第325話

「……お前達、何でここに?」


 さすがに予想外だったのだろう。目の前に突然現れたエグレットとミロワールの2人に驚きの表情で声を掛けながらも、レイは手に持っていた対のオーブを枕の隣へと置いて2人を出迎える。


「何でここにって、俺達もエモシオンの街に賞金首目当てで行くっていっただろう?」

「いや、それは聞いたが……それにしても早すぎないか?」


 レイがエモシオンの街へと向かっている途中で目の前にいる2人と別れてから、まだ10日も経っていない。それなのに、以前に別れた街から半月程度は掛かるだろうこのエモシオンの街に、目の前の2人が何故いるのかが全く分からなかった。


「はっはっは。俺がちょっと本気を出せばこんなものだからな」

「……はぁ。まぁ、確かに急いだのは事実だけどね。朝も夜も無く移動し続けてきたから」


 エグレットの言葉を補足するかのようにミロワールが呟く。

 実際、レイの目から見て元気に溢れているエグレットはともかく、ミロワールの方は顔に疲れが浮かんでいる。

 その表情を見ただけで、ミロワールの言葉通りに殆ど休み無しでエモシオンの街に辿り着いたのだろうと納得出来た。

 そして、それは同時にレイの考えに一筋の光明をももたらすことになる。


(グリムが空間魔術でレムレースを強制転移させた後、俺が現場に辿り着くまで足止めさせることが可能な、少数精鋭の冒険者。そして以前に聞いた話によると、エグレットは強い敵と戦いたいからこの街に来たのであって、別に賞金やレムレースの素材、魔石が目当てな訳じゃない。なら……)


 呟き、再び自分と同じテイマーのヘンデカを脳裏に浮かべる。

 ヘンデカとアイスバードだけにレムレースの足止めを任せるのは無謀極まりないと思っていたが、エグレットとミロワールというランクB冒険者の戦士2人が前衛を請け負うのなら、空中から援護することが可能なアイスバードのシェンを連れているヘンデカをパーティに入れるのは可能だろう。


(ヘンデカ自身は剣を武器としていたから、弓か何かを買って貰って後方からの援護に徹して貰えれば……いける、か?)


 内心で素早く計算していたレイが、恐らくはいけると判断して視線を2人へと向ける。

 その瞬間、エグレットとミロワールの2人は殆ど本能的に身体を駆け抜けた何かを察知した。

 エグレットの場合は戦闘への期待であり、ミロワールの場合は碌なことにならないだろうという嫌な予感だったのだが。


「丁度いい時に来たな。中に入って扉を閉めてくれ。いい話がある」

「中にって……随分と狭い部屋だし、1階の食堂で話さない?」


 このまま部屋の中に入って3人で話したら、否応なく騒動に巻き込まれる。そう判断したミロワールがそう告げるが、時既に遅し。相棒であるエグレットがさっさと部屋の中に入り、ついでとばかりにミロワールを引っ張り込んだのだ。


「ほら、いいから中に入れよ。確かに狭いが、それでも3人が座れないって程度でも無いだろ」

「ちょっ、こら、エグレット! あたしは別にレムレースの件に関わるつもりなんて……」


 そう言って何とか抵抗しようとするものの純粋な筋力でエグレットに敵う筈も無く、ミロワールはあっさりとレイの部屋の中へと引きずり込まれる。


(……これって、外から見てるだけだと色々と危険そうな場面なんじゃ?)


 端から見れば、嫌がっている女を自分の部屋に連れ込もうとしている男のようにしか見えない。そんな風に考えながら、枕元にあった水晶に映し出されているグリム――どこか呆れたような雰囲気を出しているように見えた――に後でもう1度連絡するとだけ小さく呟き、通信を切断するのだった。

 そのまま嫌がっていたミロワールをエグレットが強引に床へと座らせ、レイは一応部屋の主ということでベッドへと座る。

 さすがに狭い部屋だけにベッド以外には殆ど家具の類も無く、椅子やソファといった物も無かった為だ。

 もっとも、だからこそアルクトスという正体不明ながら、色々と影響力のありそうな人物の紹介というのもあって格安で泊まれているのだが。


「さて、いい話ってのを早速聞かせてくれ」


 背負っていたポール・アックスを壁へと立て掛けたエグレットの言葉に頷いたレイは、現状を語って聞かせる。レムレースの攻撃方法や姿を確認出来ないこと、そして何よりもその影響で賞金首目当てにやって来た冒険者達が手も足も出ない状況であり、膠着状態に陥っていること。だが、何故か自分がセトに跨がって空を飛ぶと、ほぼ確実に海水の槍を使って攻撃をされるといった内容全てをだ。


