第322話
「あー……どうしたものかな」
ドラゴンローブとスレイプニルの靴を脱ぎ捨てたレイが、ベッドに倒れ込んでぼやく。
このエモシオンの街へと来てから既に5日。何度か海に出てはみたが、その度に海水の槍で攻撃されるだけであり、レムレースの姿はどこにも見つけることが出来ずにいた。
昨日、今日とレイと何かと縁のあるマジックアイテム船を持っている冒険者パーティに協力して貰い、レイとセトが襲われている間に海中を詳しく探して貰いもしたが、それでもレムレースの手掛かりすら見つけることが出来きずにいる。
「そもそも、レムレースはどうやって俺を把握してるんだ? 俺とセトが海の上を飛べば決まって攻撃をしてくるが……」
そう、レイとセトが海へと出れば、決まってレムレースに攻撃されるのだ。これは一切の例外が無い事実であり、レイの頭の中ではレムレースがどうやって自分の存在を把握しているのかが分からないでいた。
「普通に考えれば、俺の魔力を感知しているんだろうとは思うが……決定的な証拠は無し、か。まぁ、敵を誘き寄せるという意味だと問題無いからいいんだけどな」
チラリ、と部屋の床へと視線を向ける。無造作にそこに転がっているのは、銀貨や銅貨が大量に入っている袋だ。中には金貨すらも数枚混じっている。
その全てがレイがこの数日で稼いだ金であり、これからもレムレースが討伐されるまでは際限なく増え続けるだろう。
それだけの大金をどうやって稼いだのかといえば、レイとセトが海の上を飛んでいれば、何故かレムレースはそちらへと攻撃を集中させる。つまりその間に船が出航すれば、殆ど襲撃の心配はしなくても済むのを利用して稼いだ金だった。
とは言っても、安全が確実に保証されている訳では無い。レイとセトを攻撃するレムレースはかなり気紛れであり、攻撃自体は確実にするのだが、途中で飽きたとでも言うように攻撃を中止することがある。そうなれば船に向かうという選択をすることもあり、実際に幾度かレムレースはそのような行動に出てもいる。
それでも襲われずに港を出られる可能性が高いということで、船主達はレイに対して直接依頼をする者が増えてきていた。
金を稼ぐという意味では、このまま同じような真似をしていれば恐らくレムレースに掛けられた賞金以上の額は楽に稼げるだろう。そう思いつつも、レイの目的としては金より魔石や素材の重要度の方が高かったこともあり、現状には満足していない。
また、他の冒険者達から向けられる妬みの視線が煩わしいという理由もある。他の冒険者達にしてみれば、レイはただ空を飛んでいるだけで大量の金を楽に稼いでいるのだから、そのような目を向けるのもある意味では当然だろう。特に最初に船を買い取ってレムレースを狙っている冒険者達は蛇蝎の如くレイを嫌っている。それでも直接手を出してこないのは、グリフォンであるセトの戦闘力やレイ自身が異名持ちの冒険者であることも影響してるのは間違い無いだろう。もしレイが普通のランクC冒険者であったりしたら、今頃は不幸な事故にあっていた可能性すらある。
そして直接レイに手出しを出来ないと知った一部の冒険者達がどうしたのかと言えば、噂を流すことだった。曰く、『レイは船主から金を巻き上げる為、あるいはレムレースに賞金が掛けられるのを狙って自らがテイムしたモンスターをエモシオンの沖へと放した』というものだ。
当然その噂は嫉妬や妬みに駆られた冒険者が流したものであるとして相手にされていないのが大半なのだが、一攫千金を狙ってエモシオンの街まできたものの、全く稼げていない冒険者達の中には信じている者達も少数ではあるが存在している。
そもそもそんな巨大であろうモンスターをテイム出来るのかと言われれば、ランクAモンスターであるグリフォンをテイムしているのだから決して不可能ではないと言い、あるいはレイ自身がレムレースの存在を知らず、ギルムの街のギルドマスターに言われて初めて知ったということに対しては、これ程の出来事なのだからエモシオンの街から遠く離れたギルムの街にいても耳に入っただろうというのが噂を信じている者達の言い分だった。
中にはその噂を信じ切って義憤に駆られてレイへと詰め寄ってくる者もいるのだが、そのような者達は基本的に受け流し、実力行使に出た者達は気絶させて道端に放り出すという対抗手段をとっている。
気絶して道端に放り出されているのだから、物盗りにあったり、掠われたりする者もいるのかもしれないが、それこそ自業自得、運が悪かったのだろうとレイは判断している。
