第343話

「さて、そろそろ行くか」

「あ、行ってらっしゃい。賞金を貰えたら宿はどうする?」

「そうだな、後1日か2日は泊まることになると思うから、そのままでいいぞ」

「了解。お土産楽しみにしてるね」


 宿の看板娘に悪戯っぽい笑みを浮かべつつ見送られ、レイは宿の外へと出る。

 レムレースが討伐されてから数日は色々とお祭り騒ぎになっていたエモシオンの街だが、さすがに10日も経つと落ち着いて来ているらしく、港に停泊して動けなかった船も、新たにエモシオンの街へとやってくる船と入れ替わるように殆ど全てが出港している。

 そう、今日この日はレイがレムレースを倒してから10日目であり、それは即ちレムレースの被害が一切出なかった為に討伐をしたと認められることになるべき日だった。

 ……ただし、エモシオンの街にはやはり各種の海賊が情報を集めるべく部下を送り込んでいるのか、数件程海賊に襲われた船が出て来ているのだが。レイが捕縛した海賊に関しては、氷山の一角でしかなかったらしい。


「ま、俺は海賊討伐に雇われた訳じゃないから、エモシオンの街の冒険者達に頑張ってくれとしか言えないけどな」


 そもそもレイが海賊をどうにかするとしたら、レイとセトが護衛に付くか、あるいはエモシオン沖を延々と見回り続けてないといけない。未だにモンスターが姿を現さない以上、レイが海に向かう必要性も少ない。あるいはパトロールをギルドが指名依頼としてレイに頼めば話は別だったのかもしれないが、ギルドにしても外部の人間であるレイにばかり手柄を挙げられるとなると面子を潰されてしまうのでそんなことも出来ず、船が護衛としてレイを雇うにも、もしレムレースが姿を現した時にすぐに現場に向かわなければならない戦力なのでそれも出来ない状態であり、結局海賊に関してはこれまで通りに船主とエモシオンのギルドに所属している冒険者が何とかするしかなかった。


「グルルルゥ?」


 レイの隣を歩いているセトが、どうしたの? と小首を傾げて尋ねてくる様子に、笑みを浮かべつつその頭をコリコリと掻いてやる。


「何でも無い。それよりも、レムレースの件が片付いたらギルムの街に戻ることになるから、そのつもりでな」

「グルゥ」


 多少名残惜しそうに周辺の海鮮料理の屋台や、最近広まってきたお好み焼きを焼いている屋台に視線を向けつつ頷くセト。

 何しろ、レムレースの素材を売った金はともかく、海賊を捕縛した報奨金に関しては全てを使い尽くすかのように魚や蟹、エビ、貝といった海産物やそれらを使った料理を買い漁っているのだ。ミスティリングの中にある素材だけを食べて暮らしても、数ヶ月……下手をすれば1年程度は食べ続けられるだけの量がある。

 それに、既にレイもセトもエモシオンの街の場所は覚えているのだから、ミスティリング内の素材や料理が無くなったらまた買いに来ればいいという思いもあった。

 そんな風に会話をしつつ歩いていると、やがてギルドの前でエグレット、ミロワール、ヘンデカの3人と、近くにある建物の屋根に止まっているアイスバードのシェンと合流する。


「おう、レイ。久しぶりだな」

「ああ。そっちは変わらないよう……いや、武器が変わってるな。レムレースの牙を使ってポール・アックスを作って貰うって話だったが、それが?」


 エグレットが背負っているポール・アックスへと視線を向けて尋ねるレイ。レムレースの牙を削って作ったのだろう柄と、斧を作る際に牙を触媒として利用したのか、全体が白っぽい色のポール・アックスになっていた。


「鍛冶屋のドワーフには色々と文句を言われたけどな。それでもやっぱり、俺にはポール・アックスが1番なんだよ。レムレースに駄目にされた奴に比べると、攻撃力も随分上がってるしな」


 満足そうな笑みを浮かべてポール・アックスを撫でるエグレットに、隣ではミロワールが呆れたように溜息を吐く。


「武器を壊してしまったから作り直すのはしょうがないんだろうけど……素材以外にも随分と高く付いたみたいだけどね。おかげで、この10日間ギルドの依頼を何度も受ける羽目になったんだよ」

「……ギルドの依頼? 受けられる依頼があったか? 最近モンスターの姿を見てないが」

「確かに討伐系の依頼は少ないけど、街中で出来る依頼は結構あったわ。特に今までの鬱憤を晴らすかのように大量に船が来てるからね。それらに荷物を運び込む依頼は給金も良かったし」

