと出る。


「あんたがグリフォンを……? へぇ、随分とイメージと違うな」

「良く言われるよ。それよりもセト……グリフォンは大丈夫なんだな?」


 レイと入れ違いに馬車の中へと入って行ったイエロを見送り、顔を擦りつけてくるセトの頭を撫でながら尋ねるレイ。


「ああ、勿論だ。これでもエグジルの中じゃそれなりに由緒正しい宿なんでな。貴族が泊まるのもそれ程珍しいことじゃないし、その程度のことには対応出来る」

「……確かにな」


 男の言葉に頷きながら、宿へと視線を向けるレイ。

 その宿は周囲の建物と比べてもかなり大きく、大通りに面している場所に建てられている。明らかに高級な宿屋であるのは間違い無かった。


(宿の規模で言えば、夕暮れの小麦亭の3倍……いや、もう少し大きいか?)


 内心でそう考える。レイがギルムで定宿にしている夕暮れの小麦亭は、高級な宿ではあるが結局は家族で経営しているだけあってアットホームな雰囲気だった。それに比べると、レイの前にある宿はどこかシステマチックなものを感じさせる。


(夕暮れの小麦亭が旅館なら、この宿はホテルってイメージか?)


 そんな風に考えつつ、レイは男に案内されるままにセトと共に宿の裏に回っていく。

 そこに建っていたのは、夕暮れの小麦亭と比べて2倍から3倍程もあろうかという、かなり大きな厩舎だった。


「随分と大きいな」

「まぁな。30年くらい前にうちに泊まっていた客が、ダンジョンで巨大な蛇型のモンスターのテイムに成功したらしい。その時の厩舎は小さくて、とてもそのモンスターを中に入れる事は出来無かったとか。で、それだと宿の沽券に関わるって言って、当時の宿の経営者が建て替えたって話だ」


 少し自慢そうに告げる男。

 恐らくこの男にとってもこの厩舎は宿の自慢の1つなのだろう。

 もっとも、ツーファルがバレートに聞いた宿の条件がグリフォンであるセトを問題無く受け入れてくれる宿ということだった以上、大きな厩舎を有している宿を紹介されたのはある意味で当然だったのだが。

 男に案内されて厩舎の中に入ると、中には馬以外にも凶暴な角の生えている牛型のモンスターや巨大な蜘蛛のようなモンスターの姿もあり、レイの目を驚かせる。


「テイマーは珍しいと思うけど、結構いるもんだな」

「大人数でパーティを組めば確かに安全かもしれないが、その分報酬も減る。それを考えれば従魔を戦力として考えるというのが最近ここでは流行ってきてるんだよ。もっとも、一過性だと思うけどな。確かに従魔を連れていれば報酬を分ける必要は無いけど、結局従魔ってのはモンスターだけあって頭が悪いのが多い。つまりいざって時の臨機応変さは冒険者の足下にも及ばないんだよ。……もっとも」


 チラリ、と男はレイの横で厩舎の中を見回しているセトへと視線を向ける。

 厩舎の中ではグリフォンという存在に怖じ気づいたのか、殆どのモンスターや馬が息を潜めていた。


「あんたが連れているグリフォンのような高ランクモンスターなら、並の冒険者よりも状況判断は的確だろうけどな」

「まぁな。……にしてもテイマーが多いのは嬉しい限りだな」


 呟くレイ。

 勿論レイとセトの関係は表向きはともかく、真実は魔獣術による関係だ。だが、それだけにテイマーの数が増えれば自分達が目立たなくなると考えていたのだ。

 ……もっとも、グリフォンを連れている時点で悪目立ちは確定なのだが。


「じゃ、セトの世話をよろしく頼む」

「任せてくれ。ランクAモンスターを世話出来るとは俺にとっても嬉しいからな。普通なら怖くて世話は無理なんだろうけど、このセトってグリフォンは見るからに頭が良さそうだし、こっちの言葉も理解しているようだし」

