第321話

「……で、何が原因で言い争いになっていたんだ?」


 ギルドに併設されている酒場で適当な料理を冒険者達の奢りで頼み、貝や野菜をバターで炒めた料理や、ボイルした体長50cm以上はあろうかという巨大なエビに舌鼓を打ちつつ尋ねるレイ。

 そんなレイをどこか恨めしそうに眺める男1人と女2人の冒険者3人組。レイが巻き込まれた元凶でもあるビキニ姿の女は、冒険者達とは違って呆れたような視線をレイへと向けている。

 あるいは、それも無理は無いのかもしれない。レイが舌鼓を打っている貝の炒め物はともかく、ボイルしたエビはこの酒場のメニューの中でもそれなりに高価な部類の料理なのだから。

 本来はハンマーか何かで叩き壊すのが一般的なのだが、それを強引に力尽くで殻を剥きながら先を促すレイに、水着の女が口を開く。


「あたしはローシャ。このエモシオンの街で漁師をやってるんだ。とは言っても、船に乗って沖まで行くような漁じゃなくて港の近くで漁をしてるんだけどね」

「なるほど。で、その漁師がなんで冒険者と言い争いになってるんだ?」

「それは……」


 男の冒険者が口を開こうとしたが、それを遮るようにしてローシャが口を開く。


「こいつらが討伐依頼を受けて、海に潜っているあたしに向かって攻撃してきたんだよ! それだけでも許せないのに、今朝からせっせと獲った魚や貝の入った網まで壊してくれて……おかげで大損だよ大損!」

「だから謝ってるじゃないの! こっちだって好きであんたを攻撃した訳じゃ無いのよ!?」

「謝って済むなら、騎士団や警備兵はいらないでしょ。とにかく、あんた達が破壊した漁の道具と中に入っていた今日の収穫分の料金を弁償してくれれば許すって言ってるのに」

「馬鹿言わないでよ! 銀貨7枚とか暴利でしょ!?」


 このやり取りだけで2組の言い分はレイにも理解出来た。

 だが、何よりもレイが驚いたのは、海にモンスターがいるというのに海女のような真似をしているという事実だった。

 このエルジィンにはモンスターという存在がいる。それは昨日沖でレイが見たように、海であっても例外は無い。だというのに、目の前にいる女は鎧の類も着ないで――海に潜るのなら当たり前だが――身一つで海に潜っているのだ。レイにしてみれば、命知らずとしか思えなかった。


「で、ローシャとか言ったか? そっちの言い分は分かった。お前達の言い分は?」

「……返す言葉もありません。全面的に僕達が悪いかと」

「ちょっと! 確かにこっちが悪いのは認めるけど、だからって銀貨7枚は欲張りすぎでしょ! ただでさえ蓄えは減ってきているのよ!?」


 冒険者側からの非難の言葉に、そんなのは知ったことではないとばかりに水着の女……否、漁師の女は鼻で笑う。


「こっちは危険を覚悟で漁をしているんだ。そんな中で殺されそうになったんだよ? それも、わざわざ他の街からこのエモシオンの街に来ている冒険者に。……私がギルドや街のお偉いさんに話を通す前にどうにかした方がいいんじゃないの? それとも、ここで金払いを渋ってもうこの街にいられなくなるかもしれない境遇を受け入れるかい? 当然、その場合はあんたら以外のこの街に来ている他の冒険者も肩身の狭い思いをするだろうね。特にここ最近はあんたらみたいな外様の冒険者が色々と騒動を巻き起こしているんだし」

「そ、それは……」


 口籠もる冒険者の女を見ながら、最後のエビを口へと運ぶレイ。

 そのまま汚れた手を拭き、周囲の様子を確認してから口を開く。


「話は決まったな。迷惑料を込みで銀貨5枚を支払え。蓄えが減ってきているとはいっても、その程度の料金を支払えない程じゃないんだろ?」


 これで自分の役目は終わったとばかりに席を立とうとするレイへと、今まで黙っていた最後の冒険者の女が声を掛ける。


「一応ここの奢りは私達が持っているんですが。もう少しこちらに協力してくれてもいいのでは?」

「この料理に関しては、俺の時間を取らせた料金だとでも思ってくれ。それに……周りを良く見てみろ。大人しく金を払った方がいいというのが良く分かる筈だ」

『え?』


 レイの言葉に3人が揃って疑問の声を上げ、周囲を見回す。

 そこで見たのは、どこか自分達を責めるような視線を向けている酒場の客達。ギルドに併設されている酒場である以上、その視線の持ち主の殆どが冒険者であるのは明らかだった。

 そして冒険者にも元からこのエモシオンの街で活動している冒険者もいれば、レイや3人組と同じように賞金首目当てにやってきた冒険者もいる。その2種類の冒険者達から向けられている視線に、気圧される3人組。

