第341話

「小麦粉はあった。キャベツと山芋もそのまま同じでは無かったけど、似たような物はあった。卵もOK。出汁用の肉に関しても鶏肉を買ったからそれで代用すれば取りあえずは問題無し、青のりとかは海藻の類だから諦めるとして、ソースとマヨネーズは……こっちも諦めるしか無いだろうな。串焼きとかに使うソースならあるだろうけど、それを使うしかないか」


 溜息を吐きつつ、レイは市場で揃えた材料を確認していく。

 キャベツや山芋に関しては、そのままの名前ではなかったがそれぞれキベルク菜とジャコブ芋という似たような見た目の物を購入しており、レイとしては大満足といった買い物内容だった。本来であればそのまま鍛冶屋に向かってたこ焼き用の鉄板の製作を依頼する筈だったのだが、昆布や鰹節が無い状況でお好み焼きやたこ焼きを作れるかといった試しなので、まだそこまでする必要は無かった。

 そのままセトと共に街中を歩いて碧海の珊瑚亭へと向かっていると、ふと見覚えのある屋台が視界に入ってくる。頑固そうな親爺が早速とばかりに魚を焼いている屋台、レイに碧海の珊瑚亭を紹介してくれたアルクトスだ。


「……そうだな、どうせならここで試してみてもいいか」


 幸いまだ午前9時を過ぎたばかりであり、いつもは賑わっているアルクトスの屋台の周辺に客の姿は殆ど無い。それならここを使わせて貰おうと考え、屋台に近付くレイ。

 セトにしても、アルクトスの屋台で食べた焼き魚の味は覚えているのだろう。機嫌良さそうに喉を鳴らしつつ、レイの後を付いていく。


「うん? どうした、レイ。それにセトもか。腹が減ったんなら、何か食っていくか?」

「いや、今日は買い食いに来たんじゃないんだ。新しい料理を作ってみようと思うんだが、それを味見してみたり意見を貰いたい。構わないか?」


 そんなレイの言葉に数秒程考え込むアルクトスだったが、やがて鼻を鳴らして口を開く。


「ま、構わねぇだろ。幸い忙しくなる昼まではまだ時間があるから今は忙しくないしな。それに新しい料理ってことは、俺も味見出来るんだろう?」

「ああ、是非味見してくれ」

「ふんっ。全く、レムレースを倒した冒険者が新作料理を作るとか、一体どうなってんだろうな。ほら、こっちに来い。少しだがマジックアイテムの調理器具もあるから、そっちが必要な場合は俺がやってやる」

「助かる。セトはここで待っててくれ。取りあえずこれでも食っててな」


 アルクトスから借りた皿の上に、魚の干物を数匹程乗せてセトの前へと置く。

 勿論焼いた訳ではないから生のままなのだが、それでもセトは嬉しそうに喉を鳴らしながらクチバシで咥えて飲み込んでいく。


(焼いた魚には焼いた魚の、生には生の美味さがあるんだろうな)


 そんなセトの様子を横目で見つつ、早速とばかりにまずは鍋に水を入れてアルクトスへと手渡す。


「取りあえずこれを沸騰させてくれ」

「おう」


 短く返事をし、炭火の火力が弱い場所へと鍋を置くアルクトス。その横で、レイは早速とばかりに買ってきた鶏肉をブツ切りにしてまだ水の状態の鍋の中に投入。1人分ということで水の量を少なくしたので、すぐに水は沸騰して鶏肉を煮込むことになる。


「何だ、煮込み料理か?」

「いや、これは出汁……まぁ、スープのベースとして用いられるものだな」

「……それなら普通は臭み消しとして香草の類を入れるんじゃないか?」

「そう、だったか?」


 何しろレイとしても料理自体はある程度出来るが、出汁の素のような物が存在していたので、出汁を取ったりといった細かいことまではやったことがない。そもそもお好み焼きやたこ焼きを作る時は専用の粉を使っていたし、煮込み料理の類もカレーやシチューといった物以外は殆ど作ったことが無かったので、アルクトスの言葉に小首を傾げる。


「普通は入れるんだが……どうする?」

「あー、じゃあ悪いが適当に頼む」

「おう、任せろ」


 長ネギや生姜、あるいはタマネギのような材料を手早く用意して鍋の中に投入していくアルクトス。その様子を見ながら、自分1人で料理をしなくて良かったとつくづく思うレイだった。


(出汁は沸騰する前に火を止めて冷ます……んだったか?)


