第357話

 レイとセトが偵察をする為に空へと駆け上がっていく様子を見送っていた他の者達はセトの悠然とした姿に目を奪われながらも、まずはやるべきことをやろうと集まっていく。

 それぞれの馬車を操る御者が馬車を1ヶ所へと纏め、そこから10m程離れた場所にギルドからの試験官であるレジデンスと貴族枠として参加しているマルカ、アルニヒト、オルキデ。そしてマルカの護衛でもあるコアン。ロブレとシュティー、オンズの試験参加者3人は馬車と貴族のどちらが襲われてもすぐに駆け付けられるように、中間の位置で待機している。


「ったく、何でわざわざ馬車と離れた場所に固まるんだか。護衛の手間を考えれば一緒になっていた方が手間が掛からなくて済むし、何かあった時にも守りやすいってのに」


 槍の石突きを草原に突き刺しながら、舌打ちをするロブレ。

 シュティーはそんな恋人の様子に苦笑を浮かべ、リラックスさせるように口を開く。


「しょうがないでしょ、元々ランクアップ試験に関しては敵が弱かったんだから。恐らくこの護衛に関しても試験の結果に関係してくる筈よ。性格が合わないからといって、くれぐれも護衛に手を抜かないでね」

「ああ、幾ら何でもそんなことで手を抜いたりはしねえよ。それより……」


 呟き、チラリと自分と少し離れた場所で短剣を両手に構えながら周囲の様子を警戒しているオンズへと視線を向ける。


「あいつと上手く連携出来る自信がないな。何を言っても殆ど無言のままだし」

「……確かにそうかもしれないけど、ランクアップ試験を受けるんだから腕は確かでしょ。ただでさえ私達の人数は少ないんだから、協力出来るところは協力していかなくちゃ」

「なら、あのコアンとかいう奴には協力して貰わないのか? 見たところかなり腕が立つようだぞ」

「そりゃそうでしょ、公爵家令嬢の護衛なんだから」

「その公爵家のご令嬢とやらも、なんだってあんな子供が……」


 ロブレとシュティーにしてみれば、マルカはあくまでも子供でしかなかった。実際は魔法に関してはかなりの腕を誇っているのだが、姫将軍として有名なエレーナとは違い、その知名度は低くマルカの名前はまだ知る人ぞ知るといった程度でしかない。それ故、ギルムの街の冒険者である2人には、マルカ・クエントという名前が何を意味しているのかを知ることは出来なかったのだ。






「さて、いよいよ本番ですが。どう思います?」


 ロブレとシュティーから離れた、貴族達が集まっている場所。そこでレジデンスは周囲の者達へと尋ねる。


「そうじゃな、妾としてはレイの実力については疑っておらん。バイコーンとの戦いで見るべきは残り3人の技量じゃろう」


 まず最初に答えたのはマルカ。自分の友人でもあるレイを真っ先に押すが、レジデンスはそのマルカの言葉に当然とばかりに頷く。


「確かにレイは実力に関してはランクBとなるのに十分なものを持っています。しかし、ご存じの通りランクB冒険者に必要なのは純粋な戦闘力以外にも貴族や王族に対する礼儀と、そして何よりもいざという時の決断力。特に国益や街の利益に対する際のものです。レイに関して言えば、戦闘力は文句無く合格。ただし礼儀に関しては問題あり。後は決断力ですね。ただ、この辺に関してはそれなりに判断出来るのではないかと思っているのですが……お手並み拝見といったところですか」


 レジデンスの評価を聞き、若干複雑な表情を浮かべるマルカ。

 マルカにしてみれば友人であるレイには試験に合格して貰いたいという思いは強いが、礼儀に関してはなっていないというのにも納得出来るものがあったからだ。元々が若いこともあって堅苦しい言葉使いといったものを好まないマルカにしてみれば、レイの貴族を貴族とも思っていないような言葉使いは好印象であった。だが、そんな風に感じる自分が数少ない例外であるというのも、また同様に理解していたのだ。

 普通の貴族であれば、まず間違い無く不愉快に感じるだろうと。

 実際、本来はレイを引き抜く為にギルムの街までやってきたアルニヒトは、その言葉使いに不愉快そうに眉を顰めていたのだから。


(後は決断力か。……抜かるでないぞ、レイ)


 マルカが内心で呟いていると、次にアルニヒトが口を開く。


「私としてはシュティーとかいう獣人の女を推すが。相棒であるロブレとは違って貴族に対する礼儀というものをある程度弁えているように見える。問題は実力だが……その辺はどうなんだ?」


