第323話
空から降り注ぐ春の日差しを浴びつつ、エモシオンの沖では現在2匹のモンスターが空を飛んでいた。
グリフォンのセトに、アイスバードのシェン。セトの背にはいつもの如くレイが跨がっているのだが、シェンをテイムしたヘンデカの姿はどこにも無い。
それも当然で、アイスバードのシェンは体長1m程でしかない。そうなれば、当然レザーアーマーを着ているヘンデカを乗せることが出来ない為だ。
ヘンデカがこの場にいても、海中にいるレムレースに対して攻撃手段が無い以上はあまり意味が無いというのが事実ではあるが。
(とは言え、シェンに対して指示が出せるという意味ではいてくれても良かったかもしれないけどな)
「キキッ」
「グルルルゥ」
空を飛びつつ、セトと会話らしきものをしているシェンへと目を向けるレイ。
指示をするヘンデカがいないという理由もあるのだろうが、グリフォンであるセトに先程から幾度となく話し掛けているのだ。
もっとも、セトとしてもシェンをどうこうするつもりは無いらしく、喉を鳴らしながら相手をしている。
「……はぁ。いやまぁ、シェンがいることでどんな影響が出るか分からないんだけどな」
呟きながら、視線を港の方へと向ける。
そこでは、レイがレムレースを引きつけている間に出港しようとしている船が数隻見えていた。
そして次の瞬間、セトの身体が斜めに傾けられるのをレイが感じ取る。
「来たかっ! シェン、レムレースの姿を探せ! セトはいつも通り回避に専念しつレムレースを!」
「キキキッ!」
「グルゥ!」
シェンとセトが各々頷き、同時にレイはミスティリングからデスサイズを取り出して海水の槍をいつでも迎撃出来るように準備を整える。
次の瞬間、つい数秒前までセトのいた空間を海水の槍が貫き、そこから連続して2本、3本、4本と新しい海水の槍が作られ、セトの身体を貫かんと形作られた。
「セト、右だ!」
レムレースとしても、ここ数日何度となくセトと交戦して慣れてきているのだろう。セトの回避先を読んだかのように右方向から姿を現した海水の槍が大きく曲がり、その穂先で貫かんと放たれる。
確かにその攻撃は有効だっただろう。あるいはこのままセトの逃げ道を塞ぐかのように大量の海水の槍を作りあげれば、セトを倒すまではいかずともダメージを与えることは出来たかもしれない。だが、それはあくまでもセトだけであった場合だ。現在のセトの背にはレイが乗っており……
「はぁっ!」
その声と共に振るわれたデスサイズの刃が、セトを貫かんとしていた海水の槍を一撃の下に破壊する。
振るわれたデスサイズの勢いを殺しつつ手元に戻し、そのまま素早くセトの背から海面へと視線を向けた。
レイの視界に映っていたのは相変わらずの海面であり、当然のようにレムレースの姿はどこにも確認出来ない。
「キィ、キキキキ?」
シェンもまた、レイと同様にレムレースの姿を見つけることが出来ないのだろう。甲高い鳴き声をあげつつ、戸惑った様に周囲へと視線を向けている。
そんな様子を見て、レイはふと違和感に気が付く。
(海水の槍が攻撃しているのはセトだけ……?)
ふと内心で気が付いたのだが、落ち着いて周囲を見回すと実際に海水の槍の切っ先が向いているのはあくまでもセトのみだ。セトの近くを同じように飛んでいるシェンには一切攻撃の矛先が向いていない。
勿論、セトの隣を飛んでいる以上は進路上にシェンの姿があるので全く攻撃に晒されていないという訳でも無いのだが、海水の槍が狙っているのはあくまでもセトなのだ。
(何でだ? 空を飛ぶ相手を優先的に狙っているんだとばかり思っていたが……セトとシェンの違いと言えば、本物のモンスターと魔獣術で生み出されたモンスターといったところだが、それを何らかの手段で感知しているのか?)