 以前に料理番組で見たうろ覚えの知識を下にそう判断し、沸騰する前に火を止めるようにアルクトスに頼んで次の段階に入る。

 イカやエビ、タコといったものを切り、キベルク菜をみじん切りにし、アルクトスが持っていたすり下ろし用の器具でジャコブ芋をすっていく。

 その後は火を止めた鍋がある程度まで冷えるのを待ち、小麦粉と卵をボールの中にいれ、浮いてきた灰汁をすくい取ってから鶏肉の出汁で溶き、切った具を入れてかき混ぜ……後は焼くだけとなる。


「……見た感じはあまり美味そうに見えないな」


 ボールの中を見つつ、本当にこれが食える料理になるのか? と首を傾げるアルクトスをそのままに、早速鉄板を熱して貰ってそこにボールの中身を流し込む。


「ちなみに、こうやって広げた生地の上に他の具を乗せるという方法もある。ま、この辺はそれぞれの好みだろうな。俺は混ぜている方が美味いと感じるからこうして生地の中に入れているんだし」

「なるほど。で、後はこのまま引っ繰り返すのか?」

「ああ、何か引っ繰り返すのに使えそうな調理器具はないか?」

「こんなのか?」


 レイの言葉にアルクトスが差し出したのは形は多少違うが、明らかにフライ返しのようなものだった。


(これは……いや、ステーキとかがあるんだから、この類の調理器具があっても不思議じゃないんだけど)


 内心で納得しつつフライ返しを受け取り、お好み焼きを引っ繰り返す。

 試作品ということで、そもそも量がそれ程多くはなく直径20cmもない程度の大きさだったおかげだろう。特に失敗することなく引っ繰り返すことに成功する。


「……ほう。素人にしては悪くない手並みだ。このお好み焼きとかいったか? これに関しても調理前の見た目に比べるといい出来だ」

「だろう? 本来は何度か引っ繰り返しながら両面に火を入れていくんだが、今回作ったのは薄いからな。もう十分だろう。アルクトス、魚を焼く時に使うソースとか使っても構わないか?」

「あ? ああ、まぁ、構わないが。ほれ」


 差し出されたソースを鉄板の上で焼かれている海鮮お好み焼きの上に掛けていく。するとそのソースが鉄板の上へと落ち、ソースの焦げた食欲をそそる匂いが周辺へと急速に広がる。


「……悪くないな。ああ、悪くない」

「だろう? ほら、取りあえずこれで出来上がりだ。食ってみろ」


 フライ返しでお好み焼きを切り分け、1切れを皿の上に乗せて差し出すレイ。

 それを受け取ったアルクトスは、皿の上から漂ってくる香りに小さく喉を鳴らしてからフォークを突き立てて口へと運ぶ。


(お好み焼きにフォークって……1枚のままだとナイフも使うのか? また、随分と異国情緒があるというか何と言うか)


 自分の常識ではちょっと考えられない光景に苦笑を浮かべつつも、セトの分を新たに皿に取り分けて差し出す。


「グルルルルゥ」


 嬉しそうに喉を鳴らし、早速とばかりにクチバシでお好み焼きを突いている様子を見ながら、レイもまたフォークを使って自分の分のお好み焼きを口へと運ぶ。

 最初の1口目でまず最初に感じるのはソースの旨味だ。お好み焼き用に調整されたソースでは無い為に一瞬だけ違和感があったが、甘辛いタレと考えればそれ程悪くない味でもある。そして生地に混ぜ込まれたエビやイカ、あるいは魚の旨味が口いっぱいに広がり、キベルク菜のシャキシャキとした歯ごたえと、エビやイカの食感を楽しめる。生地自体もジャコブ芋のすり下ろしたものをたっぷりと入れた為か、ふんわりとした食感を楽しむことが出来た。ただ、やはり鶏肉で取った出汁というのは海鮮お好み焼きには合わなかったのだろう。ソースが違うということや、紅ショウガ、天かすといった材料や青のり、鰹節、マヨネーズといった物が無かったこともあり、十分に美味いとは言えるものの、それでもどこか物足りなさを感じさせられる。だが、それは普通のお好み焼きを食べ慣れているレイだからであって、生まれて初めてお好み焼きを食べる者にとっては全く関係無いことで……


「これは……いや、美味いな。初めて食ったが、こんな簡単に作ったのにこれだけの味を出せるとは……」

「グルゥ!」


 アルクトスは厳めしい顔を驚きに染め、セトはおかわり頂戴、とばかりに円らな瞳をレイに向けていた。

 その瞳に負けるように、残っていたお好み焼きのうちの1切れをセトの皿へと移し、アルクトスの皿にも同様に乗せながら声を掛ける。


「この料理はお好み焼きっていう料理で、料理名通りにお好みの具材を入れて焼けばいい。俺が知ってる限りでは長ネギとか肉とかが一般的だったな」

「へぇ、お好みの具を入れて焼くからお好み焼きか。……この生地のふんわりとした食感はジャコブ芋をすり下ろした奴の効果だな? ただ、色々とまだ改良点がありそうだが……」