 元からこのエモシオンの街にいる冒険者にしてみれば、これからもこの街で活動するのに冒険者の評判を落として欲しくはないし、賞金首目当てに来た冒険者にしても他人のせいでこの街での活動がしにくくなるのは困るという理由から向けられた視線だった。

 漁師の女は要求した分よりも少ないと文句を言いたげにレイへと視線を向けるが、その青い瞳でじっと視線を向けられるとそれ以上言葉に出せずに黙り込むことになる。

 それを確認し、レイは3人組の冒険者へと向かって口を開く。


「分かったな? 俺も気持ちとしては同様だ。お前達がどんな理由でミスをしたのかは知らないが、そのせいでこっちに迷惑を掛けられるのは困る」


 それだけ告げ、レイはその場をさっさと去っていく。

 冒険者3人と漁師の女はそんなレイの背を黙って見送るのだった。

 尚、この後の話し合いにより結局冒険者達は銀貨3枚を支払い、足りない分は漁師の下で働いて返すという結論になる。






「セト、待たせたか?」

「グルルゥ?」


 ギルドの外に出たレイが声を掛けると、隣にいる1m程の大きさの鳥のモンスターと向き合っていたセトが振り向いて嬉しげに喉を鳴らす。

 だが、レイはセトよりも、その隣にいる鳥のモンスターに目を奪われる。


「……アイスバード?」


 そう、そのモンスターは以前レイも戦ったことのあるモンスター、アイスバードだった。

 ランクDモンスターであり、それ程強力という訳では無いのだが、それよりもレイが注目したのはその首に掛けられている首飾りだ。セトと全く同じ首飾りである従魔の首飾り。つまり、レイの前にいるアイスバードは誰かの召喚獣かテイムされたモンスターということになる。


「……にしても、アイスバードが良くこの季節に……あぁ、なるほど」


 アイスバードの右足に嵌っているリングから受ける違和感から、恐らく何らかのマジックアイテムの類なのだろうと判断する。


「セト以外のテイムされたモンスターってのは初めて見たな。……いや、竜騎士の飛竜がいたか」


 戦争で戦った竜騎士達が乗っていた飛竜。卵から育てられたとは言っても、テイムされたモンスターの一種であるのに変わりはないだろう。


(テイムした相手と話してはみたいけど、今はそれよりも先に海だな)


「グルゥ?」


 行かないの? という風に小首を傾げてくるセトに促され、レイはギルドを後にして港へと向かって行く。

 当然、その際にも屋台で海鮮料理を買って味わいながら進んでいき、昼食はいらないだろうという程の量を腹に収めたレイとセトはやがて港へと到着する。

 まず目に入ってきたのは、停泊している幾つもの船だ。巨大な外洋船もあれば、大陸を伝って移動する船、あるいは漁師の使う船といったものが大量に港に停泊していた。勿論好きで停泊している訳では無く、沖へ出ればレムレースに襲われる可能性があるからこそこうしているのだが。

 だが、港に停泊しているとはいっても無料ではない。停泊料金も掛かるし、何よりも荷物を運ぶのが遅れた分だけ船主の損害となるのだ。当然エモシオン側としても現状で無理に停泊料金を取り立てる訳にもいかず格安にしてはいる。だが、それでも塵も積もれば山となるとでもいうように支払額が貯まっていき、それ故に船長達もいずれは多少の無理をしなくてはならなくなるのだが。

 そして船の後にレイの目に入ってきたのは、港で彷徨いている大量の人だった。荷物の積み込みを目的とした人夫や、忌々しそうに沖を見据える船員達、更にはレムレースが港に上陸してきた時に倒して賞金を得ようとしている冒険者達。

 特に冒険者達にしてみれば、基本的に海へと出る手段が無い為に港で待ち受けるという戦法を取るしかなくなっていた。勿論レムレースが現れた当初は退治してくれるのを期待して船を出す者もいた。だが、その殆ど全てがレムレースの姿すら見えない状況で一方的に攻撃されて船諸共に海の藻屑と化すか、それ以前にそもそもレムレースを見つけることすら出来ずに無駄な時間を過ごし、あるいは他のモンスターに襲われるということが相次いで起こった為、今ではどの船主も船を簡単に貸すような真似はしなくなっていた。

 今海へと出ているのは、マジックアイテムの船を持っている極少数の裕福な冒険者パーティ、あるいは金を払って船を借りるのではなく買い取った冒険者パーティといったところだ。

 特に後者のパーティに関しては、船の大きさにもよるがかなりの大金を支払っているので、非常に険しい目付きをして周囲のライバル達を牽制しながらレムレースを探し求めていた。

 だが、そんな冒険者は結局のところエモシオンの街に集っている冒険者の中でもほんの一握りでしかない。殆どの冒険者は港でレムレースを待ち受けるか、あるいはまずは日銭を稼ぐべくギルドでの依頼をこなしている。

