第324話

「はぁ、結局今日も無駄足だったか……」


 碧海の珊瑚亭の部屋でベッドの上に寝転がりながら呟くレイ。

 賞金首であるレムレース。どうしてもその姿を発見することが出来ず、更に今日はレイとセトを囮にしてレムレースの姿を探すという真似をしてきた冒険者達や、その際に海水の槍の攻撃を食らって船が沈みそうになったのを助けたりといった風に余計な手間ばかりが掛かり、精神的な疲労が大きかった。

 結局マジックアイテム船を救助として沈みつつある船へと連れていった後は、そのままアイスバードのシェンと共に港へと戻りヘンデカへと報酬の銀貨を渡し、そのまま宿へと戻ってきたのだ。


「このままだといつまで経っても対症療法にしかならないから、何かを根本的に変えなきゃいけないんだが……」


 それが分かってはいるのだが、どう根本的に変えればいいのかが分からず再び溜息を吐く。

 ここ数日は、レムレースによる被害は殆ど出ていない。より正確に言えば港から出る船に限って言えば被害はゼロなのだが、港へと入ってくる船は数隻沈められているといった状況だ。

 幸い明日はレムレースの陽動を頼まれていないので、何か行動に出るなら明日しかないのだ。だが、その方法が分からずにレイを悩ませる。


「何か見えない敵を見つけ出す為のマジックアイテムでもあればいいんだが……」


 溜息を吐きながら、ミスティリングに収納されているアイテムのリストを脳裏に展開。使えそうな物がないかを確認していく。


「今回の件に使えそうな物は……無い、か」


 リストに目を通しながら、溜息を吐くレイ。

 だが、その時……ふと、とあるマジックアイテムの存在に気が付く。

 より正確に言えば、そのアイテムを自分にくれた相手だ。

 レイと融合したゼパイルと同じ年代から生きているリッチであり、今のレイでは到底及ばない程の力を持つ者。正確に言えば魔力量だけならレイが勝っているのだが、その運用方法のような技術面では遥か先を行っている人物だ。

 同時に炎の魔法しか使えないレイとは違い、空間魔術、時空魔術、死霊魔術を使いこなす、正真正銘の化け物。


「……本当はあまり頼りたくはないんだが……」


 それでも他に手が無い以上はしょうがないと判断し、ミスティリングから目的のアイテムを取り出す。

 拳大程の大きさの水晶であり、魔力的に繋がっているもう片方の水晶を持っている相手といつでも会話出来る『対のオーブ』というマジックアイテムを。

 その水晶を握りながら魔力を流すとすぐに薄く光り、次の瞬間にはその水晶には王冠を被った髑髏が映し出される。


『おや、この水晶は……レイかね? 随分と久しぶりじゃな』


 どこか愉快そうに声を掛けてくるリッチに、レイもまた口元に小さく笑みを浮かべて言葉を返す。


「ああ、随分と久しぶりだなグリム」

『儂に連絡をしてきたということは、何か困りごとかな? 勿論世間話の為というのでも大歓迎じゃが』


 リッチとなったグリムの顔は骨である為に表情は読めない。また、もし肉や皮があって表情があったとしても、悠久の時を生きてきたグリムと腹芸で渡り合えるとは思っていないとレイは単刀直入に用件を切り出す。


「実は今、エモシオンって街にいるんだが。知ってるか?」

『うむ。ミレアーナ王国の玄関口と言われている場所じゃな。さすがに研究三昧をしている儂でもその程度は知っておるよ』

「そのエモシオンの街で、現在レムレースと呼ばれているモンスターが沖に居座っていて、街の上層部から賞金が掛けられている」

『ほう? お主も賞金目当てにそこにいったのか?』


 顎の骨を揺らしながら笑い声を響かせるグリム。

 リッチであるが故なのだろう。直接会っている訳では無く、水晶越しではあるもののどこか背筋に冷たいものが走るような感覚を覚えながらもレイは首を振る。


「確かに賞金もくれるのなら貰いたいが、俺の最大の目当ては魔石だ。グリムも知っての通り、セトの為のな」

『ふむ、相変わらず魔獣術で生み出されたセトを育てているようで安心したわい。これで金だけが目当てだと言われたら、ゼパイル殿の志を受け継いだ者としての資格を問う必要があったからの』

