第312話

 盗賊の大半が胴体や首を切断されて地面に倒れ、事切れている。そんな中で、身の丈程もあるポール・アックスを手にしていた男は不思議そうな顔でレイへと視線を向けていた。


「で、ミロワール、こいつら誰?」

「エグレット、あんたねぇ。そういうのは最初に気が付いた時に言いなさいよ」

「つってもなぁ。戦闘中にわざわざそんな風に気を散らしたくないし。それに、あのモンスター……あっちの坊主に懐いているのを見ると、テイムされたモンスターだろ? 初めて見る種族だけど」


 その言葉に、再び溜息を吐くミロワール。

 難しいことを考えないというのは知っていたが、それでもまさかグリフォンという高ランクモンスターを知らなかったとは思わなかったのだ。

 幸か不幸かまだ生き残っていた盗賊を尋問しているレイと、その近くに佇んでいるセトへと視線を向けてから口を開く。


「あれはランクAモンスターのグリフォンだよ。いいかい、くれぐれも下手に手を出すんじゃないよ。幾らあんただって、グリフォンを相手にして対抗出来る訳がないんだから」

「……まぁ、下手に手を出さないってのは俺も同感だがな。けどあのグリフォンとかいうモンスターよりも、あっちの坊主の方が余程危険だぜ?」

「そうなのかい? 確かに今の戦闘でも桁違いの力を発揮していたけど、それでもあたしにしてみればグリフォンの方が余程怖いけどねえ」


 そう口に出しつつも、ミロワールにしてみればレイにしろセトにしろ、どっちもどっちだというのが正直な気持ちだった。

 女としてはどちらかと言えば長身である自分よりも背が低く、ローブを着ているその様子は魔法使い見習いの子供くらいにしか見えない。だが、その子供が振るった巨大な鎌は一振りで数人の盗賊を吹き飛ばしたのだ。情報を引き出す為に生かして捕らえる必要があったので柄の部分で殴りつけていたが、もしあの巨大な刃を使われていたらと思うと背筋が冷たくなったのは事実だった。そしてグリフォンに関しては言うまでも無い。


「で、結局誰なんだよ?」

「ギルムの冒険者らしいよ」

「……は? 何でギルムの冒険者がこんな場所にいるんだ?」


 ミロワールとエグレットのいるここは、ギルムの街から遠く離れている場所だ。ただでさえ街道から外れている場所だということもあり、恐らくギルムの街からは20日程度の距離があるだろう。

 ただ、それはあくまでも街道を進んで行く場合に掛かる日数であり、セトのように街道を無視して山や森をショートカット出来るように空を飛べる存在にしてみれば半日程度の距離でもあるのだが。


「知らないわよ。でも、エグレットも分かるでしょ? こうして見ているだけでもあの子の実力が並外れているのは」

「ああ。戦闘中に乱入してきた時にちょっと様子を見たが、確かにかなり腕が立つのは……おい。おいおいおいおい」


 ミロワールの言葉に頷き、レイへと視線を向けたエグレットは驚愕の表情を浮かべる。何をしたのかと言えば、単純にレイがデスサイズをミスティリングに収納しただけなのだが、それを知らないエグレットはミロワールへと視線を向ける。


「もしかして、空間魔法を使って作られたポーチか? いや、でもそういうのを持ってるようには見えないが」

「多分、あのローブの中にでも仕舞い込んでるんじゃない? だってほら、そんな高級なマジックアイテムを持っていると知られたら色々と拙い事態になりそうじゃない」

「……まぁ、確かに」

 

 さすがにアイテムボックス持ちであるとは気が付かなかったものの、空間魔法を使ったポーチにしても相当に高額なマジックアイテムであるのは間違い無い。それ故に、レイはそれをローブの中に仕舞い込んでいるのだろうと判断したミロワールだった。

 そんな2人の下へと、情報を聞き出した後始末とばかりに首の骨を踏み折って盗賊達を全滅させたレイが近付いてくる。

 自分達のようなそれなりに経験のある冒険者ならともかく、レイのようなまだ15歳程度の子供が戦闘中では無いにも関わらず、顔色1つ変えずに盗賊を殺すという行為を行ったことに若干の驚きを感じつつも、特に敵対した訳では無く……いや、寧ろ加勢して貰ったという立場なので特に身構えたりせずに出迎える。