尚、噂を信じて金をせびろうとしてくるような者は気絶させた上で金目のものを適当に奪って同様に道端へと放り捨てるという手段をとっていた。床に転がっている袋の中には、実はそのような者達から入手した金も入っている。
「とにかく、レムレースの姿を発見しないことにはどうしようもないんだよな。こっちから見えない割には、向こうからは完全にこっちを把握しているし。……くそっ、海じゃなきゃどうとでもなるんだろうが」
溜息を吐きながら、1日の疲れを癒すべくそのまま眠りに落ちるレイだった。
翌日、何か情報が無いかと微かな……本当に微かな希望を抱いてセトと共にギルドへと向かっていたレイだったが、いつものようにセトと別れてギルドに向かおうとしたところで、不意に声を掛けられる。
「あのっ、す、すいません! そこのローブの人!」
背後から聞こえてきた声に、また何か面倒事かと思いつつ振り向き、その瞬間に何故自分が声を掛けられたのかを理解した。
目に入ってきたのは、レザーアーマーにロングソードという典型的な戦士の装備をした人物。どこか押しの弱そうな笑みを浮かべているが、年齢的にはレイより若干年上の10代後半といったところだろう。だが、レイの目を奪ったのはそこではない。その人物の横にちょこんと佇んでいる1m程の巨大な鳥だ。アイスバード、以前このギルドに来た時にセトの近くにいたランクDのモンスターだ。
(そのモンスターを従えているということは……つまり)
内心でそう考えたレイに対し、その男は予想通りの言葉を口にする。
「あのっ、君がそのグリフォンをテイムしたんですか!?」
妙に力の入った問い掛けに頷くレイ。
「ああ、セト……このグリフォンをテイムしたのは間違い無く俺だ。そういうお前も、アイスバードをテイムしているんだろう? いや、召喚か?」
「いえ、テイムで間違いありません。……その、ちょっとお話しても構わないでしょうか?」
「あー……そうだな」
男の言葉に一瞬だけギルドの方へと視線を向けるが、そもそもレムレースの情報があるかどうかは万に1つ程度の気持ちで来たのだから、特に固執することも無いだろうと判断する。
「そうだな、俺も他のテイマーにあったのは初めてだから、30分程度ならいいぞ」
今日も今日とて、とある船主に依頼され1時間程したらレムレースを引きつける為に沖に出なければいけないのだが、それでもまだ多少時間の余裕はある。
「ありがとうございます。じゃあ、えっと……そうですね。向こうの方にジュースを売っている屋台がありましたから、そこでお話しませんか?」
「ああ、俺としては問題無い。じゃあ早速案内してくれ」
「はい! えっと、こっちです!」
先程浮かべていた気弱な笑みはどこに消えたのかと思う程に満面の笑みを浮かべる男。
「シェン、じゃあ行こうか」
「キキッ!」
男の言葉に、シェンと呼ばれたアイスバードが短く鳴いて答える。
(ああ、そう言えばこんな鳴き声だったか)
冬にギルムの街で戦った時の記憶を思い出していると、不意にシェンが軽く飛び立ちセトの背へと着地する。
「グルゥ?」
「キキッ!」
「す、すいません! こら、シェン!」
「グルルゥ」
シェンが背中に乗ったのを見た男が慌てて叫ぶが、セトは問題無いと喉の奥で鳴く。
「セトもいいって言ってるんだし、構わない。ああ、そう言えば自己紹介をしていなかったな。俺はレイ。ギルムの街のランクC冒険者だ」
「ええ、知ってます。その、レイさんはここ最近このエモシオンの街で色々な意味で有名ですので」
「……だろうな」
流されている噂のことを言っているのだろうと判断したレイが頷く。
「あ、僕はヘンデカといいます。クエンカという村でランクD冒険者をやっています」
「クエンカ?」
聞き覚えのない名称に尋ね返すレイだったが、ヘンデカは笑みを浮かべて首を振る。
「田舎の方にある小さい村なので、多分知らないと思いますよ」
「まぁ、確かに。それにしても良く俺に声を掛けるつもりになったな。さっきお前も言っていたように、色々な意味で有名になっているってのに」
「それは、その、以前ギルドでグリフォンのセトを見かけた時にも声を掛けたかったんですが、その時は何だか深刻な話をしていたので声を掛けにくくて……」