「グルルルゥ」

「じゃ、セト。俺は宿に戻るな。ゆっくりと厩舎の中で休んでくれ」


 レイが声を掛けながら背を撫でると、セトは任せて、とばかりに喉を鳴らしながら厩舎の中を進んで行く。

 その背を見送り、セトは厩舎にいる男に任せて宿の入り口へと戻る。

 既に馬車は移動しており姿は無く、宿の従業員と思われる男がレイを見ると頭を下げる。


「レイ様ですね。黄金の風亭へようこそ。エレーナ様、ツーファル様からお話は伺っております。すぐにお部屋の案内をさせてもらいますので」


 さすがに高級な宿の従業員と言うべきだろう。頭を下げてくるその様子は、ツーファルには及ばないまでも礼儀正しいものだった。

 実際には色々と細かい違いがあるのだが、その辺に疎いレイがそんな細かな違いに気が付く筈もなく。


「ああ、頼む。宿泊代については……」


 尋ねながらミスティリングから硬貨の入っている袋を取り出そうとしたレイだったが、その前に男に止められる。


「宿泊料金については、ツーファル様から既に頂いております」

「……何?」


 さすがにそれは予想外だったのか、思わず尋ね返すレイ。

 この宿が高級な部類に入る宿であり、それ故に宿泊料金に関しても相応の値段がするだろうというのは予想していたが、その程度の料金を払えない程にレイは金に困っていない。寧ろ、一般人なら一家族が贅沢に遊んで暮らしても死ぬまでに使い切れないだけの財産は持っている。それなのに何故……そう思ったレイだったが、それを口にする前に声を掛けられる。


「今回の件は、ある意味では私の我が儘だ。そうである以上、レイの宿泊料金を私が支払うのは当然だろう?」

「エレーナ……」


 声の持ち主に視線を向けるレイ。

 そんなレイの視線に、エレーナは笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「一応私はこれでも公爵家の令嬢ということになっているし、騎士団の中でも姫将軍としての地位もある。そんな私が冒険者のレイと共に行動しているのだから、その費用を私が持つのは当然だろう? ……ここは黙って私に支払わせてくれないか? 貴族としての面子の問題もある」


 エレーナとレイの視線が数秒程交わり、やがて最初に視線を逸らしたのはレイだった。

 貴族としての面子やプライドといったものに興味はないのだが、それでも好意を持っている相手にそこまで言われて、尚自分の我が儘を貫き通すような気は無かったからだ。


「分かった。なら今回はエレーナの言葉に甘えさせて貰うよ」


 レイの言葉に安堵の息を吐くエレーナ。

 エレーナ個人としてレイに対していいところを見せたかったというのもあるが、公爵家の令嬢でもある自分が行動を共にしている相手の宿泊費を支払わないというのは外聞的に色々と不味い。

 それ故に、レイがあっさりと退いてくれたのはエレーナにとって幸運だった。


「そうか、助かる。それで早速だが、明日からダンジョンに潜りたい。構わないか?」

「ああ、俺としてもダンジョンに潜るのは早い方がいい。一応冬くらいには戻ると言ってきてあるしな」

「ふふっ、それは私もだ。アーラはともかく、メーチェンがいれば書類仕事に関しては私がいなくても普通に回るしな。……それよりも、部屋の位置を確かめたら早速ギルドに向かわないか? ダンジョンに潜るには、一度ギルドにて登録をしなければいけないらしいからな」


 エレーナの言葉に、レイは何かを思い出すように目を閉じ……やがて頷く。


「ああ、そう言えばそんな決まりがあるってギルムで聞いたな」


 本来であれば冒険者と言うのは自己責任であるし、レイとエレーナが以前潜ったダンジョンでも身分証としてギルドカードを見せるだけで、特にギルドで手続きをする必要が無かった。

 だが、このエグジルでは、その特徴故に多くの冒険者がダンジョンへと潜っている。その数はレイとエレーナが以前潜った出来たてのダンジョンとは比べものにならない程に多い。それ故、どれだけの冒険者がダンジョンの中に入ったのかを確認する為にダンジョンに潜る者にはギルドカードとは別に、通称ダンジョンカードと呼ばれている専用のカードが発行されていた。

 これには貴族、あるいは騎士といったギルドに登録していない者もダンジョンに潜るからだと言われているが、レイとしては恐らくこの街を治めている3つの家の利権か何かが関係しているのだろうと予想している。

 事実、その制度が出来たのは4つの家の中の1つが没落してからだというのだから、あながち間違いでもないのだろう。

 それでも、ギルドカードを持っている者以外がダンジョンに潜る際には便利なので国から特に何か言われることも無かった。


(もっとも、それを認めさせる為に随分と賄賂を贈ったって話もあるらしいけどな)


 ギルムで聞いた噂話を思い出しながら返事をしたレイの言葉にエレーナが頷く。


「手続き自体はそれ程難しくは無い。特に私の場合は公爵家の証明書があるからな。だが、それでもある程度の時間は取られる筈だ。なら明日無駄に時間を消費するより、今のうちに済ませておいた方が無駄がない。……どうだ?」


 レイとしても翌日に無駄な時間を過ごすのはごめんだったので、エレーナの言葉に頷き部屋の位置を確認してからギルドへと向かうことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る