第342話

 お好み焼きをアルクトスへと教えてから数日。あれから幾度か海には出たものの、結局モンスターの姿を確認することは出来ずに、食っちゃ寝、あるいは街中を散歩して海産物を買い漁り、身体が鈍らない程度に街の外でセトと共に訓練をするといった生活を繰り返していたレイだったが、そろそろギルドの方に預けてあった魔石は十分調べられただろうと判断してギルドへと向かっていた。


「はいよ、イカの一夜干しだ。熱いから気を付けろよ」


 当然、セトと共に海産物を食べながら。


「ほらセト。半分ずつな」

「グルルゥ」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。そんなセトに紙に包まれたイカの身を半分に裂いて与えると、クチバシで受け取る。


「ん? この匂いは……」


 そんな中、ふと匂ってきたソースの焦げた匂いに笑みを浮かべつつ、屋台の方へと視線を向ける。

 そこにいるのはアルクトス……では無く、少し前まではホットドッグやサンドイッチを売っていた屋台の店主だった。だが、今その屋台にはパンは無く、お好み焼きの屋台となっている。


「お好み焼き屋も大分増えてきたな」


 屋台を見ながら呟くレイ。

 レイがアルクトスへと教えたお好み焼きは、現在エモシオンの街で着実に勢力を伸ばしつつあった。簡単でありながら物珍しく、満腹感も強いので腹持ちがいいとして、軽食には最適であったのも理由の1つだろう。だが、何よりもお好み焼きが数日でここまで広がっているのは、やはり好きな具を入れて焼くだけという『お好み』焼きの部分が最大の理由だった。エビ、イカ、タコ、貝、魚を始めとした海鮮類から、豚肉、鶏肉、牛肉、果てにはモンスターの肉まで。多種多様なお好み焼きが存在している。


(とは言っても、昨日食べたパンの入ったお好み焼きってのはちょっとな)


 前日にとある屋台で食べたお好み焼きの味を思い出し、内心で溜息を吐く。

 その屋台もレイの視線の先にあるような、普段はパンを出しているような者が売っていたお好み焼きだったのだが、お好みの部分を曲解して前日の売れ残りのサンドイッチを適当に切って具として入れていたのだ。


(まぁ、お好みサンドとかは地球にいた時にパン屋で見たこともあるし、お好み焼きをおかずにして飯を食べるってのもあるらしいからありと言えばありなんだろうが……)


 小さく首を振り、イカの一夜干しへと噛みついて前日のお好み焼きの味を上書きする。

 そんな風に進み始め、やがてギルドへと到着するといつものようにセトと別れてレイはギルドの中へと入っていく。


「……随分と人が減ったな」


 ギルドの中には、以前にレイが来た時に比べるとかなりの人数が減っていた。その理由は言うまでも無くレムレースが討伐されたからなのだが、それでもレイにしてみれば、ここまで急激に人数が減るとは思ってもいなかった。

 だが、冒険者やギルド職員のようにエモシオンの街のギルド関係者にしてみれば、レムレースという存在があった今までの状態こそが異常であり、この状況こそが普通の状態だった。そもそも人数が減ったといってもレムレースが活動していた時の全盛期と比べてであり、現在の人数でも十分多い。何しろここはミレアーナ王国の玄関口とまで言われている港なのだから、当然それに伴う依頼も多く、その分冒険者の数も多くなるのだ。


「あ、レイさん。お待ちしていました。ロセウスさんをすぐに呼んできますので、少々お待ち下さい」


 レイの姿を見つけた受付嬢の言葉に小さく頷き、早速とばかりに奥へと向かって行く後ろ姿を見送る。


「おい、レイって確かレムレースを倒した奴じゃなかったか? あんなガキなのか?」

「そう言えば、お前は昨日の船で戻ってきたんだったな」

「ああ。レムレースの情報がきたおかげで、向こうの港でずっと足止めをされててな。まぁ、その間の滞在費は雇い主持ちだったから不満は無かったけど」

「随分といい雇い主にあたったんだな。ああ、言っておくけどあいつには手を出さない方がいいぞ。何人か見かけで侮って手を出した奴がいるが、その殆どが洒落にならない程度の怪我をしているからな」

