第361話

「お、ギルムの街が見えてきたようじゃな」


 馬車の中でマルカが嬉しそうな声を上げる。

 草原で狩ったばかりのバイコーンの肉で作った料理で昼食を済ませ、軽く食休みをしてから馬車で進むこと数時間。そろそろ夕方になろうかという時間帯に、レイ達はギルムの街へと到着していた。

 昼食後ということもあり、クエント公爵家の馬車の中ではマルカが喜びながら昼食に食べた料理や、あるいはレイが出したこれまで飲んだことが無い程に美味な水の話で盛り上がる。

 尚、マルカがレイから流水の短剣を借りて水を出したところ、レイ程ではないがそれでも澄み切った味の水が出て来てマルカを喜ばせていた。

 もっとも……


「のう、レイ。流水の短剣を妾に譲ってはくれぬか? 勿論ただで寄こせとは言わん。妾に支払える対価があるのなら幾らでも支払おう」


 流水の短剣をこれ以上ない程に気に入ったマルカが、何度となくレイにそう持ちかけるようになったのだったが。

 だがレイにしても、魔力を流すだけで幾らでも水を産みだすという流水の短剣は、冒険者として活動する上で必要不可欠……とまでは言わないが、あれば非常に便利なマジックアイテムだ。純粋に水を必要とするのなら、普通の冒険者と同じように水筒や、あるいは馬車を持っている冒険者のように樽に入れてミスティリングの中に収納しておくという手段もある。だが、水の味という一点で考えれば流水の短剣の方が圧倒的に上な為、レイがマルカの求めに応じるようなことは無かった。


「悪いが、これを譲る気は無い」

「お嬢様、あまりしつこくするとレイさんに嫌われてしまいますよ? もしそうなれば、セトと遊ぶことも出来なくなりますが……」

「む、むぅ。確かにそれは困るのじゃ。……しょうがないのう、似たようなマジックアイテムが無いかをオゾス辺りに問い合わせてみるか」


 オゾス。魔導都市と呼称されるだけあり、マジックアイテムの売買に関しても盛況な都市である。前回の戦争でベスティア帝国が錬金術に力を入れているのをその身に染みて理解したミレアーナ王国の国王派は現在オゾスとの繋がりを太くしようと画策しており、国王派の中でも有力者であるクエント公爵の1人娘が取るべき選択肢としては間違っていないだろう。


「そうしてくれ。この類のマジックアイテムが広がれば、冒険者にしても野営の時に便利だしな」

「うーむ、じゃが普段の生活に使うような物はともかく、普通の冒険者がそうそう高価なマジックアイテムを買うことは出来ぬと思うがのう」


 レイの言葉に小首を傾げている間も馬車は進み、そのまま街に入る手続きを終えてギルドへと向かう。

 ……尚、自分が必死に作った料理がマジックアイテムが生み出したとは言っても、単なる水に負けたシュティーは料理の腕にはそれなりに自信があっただけに、落ち込んでいた。

 悪趣味なと表現されている馬車に乗っているのは、ロブレ、シュティー、アルニヒト、オルキデの4人。その4人の中でもロブレとアルニヒトは相性が悪く、お互いを無視しあっている。そしてオルキデは馬車の壁に寄り掛かってゆっくりと午睡を楽しんでいた。そうなると馬車の中で少しでも明るくするには朝にバイコーン討伐に向かった時のようにシュティーが率先して会話を続けなければいけなかったのだが、落ち込んでいる今のシュティーにそんなことが期待出来る筈も無く、結果的に馬車の中は奇妙な緊張感を持ったまま静まり返っている。

 そして静まり返っていると言えば、オンズとレジデンスが乗っているギルドの馬車も同様だった。だが不幸中の幸いだったのは、この馬車に乗っている2人は沈黙を苦にするような性格をしていなかったことか。