「……そうか」


 資格を問うの資格が、刺客に変わるかもしれないとレイの脳裏を過ぎる。

 実際、グリムが今は既に亡きゼパイルを心の底から尊敬しているというのはレイも理解しているので、そうなる可能性は必ずしもゼロでは無いのだ。


『で、そのレムレースとか言ったか? 残念ながら儂はそんなモンスターの存在を知らないのじゃが、どのようなモンスターか聞いてもいいかの?』


 そう尋ねてくるグリムに、レイの答えは無言で首を振る。


「それを知りたくてこの対のオーブを使うことになったんだよ」

『ふむ? 詳しく聞かせて貰おうか』

「まず分かっているのは、魔法かあるいは種族特有の能力かは知らないが、海水を槍や触手のようにして操って攻撃をしてくる能力を持っている」

『海にいるモンスターとしては水の魔術……いや、今は魔法か。水の魔法を使うというのはそれ程珍しく無いことじゃな』

「周囲が水であるのを考えれば、それを利用しない手は無いしな。そして何よりも最大の特徴として、どこにいるのか全く分からないというのがある」

『どこにいるのか分からない、とは?』


 レイの言葉に訝しげに尋ねるグリム。数千年を生きるリッチといえども予想外の言葉だったのだろう。

 だが、レイはそんなグリムの問いに溜息を吐きながら口を開く。


「文字通りの意味だよ。攻撃されているのが事実である以上、レムレースと名付けられたモンスターが存在しているのは間違い無い。だが、その姿をどこにも確認出来ないんだ。それこそ、まるでどこか遠くから魔法を使っていると言われても納得してしまう程にな」

『エモシオンの沖にいるモンスターなのじゃろう? なら海中にいるのではないか?』

「俺もそう思ったんだけどな。少なくても見える範囲内の海中では見つけることが出来なかった。あの周辺の海は透明度が高いから、ある程度までの場所までは見通せるんだが……それで無理だとなると海底付近にはレムレースがいて、そこから攻撃しているという可能性が高いんだろうけど……」

『それが分かっているのなら、対処のしようはあると思うが?』

「無理だな。俺が得意としているのは炎の魔法であって、海中にいる敵に対して有効な手段は殆ど無い。槍の投擲にしても、浅い場所ならともかく海底にまでは届かないし、届いたとしても威力は殆ど無い筈だ」


 どうにも手が出ないといった様子で溜息を吐くレイ。

 そんなレイの様子をどこか面白そうな雰囲気を出しながら水晶越しに眺めていたグリムだったが、やがて自分を見返すレイの視線が据わってきたのに気が付いたのか、口を開く。


『どうかしたかの? そんな怖い目をして』

「お前、面白がってないか?」

『さて、どうじゃろうな。しかし、そういうことなら儂が手伝おうか?』


 グリムの放った言葉に、ピクリとレイの頬が動く。


「具体的には何をして貰える?」

『そうじゃな、それこそエモシオン沖に住んでいる生物全てを滅ぼしてアンデッド化する程度は出来るが……』

「やめてくれ」


 殆ど反射的にそう口にするレイ。


「そんなことになったら、それこそエモシオンの街が壊滅しかねない」

『じゃろうな。まぁ、儂はリッチである以上死霊魔術が最も得意なのは事実なのじゃが……そうなると、空間魔術が無難といったところか』


 レイの駄目出しにあっさりと告げるグリム。最初からエモシオン沖をアンデッドで溢れさせるつもりはなかったのだろう。

 そうと知ったレイは、からかわれたのだと思い至り再度の溜息を吐く。


「最初からそっちを提案してくれよ。……で、空間魔術だとどういうことが出来るんだ?」

『そうじゃな……簡単に言えばそのレムレースとやらを見つけ出して空間魔術で特定の場所に強制的に転移させることとかじゃな』

「……何?」


 予想外の言葉に、思わず尋ね返すレイ。

 海中にいる敵に対して炎の攻撃を得意としているレイがどうやってダメージを与えるのかとか、あるいはそれ以前にレムレースの姿をどうやって見つけるのか。ここ暫くひたすらレイの頭を悩ませていた難題をあっさりとどうにか出来ると口にされては、驚かない方がおかしいだろう。


「それは、可能なのか?」

『うむ。可能か不可能かで言えば可能じゃな。ただし、前提条件が色々とある』

「前提条件?」

『そうじゃ。例えば対象の大きさにもよるが、空間魔術で強制的に転移させるとなると莫大な魔力が必要となる。それに、転移可能な距離の問題もあって、エモシオンの街からそれ程遠くに転移させることは出来ない。更に言えば、モンスターをお主が倒す必要があるのじゃから、モンスターが凶暴になる夜に転移させる訳にもいかんので昼にやらなければいけなくなる。そうなると、当然リッチである儂も能力が落ちる……いや、アンデッドである以上は普通のモンスターよりも弱体化は激しいから、恐らくは1度転移させればそれ以降の手助けは出来んと思って欲しい。特に先程も言ったが、儂が最も得意なのは死霊魔術であって、空間魔術はある程度使えるといったレベルでしかないしの』