ヘンデカの言葉に、以前アイスバードのシェンをギルド前で見かけた時のことを思い出すレイ。冒険者数人と漁師の娘がトラブルを起こし、何故かそれに巻き込まれ、慣れない仲裁の真似をさせられたのだが、その仲裁が終わってギルドの外に出た時にレイもまたアイスバードのシェンがセトの隣にいたのを見たのだ。
「クエンカの村では僕以外にテイマーはいませんでしたし、ちょっと都会の方に出ても召喚士はそれなりにいたんですが……」
「だろうな」
そもそも、テイムと召喚魔法ではモンスターや動物を従えるという結果は同じだが、常に自分の側にいるテイムと、戦闘時のように必要な時に呼び出す召喚魔法というように似て非なるものと言ってもいい。常に対象が自分の側にいるテイムは、当然餌代を含めて全てをテイムした人物が用意する必要がある。それに比べて召喚魔法は必要な時だけ呼び出し、用事が済んだら元の場所に送還するという手順を踏んでいる為に費用は殆ど必要無い。それ故、同じような技術や魔法であってもテイムと召喚魔法では後者を選択する物の方が圧倒的に多いのは当然だろう。
「それにしても、レイさんはよくグリフォンをテイム出来ましたね」
「大きくなったセトをテイムした訳じゃ無いからな。子供の時から一緒に育ったんだよ」
「……なるほど。確かにそれなら野生のモンスターをテイムするよりは可能性があるでしょうけど……それでも凄いと思います」
「ヘンデカこそ、アイスバードをテイムというのは珍しいんじゃないか? テイムの難易度はそう高くないだろうが、そもそも冬に現れるモンスターだろう?」
「ええ。実は5年程前の冬に怪我をしているシェンを見つけて、その治療をしたら懐いてくれたんですよ。色々と幸運が重なって、冬以外でも普通に活動出来るようなマジックアイテムを知り合いの錬金術師に作って貰えましたし」
「それは運が良かったな」
そんな風にテイムについて話しつつ道を進んでいると、やがて屋台の並んでいる通りが見えてくる。
ヘンデカは、南国の果物を沢山飾ってある屋台へと進み2杯のミックスジュースと果物を幾つか買い、レイへとジュースを手渡し、セトとシェンに果物を与える。
そのジュースを受け取ったレイは、コップの予想外の冷たさに驚く。まるで、冷蔵庫から出したかのような冷たさだ。
「これは……」
「あ、驚きました? この屋台、マジックアイテムを使って冷たいジュースを提供しているんですよ。今はまだそれ程暑くないので混んでいませんが、これから夏になったら毎日行列が出来るらしいですよ」
「はっはっは。そりゃあな。気張ってマジックアイテムを作って貰ったんだ。色々と伝手があったとは言っても、安い買い物じゃなかったのを考えると、流行ってくれなきゃ困るってもんさ」
店主が笑い声を上げながらそう告げ、おまけだとでも言うように1口サイズの果実をレイとヘンデカの方へと放り投げる。
「あ、どうもありがとうございます」
「ありがたく貰っておこう」
2人共がその果実を受け取り、そのまま日陰へと移動する。
「……で、何で俺に声を掛けて来たんだ? 当然テイムに関しての話をしたいってだけじゃないんだろ?」
ミックスジュースを飲みながら話を進めるべくヘンデカへと尋ねるレイ。
そんなレイの言葉にヘンデカは一瞬身体を強張らせるも、すぐに気弱な笑みを浮かべて小さく頷く。
「はい。レイさんとセトは毎日のように海へと出てレムレースを探していると聞いています。その、ついでに船を出す手伝いをしているとも。それで、実はそちらに協力させて欲しいと思って。シェンならセトと一緒に空を飛べますし、鳥だけに視力もいいのでお手伝い出来ると思うんですが、どうでしょう?」
「なるほど」
ヘンデカの言葉に小さく頷き、考え込む。
(実際問題、俺とセトだけじゃレムレースの姿を見つけることが出来ないのは、この5日間を考えれば明らかだ。なら、少しでも可能性を上げる為に試してみるのもあり……か?)
必死な顔で自分を見ているヘンデカと、その隣で果実を突いているシェンの姿を眺めるレイ。
「ちなみに取り分に関してはどのくらい欲しいんだ?」
「その……取りあえず、今日はお試しってことで銀貨1枚でどうでしょう?」
「……その程度でいいのか? ま、ヘンデカがそれでいいなら、こっちは問題無いが。明日以降も続けて頼むかどうかは分からないが、とにかく今日は一緒に飛んでみるか」
「あ、は、はい! よろしくお願いします!」
こうして、2人と2匹は港へと向かうのだった。
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