「……あんなガキが?」

「見た目と戦闘力は違うってことだよ。実際、聞いた話じゃ本人のランクはC程度だが、戦闘力に関して言えばレムレースを倒した時に組んでいたランクB冒険者よりも上だって話だし」

「……嘘だろ?」

「さて、どうだろうな。ただ、俺は奴がレムレースの頭部を吹き飛ばすのを少し離れた所からだが見たし、その後のレムレースの解体にも雇って貰ってかなりの肉を報酬として貰ったから、恩を仇で返すつもりはないよ。そもそも異名持ち相手に手を出すなんて馬鹿な真似をするのは自殺志願者だけだと思うし」


 そんな風にレイが自分の噂話を聞きながら待っていると、やがてカウンターの奥、事務所の方からロセウスが現れる。大事そうに手に持っている袋の中に何が入っているのかは明らかだろう。


「お待ちしてました。色々と話したいこともありますが、ここでは人目に付きますし上に行きましょうか」

「どうやらその方がいいようだな」


 自分に集まっている視線に頷き、レイとロセウスは2階にある会議室へと向かう。

 階段を昇っている時にもギルド内部にいる冒険者達から痛い程の視線を受けていた2人だが、レイは既に他人からの視線に対して慣れを感じていたし、ロセウスはギルドの上層部の人物としてレイと同様にこの程度の視線に物怖じするようなことは無かった。






「さて、ではまず最初に魔石をお返ししておきます。どうぞ、ご確認下さい」


 会議室の中でお互いに向かい合って座り、すぐにロセウスがそう告げて差し出してくる布袋。

 それを受け取ったレイは、その袋を開けて中身を取り出す。中身は当然30cm程の大きさの魔石であり、見て、触った限りでは特に傷が付いているというようなことは無く、ロセウスに向かって小さく頷く。

 レイの頷きを見て、ロセウスは思わず安堵の息を吐いた。何しろ、無くなったりしたらこのギルドどころか、エモシオンの街そのものが消失してしまうかもしれない危機だったのだ。念には念を入れたとはいっても、当然レムレースのものと思われる魔石をロセウスが持っていると感付く者は出て来て、それ程の品だけに多少の危険は冒してでも手に入れようとする者が数名程存在していた。そんな相手を処分できたのはギルドとしての利益と言ってもいいだろう。ただし……


「過去に存在した魔石の情報を各ギルドに尋ねてみましたが、残念ながら殆ど情報を得ることは出来ませんでした」


 そう、肝心の魔石から得ることが出来た情報は極少なかった。

 元々レムレースと思しきモンスターの情報を少しでも得られれば、と思ってレイから危険を覚悟の上で借りた魔石だったのだが。


「ただ、魔石の純度や込められた魔力の濃度から考えて、魔石をお預かりした時に言ったように最低でもランクBモンスターであるのは確実との結果が出ています。魔石の魔力分布的にもシーサーペントと酷く似通っていますので、恐らくレイさんが予想したようにシーサーペントの上位種といった扱いになるかと。ただ、さすがに魔石や素材だけでは生息場所やどの程度の数が存在しているのかというのを調べることは出来ませんでした」

「いや、大体予想通りだったしな。レムレースに関して少しでも分かれば……と思ってそっちの提案に乗ったんだから、そこまで気に病まないでくれ」

「ですが、折角これ程の魔石を貸して貰えたというのに……」


 自分達の調査では殆ど情報を得られなかったのが悔しいのだろう。ロセウスの表情には小さく無い悔恨が浮かんでいる。


「じゃあ……そうだな、レムレースがどこかで姿を現したという情報を得たら、ギルムのギルドまで連絡をしてくれ。その時に動けるかどうかは分からないが、余裕があれば魔石を取りに行くからな。ちなみに、レムレース以外の希少種でも歓迎するぞ」