 次々にグリムの口から出て来る不安要素に、聞いていたレイは思わず眉を顰めてから口を開く。


「なら、もう俺が倒すのに拘らないでグリムが倒した方が早いんじゃないのか?」

『馬鹿者!』


 水晶越しに響いてくる怒声。魔力云々ではなく、数千年を生きてきたリッチとしての迫力にレイは思わず気圧される。


『ゼパイル殿の意志と力を受け継ぐ者が、この程度のことで儂に助けを求めるとは情けないとは思わんのか? いや、空間魔術で戦いの舞台を整えるといった手助けはともかく、全てを儂に任せるとは……そんなことで、本当にセトをゼパイル殿が魔獣術で生み出したフェンリルを超える魔獣にすることが出来るとでも言うのか?』

「そう……だな。確かに助けて貰うならともかく、全部をグリムに任せるっていうのは違うな」


 グリムの叱咤に、一瞬息を呑んですぐに頷く。


「分かった。ならレムレースを呼び出すのは任せるとして……いや、そもそもレムレースを見つけることが出来るのか?」

『その程度なら儂にとってはそれ程難しくは無いから安心せい』

「……そこで苦労していたんだがな。今までの俺の苦労は一体……」

『その辺は長年の研鑽を積んできた儂の魔術があってこそじゃな。とにかく、その辺は任せてくれればいいが、他にも解決すべき問題はある』

「解決すべき問題?」

『うむ。儂が姿を見せる訳にはいかないのは分かるな?』

「まぁ、そりゃあそうだろう」


 もしもエモシオン沖の上空にリッチが姿を現そうものなら、まず確実に大騒ぎになるのは確実だった。それこそレムレースの存在が忘れ去られる程に。

 レイにしてもその程度の予想は出来るので、グリムの言葉に小さく頷く。


『そうなると、儂がレムレースとやらを空間魔術で転移させる時に『誰か』が儂の代わりにその場にいなければいけなくなる。そして、それが出来るのは儂のことを知っているお主しかおらん』

「……なるほど」


 確かに何の前触れもなく急にレムレースが姿を現さなくなれば、これもまたいずれ騒ぎになるのは確実だろうと頷くレイ。


『そして、空間魔術でレムレースを送り込んだ場所にも誰かを置いておかないといけない。これもまた分かるな?』

「ああ。空間魔術で強制的に転移させたのはいいが、そのままだと転移先で暴れるし、あるいは海を求めて移動するなりしそうだしな」

『うむ。故に、レイがその場に行くまでレムレースの行動を抑えることが可能な者が必要なのは間違い無いじゃろう』


 グリムにそう言われるも、エモシオンの街で自分に協力するような面子については殆ど思いつかないレイ。

 勿論、街中に大量にいる冒険者達に声を掛ければこぞってレイの提案に従ってくるだろう。だが、その場合は分け前を要求するのは確実であり、そうなるとレイが魔石や素材を自分の物にするというのは難しくなる。


(賞金だけで満足してくれればいいんだが……人数が多くなれば、当然分け前も減る。そうなると駄々を捏ねる奴も出て来るだろう。その辺りを考えると、少数精鋭なのが望ましいんだよな)


 内心で考えるレイの脳裏に浮かんだのは、今日臨時として雇ったテイマーのヘンデカだった。だが、すぐにその姿を消し去る。

 確かにヘンデカの性格故に親しみはあり、セトもまたヘンデカのテイムモンスターであるアイスバードに対して友好的だった。だが、それでも実力に関してはランクDでしかないのを考えると、まさかレイが現場に赴くまでレムレースを任せきりにする訳にもいかないだろう。


(せめて、もう数人腕利きの冒険者がいればな……)


 レイが内心でそう呟いた、その時。

 ふと部屋の外から乱暴に廊下を走ってくる音が聞こえてくる。

 そして、その足音はレイの部屋の前へと辿り着き……


「おう、レイ! 約束通りに着いたぞ! まだ賞金首のモンスターは倒してないんだろうな!」

「ちょっ、エグレット。せめてノックをしなさいよ!」


 中に何も言わずに扉が開けられ、2人の人物が姿を現す。

 ポール・アックスを背負った戦士風のごつい体格をしている男と、鞭を腰にぶら下げている女。

 レイがエモシオンの街へと来る途中で出会った、ランクB冒険者のエグレットとミロワールの姿がそこにはあった。

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