第326話

「レイさん、おはようございます」

「キキッ、キィッ」


 午前9時の鐘が鳴り終わる頃、ギルドの最も忙しい時間が過ぎて一段落したのを見計らうようにしてレイはヘンデカと合流していた。


「グルルゥ」


 自分の背に飛び乗ってきたアイスバードのシェンに、セトもまた後ろを振り向きながら挨拶のように喉を鳴らす。


「ああ、今日もよろしく頼む……と言いたいところだが、ちょっと話があってな」

「……え?」


 朝にあっていきなりのその言葉に、思わず息を呑むヘンデカ。

 ランクが低いヘンデカとしては、レイと組んでレムレースを誘き寄せるというのはこれ以上ない程に無い儲け話だった。それを開始して2日目でいきなり話があると言われれば、さすがに息を呑むことになる。


「その、話ってなんでしょう? も、もしかしてもう僕は組めないってことでしょうか?」


 恐る恐るそう尋ねてきたヘンデカに、苦笑を浮かべて首を横に振るレイ。


「違う。そもそも今日はレムレースを引きつける依頼は入っていない。まぁ、港に行けば飛び込みであるかもしれないがな。それよりも実は……」


 そこまで口にして、ふとギルドに入ろうとしている冒険者達の中でも数人が自分に注意を向けているのを察知して言葉を止めるレイ。

 現在このエモシオンの街でレイは色々な意味で有名人だった。それだけに、少しでも金にありつこうと情報を探っている者も少なくない。

 何しろグリフォンを連れていて、アイテムボックスを持っており、異名持ちときている。更には、現在このエモシオンの街で最大の関心事項でもあるレムレースに対しての案件でも何故か自分が狙われるといった特性を利用してレムレースを引きつけ、その間に船を就航させて大金を稼いでいるのだから注目を浴びない訳が無い。

 エモシオンの街にしてみても、港に停泊している船を多少の危険性はあれども出航させることが出来るのはレイのおかげという意味もあって、1部の警備兵達が当初向けていた尖った視線も落ち着いてきている。


「まぁ、お前と行動を共にしなくなるとかいった話じゃないから安心してくれ。詳しい話は待ち合わせをしている奴等が来てから、どこかの屋台で腹ごしらえでもしながらだな」

「……僕、朝食を食べてからまだそれ程経ってないので全然お腹減ってないんですけど」

「朝食なんてもう1時間以上前の話だろ? ヘンデカは食が細いな」

「それはレイさんだけです! 普通の人はこれが普通なんですから」

「そうか?」

「……そりゃそうだよ。あたしだって朝食を済ませて1時間程度で腹に余裕は無いしね。そんなのが出来るのは、あんたやエグレットだけさ」


 レイとヘンデカの会話に割り込んできたのはミロワールだった。その後ろでは、魚の串焼きを美味そうに口へと運んでいるエグレットの姿もある。


「うーん、俺はレイが正しいと思う。冒険者は食えるときに食っておかないとな。そうだろ?」

「まぁ、その意見には賛成だな」


 エグレットの言葉にレイが頷き、それを見ていたミロワールとヘンデカは分かり合ったかのように目と目でお互いを労る。


「とにかく目的の人物は揃ったんだ。早速場所を移動して話を詰めるか。どこかいい場所を知らないか? 簡単な料理なりお茶なりが出て来て、人にあまり話を聞かれないような場所で」

「あ、それなら僕が心当たりあります。ここから少し歩きますが、美味しい軽食やお茶、珍しい果物を出してくれるお店なんですけど、分かりにくい場所にある為かそれ程流行ってないような場所が」

「そうか、なら任せる。いいよな?」


 レイの問い掛けに、エグレットとミロワールは文句がないと頷く。

 エグレットは美味しいと評された軽食に興味を惹かれ、ミロワールは珍しい果物に惹かれている。そんな2人の了解を得て、レイはヘンデカに案内されて道を進んでいくのだった。






