第362話

 周囲が闇に包まれた時間、ギルドの2階にある会議室では10人近い人物が集まっていた。

 夏の真っ盛りであるこの時期に、既に周囲が暗くなっているということで今がどれだけ夜遅いのかが分かるだろう。

 もっともギルドは基本的に年中無休、24時間開いている状態なので、魔石を使って明かりを灯すマジックアイテムがギルドの至る場所に使われており、暗闇で困るというようなことはないのだが。

 ともあれ、現在の会議室では夏の暑さに汗を滲ませながらも、マジックアイテムによって冷やされた果実水を飲みながら喧々諤々と話し合いが続いていた。

 本来であれば果実水ではなく冷たい果実酒を飲みたいところなのが、会議室の中にいる者達の正直な気持ちだろう。こうして会議をしている間にも、ギルドに併設されている酒場からは酒を飲んで騒いでいる者達の声が、微かにではあるが聞こえて来るのだから尚更だ。


「私としては、シュティーはともかくロブレはまだランクBには早いように思える。私と性格が合わなかったのはしょうがない。だが、それで目を曇らせて決断力を鈍らせるとなると、もし何かあった場合に安心して依頼することは出来ないからな」


 冷たい果実水の入ったコップを口へと運び、アルニヒトがそう告げる。

 もしランクアップ試験に参加していた者達がこの光景を見たら、驚いただろう。半ば演じていた性格だと判断していたレイはともかく、アルニヒトと徹底的に性格が合わなかったロブレにしてみれば、ランクアップ試験の時に見た傲慢な性格をしていないというのは驚愕に値する出来事だった筈だ。

 元々アルニヒトは他人に若干厳しいところはあっても、そこまで傲慢な性格という訳ではなかった。そもそも、レイに仕官してもらうつもりでギルムにやって来ており、更にはエッグやマリーナが行ったレイと揉め事を起こしそうな相手を排除するという行動に引っ掛からなかったと考えれば、ランクアップ試験で見せた性格が演じていたものであるのは事実だった。


「そうですね、アルニヒト様の言うことは分かります。戦闘力に関してはギリギリでランクB相当といったところなんですが……」


 ギルド職員の1人が溜息と共にそう告げ、その話を聞いていたレジデンスが苦笑を浮かべる。


「まさか、面接の時にバイコーンの話を持っていったマルカ様ではなく、アルニヒト様が貴族として相応しくない……とまで言われるのはちょっと予想外でしたな」


 さすがに貴族や自分の上司達との会議の場だけあり、レイ達に対する気安い言葉使いとは違ってそれなりに丁寧な口調で喋るレジデンス。


「直情径行も別に悪いことじゃない。だが、それは自分がそのような性格をしていると理解していればこそだな。感情に流されるままに行動するようではな。戦闘力は何とか合格、礼儀は失格、判断力も同様に失格。今回の依頼人でもあるアルニヒト殿に対しても、依頼主であるのにまともに会話をしない、か」


 レジデンスの上司が話す内容に、アルニヒトが苦笑を浮かべる。


「私としても多少大人気なかったかもしれませんけどね。ですが、もし指名依頼をするとしても、残念ながら彼に依頼するようなことは無いでしょう」

「個人的にはあのような性格の者は嫌いでは無いのじゃがな。かと言って、自分勝手な相手を高ランク冒険者にするというのは多少気が進まぬの。妾もこの者は今回は見送った方がよいと思う」


 アルニヒトに続き、マルカが目を擦りながら、眠気を覚ます為に冷たい果実水へと口を付けながらそう告げる。

 幾ら年齢不相応の能力を持っているとしてもマルカの身体が7歳という幼児なのは変わらない。それ故に、自分の身に訪れる睡魔に抗っているのだ。


「俺に関しては特に絡んでくるようなことは無かったから、恐らく自分に対して敵対的な相手でなければ相応の寛容さを持っているんだろうね」


 オルキデが欠伸をしながら言葉を続ける。

 アルニヒトは傲慢な貴族を演じていたのだが、オルキデの場合面倒くさがりなのは素であり、それ故に今話題になっているロブレと絡むことは少なかった。だが、そのおかげで1歩引いた位置からロブレとアルニヒトのやり取りを見ることが出来ていた。