「荷運びとかランクB冒険者がやるような依頼でもないと思うんだが……」

「海賊退治の依頼も数件だけどやりましたよね。結局船に損傷を与えただけで逃げられましたけど」

「そうだね。海賊退治に関してはシェンがいるからそれなりに楽だったわ」


 小さく笑みを浮かべてヘンデカの頭を撫でるミロワール。

 どこか気安いといってもいいようなその様子に、何が起こったのかと一瞬目を見開いたレイ。だが、すぐに納得したように頷く。


「そうか、パーティを組むのか」

「ま、ヘンデカはこう見えても頼りになるしね」

「そんな、僕なんてお2人に比べれば……」


 ミロワールの言葉に照れた表情を見せるヘンデカだが、その様子はパーティの仲間に見せるものというよりは……


「おい、お前達もしかして」


 何気なく呟かれたレイの言葉に、ビクリと動きを止めるヘンデカ。ミロワールもヘンデカ程では無いにしろ、どこか落ち着きを無くしていた。

 そんな2人の仕草を見て、ようやくレイは2人の正確な関係を理解する。


「なるほど、パーティじゃなくて恋人同士になった訳か」

「……あはは。バレた?」

「ま、別に隠すことじゃないだろうし。いいんじゃねえか?」


 照れくさそうに笑みを浮かべるミロワールに、エグレットがそう告げる。

 エグレット本人としては、ヘンデカがパーティ、あるいは旅の仲間として一緒に行動するのも、相棒であるミロワールの恋人になるというのも特に問題が無いらしく変わったところはない。


「俺はてっきり、お前達がくっつくんだとばかり思ってたんだけどな」

「ぷっ、無い無い」

「だよな。俺もミロワールとくっつくとかは考えられないな」


 レイの言葉にミロワールが吹き出し、エグレットも同様に頷きながら同意する。

 2人の間にあったのは、愛情の類ではなく友情なのだと納得するレイ。


(よく、男と女の間で純粋な友情は成立しないとか言うけど……この2人は稀少な例外なんだろうな)


「あはは。僕としては、その、好きになった人と恋人になれて嬉しい限りですよ」

「キキキッ!」


 照れくさそうに笑うヘンデカを祝福するようにシェンが鳴く。

 ギルドの前でそんな会話をしていれば周囲の注意を引くのは当然であり、他の冒険者達から生暖かい視線や、上手いことやりやがってという嫉妬の視線、あるいは少数ながらもお幸せにといった視線も送られている。

 それに気が付いたのだろう、ミロワールが頬を赤くして腰にある鞭へと反射的に手を伸ばし……


「ほ、ほら。ミロワールさん。ギルドの中に入りましょう。折角賞金を貰える日なんですから、騒ぎを起こしたりするのは勿体ないですよ!」

「……ふ、ふん。しょうがないね。ほら、エグレット、レイも。行くよ」


 それだけ言って、ミロワールとヘンデカの2人はギルドの中へと入っていく。

 そんな2人を見送りながら、レイは面白そうに口元へと笑みを浮かべる。


「へぇ、あのミロワールがねぇ……」

「意外だろ? 俺も意外だった。けどまぁ、姐御肌のミロワールとどこか頼りないヘンデカだと思えば案外納得出来るもんだぜ」


 小さく肩を竦めたエグレットと共にレイは2人の後を追うようにしてギルドの中へと入っていくのだった。






 レイがギルドの中に入ってきたのを見た瞬間、既に慣れた様子で受付嬢はロセウスを呼び、そのロセウスもまたレムレースを倒してから10日後である今日レイ達が来るのは予想していたので、慌てずにカウンターの奥から姿を現して2階の会議室へと誘う。


「ようこそいらっしゃいました。レイさん達が来るのをお待ちしておりましたよ」

「そう言うってことは、レムレースの被害が出なかったと思っていいんだな?」


 レムレースが討伐されたということで、既にエモシオンの街全てがそれを前提にして動いている。船にしても同様であり、もしレムレースが再び姿を現そうものなら大騒ぎになるのは確実だった。そう、街中にいるレイにもはっきりと分かる程に。だが、そのような騒ぎは1度として起こっておらず、それを知った上での問い掛け。ある意味ではレイの言葉を疑って掛かっていたギルドや街の上層部を責めるような、そんな問い掛けだったが、ロセウスはその問い掛けに大人しく頷く。