レイが疑問に思っている間にも、セトは大空を縦横無尽に飛び回っては延々と海水の槍の攻撃を回避していく。
何日も同じことを続けていればどちらもそれなりに慣れてくるのか、海水の槍の軌道も以前に比べて鋭くなり、あるいはセトも以前とは違って大きく回避するのではなく、最小限の動きで回避をしている。そして飽和攻撃だとでもいうように無数の槍が迫った時には……
「飛斬っ!」
レイが振るったデスサイズから斬撃が飛び、数本の海水の槍を纏めて切断して出口を作り、シェンと共に抜け出す。
そんなレイの視界の端では今のうちだとばかりに船が数隻出発しており、その様子を見ながら時間を稼ぐべく海水の槍を回避し続ける。
当然その間も何もしていない訳では無い。何とか敵の姿を探し出そうと海中へと目を凝らし、あるいは炎を海面へと叩きつけてみたりもするのだが、レムレースは一向に堪えた様子も無く海水の槍を作り出しては繰り出してくる。
「こうも何も無いと、本当にどこにいるのか全く分からない……な!」
向かってくる海水の槍を回避する為に斜めの体勢になったセトの背の上で再びデスサイズが振るわれ、数本の海水の槍を砕く。
そのまま暫く海中からの攻撃に変わらず対処し続けていたレイだったが、やがて港から離れた船とは別の船が動いているのに気が付いた。
レイが戦闘をしている時に出港するのは変わりないのだが、わざわざ金を払いたくない船主、あるいは船長がこの機に乗じて出港したのだろう。勿論今回の依頼についてはレイが個人的に受けているものであり、エモシオンの街に関しては何も関わっていない、ギルドを通している依頼でも無い以上、このような真似をしても誰が文句を言える訳でも無い。
(その分、商人に必要な信頼は下がるけどな)
恐らく今出港した船はここ数日の内に来た船なのだろう。以前にも自らの金を惜しんでこのような真似をした船はいたのだが、結局トラブルがあって港まで戻ることになり、その後は他人の金で安全を買おうとした奴と噂され、取引先との仲が拗れたという話をレイを雇った船長から聞いていた。
そんな風に思いつつも、セトが斜めになって海水の槍を回避したその時。予想外のものを目にして思わず一瞬驚愕で思考が止まる。
レイの視線の先にあったのは船。ただし、それは最初に見たレイを雇った船ではなく、あるいはそれに便乗した船でもない。以前にレイへと絡んできた冒険者達が買い取った船だった。
「ちっ、俺に囮をさせておいて自分達でレムレースを見つけ出そうって魂胆か」
舌打ち1つ。同時に振るわれたデスサイズが海水の槍を砕く。
その舌打ちの音が聞こえたわけではないだろうが、不意に船の甲板の上にいる冒険者の1人がレイの方へと視線を向ける。
勿論この距離である以上、レイからはともかく男からレイと目を合わせることが出来る訳では無い。だが、それでもレイはしっかりと自分を見上げている男の目に嘲りの色が浮かんでいるのを確認出来た。
「キ? キキキィッ!」
シェンもまた、鳥の特有の目でレイへと向けられた嘲りを浮かべていた男の姿に気が付いたのだろう。興奮するように甲高く鳴く。
無論レイとしても面白い訳ではない。だが別にあの船に乗っている冒険者達とレイが協力態勢を結んでいる訳では無い以上、レイと男達はライバル関係でしかないのも事実なのだ。そうである以上、利用するというのはある意味で当然だった。
(けどまぁ……それは賭けでしか無いが、な)
「グルルルルゥッ!」
セトのいる高さまで伸びた海水の槍が直角に曲がり、真っ正面から貫かんと迫ってくる。
その槍を、翼を羽ばたかせ、そしてレイの体重コントロールにより、海水の槍そのものを螺旋状に回転するようにして回避していく。
レイが足の力でしっかりとセトの胴体に掴まっていなければ恐らくはセトの背から落下しただろう回避行動。だが、それでもレイとセトはこれ以上ない程に息を合わせて、その攻撃を切り抜ける。尚、レムレースが狙っているのがセトだけである為に、シェンは幸運にも海水の槍の攻撃範囲からは外れており、セトから一端距離を取っていた。
そして、セトはバレルロール回転をしながら海水の槍の攻撃から抜けだし、その場で翼を羽ばたきながら半回転して海水の槍の方へと再び頭部を向け、同時にレイは海中へと視線を向けるも……
「う、うわっ、うわああぁぁぁっ!」
「おい、穴を塞げ! 沈むぞ!」
「うるせえっ! そんな風に言うなら、お前がまず塞ぎに行けよ」
「くそっ、しょうがねえっ! 俺が船底に向かうから、お前達は周囲の警戒をしていろ!」
そんな声が聞こえてくる。
声の聞こえてきた方向は、言うまでも無く先程の冒険者達が乗っていた船だった。レムレースがレイへと仕掛けた攻撃の巻き添えで船底に穴が開いたのか、慌てて応急処置に取り掛かってはいるが、レイの目にはそれでも沈むのは時間の問題に見えていた。
騒いでいる冒険者達を一瞥し、再び海水の槍がいつ来てもいいようにセトと共に構えるが……