「盗賊達のアジトの場所は聞けたのかい?」

「ああ、ここからそっちの森の中を1時間くらい進んだ場所にあるらしい」

「1時間ねぇ。そんな浅い場所にアジトを作っても、すぐに見つかりそうなもんだけど」


 レイの話を聞いていたエグレットが思わず呟くと、ミロワールは溜息を吐いて口を開く。


「そもそも、ここは街道から外れている場所なんだ。それを考えれば、1時間程度の距離で十分だと思ってもしょうがないさ」

「そんなもんか? ……ああ、挨拶が遅れたな。今回は加勢してくれてありがとよ、俺はエグレットだ」

「レイだ。ギルムの街で冒険者をしている」

「……それだ。疑う訳じゃ無いが、何でギルムの街の冒険者がこんな場所にいるんだ? もし良ければギルドカードを見せて貰えないか?」


 疑う訳じゃない。そうは言いつつも、エグレットの視線は鋭くレイを見据えている。

 勿論戦うことになったとしたら勝てるとは思っていない。だが、それでも抗えるだけ抗ってみせると決意を固めていたのだが……


「ああ、構わない」


 そう言い、レイにあっさりとローブの中からギルドカードを出されて、反射的に受け取る。

 予想外の展開に戸惑いつつもギルドカードへと目を向けると、そこには確かにギルムの街で発行されたものであると書かれており、そして。


「ランクC!?」


 予想外のランクの高さに、思わず叫ぶ。

 ランクCと言えば、1人前の中でもベテランと見なされるランクだ。それが目の前にいる少年に相応しいランクかと言えば、答えはYesでありNoだった。


(外見で見れば、とてもランクC冒険者のようには見えない。だが、逆に盗賊と戦った時の実力を考えれば間違い無く腕利きだ)


 内心で呟き、ランクCというのに驚いているミロワールにもレイのギルドカードを見せてからエグレットとミロワールも自分のギルドカードをレイへと渡す。

 だが、それを見たレイは首を傾げる。先程の戦闘で目の前の2人が高い戦闘力を持っているというのは理解していた。それ故に目の前にいる2人共がランクBと高ランク冒険者だったのには驚かなかったが、ギルドカードが発行された街の名前に見覚えが無かった為だ。


「リュッシュってのはどこにある街だ? 俺は初めて聞くが」

「あー……ここからだと、ずっと西の方だな。馬で移動しても早くて半年程度は掛かるくらいに遠くの街」

「……そんな遠くの街の冒険者が、何でこんな場所に?」


 先程エグレットがレイを不審に思ったのとは逆に、今度はレイが目の前にいる2人を怪しむような視線を送る。

 その横では、レイの気配を感じたのだろう。セトもまた、いつでも2人へと襲い掛かれるように軽く上半身を沈ませていた。


「ちょっ、待った! 別にあたし達は怪しい者じゃないって」

「怪しい奴は、自分で自分を怪しいとは言わないと思うが?」


 その時、レイの脳裏を過ぎっていたのは、目の前にいる2人が賞金首なのではないかということだった。

 冒険者が何らかの罪を犯し、そのまま逃げた場合はギルドによって賞金を掛けられる。基本的には生かして捕らえる必要があるが、凶悪犯の場合は生死問わずとなっているのも珍しい話では無い。そんな賞金首なのかと思ったレイだったが、ミロワールとエグレットにしてみれば冤罪もいいところだった。だが、実際に自分達のギルドカードに片道半年以上の位置にある街の名前が書かれているのは事実である以上、ある程度は疑われてもしょうがないというのも事実なのだ。

 この場合、不運だったのはミロワールとエグレットの2人がギルドを登録した街を出てから他の街のギルドで仕事をしていなかったことだろう。ギルドカードには最後にギルドで仕事をした街の名前が書き込まれるようになっている。それがあればレイに疑われるようなことも無かったのだろうが、残念ながらこの2人はリュッシュの街を出て以降は気ままな2人旅と洒落込んでいた為に証明のしようがなかった。

 だが、当然2人にしてもここで殺さるれつもりはないので、必死に生き残りの方策を考える。

 ……とは言っても、基本的に考えるのはミロワールの仕事である以上、エグレットはもしレイやセトに襲われた時にどうにかして防ごうと構えるのみだったが。

 そして、やがてようやくレイと絶望的な戦闘をしなくてもいい方法を思いついたのか、ミロワールが顔を輝かせて口を開く。


「そうだ、なら近くにある街に一緒に行けばいいわ! ギルドに行けばあたし達が賞金首じゃないってすぐに分かるわよ!」

「おお、そうだな。確かにそれなら問題無い。どうだ?」


 エグレットもいいアイディアだとばかりに口にするが、レイは小さく首を横に振る。


「今の俺はエモシオンに向かっている最中だし、そもそもセトに乗って移動しているからな。基本的に街に寄らずにまっすぐ進もうと思っていたんだが……」

「で、でも、それなら夜はどうするのよ。幾らグリフォンだと言ってもエモシオンってあのエモシオンでしょ? ここからまだかなりの距離があるわよ? その間ずっと野宿でもするつもり?」