 そうして2台の馬車の沈黙と、1台の馬車の賑やかな旅もギルドへと到着することで終わりを告げる。

 ランクアップ試験に関してはメインでもあるバイコーンの討伐を終え、残っているのは最後の試験とでも言うべき面談のみであった。

 全員がギルドの前で馬車を降り、セトは何も言われずとも従魔用のスペースへと向かって寝転がる。

 それを一瞬だけ横目で確認し、レジデンスが口を開く。


「さて、まずバイコーンの討伐はご苦労だった。後は前もって言ってある通り、個人の面談だ。それぞれ会議室で待っている中から、こちらで1人ずつ呼ぶことになる」


 そう告げ、さっさとギルドの中へと入っていくレジデンス。

 他の者達も、後を追ってギルドへと入ると……


「おお、戻って来た戻って来た。で、どう思う?」

「うーん、こうして見る限りだとシュティーとか言ったか? あの女の元気が無いな。バイコーンの討伐でミスったか?」

「ロブレとかいう奴は……こっちも元気が無いな。バイコーンだろう? ランクBになろうかって奴がそうそう討伐を失敗するとは思えないんだけどな」

「あー、違うと思う。私はあのロブレってのをちょっと知ってるけど、討伐の失敗くらいであそこまで落ち込んだりはしないよ」

「じゃあ何でだ?」

「さあ? それこそ私が分かる訳無いじゃない」

「レイは……フードであまり表情が見えないけど、特にこれといった様子には見えないな」

「ま、純粋な戦闘力ならランクCやランクB云々って程度じゃないしな。そもそもランクCで異名持ちってのがおかしいんだよ」

「まぁな。となると、もしレイが落ちるとすれば他の項目になる訳だが……」


 そんな風な会話を聞きつつも、一行はそのままカウンターの前を通り過ぎて2階へと上がって行く。

 カウンターにいるレノラとケニーも当然レイの姿には気が付いていたが、夕方という時間帯もあって依頼を達成した冒険者達に報酬を支払ったり、あるいは依頼に失敗したパーティの事務処理を行ったりと非常に忙しく、レイに声を掛けることすらも出来なかった。

 朝と並んで最も忙しい時間帯である為、しょうがないと言えばしょうがないのだが、それでもケニーは一瞬だけ見えたレイへと声を掛けることが出来ずに残念そうに溜息を吐く。

 もっとも、すぐに隣で冒険者達を捌いているレノラから頭部に丸めた書類で攻撃を食らい、自分の仕事に戻っていったが。






 夕方とは言っても夏である以上はまだかなり明るく、太陽もまだ夕日にはなっていない。そんな中、ギルドの2階にある会議室にはランクアップ試験に参加した者達が集まっていた。

 レイを初めとした試験参加者、ギルドの試験官でもあるレジデンス、マルカを初めとした貴族達。合計で9人。

 そんな中、椅子に座っているレイ達の前でレジデンスが口を開く。


「さて、さっきも言ったようにこれから個別の面談を行う。面談をするのは俺だけだから安心してもいい」


 その言葉に、ほっと安堵の息を吐いたのはロブレ。

 アルニヒトとは決定的に性格が合わないと判断しているだけに、面談の対象がレジデンスだけだというのはありがたかったのだろう。

 そんなロブレの様子を一瞥したレジデンスは、ついでとばかりにロブレへと声を掛ける。


「丁度いい。最初の面接はロブレからだな。他の者はここで待ってるように。面接をやる場所はこの会議室の隣にある個室だ。ロブレは俺と一緒に来い」

「え? あ、ああ。分かった」

「ロブレ、頑張ってね」


 緊張した様子で頷くロブレに、シュティーが声を掛ける。

 それで元気を取り戻したのか、ロブレは小さく頷くとレジデンスの後を追って会議室を出て行く。


「……ロブレ、大丈夫だといいんだけど。面接とかそういうのって苦手なのよね」


 ポツリ、と呟くシュティー。


「じゃが、ランクが上がれば貴族と会うということも増えてくるのじゃろう? まぁ、ランクBというのはそれなりに人数がいるから、確実に貴族と関わり合うとは限らない訳じゃが」