 ギルドの試験官でもあるレジデンスへと視線を向けて尋ねると、小さく頷く。


「ギルムの冒険者としては問題無いかと。その辺もバイコーンの討伐で見極めて下さい」

「うむ。有能であることを祈っている」


 頷くアルニヒトへと、その隣でやる気が無さそうに欠伸をしていたオルキデが声を掛ける。


「なら、ロブレって狼の獣人はどうだ?」

「駄目だな」


 一瞬の躊躇すらせずに、断言するアルニヒト。


「向こう気が強いというのは、冒険者としては悪くない資質だろう。だが、我が強すぎる。それとパーティを組んでいるシュティーに対する執着というか、嫉妬心が強い。いや、強いのは別に構わないが、それをあからさまに表に出しているからな。その辺を考えると多少厳しいだろう」


 マルカやコアンも含めた他の面々も同意見なのか、特に異論を唱えるでもなく頷く。

 もしロブレ本人が獣人としての五感の鋭さでこの話を聞いていれば、恐らくは怒り狂っただろう。だが、風の魔法を得意とするマルカが声を周囲に漏らさないような特殊な結界を展開しており、幸か不幸かロブレにその会話が聞こえるようなことは無かった。


「となると、最後の1人はオンズとなりますが……」


 そう告げるレジデンスの口元には苦笑が浮かんでいるが、その理由はアルニヒトの口からすぐに判明する。


「……難しいな。寡黙で表情も殆ど変えないところを見ると、何を考えているのかさっぱり分からん」

「そうだね。もっとも、性格の軽いような奴よりは信頼出来そうかも? けど、あの年齢になるまでランクCで燻っていたのを考えると、これから先はあまり期待出来ないんじゃ?」


 溜息と共に吐き出されたオルキデの言葉だったが、そこにコアンが異を唱える。


「いえ、元ランクAだった私が言うのもなんですが、ランクBに上がれる冒険者というのはそれ程多くありません。それを考えると……」

「まだ将来性は期待出来る訳じゃな」


 コアンの言葉にマルカが続く。


「そうですね。ただ、彼に関してはあまり心配はいらないかと。腕はギルドの方で保証しますから」

「ふむ、そうなると問題なのはこちらも礼儀作法の方じゃな。口を開くことが滅多に無いだけに、その辺も未知数と言えるじゃろう。決断力に関しても同様にな」


 こうして、この場に集まっている貴族達は自分の中でランクアップ試験参加者に対しての点数を付けていくのだった。






 馬車や貴族、その護衛として残っている者達から離れること5分程の位置。その大空にレイとセトの姿はあった。


「……あれがバイコーンで間違い無いんだろうが……」


 眼下の先に見える、額から2本の角が生えている馬型のモンスターの群れ。それを見ながらレイが呟く。


「グルルルゥ」


 その呟きを聞くセトもまた、どこか困惑したかのように喉を鳴らす。

 何故なら、視線の先にいるバイコーン30匹程の群れ。その群れが何をやっているのかを見たからこその困惑だった。

 レイとセトの視線の先にいるバイコーンは、30匹という数の利を十分以上に活かしてゴブリンの集団に襲い掛かっていたのだ。

 2本の角で刺し殺して絶命させ、あるいはかすり傷でも毒が回って動きが鈍くなったところを蹄に掛けられる。

 更に悲惨だったのは、他の個体よりも身体が大きかったリーダー格のゴブリンだろう。肩を、脇腹を、腕を、太股を、更には内臓を群がってきたバイコーンに食い千切られていたのだから。

 レイはバイコーンをユニコーンの亜種のような存在として想像していた。だが、実際には口から伸びている牙は鋭く、どうみても草食動物のものというよりは獲物の肉を噛み千切る為のものであり、肉食の馬という知識を持っていたレイにしても、その予想とは大きく懸け離れた存在だった。


(いや、考えてみればガメリオンとかいう殺傷能力の高いウサギのモンスターもいたんだ。肉食の馬がいてもおかしくはないか)


 内心の動揺を強引に沈め、とにかく今回の標的でもあるバイコーンの存在は確認したとしてロブレ達の方へと戻っていく。

 セトの翼では5分という距離だが、それはあくまでもグリフォンであるセトの翼だからだ。恐らく馬車でも1時間程、歩きなら数時間といったところだろう。最大の不安要素としては、バイコーンの群れが現状の場所にいてくれるかどうかというものだったが、幸い、ゴブリンの群れ全てを食い殺したバイコーン達はその場で横になって休んでいた。