「その辺に関しては、悪いがそっちで見つけてくれ。俺が出来るのはあくまでも知識で知ってる料理を出来る限り再現するだけだしな」

「……再現?」


 そんなレイの言葉に、微かに小首を傾げるアルクトス。

 子供がやれば可愛いのだろうが、初老の厳つい親爺がやっても可愛さというものは存在しない仕草だ。


「この街だとあまり知られていないが、俺はとある魔法使いに山奥で育てられてな。その魔法使いが持っていた本には、今はもう存在していない料理とかも載っているのがあったんだよ。このお好み焼きという料理も、その本に載っていた料理だ」

「……ほう。今はもう消え去った料理か。面白い。レイ、この料理はうちで出してもいいのか? あるいは他の奴等に広めても?」

「ああ、構わない。構わないが……それよりも、今はそっちをどうにかした方がいいだろうな?」

「何?」


 レイの視線を辿ると、アルクトスの屋台の周囲には10人近い人数が集まっている。その誰もが残り数きれとなった鉄板の上のお好み焼きへと視線を注いでいた。熱々の鉄板でソースが焦げる匂い。その匂いは暴虐的なまでの威力でもって屋台の周辺を歩いていた者達の食欲を掻き立てたのだ。

 もちろんいつもなら串焼きのタレの焦げた匂いといったものもあるのだが、鉄板の上に存在していたお好み焼きという料理の物珍しさもあったのだろう。


「……あー、レイ。悪いがちょっと手伝ってくれるか? さすがに教えて貰ったばかりだとこの人数を捌くのは難しそうだ」

「ま、この状況じゃしょうがないか。材料に関してはどうする? 海鮮類はともかく、野菜の類は俺が自分用に用意した分しかないぞ?」

「ちょっと待て……キベルク菜とジャコブ芋だな。おい、そこのお前。キベルク菜とジャコブ芋をこの金で大至急買ってこい。ああ、それと小麦粉もな」


 釣り銭用に用意していたのだろう。アルクトスは数枚の銅貨を屋台の前にいた顔見知りと思しき客へと渡す。


「え? お、俺っすか? 親っさん、俺も一応客なんすけど!?」

「うるせえ! いいからとっとと買ってこい! その代わり、今日は奢りにしといてやる。ただし、下手な物を買ってきたら許さねえからな!」

「は、はいぃぃっ!」


 悲鳴を上げながら去って行く客を見上げ、すぐにまた鶏肉で出汁を取るべく新しく水を張る。

 尚、出汁を取り終わった鶏肉も、レイが使ったタレとは違うタレに絡めて1品料理にしている辺り、さすがと言うべきだろう。


「レイ、取りあえず今ある分だけで作れるだけ作るぞ。このままだと人が集まりすぎて混乱する」

「分かった、なら材料を切って混ぜるのは本職のそっちに任せる。俺は焼くからどんどん生地を作っていってくれ」

「おう、値段は……そうだな、取りあえず銅貨3枚で売れ」

「安すぎないか?」

「構わん、今日はどのみちこれ1つに集中することになりそうだし、それにどのくらい売れるのかも分からないからな。取りあえずの値段だ」


 その言葉と共に、余っていた鶏肉の出汁と卵を混ぜて素早くお好み焼きの生地を作り、他の材料を入れてレイへとボールを手渡してくる。

 レイはそれを受け取り、熱く焼けた鉄板の上に生地を流し込む。瞬間、ジュワッという音と共に広がる香ばしい香り。その香りもまた、屋台の周囲にいる客達の物珍しそうな視線を集めていく。

 1枚がそれ程大きくないということもあり、生地を引っ繰り返してその上からソースを投入。先程の香ばしい香りではなく、ソースの焦げる香りも周囲に広がり、客達の視線がより強くなる。

 そのまま数枚のお好み焼きを一気に焼いてソースを掛け……とやっているうちに、屋台に集まっている客に興味を抱いた客が集まり、ソースの焦げる香りに惹かれて……と、いう光景が繰り返されていく。そんな中……


「あれ、レイさん。何してるんですか?」

「レイ? あれ、本当だ。冒険者から屋台に転職したの?」


 不意に聞き覚えのある声に顔を見上げると、そこには何故かヘンデカとミロワールの姿が。

 忙しいこの時に来てしまったのは、ある意味で2人にとっても不運だったのだろう。あっという間に引きずり込まれ、屋台の臨時従業員として働くことになってしまう。

 尚、この日の売り上げはお好み焼きの物珍しさもあって過去最高の額になり、翌日からアルクトスの屋台の名物となる。

 更には作り方がそれ程難しく無く、アルクトスもレシピをあっさりと教えた為にお好み焼きはエモシオンの街全体に広がり、ここを出発点としてミレアーナ王国を含めた近隣諸国に広がっていくことになるのだった。

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