「セトがいるし、野宿の心配はいらないしな」


 マジックアイテムのテントのことは口に出さずにそう告げるレイだったが、何を思ったのかセトが喉を鳴らしながら顔を擦りつける。


「グルルルゥ」


 まるで、この2人は敵じゃないとでも言ってるようなその態度に一瞬首を傾げたレイだったが、小さく溜息を吐いてデスサイズをミスティリングへと収納する。


「……え?」


 つい数秒前までは自分達と敵対する気満々だった筈が、唐突にその姿勢を改めたことに思わず間の抜けた声を上げるミロワール。


「セトに感謝しろよ。とにかく今はそっちの言葉を信じて近くの街まで付き合うことにする」

「あ……ああ! そうかそうか、ようやく俺達が賞金首じゃないって理解したのか」

「このお馬鹿! 取りあえず一旦保留ってことよ!」


 素手でエグレットの頭を殴りつけつつも、それでも安堵の表情を浮かべるミロワール。事実、街へと寄ってギルドに出向けば自分達が賞金首では無いと判明するのは明らかだったからだ。


「とにかくその話は後だ。盗賊のアジトに向かうとしよう。幸い。盗賊はここにいるので全員らしいから、アジトには他に誰もいないらしいし」

「……全員で攻めて来たのかい。また、無謀な真似をするね。普通なら留守番やら何やらは残しておくと思うんだけど」

「どうやら、盗賊団としては小規模だったらしいな。ここに来たのもつい最近らしい。……となると、実入りはそれ程望めそうにないな」


 盗賊の男を尋問して聞き出した内容を説明しつつ、溜息を吐くレイ。

 元々今回の件はイレギュラーな事態ではあったのだが。それでもどうせならある程度の実入りは欲しいというのがレイの正直な気持ちだった。

 

「グルゥ」


 そんなレイを不憫に思ったのか、セトが地面に落ちている槍を咥えて持ってくる。

 一応盗賊も自分達が使う武器ということで手入れはしていたのだろう。光輝く……とはとても言えないが、それでも普通に使う分には問題無く使えそうな槍だ。


「悪いな」


 セトへと礼を言い、槍をミスティリングへと収納するレイ。


「おい、レイ。お前さっきから使ってるそれって……もしかして空間魔法を使ったマジックアイテムか? かなり高価だって聞いた覚えがあるが」

「いや、アイテムボックスだ」

『はぁっ!?』


 あっさりと答えたレイの言葉に、尋ねたエグレットだけではなくミロワールまでもが驚愕の声を上げる。

 空間魔法を使ったポーチの類も非常に高価で、普通の冒険者達では手が出ない……否、1流と言われている程の冒険者でも手が出ない程の値段なのだ。そのオリジナルともなったアイテムボックスと言えば、現存するのは非常に少ない。そのアイテムボックスを持っていると言われれば、驚愕の声を上げるのも無理は無かった。


「ちょっ、おい。本当にアイテムボックスかよ!」

「ああ。……言っておくが、俺以外には使えないように魔力を登録されているし。そもそも自己防衛機能とかもついているから妙な考えを起こすなよ?」


 正確に言えば、自己防衛機能というよりはレイが使った魔法なのだが、わざわざそれを口に出す必要も無いと判断して、端的に告げるレイ。

 だが、予想外にエグレットとミロワールの2人はあっさりと頷く。


「そりゃそうだろ。人様の物を盗んだら、それはこいつらと何も変わらないしな」

「だね。それよりもさっさとアジトに行こうか」


 人から物を盗むのはいけないが、盗賊から盗むのは問題無い。そんな風に告げる2人の言葉はレイの考えともそれ程ずれておらず、若干警戒を解く。

 結果的に盗賊のアジトには金目の物は殆ど無く、ある程度の武器が多少置かれているだけという何とも寂しい結果に終わる。

 それでも数本の槍を手に入れたレイは特に文句も言わず、あるいは剣やら何やらを自分の分け前として入手したエグレット達も特に文句は言わなかった。

 ただしレイにとって不満があったとすれば、その剣やら何やらをミスティリングに入れて運ぶように頼まれたことだろう。

 こうして、3人と1匹は冒険者ギルドを目指して近くにある街へと向かうのだった。

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