「へぇ、確かにここはちょっと見つかりにくい場所にあるな」

「って言うか、こんな場所にあったら流行らないのは当然だろ? もしかして商売する気がないのか?」

「そうですね。店主の方に聞いた限りだと、趣味でやっているらしいので取りあえず赤字になりさえしなければいいって言ってましたよ」


 レイとエグレットの呟きに、ヘンデカがそう言葉を返す。

 そんな3人……正確には3人と2匹のテイムモンスターを見ながら、ミロワールは店の中へと入っていく。

 裏通りに面しており、看板も出てないような店である。ここにこういう店があると知っていなければ気が付くことはないだろう。


「じゃ、セト。暫く待っててくれ」

「シェンもセトと一緒に待っててね」

「グルルゥ」

「キキッ!」


 2匹揃って、お土産をよろしくとでもいうように鳴き、その2匹の主であるレイとヘンデカは顔を見合わせて苦笑を浮かべてから店の中へと入っていく。


「おう、こっちだこっち」


 店の中は10人程が入れば満席になる程度の広さであり、確かに店主が趣味でやっているのだと言われれば納得するような店だった。

 そのままエグレットやミロワールと同じ席に着き、サンドイッチや果実を使ったデザート、紅茶といったものをそれぞれが注文して向かい合う。

 つい先程食べる量を云々と言っていたミロワールだったが、しっかりとデザートを注文している辺り、やはり甘い物は別腹なのだろう。

 それぞれの注文したものが届いたところで、まずはレイが口を開く。


「ヘンデカ、こっちの2人はミロワールとエグレット。どっちもランクB冒険者だ。そしてこっちが昨日俺が話したヘンデカ」

「ランクB!? あ、あの。よろしくお願いします! ランクD冒険者のヘンデカです」

「おう、よろしくな。俺はエグレット。見ての通り戦士だ」

「あたしはミロワールで、そっちのエグレットと同じく戦士よ」


 鞭を振るう戦士? と一瞬不思議そうな表情を浮かべたものの、まさか自分よりも遥かにランクの高いミロワールに問い掛ける訳にもいかずにそのまま頷く。

 そんな3人の様子を見て、自己紹介はもう十分と判断したのだろう。レイは冷たく冷えたミックスジュースを1口飲んでから説明を続ける。


「で、だ。何でお前をこの2人に会わせたかといえば、当然レムレース討伐の為だ」

「……でも、空を移動出来るのはセトに乗ったレイさん、後はシェンだけですよ? ミロワールさんとエグレットさんは船にでも乗せるんですか?」

「いや、ちょっとした伝手で強力なマジックアイテムを入手してな。対象を強制的に転移させることが可能という効果を持つそれを使って、レムレースを陸地に強制転移させる」

「は?」


 目の前の人物が何を言っているのか分からない。本気でそんな視線をレイへと向けるヘンデカ。

 あまりに大口を空けてレイを見ていた為か、その口の端からはつい数秒前に飲んでいたお茶が垂れていた。

 さすがにそんなヘンデカを哀れに思ったのだろう。ミロワールが横から口を挟む。


「ヘンデカって言ったわよね。まぁ、あんたが唖然とする気持ちも分かるわ。けど、レイがあたし達を騙す必要なんか無いでしょ? つまりはそういうことよ。で、どうするの。やる? やらない? あたしとしてはどっちもいいんだけど。この後で転移先の場所を探しに行くんだから、なるべく早く決めてね」

「え? いや、じゃなくて……えっと、それで僕にどうしろと? 僕は普通のランクD冒険者ですよ? ランクBの貴方達のようにレムレースを相手に渡り合うなんて……」


 突然の話の成り行きに混乱しているのか、ヘンデカは口籠もりながらレイ達3人へと視線を巡らせる。

 そんな態度に苛ついたのは、相棒であるミロワールにすら脳筋と呼ばれているエグレットだ。


「だー、うだうだ鬱陶しいな。とにかく、やるかやらないかだけ決めろよ。どうせお前に期待しているのはアイスバードで上空から支援するだけなんだ。お前自身は、それこそ弓でも射ってればそれでいいんだからな」

「え? 弓?」


 エグレットの言葉に、何故か嬉しそうな笑みを浮かべるヘンデカ。

 もっともヘンデカにしてみれば、レムレースと呼ばれているような姿すらも碌に確認出来ていないモンスターと戦えと言われるよりは、後衛で弓を射っている方が気が楽なのは事実だった。


(こいつも一応、賞金首目当てでこの街に来た筈なんだけどな……)


 内心で呟きつつ、蒸したホタテやエビをソースで味付けしてパンに挟んだサンドイッチを口に運ぶレイ。

 その味や食感を楽しみつつ、飲み込んでから再び口を開く。


「正直な話、俺がお前に期待しているのはお前自身の戦力じゃなくて、あくまでも空中から敵を牽制することが可能なシェンの存在だ。レムレースが海の中にいるモンスターである以上、まず確実に空を飛ぶような真似は出来ないだろう。もし出来るんならずっと海の底にいる必要は無いしな。それを考えれば、空からの攻撃が可能なら一方的に攻撃を仕掛けることが出来る……かもしれない」

