第311話
「いい天気で良かったな」
「グルゥ」
レイの声に、セトが喉を鳴らして答える。
現在セトが飛んでいるのはギルムの街から30分程離れた場所で、空からは春の太陽が柔らかく光を降り注いでいた。
地上では暖かなそよ風が吹いているのだろうが、残念ながらレイとセトは空を飛んでいる為に風に関しては向かい風が強く吹く。
現在レイとセトが何処へとむかっているのかと言えば、前日にギルドマスターのマリーナから聞かされた賞金首のモンスターを討伐してその魔石を得る為、港街エモシオンへと向かっているところである。
まだ朝も早い為か、周囲に見える生き物は鳥のような普通の動物のみでモンスターの姿は無い。ギルムの街から飛び立って暫くは地上を移動している冒険者達の姿も見えていたのだが、セトの速度で30分程も飛んでいれば既にそんな冒険者達からも遠く離れていた。
「ほら、セト。エモシオンまでは数日程掛かるらしいから、ゆっくり行こうな。骨休めも兼ねてるんだから、観光気分で」
呟き、ミスティリングの中からサンドイッチを取りだし、背後へと振り向いたセトへと与える。
「グルルルゥ?」
そのサンドイッチを食べつつも、喉の奥で鳴くセト。ゆっくりしていてもいいの? とでも言うように円らな瞳をレイへと向ける。
そんなセトの考えを理解したのだろう。レイはセトの首筋をゆっくりと撫でながら口を開く。
「勿論ゆっくりしすぎるっていうのは問題かもしれないけど、何せ賞金首は沖にいて決して地上に上がってこないんだ。俺達以外でそうそう倒すことが出来る奴がいるとは思えないけどな。可能性としては、船に冒険者達を乗せて沖に出るか、あるいは港から高威力の魔法でも直接撃ち込むか……」
そう口に出しながらも、それでも難しいだろうと考えるレイ。
(船は小回りが利かないし、そもそも船底を直接狙われれば対処が出来ない。逆に小回りの利くような小舟を使ったりすれば、それこそ海に波を起こされたらすぐに転覆する。そうなると倒せる可能性が最も高いのは、港から直接大規模魔法を海に撃ち込むことだけど、殆どの魔法は海水が盾となるだろうし。残るは水の魔法だけど……これもどうだろうな)
そこまで考え、今の考えは自分とセトにも当て嵌まると気が付き、思わず溜息を吐く。
炎の魔法を得意とするレイだけに、今回のような海の中にいるようなモンスターの相手は攻撃手段が限られるという意味で酷く苦手なのだ。
「こっちの手持ちで有効そうなのは、セトのウィンドアロー、トルネードか? 王の威圧はまだLvが低いから、今回のようにランクの高そうなモンスターに対しては微妙だろうし。水球は論外。……あぁ、それを考えれば毒の爪が最も効果的、か?」
「グルルルゥ!」
サンドイッチを食べ終わり、任せて、と鳴くセト。
「俺の場合は腐食……はモンスターである以上金属の装備を付けていないだろうから使えないし、地形操作はこの際意味は無い。風の手に関しては、セトのウィンドアローやトルネードと組み合わせればいけるか? 後は飛斬とパワースラッシュ。この2つは直接叩き込めば……直接? 直接か。なる程、その手があったな」
「グルゥ?」
どうしたの? と喉を鳴らしながら尋ねてくるセトの背を撫でつつ、レイは口を開く。
「確かに海中にいる以上は炎の魔法の効果は少ないだろうが、外部から炎の魔法が効果無いなら、内部から焼いてやればいいだけだ。『舞い踊る炎蛇』でな」
デスサイズの石突きを敵に突き刺し、そこから敵の体内へと炎の蛇を解き放って身体を焼き尽くす魔法が『舞い踊る炎蛇』であり、今回のような海にいる敵に対しても効果は高いとレイは判断する。
「グルゥ……グル?」
レイの言葉になる程、と頷いていたセトだったが、不意に前方の地面へと鋭い視線を向ける。
そこでは、街道から外れているにも関わらず……否、外れているからこそだろう。30人程の集団が2人程の旅人、あるいは冒険者を囲んで今にも戦いが始まりそうになっていた。
「グルルゥ?」
どうするの? と尋ねてくるセトに、数秒程考えるレイ。
本来であれば、誰が盗賊に襲われようとも気にする必要は無い。いや、寧ろこのような街道から離れた場所を旅しているのだから、自業自得とも言えるだろう。盗賊のような者達に襲われたとしても、自衛出来る自信があるからこそ街道を通っていないのだろうから。