 シュティーの言葉に、コアンに引かせた椅子へと腰を下ろしたマルカがそう言葉を掛ける。


「そうですね。それにパーティを組んでいれば、他のメンバーに貴族との話し合いを任せるということも出来ますから」

「そう言えば、雷神の斧のエルクはそんな感じだったな」


 2人の話を聞いていたレイは、悪ガキがそのまま大きくなったような顔見知りのランクA冒険者の顔を思い出しながらそう告げる。

 実際にエルクからその辺の話を聞いていただけに、印象に残っていたのだろう。


「……確かに雷神の斧のエルクさんが礼儀とかを気にしている様子は想像出来ませんね」

「もっとも、必要最低限の礼儀は知ってるんだろうけどな。それと、礼儀作法を上回る何かを持っているからこそか」


 その何かというのが戦闘力であり、あるいは依頼人に対して後ろめたい真似をしないというようなことが評価されているというのは明らかだった。


「だが、それにしても礼儀作法はある程度必要だと思うがな。特に貴族や王族に依頼をされるというのを考えると余計に」


 3人の話を聞いていたアルニヒトがそう告げ、確かに間違ってはいないとばかりにマルカやコアンが頷く。

 確かに礼儀作法が無くてもランクアップは出来るのかもしれないが、それでも無いよりはあった方がいいというのは明らかだったからだ。

 そもそも、エルク程に規格外な人間がそう多くいる筈がないというのも事実だった。


「んー……礼儀作法とかそういうのはどうでもいいじゃん。面倒臭いしさあ。堅苦しいのはごめんだよ」

「はぁ、お前も貴族としての誇りをだな」


 そんな風に話をしながら時間を過ごしていると、やがて20分程が経ちロブレが会議室へと戻ってくる。

 部屋に入った途端に全員からの視線を集中されて一瞬たじろぐも、すぐに口を開く。


「レイ、次はお前だってよ」

「……俺が?」


 てっきり、ロブレの次はパーティメンバーでもあるシュティーの番だと思っていただけに、思わず問い返すレイ。

 だが、ロブレは黙って頷く。

 その頷きを見て、冗談でも何でも無いと理解したのだろう。レイは座っていた椅子から立ち上がって会議室を出て行く。

 背中に向けられる皆の視線を感じながら。






「さて、まずは座ってくれ」


 会議室の側にある部屋。広さ的には6畳程度の、少人数で話し合うような場としては丁度いい広さと言えるだろう。

 そんな部屋の中に入ったレイは、レジデンスに勧められるままに椅子へと座る。


「で、これからお前の面接を始める訳だが……そうだな、だが、その前に今回のランクアップ試験で感じたこと、思ったことがあったら言ってくれ」

「それは何でもいいのか?」

「ああ、勿論」


 その言葉を聞き、じっとレジデンスの方へと視線を向けていたレイは、やがて口を開く。


「バイコーンをセトが追い立てている時、アルニヒトから妙な提案をされた。これは試験に関する内容か?」

「……妙な内容? いや、俺は特に何も指示していないな。具体的にはどんな内容だ?」


 話の続きを促されるが、数秒程沈黙するレイ。

 ここで言った方がいいのか、あるいは言わない方がいいのか。どちらにするかで迷ったのだが、最終的にはこれも試験の一環なんだろうと判断して口を開く。


「別途に報酬を払うから、バイコーンを意図的に見逃して欲しいと持ちかけられた。何でも辺境のギルムの街周辺でしか取れない素材がミレアーナ王国へと流れるのを阻止したかったらしい」

「……本当か?」

「ああ、間違い無い」


 疑うと言うよりは、正気かというニュアンスを含めて尋ね返したレジデンスだったが、レイはすぐに頷いて肯定する。


「いいか、一応言っておくが貴族を罠に嵌めるような真似をした場合、相当重い罪になる。それを理解した上での発言か?」

「俺は別に無実の罪でアルニヒトを嵌めようとしている訳じゃない。純粋にこういう話を持ちかけられたと話しているだけだ」


 そうレイは説明しながらも、半ばあの時のやり取りはブラフ、いわゆるこの試験の為のやり取りなのだろうと確信していた。


(そもそも、アルニヒトのあの傲慢な性格自体が、このランクアップ試験の為にわざとああいう風に見せかけているっぽいしな。それを考えれば、ここでアルニヒトの行為を口にするのは正しい選択肢……の筈だ)


「ふむ、そうか。ならこちらでも一応調べてみるが……本当にいいんだな? この場で口にした以上、冗談でした、あるいは間違いでしたでは済まされないぞ?」


 念を押して確認するかのように……調べた結果根も葉もない結果であったのならレイにとっては不利益しかないと言ってくるレジデンス。


「ああ、それでいい。もし間違っていたら、確かに俺のミスもあるんだろうから大人しく罰を受けるさ」

「……いいだろう。そこまで言うのなら、これ以上は何も言わない。後で調べた結果を教えることになるだろうから、その辺だけ覚えておけ」


 アルニヒトの件は取りあえずこれで終わり、この後は試験に参加しての感想や今回共に行動したロブレ、シュティー、オンズの印象といったものを聞かれて面接は終了するのだった。

 ランクアップ試験の結果が判明するのは、5日後。それまでレイを含めたランクアップ試験参加者は緊張の日々を過ごすことになる。

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