「いいんですか? それは確かにレイさん程の力を持つ人がいざという時に希少種に対しての戦力として期待出来るのならギルドとしても助かりますが……希少種ですよ? 同種族のモンスターよりも強敵になるのは間違い無いと思いますが」

「だからこそ、だよ。希少種の魔石なんて普通は狙って手に入れることは出来無いからな。その出現を知ることが出来るのなら、俺には十分以上のメリットになる」

「……分かりました。幸い、このエモシオンの街は色々な場所から船が集まってきます。それ故に情報も大量に入って来ますので、他のギルドよりは希少種についての情報も得やすいでしょう」


 自らの不甲斐なさを補うかのように強く頷くロセウス。貴重な魔石を預けて貰ったというのに、思ったような結果を出せなかったのが余程に堪えたのだろう。


「じゃあ、取りあえず話はこれで終わりってことでいいな?」


 手に持った魔石をミスティリングの中へと収納して尋ねるレイに、ロセウスは小さく頷く。


「はい、こちらから出せる情報が少なくて申し訳ありませんが……」

「気にするな。ロセウスには悪いが、最初から少しでも情報を得られれば儲けものといったところだったからな」


 椅子から立ち上がり、ロセウスの肩へと手を乗せて励ますように声を掛ける。


「じゃ、次にギルドに来るのは、恐らくレムレースが姿を現さないと判明してからになりそうだな」

「はい、この街の住人としてもレムレースの討伐が証明されることを祈っています」


 謝罪と感謝で頭を下げてくるロセウスをそのままに、レイは会議室を出て1階へと降り、周囲からの視線を受けながらギルドを出て早速魔石の吸収を行うべくセトと共に街から少し離れた場所へと向かうのだった。






 エモシオンの街からセトが空を飛んで30分程の場所。セトだからこそ30分程度で済んでいるが、普通の冒険者なら徒歩1日程度の距離である。

 レムレースの件が片付くまでは街からあまり離れないように言われていたのだが、それでも街の近くで魔獣術の真髄とも言える魔石の吸収を行うのは避けたかったレイが、せめて30分程度で戻れる場所を探して見つけ出したのが現在1人と1匹がいる幅1m程度の小さな川の近くだった。


「さて、ここでなら魔石の吸収を誰にも見つかることは無いだろうし。……早速だが、セト」

「グルゥ?」


 ミスティリングから取り出した魔石を見てセトが喉の奥で鳴きながら小首を傾げる。

 自分が吸収してもいいの? と。

 ランクB、下手をすればランクAに匹敵すると思われるレムレースの魔石である以上、スキルを習得するのはほぼ確実だと言えるだろう。それならレイのデスサイズに吸収させるという選択肢もある。そんな風に自分を円らな瞳で見つめてくるセトに、レイは小さく笑みを浮かべて頭を撫でる。


「俺は炎の魔法もあるし、デスサイズ以外にも槍の投擲とかが可能だ。そう考えると、セトの攻撃手段が多い方がいいからな。だから心配しないでセトが吸収してくれ」

「グルゥ……グルルルルゥッ!」


 感謝の意を込めてセトが鳴き、それに笑みを浮かべながら持っていた魔石をセトの方へと放り投げる。

 その魔石をクチバシで咥えてそのまま飲み込み……


【セトは『光学迷彩 Lv.1』のスキルを習得した】


 既に聞き慣れた声が脳裏へと響く。


「スキルの入手は成功したが……光学迷彩?」


 スキル名に思わず首を傾げるレイ。セトもまた習得したスキルが意外だったのか、レイと同様に小首を傾げている。


(確かにレムレースは周囲の景色に溶け込むような能力を持っていた。それを考えれば不思議じゃない……のか?)