 そんな中、レイは周囲の者達から嫉妬、羨望、希望、憎悪、懇願といった多数の視線を浴びつつセトの背へと跨がる。


「さて、セト。じゃあ頼む」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの頼みに高く鳴きながら数歩地面を蹴り、そのまま翼を羽ばたかせて空中を蹴るかのように上昇していく。

 そのままセトは海へと向かって行き、前日に船がレムレースに襲われた現場へと向かう。

 丁度その辺りには、レイと同様に何らかの手掛かりがあるかもしれないと一縷の希望を抱いた者達の船が数隻存在していたが、その船に乗っている者達もまた、上空を飛ぶ影に気が付いて上を見上げ、セトの姿を発見しては羨ましそうな視線を向けてくる。

 さすがに前日一緒に救助活動をしたこともあってセトに驚くという者はいない辺り、高ランク冒険者達の集まりといえるだろう。

 そんなマジックアイテム船の1隻に見覚えのある顔を見つけ、セトを降下させるレイ。


「何かレムレースの手掛かりらしき物はあったか?」

「いや、何も無いな」


 レイの問いに答えたのは、昨日救助活動をしている時に幾度か会話を交わした冒険者パーティのリーダーだった。

 そのパーティの者達にしても、さすがにグリフォンを従えているレイを1日で忘れる筈も無く友好的に返事をしてくる。

 とは言え、他のマジックアイテム船や港で買い取った船に乗っている冒険者達は、どちらかと言えば疎むような視線をレイへと向けていた。

 船でしか移動出来ない他の冒険者達にとって、セトに乗って空を移動出来るレイというのはそれだけ賞金首を狙う上で強力なライバルとなり得る為だ。よって……


「おい坊主、遅れてきたんだから少しはこっちに気を使えよ」


 港で買ったのだろう船に乗っている冒険者からそんな風に声を掛けられる。


「寝言は寝てから言え」


 最初から喧嘩腰の対応なだけに、レイもまた同様の対応で言葉を返す。

 当然向こうもそれを聞いて大人しくしている程に余裕がある訳では無く、剣呑な目付きでレイを睨みつける。


「おい、手前。グリフォンに乗ってるからって……」


 冒険者がそう言った時だ。突然セトが翼を大きく羽ばたかせて今いた位置から大きく離れる。そして次の瞬間……


『なっ!?』


 その場にいた冒険者達の驚愕の声が周囲へと響き渡る。

 そう、ほんの一瞬前までセトの存在していた空間を海水で出来た槍が貫いてたからだ。


「ちっ、お出ましか! セト、一旦ここから離れるぞ」

「グルルルゥッ!」


 チラリと周囲へと視線を向け、このままでは無駄に巻き込むだけだと判断してセトへと指示を出す。

 それを聞いたセトも、高く鳴きながら翼を羽ばたかせてその場を移動する。


「おいこら、ちょっと待て! 手前等だけで賞金首をやろうってのか!?」


 先程までレイと言い争っていた男の声が周囲へと響くが、レイはそれを無視してセトを移動させる。

 その後を追うように、まるでセトの飛んでいる軌跡を追うかのように幾つもの海水の槍が空中を貫く。


「くそっ、おいお前等、俺達も奴の後を追うぞ! 賞金首を奴等だけに独占させるわけにはいかねえっ!」


 自分の仲間へとそう告げ、船をレイとセトの去って行った方へと向けるが、空を飛ぶセトと海を移動する船では決定的なまでに速度に差がありすぎ、追いつくことは不可能だった。






「海の底に見える範囲内には……っと、やっぱりいないか」


 再びセトが身体を斜めにして海水の槍を回避するのに合わせ、落ちないようにしっかりとセトの身体に掴まりながら海中へと視線を向ける。

 透明な海なので海底までとはいかないが、かなりの部分海中を見通すことは可能となっている。だが、それでもレイの視界の範囲内でレムレースと思われるモンスターの姿を確認することは出来ない。


「海……海っ!?」


 ふと何かに気が付いたように空を見上げるレイだが、視界内にいるのは雲と海鳥くらいのもので怪しいものは存在していなかった。


「ちっ、海のモンスターと見せかけて空を飛ぶ敵かと思ったんだが……っと」


 再び身体を斜めにして海水の槍を回避するセト。

 レムレースの攻撃手段は水魔法であり、つまり必ずしも海中にいる必要は無い。それ故に、空を飛んでいるモンスターがいるのではないかと一瞬期待したレイだったが、どうやら的外れだったと知り、小さく溜息を吐く。

 そのまま5分程海水の槍を回避し続けていたセトだったが、やがて興味がなくなったとでもいうように、唐突に海水の槍の攻撃は中断されるのだった。

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