「うえ、確かに面倒臭そうな相手だな」

「でも、そんな風に言いながらもあたし達を連れ込んでいい話があるってことは、何らかの対処手段があるんでしょ?」


 最初のうちはいやいや聞いていたミロワールだったが、やはりランクB冒険者だけであって多少の興味はあったのだろう。続きを促すようにレイへと視線を向ける。

 そんなミロワールの視線を受け止め、頷くレイ。


「そうだ。ちょっとした伝手でとあるマジックアイテムを手に入れることに成功してな」

「……マジックアイテム?」


 オウム返しに尋ねてくるミロワールに頷く。


「空間魔法を使ったとっておきで、自分に攻撃を仕掛けてきた相手を探知して強制的に転移させるってマジックアイテムだ」

「ちょっ、何よそれ! それが本当なら強力極まりない効果じゃない! それこそ、ギルドや国が知ったらどんな手段を使ってでも手に入れそうな

……」


 レイの口から説明された予想外の言葉に、思わずミロワールが叫ぶ。基本的には脳筋であり強い相手を求めているようなエグレットにしても、自分に攻撃を仕掛けてきた相手を強制転移させるというのは予想外だったらしく唖然とした表情を浮かべている。


「ダンジョン産のマジックアイテムだと思えば当然の効果だろう? もっとも、1回限りの使い捨てだが」

「そりゃ、そんな強力なマジックアイテムが何度も繰り返し使えるようなら、本気で国が動くでしょうよ。そもそもちょっとした伝手ってどんな伝手よ」


 呆れた様に呟くミロワールを一瞥し、レイは説明を続ける。


「とにかく、このマジックアイテムがあれば姿を見せないレムレースを特定の場所に強制的に転移させることが出来る。問題は、強制転移させることは可能だが、俺自身が転移することは不可能だってことだ。つまりレムレースを強制転移させた後、俺はセトに乗って転移先まで飛んで移動しなければならない訳だ」


 そんなレイの言葉に、エグレットは獰猛な笑みを浮かべて頷く。


「なるほど。ならレイがその転移先に来るまでの間、俺とミロワールがそのレムレースとかいうモンスターを相手にしていればいいんだな?」

「ああ。勿論、足止めをしろとは言わない。俺が到着するまでに倒せるなら倒して貰っても構わないぞ」

「へへっ、そう来なくちゃな。やっぱりこの街に来て正解だったな。なぁ、そう思うだろ?」


 隣に座って壁に背を預けているエグレットの言葉に、溜息を吐くミロワール。


「そりゃ、あんたにとっては強い相手と戦えるんだからそれでいいんでしょうよ。そんな、海中で船を破壊出来るようなモンスターを相手に……海中?」


 呆れた様に相棒へと言葉を返していたミロワールだが、ふと何かに気が付いたかのようにレイへと顔を向ける。


「ねぇ、レイが持っているマジックアイテムは対象を強制的に転移させるのよね? なら、別にこの街の近くに転移させなくても、どこか遠くに転移させればいいじゃない。勿論遠くの海とかは無理でも。どこかの砂漠とか森の中とか。それこそ、レイにしてみれば少し前に敵対したっていうベスティア帝国の首都辺りとか」


 いい考えだとばかりに口にしたミロワールだったが、レイは黙って首を横に振る。


「残念ながら距離的にそれ程遠くまで飛ばすのは無理だ。だから場所としてはこのエモシオンの街の近くでどこかいい場所を探して、そこで……って具合だな」

「あー……なるほど。さすがに強力なマジックアイテムでも何でもかんでもありって訳にはいかないのか」


 ミロワールの横で話を聞いていたエグレットの言葉に頷くレイ。


「ま、そういうことだ。とにかく作戦の大まかな流れとしては、今言ったみたいに俺が海でモンスターを強制転移させて、そのモンスターが海に戻るのをお前達2人と、後で説明するがもう1人手伝って貰いたい奴がいるから、そいつも含めてお前達が攻撃を仕掛ける。まぁ、さっきも言ったが倒せるなら倒してくれてもいいが、それが無理な場合は足止めに専念してくれ。で、俺がセトと一緒に援軍に向かうと。そんな具合で考えているんだが、何かあるか?」

「そのもう1人ってのは? わざわざレイが仲間に引き入れようとしているくらいだから、余程の腕利きなのか?」


 もし腕利きなら手合わせをして欲しい。そんな獰猛な笑みを浮かべながら尋ねてくるエグレットに対し、首を横に振るレイ。


「そいつ自身はそれ程強くない。ランクDの冒険者だしな」

「ちょっ、おいおいおいおい。何でわざわざそんな低ランク冒険者を……レイみたいにランク以上の強さを持っているのなら話は別だが、今の話を聞く限りはそうでもないみたいだし」