「ふむ、なるほど。……ならお前の目から見てどうだった?」


 レジデンスの上司の視線が、会議室にいる男の1人へと向けられる。

 その視線の先にいたのは40代程の中年の男であり、これまで他の者の発言を聞きつつも沈黙を保っていた人物だ。

 もしこの場にレイやロブレ、シュティーがいれば驚きの表情を浮かべただろう。何故なら、ギルド職員達と共にランクアップ試験に関しての会議に参加していたその男は、自分達と共にランクアップ試験を受けていた者であったのだから。


「素質は悪くない。だが、今はまだ早いな」

「……そうか。オンズまでが却下するようなら決まりだな」


 そう、その人物の名はオンズといった。

 一見すると目立たない寡黙なこの男が実は試験官の1人としてレイ達と行動を共にしていたのには、さすがにアルニヒト達が怪しいと感付いていたレイやシュティーも全く気が付いておらず、それ故にオンズの能力の高さを証明していると言えるだろう。

 だからこそ、今回のランクアップ試験を行う為にギルムの外からわざわざ招かれたのだから。

 最初、この会議室に今回のランクアップ試験についての関係者が集まった時、マルカ、コアン、アルニヒト、オルキデの4人はオンズがいたことに驚いていた。だが、レジデンスがオンズも試験官の1人だと説明をして、ようやく納得したのだ。

 ……もっとも、アルニヒトは若干面白く無さそうな表情を浮かべていたのだが。


「では、ロブレに関しては今回ランクBへの昇格は見送りとする」


 ランクアップ試験に関する最高責任者の決断により、まずはロブレの試験不合格が決定する。


「次は、シュティーに関してです。狐の獣人で、弓術士ですね。使う弓の威力も中々で、今回ランクアップ試験に参加したメンバーの中では、もっとも遠距離からバイコーンを攻撃していました」


 レジデンスの高評価に、周囲の者達が感心したように頷く。

 ロブレとパーティを組んでいたシュティーだが、その技量が高く評価されているのはやはり弓術士だからこそだろう。遠距離から敵に対して一方的に攻撃出来るというのは普通の戦士には無い利点であり、それ故に数も戦士程には多くないのだから。


「貴族に対する礼儀も、ロブレとは比べる必要も無いほどに持ち合わせている。多少会話に不慣れなところはあったが、それに関してはランクBとして活動していけばすぐに慣れると思う」


 戦闘力に続き、アルニヒトの口から礼儀作法に関しても高評価を下される。

 周囲で聞いていた者達がこれは合格かと、そう思った瞬間。


「ですが、決断力に関しては若干の難がありますね。アルニヒト殿を初めとした貴族の方達に持ちかけて貰った、バイコーンに関しての件。確か彼女に持ちかけたのは……」


 レジデンスの視線がオルキデへと向けられ、その視線に頷いたオルキデが口を開く。


「俺だな。提案した時に断るには断ったが、若干悩んでいた。勿論、バイコーンを見逃せという提案を受けた訳じゃ無いが、色々と頭の中で難しく考えすぎているように見えた」

「考えるのは当然なのでは? 何の考えもなく断ったり引き受けたりするよりは随分とマシだと思いますが」


 ギルド職員の1人がそう口にするが、オルキデは小さく首を横に振る。


「確かに普通に考えればそうだろう。だが、あの時の様子を見るに、なあなあで済ませようとしているように見えた。あくまでも俺が感じたことだから一概に正しいとは言えないけど……面接の結果はどうだったんだい?」


 ふわぁ、と小さく欠伸を噛み殺しながらレジデンスに尋ねると、その言葉を受けた本人は少し悩みながらも頷く。


「そうですね、面接の時に何か言いたいことがあれば言うようにと言いましたが、それでも最初はこちらの様子を窺うような感じで何も言い出しませんでした。それでも最終的にはオルキデ様にバイコーンを逃がすように持ちかけられたと口にはしましたが、それを話すまでには相当の時間が掛かっていました。そう考えると、いざという時の決断力に関しては若干の疑問も残りますが……」