だが……
「盗賊狩りは美味しいんだよな」
ランクアップ試験の時に倒した盗賊達のアジトには、大量の武器防具が貯蔵されていた。レイが収集しているようなマジックアイテムは無かったが、武器……特に投擲用として使える槍はレイに取ってはミスティリングという存在がある以上は幾らあっても困る物ではなかった。そして何よりも、盗賊は倒しても誰も困らないどころか逆に喜んで貰えるというのもレイにとっては気安く盗賊狩りを行える理由だったりする。
「金にしてもあって困るものじゃないし」
ミレアーナ王国でも最大の港であるエモシオンは、つまり最大の貿易港であるともいえる。そんな場所へと向かうだけに、未知のマジックアイテムを買う資金はあればあっただけいいのも事実だ。
「と言う訳で、ちょっと盗賊に襲われている方に助太刀しようか」
「グルゥ」
レイの言葉に頷いたセトが翼を羽ばたかせながら地上へと向かい……次の瞬間、その背に乗っていたレイの目は驚きに見開かれることになる。
「うおおおおおっ! 死ねぇっ!」
盗賊に襲われているとレイが思い込んでいた2人組のうちの片方が、巨大な武器を振り回しながら自分達を包囲している盗賊へと襲い掛かる。
動きやすさと防御力の両方を求めているのだろう。皮と金属が合わさったような鎧を着ており、その手に持たれているのは長柄の付いた斧だ。ポール・アックスと言われる武器である。
「ちょっと、迂闊に突っ込まないでよ!」
突っ込んでいった男の背後にいた女が、男の背後へと回ろうとしていた盗賊へと向かって持っていた武器を振るう。
空気を切り裂くような音を残し、次の瞬間には何かが破裂したような音が響き渡った。
「ぎゃああああああっ!」
同時に、ポール・アックスを持つ男へと襲い掛かろうとしていた男が悲鳴を上げながら地面を転がり回る。
盗賊らしく粗末な武器や防具を装備していたのだが、その男は一応レザーアーマーを装備していた。だが、女の振るった武器は鎧に覆われていない場所を的確に狙って先端を叩きつけ、皮を破り肉を破裂させた。そう、先端に鋭い棘の付いている鞭によって。
「おらああぁっ! 手前等が誰を襲ったか教えてやるから、感謝しながら死ねぇっ!」
男の雄叫びと共に振るわれたポール・アックスは、盗賊が咄嗟に身を守ろうとして差し出した長剣の刀身を容易く折り、あっさりと首を斬り飛ばす。
「へぇ、中々腕が立つな」
そのやり取りを見ていたレイは、感心したように呟く。
斧というのは刃が付いているといっても基本的には叩き潰す武器である。その斧よりも柄が長く、扱いにくいポール・アックスを使いながら首を粉砕するのではなく斬り飛ばしたのだ。レイの目で見る限り、間違い無く相当に腕の立つ人物であるのは間違い無かった。
「ただ、こんな場所にいるとなると……盗賊同士の縄張り争いか何かか?」
一瞬そう考えたレイだったが、鞭を振るって盗賊達の顔面を狙っては目を潰すという、効果的ではあるが一般人が見れば思わず眉を顰めたくなるような攻撃をしている女の足下には大きめのバッグのような物が転がっているのを見えて考えを改める。
「冒険者か旅人。……まぁ、冒険者だろうな」
「グルゥ?」
どうするの? と首を後ろへと向けて尋ねてくるセト。
襲われているのが商人や普通の旅人ならレイが行おうとしていた盗賊狩りが出来る。だが、今戦っているのは、恐らくと付くがレイと同じ冒険者なのだ。この場合、下手に近付けばレイも盗賊の仲間と見なされる可能性があった。
そう思って迷っていたのだが……
「ねえ、そこのあんた、見たところ奴等の仲間じゃないんだろ? ならちょっと手伝って欲しいんだけど!」
鞭を振るっていた女が、空を飛んでいるセトの姿を見つけたのかそう声を掛けてくる。
その女の行動に、2重の意味で驚くレイ。
まず第1にセトが飛んでいるのは地上から約20m程の場所であり、普通なら戦闘中に気が付くような場所ではない。そして第2に、セトの姿を判別出来るのならセトがグリフォンだというのは一目瞭然であり、それなのに恐がりもせずに声を掛けて来たということだった。
「……面白い」
このまま無視して通り過ぎる方に気持ちが転びかけていたのだが、声を掛けて来た女に興味が湧き――とは言っても女としての興味ではない――セトへと合図して地上へと降りていく。