「……なるほど」


 レイの説明に納得がいったのだろう。ヘンデカとしては自分の実力の程は弁えている為か、特に文句を言うでもなくレイの説明に頷き、数秒程考えて口を開く。


「その場合、報酬に関してはどのようになるのでしょうか?」

「強制空間転移が可能な程のマジックアイテムを使う以上、モンスターの魔石の所有権は主張させてもらう」

「問題無いだろう。俺としては素材だな。強力な武器に使える部分があったら欲しい」

「あたしはやっぱりお金だね」


 レイ、エグレット、ミロワールの順番に自分の希望を話していき、3人の視線はヘンデカへと向けられる。



「えっと、僕はお金ですね。賞金を幾らか分けて貰えれば」

「賞金については、全員で山分けってのが最善だろうな。当然、金を欲しがったミロワールとヘンデカの分け前を多めにして。……異論は?」


 最後の確認を求めるレイの問い掛けに、全員が無言で返す。


「よし、ならこれで決まりだな。後はこれからレムレースを転移させる場所を探しに行くとしようか。幸いまだ午前中なのを考えれば、時間的な余裕は随分あるからな」


 こうして、一行は臨時パーティを組みエモシオンの街の外へと向かうのだった。






「……誰かつけてきてるな」


 エモシオンの街の外にでて30分程で唐突にレイが口を開く。


「誰が?」

「さて、そこまでは分からないが、1人や2人じゃない。最低でも10人、20人って感じか」

「どうする? 待ち受けるのか? 何が目的の集団かは分からないが、このままつけられても面倒事が起きるのは確実だろうし」


 背負っていたポール・アックスへと手を伸ばしながらレイへと尋ねてくるエグレットだが、その頭を後ろを歩いているミロワールに叩かれる。


「馬鹿言うんじゃないよ。ここでこっちから攻撃を仕掛けたら、あたしたちが悪者になるじゃないか。それで下手にギルドに報告されて、レムレースとかいうモンスターの代わりにこっちが賞金首になるのなんか絶対にごめんだよ」

「いや、けどそれじゃあどうするんだよ。このままずっと後ろからつけられたまま転移場所を探すのか? それこそ、下手をしたらレムレースとの戦いに横から手出しされて妨害されたあげく、戦いが終わったら分け前を寄こせとか言ってくるんじゃないのか?」

「……確かに。それは十分あり得ますね」


 ヘンデカもエグレットの意見に同意なのか、小さく頷く。


「どうするのさ? 今回の件はレイの主導で行われているんだから、レイが決めなよ」

「そうだな、このまま邪魔が入っても面白くはないし……ん?」


 そこまで呟いた時、何かに気が付いたかのようにレイは視線を再度背後へと向け、やがて口元に笑みが浮かべられる。


「レイ? どうしたんだ?」


 そんな様子に気が付いたのだろう。エグレットが尋ねるが、レイは笑みを浮かべたまま首を振る。


「いや、気にしなくても良くなったんでな。まぁ、確かにああも固まって歩いていればこうなっても無理は無いか」

「レイ?」


 エグレットに続きミロワールにも尋ねられ、小さく肩を竦めて口を開く。


「何、後ろの奴等は俺達をつけているだけの余裕も無くなったってだけだ」


 そう呟き、レムレースとの戦闘場所を決めるべく移動を開始するのだった。






「ええいっ、くそっ、ゴブリン如きがなんだって俺達に向かってきやがる!」


 レイ達から大きく離れた後方。そこでは20人程の集団がモンスターとの戦闘を開始していた。

 とは言っても、人間側の戦力はランクD程度の冒険者が殆どであり、ランクCも数人いる。数はゴブリンの方が多かったが、純粋な戦力だけで考えれば冒険者達の方が勝っていただろう。現にリーダー格の冒険者が見たところ、仲間達は殆ど怪我すらせずにゴブリンを仕留めているのだから。

 このままいけば特に被害も無いまま自分達が勝利する。そう判断した男だったが……


「ひっ、ひいいいいっ!」


 自分達を雇った商人の叫び声に思わず舌打ちをして怒鳴る。


「あんた等は邪魔にならないで大人しくしていろ!」


 アイテムボックスの強奪という、ある種の裏仕事を受けた男達だが、その仕事の達成は諦めるしかないようだった。少なくても、今日に限って言えば。

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