 強い相手と戦えるという予想が外れたからだろう。どことなく不機嫌そうにそう告げてくるエグレットに、レイは微かな笑みを浮かべて口を開く。


「確かにそいつ自身は強くない。だが、そいつは俺と同じくテイマーでな。アイスバードをテイムしている」

「アイスバードってのは確か……」

「ほら、あれよ。冬に出て来るモンスターで、個体としての能力はモンスターランクD程度だけど、群れるとモンスターランクC扱いになる」

「ああ、モンスターにしては妙に頭のいい奴か」

「そうね。下手をしたらあんたよりも頭がいいかもね」


 皮肉げに呟くミロワールだったが、エグレットはその皮肉を笑って受け止める。


「幾ら俺でも連携の重要さは分かってるぞ」

「……そうね」


 皮肉を皮肉と受け止めて貰えない虚しさに思わず苦笑を浮かべるミロワール。

 そんな2人を前にして、レイはずれていた話題を戻す。


「とにかくそのテイマー、ヘンデカという名前の冒険者だが、空を飛べるモンスターのアイスバードをテイムしているのを考えれば、十分牽制の役には立つだろう。本人も功を望んで暴走するような馬鹿じゃないし」

「まぁ、今回の件はお前が取り仕切っている訳だから、レイがそう言うならこっちとしては構わないが……足手纏いにだけはならないんだな?」

「自分の力量に関しては十分弁えているからな」

「なら、俺に文句は無い。ただ、今も言ったが足手纏いになるようなら切り捨てることになるかもしれないぞ」

「ああ、その辺は十分に念を押しておくさ。で、報酬の分け前についてだが……」

「当然、あたし達も相応のものを貰えるんだよね?」


 ミロワールの言葉に、頷くレイ。


「当然だ。ただし、手に入れたばかりのマジックアイテムを使うんだ。取り分に関しては俺が一番多くても問題無いな?」

「ああ、そうだな。俺としては強敵と戦えればそれでいい」

「ちょっ、エグレット。あんたも少しは金に執着を持ちなさいよ。……まぁ、確かにレイのマジックアイテムが無ければ成り立たない作戦なんだからしょうがないけど。……ね、そのマジックアイテム見せてよ」

「悪いが、色々と壊れやすいマジックアイテムなんでな。貸すことは出来ないから俺が持っているのを見るだけになるが、それでも構わないか?」


 さすがに今回の作戦の肝ということになっているマジックアイテムを見せない訳にいかず、そう告げる。

 当然、強制転移はグリムにやってもらう以上マジックアイテム云々というのは出鱈目であるので、それらしい物をミスティリングの中から取り出すことにする。

 次の瞬間、レイの右手には直径5cm程の水晶球が乗せられており、それを見たミロワールとエグレットの目が見開かれる。


「これが……強制転移させる為のマジックアイテム?」

「なんつーか、こう……見た目からはそんな強力な力を秘めているようには見えないな」


 この時に幸いだったのは、エグレットにしろ、ミロワールにしろ魔力を感じ取る力を持っていない純粋な戦士だったことだろう。何しろレイの持っている水晶は何の変哲もない水晶であり、それどころかギルムの街の雑貨屋で何となく買っただけの品であったのだから。

 30秒程そのまま2人に水晶を見せてから、再びミスティリングの中へと収納する。

 このまま出し続けてボロを出すのを避けたかった為だ。


「さて、取りあえず大方の話は決まったな。後はヘンデカに話を通すだけだが……そうだな、明日の朝9時の鐘が鳴る頃にギルドの前で待ち合わせで構わないか?」

「そりゃ構わないけど……あたしたちはどこに泊まればいいのさ? 言っとくけど、さすがにこの部屋の中に3人は無理だし、あたしとしては男2人と一緒の部屋ってのは嫌だよ?」

「まぁ、確かにこの部屋じゃ小さいわな」


 3畳程しかない部屋を見回し、何が面白いのか笑みを浮かべながらエグレットがそう言うが、レイは小さく肩を竦める。


「取りあえず、この宿には空いている部屋は無いらしいから、その辺はそっちでどうにかしてくれ。レムレースの件で大量に冒険者が集まってきている影響で、宿を取るのは難しいらしいけど」

「あー……確かに冒険者の数は多かったな。ミロワール、俺達も早いところ宿を取りに行くとしようぜ」

「そうだね、街中で野宿とか勘弁して欲しいし。……じゃ、レイ。取りあえず明日の朝9時にギルドでいいんだよね?」

「ああ、ヘンデカとの待ち合わせがそのくらいだからな。それで頼む」


 こうして、どうにかレムレースを倒す算段が付き、エグレットとミロワールの2人は自分達の泊まる宿を探すべく街へと繰り出すのだった。

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