「やっぱりね。グリフォンなんて存在がこんな場所に姿を現すのはおかしいと思ってたんだけど、テイムされていたのか」
フワリ、と音も立てずに地上へと着地したセトの姿を見た女は、鞭を振るいつつも呟く。
友好的に接しようというのだろう。レイに向かって笑みを浮かべて話し掛けてきているのだが、そんな中でも鞭は縦横無尽に振るわれて盗賊達の目を抉り、喉を切り裂き、武器を持っている腕の肉を弾けさせと、レイから見ても驚くべき残虐さで盗賊達を痛めつけている。
また、女の前方ではポール・アックスを持った男が盗賊の装備しているレザーアーマーや盾のような防具があっても関係無いとばかりに武器を振るい、防具や武器諸共に盗賊達を両断していた。
胴体で切断されている者、首を切断されている者、頭から縦に切断されている者といった風に、1撃の威力は凄まじいものがある。
(エルクには及ばないまでも、アーラよりは上だな)
脳裏に、知り合いのバトルアックス使いの姿を思い浮かべてそう結論づけるレイ。
女の声も聞こえない程に戦闘へと熱中しているのか、未だにレイとセトに気が付いた様子は無い。
盗賊達はレイとセトに……より正確に言えばセトの存在に気が付き、一刻も早くこの場から逃げ出そうとしているのだが、女がそれを許す筈も無く、次から次へと鞭が振るわれては、背を向けた相手の靱帯やら膝やらを狙い、砕き、斬り裂いていく。
「あんた、グリフォンをテイムしているってことは当然普通の旅人とかじゃないよね? 同業者かな?」
「ああ、ギルムの街で冒険者をしているレイだ」
「ギルムの街!? また、あんな遠いところからここまで何しに……あ」
セトの速度を理解出来ていないのだろう。女は一瞬唖然とした表情を浮かべてレイへと視線を向け、その拍子に振るわれた鞭は盗賊の股間へと命中して悶絶させる。
「……しまった。あんな汚い場所を攻撃するつもりじゃなかったのに。というか、あんた等も盗賊なら覚悟を決めてかかってきなさいよ! 全く、ゴミ虫の分際で生き汚いったらありゃしない。あんたもそう思うでしょ? えっと、レイだったわよね。私はミロワール。あそこで見境無く暴れているのがエグレット。よろしくね」
呟きつつもミロワールは次々に鞭を振るっては盗賊を仕留めていき、それはまたエグレットと呼ばれた男の方も同様だった。
エグレットがポール・アックスを横薙ぎに振るえば盗賊達は数人が纏めて死ぬか、良くても瀕死の重傷を負わされて地面に転がっている。残酷さという意味では、1撃で楽になれるエグレットの方がまだマシといえただろう。
「ミロワールにエグレットか。で、俺達はこの辺を通りかかって盗賊に襲われていると思ったから来てみたんだが。……こうして見ると、その必要は無さそうだったな。一応聞いておくけど助けはいるか?」
そんなレイの言葉に、数秒程考え、再び鞭を振るって逃げ出そうとした男の足首を砕く。
地面に転がったその盗賊の姿を見ながら、小さく頷くミロワール。
「そうね。下手にここで戦いを長引かせたせいで、血の臭いに惹かれてモンスターに襲われたりしたら嬉しく無いから、手伝ってくれるっていうのならこっちは歓迎するわ」
「なら、分け前は半分ずつでいいな?」
「……分け前? こいつ等、見ての通り特に金目の物は持っていないわよ?」
レイの声にミロワールは小首を傾げる。その様子はどちらかといえば可愛らしいのかもしれないが、手に持っている鞭の先端が血に濡れているのを見れば、そのアンバランスさ故にある種の恐怖しか感じないだろう。
そんなミロワールの様子を見つつも、レイはミスティリングの中からデスサイズを取りだして構えると口を開く。
「こいつら盗賊のアジトに行けば、当然お宝や物資の類を溜め込んでいるだろうからな」
レイのその言葉に唖然とするミロワールと盗賊達。
あるいはレイの言葉に唖然としているのではなくミスティリングから取り出された巨大な鎌に驚いているのかもしれなかったが、レイにとってはどちらでも良かった。
「セト、行くぞ!」
「グルルゥッ!」
レイの声に高く鳴きながらセトが翼を広げながら襲い掛かり、レイもまたデスサイズを手に盗賊へと向かって駆け出していく。
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