「はい、その通りです。ですが、そのおかげで確実にレムレースの討伐が証明されたのですから、レイさん達にとってもそう悪いことでは無かったのでは?」

「さて、どうだろうな」


 お互いに小さく笑みを浮かべつつも、話はこれまでとばかりにロセウスはそっと懐から小さな布袋を取り出す。

 コトリ、と机の上に置かれた時の音を聞く限りではその袋の中に入っているのは何らかの固い物なのだろう。それが何かを予想出来たエグレットは口笛を吹いて歓迎する。


「光金貨2枚……じゃなくて、分けやすいように白金貨20枚に分けてくれたのか?」

「ええ、4人で山分けにすると聞いていましたから。変に揉めるよりはそちらの方がよろしいかと思いましたので」

「そうだな、助かる」


 ロセウスの気遣いに感謝の言葉を述べるレイ。エグレットとミロワールの2人も小さく感謝の言葉を告げ、白金貨という物を初めて見るヘンデカは袋しか見ていないのに、動きが完全に止まっていた。

 まだ白金貨が袋の中に入っているというのにこの状態なのだから、もし本来の賞金でもある光金貨2枚が出されていたらどうなっていたか。

 一瞬、そんな恋人の様子を見てみたいと思ったミロワールだったが、すぐに首を横に振って分け前について考える。


「レイ、あたしの取り分は素材をいらない代わりに賞金を多めに分配ってことで良かったよね? ヘンデカに関しても」

「ああ、それで構わない」


 ミロワールの言葉に頷き、テーブルの上に袋の中身を取り出し、白金貨の名前通りに白く輝く硬貨を5枚ずつ重ねて4つの山を作る。

 その4つの山を4人それぞれの前に持っていく。


「まず20枚。この中から、ミロワールとヘンデカは報奨金重視ということで……」


 自分とエグレットの前にある白金貨からそれぞれ2枚ずつをミロワールとヘンデカの山へと移す。

 レイとエグレットが白金貨3枚ずつ、ミロワールとヘンデカが白金貨7枚ずつに分配される。


「これでいいか?」


 そんなレイの問い掛けに、3人が特に異論は無いと頷く。


「報酬で揉めるパーティってのは多いんですが、皆さんさすがですね」


 笑みを浮かべるロセウスだが、レイは元々金に対してそれ程困ってない上にレムレースの素材を自分で使う分以外は売り払っている。更には海賊を捕まえた報奨金を貰っているので、エモシオンの街に来たという意味では大幅な黒字である。……もっとも、海賊の件で得た報酬についてはその殆どを料理や海産物を購入するのに充てているのだが。エグレットにしても、強敵との戦いは欲するが金に関しては困らない程度にあればいいだけなので新しいポール・アックスを手に入れた以上は特に問題は無く、ミロワールとヘンデカの2人は特に素材で欲しい部分も無かったのか、賞金で満足している。


「ま、元々揉める要素は少なかったからな。じゃあ、取りあえず賞金の支払いも終わったし、そろそろいいか?」

「ええ、ギルドの方としては問題ありません。正直、出来れば面子的な意味でもエモシオンの街のギルドに所属している冒険者がレムレースを倒してくれれば良かったんですが……まぁ、そうは言っても、港湾関係の人達が困っているのと私達の面子だと断然前者が優先されるのですが。レイさん達には幾ら感謝しても足りません。ありがとうございました。また、レイさんに対しては以前の約束通りに希少種の情報が入りましたらすぐにお知らせしますので」


 そう告げ、丁寧に一礼して出て行くロセウスを見送り、レイ達もまたいつまでも会議室にいても意味が無いとばかりに1階へと降りていき、ギルドから外に出る。


「……で、俺達はこのまま宿に向かって荷物を取ったら街から出る予定だけど、レイはどうするんだ? 何だったらもう少し一緒に行動するか?」


 ポール・アックスを背負ったエグレットの言葉に、レイは少し考えて近寄って来たセトの頭を撫でながら首を振る。


「いや、俺はもう少しここに残るよ。買っておきたい物もまだ幾らかあるしな」

「そうか? 分かった。ならここでお別れだな」

「ああ。お前達も元気でな」

「レイも元気で……と言いたいところだけど、あたしが何を言ってもレイは元気そうだね」

「あはは。ミロワールさんの言葉は確かに。けど、レイさんのおかげで僕も色々と成長することが出来たと思います。本当に色々とありがとうございました。ほら、シェンも」

「キキッ! キキキ!」


 ヘンデカの言葉に、セトの背にとまっていたシェンがレイへと短く鳴く。


「グルルゥ」


 セトもまた、3人と1匹に別れの挨拶として鳴き声を上げ、こうしてレムレース討伐の臨時パーティは解散することになったのだった。

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