(あの様子なら、ある程度は大丈夫だろう。それに、自分達に向かって近付いてくる肉の匂いを感じ取れば襲撃してくるだろうし。……とは言え、セトをどうしたものかな)


 内心で呟きながら、跨がっているセトの背を撫でるレイ。

 セトという高ランクモンスターの存在を感知すれば、さすがに凶悪なバイコーンとはいっても格の違いを理解して逃げていくのは明らかだったからだ。


(もしかして、セトを連れて行ってもいいとマリーナが言ってたのは、これを見越してのことだったりしたのか? ……有り得るな。とは言っても、セトがいなければバイコーンの群れを見つけるのに手間取った……いや、獣人族や盗賊が試験参加者にいるとなると、そうでもないのか? とにかく、一度向こうに戻って相談した方がいいな)


 自分1人で考えるより大勢で考えた方が効率的だと判断し、レイはセトに合図をして馬車のある場所へと戻るのだった。






 いつバイコーンの襲撃があるか分からずに緊張した空気が流れる中、最初に近付いてくる存在に気が付いたのは意外なことに獣人族のロブレやシュティーではなく、オンズだった。

 空から自分達に向かって近付いてくる存在に気が付いたオンズは、近くにいたロブレの肩を軽く叩く。


「ん? どうした? 敵か?」


 持っている槍の柄に力を込めながら尋ねるロブレに、オンズは無言で空を指差す。

 訝しみながらも空へと視線を向けたロブレは、見る間に近付いてくる存在を発見する。

 反射的に槍を構え、だが次の瞬間にはそれがレイとセトだと知り安堵の息を吐く。


「……レイか。戻って来たってことは、バイコーンの群れを見つけたのか?」

「そうだといいわね。とにかく、いつでも動ける準備をしておきましょ。私はあっちの人達に一応声を掛けてくるわ。もっとも気が付いて無いってことは無いでしょうけど」


 視線を貴族達が集まっている方へと向けると、コアンがレイの方を指差してマルカに何か声を掛けており、それを見たアルニヒトとオルキデ、レジデンスの3人も翼を羽ばたかせているセトへと視線を向けている。


「バイコーン自体はそれ程高ランクモンスターって訳でも無いから問題無いだろうけど……もっとも、あいつらが足を引っ張れば話は別だが」

「何言ってるのよ。そもそも、そういう対応も含めての試験内容でしょ。単純に倒せばいいだけなら、それこそただの討伐依頼として依頼ボードに貼り出せばそれで終わるんだから」

「……」


 シュティーの言葉に無言で頷いて同意を示すオンズ。

 ロブレも、さすがに2人にそう言われては反論出来る筈も無く、レイとセトが戻って来るまでは沈黙を貫くのだった。






「バイコーンの群れは見つけた」


 地面に降り立ったレイの言葉に、その場にいた者達の表情が引き締まる。

 いよいよ討伐の目処が立ったのだから。


「ここからまっすぐ南の方向に向かって……そうだな、多分馬車で1時間程度の場所だろうけど、そこでバイコーンの群れはゴブリンの群れで腹を満たして今は休憩中だ。群れの数としては大体30匹程度。どうする?」


 そんなレイの報告を聞いているのはランクアップ試験参加者達だけであり、レジデンスを含むそれ以外の者達はその様子を少し離れた場所で何か言葉を発するでもなく黙って聞いている。


(当然、バイコーンの群れにどう対処するのかも試験内容の1つな訳ね。となると、迂闊な選択は出来ないか)


 シュティーは一瞬だけそちらへと視線を向け、素早く考えを纏め上げていく。


「もしこっちから仕掛けるというのなら、こっちにはセトがいるからその気配を察知して逃げられるかもしれないというのを頭の中に入れておいてくれ」

「……なるほど。バイコーンがセトの気配を感じ取って逃げ出すのは確実と考えていいの?」

「そうだな。それに関しては、これまでの経験から考えてほぼ確実だと思っても構わない」

「セトの気配を感じれば確実に逃げる、か。幸いバイコーンは基本的には群れで行動するモンスターだから、いけるわね。こういう手段はどうかしら」


 レイの言葉を聞き、シュティーは思いついた方法を口にするのだった。

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