そのまま30秒程経っても、次の攻撃が来ないことに気が付き、持っていたデスサイズをミスティリングへと収納する。
「ふぅ、今日の分は終わりか。……結局今日もレムレースの正体は掴めずだな。何か根本的な対策を練る必要があるんだろうが」
「おい、レイ! 空を飛べるんなら俺達を助けろよ!」
先程、レイに対して嘲りの視線を向けた男が、空に浮かんでいるセトに……より正確にはレイへと大声で海上から叫ぶ。
「グルゥ?」
どうするの? とでも言うように後ろを向きながら喉を鳴らすセト。
そんなセトと海上でゆっくりとではあるが、確実に沈みつつある船へと視線を向けたレイは、小さく溜息を吐いて口を開く。
「取りあえずあの船に向かってくれ」
「グルルゥ!」
レイの言葉にセトが鳴き、翼を羽ばたかせながら沈みつつある船の方へと向かい、船の横にピタリと浮かんだセトの背でレイが冒険者達へと声を掛ける。
「助けろと言われても、セトに乗れるのは俺以外だと女子供くらいの体重がやっとだぞ。お前達みたいに体格のいい男で、尚且つ鎧やら武器やらを装備しているのを乗せるのはまず無理だ」
「おいっ! じゃあ何しにここに来たんだよ! 何か!? 俺達がお前を出し抜こうとしたから、その意趣返しにでも来たってのか!?」
「お前が呼んだんだろうに。……そもそも、俺がレムレースに襲われている現場に自分達から向かって来ておいて、それで被害を受けたら俺に助けろってのはおかしいと思わないか?」
「知るか! いいから俺達を助けろよ!」
「……ふぅ。分かった。ちょっと待ってろ。今マジックアイテム船を持っているパーティを呼んでくる。マジックアイテム船が2隻か3隻くらいあればお前達も乗り移れるだろ」
そんなレイの提案に、その場にいた冒険者達は安堵の息を吐く。
だが、すぐにその中の1人が大声でレイへと声を掛けてくる。
「ちょっと待ってくれ。今の話を聞く限りじゃ、この船から他の船に乗り移るってことになるんじゃないのか?」
「ああ、当然だろう。そもそも既に沈みかけているんだから」
「待て待て待て! 待ってくれ! この船を買うのに、どれだけの金が掛かったと思っているんだ!? それをあっさり捨てるなんて真似、出来る筈が無いだろう!」
「……」
その言葉に唖然としたのは、レイ以外にも船に乗っていた他の冒険者達も同じだった。
寧ろ、そんな世迷い言を口にするのが1人だけだったというのはレイにとっても幸運だったといえるのかもしれない。
「あー……そうだな。じゃあ、お前はこの船に残ればいいんじゃないか? 俺にしても、別に無理に助けるつもりはないから、好きにしてくれ。取りあえずマジックアイテム船を持っているパーティを呼んでくるから、脱出する気のある奴だけ準備をしておけ。そこの男みたいに残るって主張するなら、それでも構わないから」
「お、おう」
冒険者達にしてもさすがに先程の言葉は予想外だったのだろうか、どこか戸惑うように返事をする声を聞きながらレイはセトに合図を出す。
「セト、頼む」
「グルルルゥッ!」
「おい、ちょっと待て! 俺達を助けるのは当然だが、この船を沈めた賠償をきちんと約束しろ!」
「知るか、馬鹿。お前達が俺を囮にしてわざわざ危険な場所に近づいて来たってのに、何で俺が賠償をする必要があるんだ? それなら、この救助を呼んでくる為の費用として光金貨5枚程請求しようか?」
「ばっ!」
レイの言葉に本気を感じ取ったのか、慌てて賠償をしろと主張していた者の口を他の冒険者達が数人掛かりで押さえつける。
「気にしないでくれ! こいつは前々から妄想を自分の現実として受け入れる癖を持っているんだ。勿論賠償の類は請求しないから、助けを呼んできてくれ!」
レムレースの攻撃を回避している時、レイへと嘲りの視線を送っていた冒険者の男が慌てたようにそう叫ぶ。
男にしても、このままここで見捨てられれば溺れ死ぬかもしれないのだからある意味必死だ。
幾ら港からそれ程離れていないとはいっても、鎧やら何やらを装備したままで泳いで帰還できるかと言われれば否なのだから。
「ふぅ。まぁ、いい。なら早速助けを呼んでくるから準備をしておけ。……くれぐれも妙な寝言をほざかせないようにな」
そう告げ、少し離れた場所にいるマジックアイテム船へと向かう。
幸い、その少し離れた場所という位置状況から船が沈みつつあるのは見えていたらしく、救助の為に数隻のマジックアイテム船が移動を始めていたので、特に苦労することなく沈没しそうだった船に乗っていた冒険者達は無事救助されることになる。
……尚、最後まで賠償云々と叫んでいた冒険者は、マジックアイテム船が来た途端仲間をそのままに、真っ先に沈没船から逃げ出し、以後は他の冒険者達から白い目で見られることに耐えられず早々にエモシオンの街を出て行くことになるのだった。
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