 内心で考えつつも、レムレースの持っていた能力とは既に別物であるように思えたレイは、案ずるより産むが易しとばかりにセトへと声を掛ける。


「セト、早速だが光学迷彩を試してみてくれ」

「グルゥ」


 レイの言葉に喉の奥で鳴き、念の為に少し離れた場所へと移動する。そして……


「グルルルルルルゥッ!」


 高く鳴いたその瞬間、確かにセトの姿は見えなくなっていた。文字通りの意味で透明となっていた。


「これは……」


 呟き、セトのいた場所へと進んでそっと手を伸ばす。その手に返ってきたのは、間違い無くセトの滑らかな毛の手触り。


「セト、いるのか?」

「グルルルゥ」


 レイの呼び掛けに答えるセト。確かにセトはそこにいるのだが、唯一姿だけが見えなくなっているのは事実だった。

 その様子に感心しつつも、再びセトへと手を伸ばそうとすると、光学迷彩が解除されて再びセトの姿が現れる。


「ん? どうしたんだ?」

「グルゥ」


 小さく首を振るセト。その様子を見ていたレイは、ふと思いつく。


「もしかして、今のままだとこの時間が透明になっていられる限界なのか?」

「グルルゥ」


 正解、とでもいうように喉を鳴らすセト。

 一瞬唖然とした表情を浮かべたレイだったが、すぐに光学迷彩のLvがまだ1であるのを思い出し、無理も無いと納得する。


「光学迷彩の効果で透明になっていられるのは大体10秒くらいか。……ちょっと短いけど、これまでの派手なスキルと違って誤魔化しようはあるな。それにセトの力を考えれば……」


 グリフォンとして元々強力無比な膂力を誇っているセトが、マジックアイテムでもある剛力の腕輪を装備している状態で放たれる攻撃は強力無比であり、体長30m程のレムレースですら頭部を殴られると地面に叩きつけられた程だ。それを考えれば、姿が見えなくなる光学迷彩というのはセトにとってみればこれ以上ない程のスキルといえるだろう。


「後は……セト、もう1度光学迷彩を使ってくれ」

「グルゥッ! ……グルルルゥ?」


 レイの頼みに元気よく喉を鳴らすが、一向に姿が消えることは無く、次の瞬間にはどこか戸惑ったように周囲を見回す。


「セト?」

「グルルルゥ」


 レイの呼び掛けに、小さく首を振るセト。その様子を見てレイもまた首を傾げていたが、不意に何かを思いついたようにセトへと声を掛ける。


「もしかして1度使うと暫く使えなくなるのか?」

「グルゥ」


 しょんぼりとしたように頷くセトに、レイもまた難しい顔をしながらセトを慰めるべく手を伸ばす。


「落ち着け、強力なスキルなんだからその程度の制限はしょうがない。Lvが上がればその辺が解消するかもしれないからな。今はとにかくスキルの効果をきちんと知ることから始めよう」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に頷くセト。

 結局その後で色々と調査をした結果、1度使うと30分程再使用不可、セトが持っている物も同時に透明化が可能だが、レイも一緒に透明化すると5秒と経たずに限界になるということが明らかになるのだった。






【セト】

『水球 Lv.2』『ファイアブレス Lv.3』『ウィンドアロー Lv.1』『王の威圧 Lv.1』『毒の爪 Lv.2』『サイズ変更 Lv.1』『トルネード Lv.1』『アイスアロー Lv.1』『光学迷彩 Lv.1』new


【デスサイズ】

『腐食 Lv.1』『飛斬 Lv.2』『マジックシールド Lv.1』『パワースラッシュ Lv.2』『風の手 Lv.2』『地形操作 Lv.1』



光学迷彩:使用者の姿を消すことが出来る能力。ただしLv.1の状態では透明になっていられるのは10秒程であり、1度使うと再使用まで30分程必要。また、使用者が触れている物も透明に出来るが、人も同時に透明にすると5秒程で効果が切れる。

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