「それでも結局は話したんだから、問題は無いと思いますが」


 ギルド職員の言葉に、周囲にいる他の者達もまた同様だと頷く。


「オンズ、お前から見てシュティーはどうだった? ランクBに上がるのに相応しいと思うか?」


 レジデンスの上司の言葉に、会議室の中にいた全員の視線が寡黙な男へと集まる。

 それを待っていた訳でも無いだろうが、オンズは小さく頷いて口を開く。


「能力的には少し心配があるが、潜在能力は高い。それに、ロブレとは違って血気に逸るということも無い。どちらかと言えば、他人を上手く使うタイプだろうな」

「ほう、ロブレの時とは違って随分と高評価じゃな」


 マルカが小さく笑みを浮かべながら告げるが、その際に眠気を堪えるべく目を擦っているのはご愛敬といったところか。


「他に何かシュティーについて言っておきたいことがある者は?」

「パーティ間の潤滑剤として機能しているのは事実だな。それとこれはランクB冒険者にとって必要な技能なのかどうかは分からないが、料理の腕もそこそこだ。何らかの依頼で貴族と行動を共にしたとしても、満足は出来なくても食べられない程に不味い料理という訳でも無かった」

「……そうだっけ? あの時はレイの出した水が凄い美味かったから、料理に関してはあまり記憶が……」


 アルニヒトの言葉に、オルキデがそう続ける。

 実際に昼食としてシュティーが出した料理は、限られた材料だけを使った料理として考えれば決して悪いものでは無かった。しかし、レイが自身の魔力を使って流水の短剣により生み出した水が天上の甘露とでも呼ぶべき味だった為、可も無く不可も無い料理として認識させられたのだ。


「うむ、確かにあの水は美味じゃった。それこそ、王族の方々でも飲めるかどうかといったところか」


 国王派の貴族でもあるクエント公爵の1人娘が口にしたその褒め言葉に、レイが流水の短剣で作りだした水を飲んだことの無いギルド職員達がどのような味なのかを想像して思わず喉を鳴らす。

 この時に不幸だったのは対象が水だということだろう。有り触れている飲み物だけに、レイが作り出した水がどれ程の味なのかが全く想像出来なかったのだ。

 そんな中、話を区切るかのようにレジデンスの上司が口を開く。


「とにかく、シュティーはまだ多少未熟な面も残ってはいるが、それでもランクBに相応しい能力を持っていると判断する。異論のある者はいるか?」


 その言葉に会議室の中が静まり返り、誰も異論が無いとその沈黙によって表されていた。


「では、シュティーをランクBにランクアップさせることを決定とする。……さて、では最後に肝心のレイだが……」


 レイという名前が出た瞬間、先程までとはまた違った意味で会議室の中がざわめく。

 中には露骨に顔を顰めている者もいれば、逆に面白そうだとばかりに笑顔を浮かべている者もいる。

 そんな中、まずは自分の出番だろうと判断して試験官として同行していたレジデンスが口を開く。


「正直、戦闘能力に関しては全く問題ありません。それこそ、ランクBどころかランクAでも十分に通用する実力を持っているかと」

「……でしょうな。何しろ異名持ちであると考えれば、その時点で戦闘力に関しては心配いらないかと」


 ギルド職員が同意するように頷く。

 この場にいる者は、その全てが既にレイの戦闘能力に関してはどれ程のものであるのかを知っている。ギルド職員に関して言えば、レイがギルムの街に来た時から知っている者も多い。ようやく街の外に出られるランクGでオークキングを倒したというのから始まり、最近で言えばベスティア帝国の先陣部隊を1人で圧倒して異名を付けられたり、レムレースという、ランクBモンスター……下手をすればランクAモンスターに手が届いているのでないかと思われる巨大なモンスターでさえ倒しているのだから。


「となると、残る判断基準は戦闘能力以外か。その辺はどうなんだ?」


 上司からの問い掛けに、一瞬悩んだレジデンスは口を開く。


「まず判断力に関しては問題が無いかと。面接の時には、アルニヒト様が持ちかけた件についてもすぐに報告していましたし。まぁ、もう少しは考える素振りを見せても良かったですが、少なくても国やギルド、あるいはこのギルムに対して被害を与えるような選択はしないと思われます」

「なるほど、そうなれば最後の問題は礼儀だが……」

「こちらに関しては、どうにも……正直、微妙だとしか言えませんね。ただ、本人に悪意はそれ程無いように見受けられました。山奥で師匠に育てられたと聞いてますから、その辺はしょうがないと思いますが」


 レジデンスの言葉を聞き、その場にいた殆どの者が悩む。

 礼儀以外に関して言えば、ランクBとしての素質は問題無い。だが、肝心のその礼儀が問題なのだ。

 その後もレイに関してのランクアップについて1時間程も議論し……ようやく合否が決まった時には、既にこの街では真夜中といってもいい時間になっていた。

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