第313話

「着いたーっ!」


 見えてきた街の城壁に、喜びの声を上げるミロワール。

 レイやセトと遭遇した翌日の午後、ようやく自分達の無実を証明してくれる冒険者ギルドのある街へと到着したのだ。

 だが、ミロワールが喜びの声を上げたのはそれ以外にも理由があった。実は前日の夜に夜営をした時、レイの持っているマジックアイテムのテントをその目で見て驚きの声を上げつつも、中には泊めさせて貰えなかったのだ。

 勿論テントの中がそれ程広くないというのはあるが、レイにしてもまだ完全に信頼していない相手の近くで寝るというのは遠慮したかった為だ。

 結局ミロワールとエグレットの2人は周囲の様子を警戒しているセトと共にテントの外で夜を越すことになる。

 もっともミロワールは多少不満そうではあったが、エグレットの方は特に不満も無いらしくセトと一緒に戯れていたのだが。

 グリフォンという存在を知らなかったというのが良かったのか、エグレットは特にセトを怖がる様子も無く頭を撫でたりして可愛がっていた。この辺に関しては、正直凄い相棒だと思うミロワールだった。


「……予想していたよりも小さいな」

「あんたね、どこと比べているのよ? もしかしてギルムの街と比べたりしてないでしょうね? 辺境にある唯一の街と比べたら、そりゃ殆どの街が小さな街になるでしょうよ」


 思わず、といった様子でレイの言葉に反応したミロワールだったが、レイは小さく首を振る。


「いや、ギルムの街だけじゃなくてアブエロ、サブルスタ、バールの街なんかと比べても小さいと思うが」

「そう言われても、あたし達にしてみれば行ったことの無い街の名前だしね。それに、このくらいが基本的には普通の街だと思うよ」


 そう言われ、改めて視線の先にある街へと視線を向けるレイ。

 一応3m程の外壁で街を覆ってはいるが、この程度なら少し運動能力が高い者なら越えることは可能だろう。当然、人より高い運動能力を持っているモンスターにとっては殆ど防壁の意味が無いように思えた。

 そんな風に尋ねてみると、ミロワールは呆れた様に苦笑を浮かべる。


「そりゃそうだよ。ここは辺境じゃないんだから、街の外にモンスターはあまりいないし。勿論1匹も存在しないって訳じゃ無いけど、基本的に街道近くまで来るのはゴブリンとかそういう奴等だ。そんな奴等相手には、あの程度の外壁で十分なのさ。後の問題は盗賊だけど、こっちに関してもあの高さの外壁があれば1人や2人ならともかく、全員が見つからずに忍び込むのは不可能でしょ。それに、ほら。外壁の上を見てみなよ」


 そう言われ、外壁の上へと視線を向けると石柱のような物が置かれているのがレイの目で確認出来た。大きさとしては1mあるかどうかといった程度の大きさだが、そんな石柱が外壁の上に等間隔に並べられている。


「あの石柱は一種のマジックアイテムでね。石柱に対応する為のアイテムを持っていない者が外壁の上に昇ったりすれば衝撃を与えるんだよ。ギルムのような辺境だと威力不足で役に立たないだろうが、この辺ではあれがあればまず安心なのさ」

「……へぇ。随分と便利だな」


 警報装置と迎撃装置が一緒になったようなもの、というのがミロワールから話を聞いた時のレイの感想だった。そして便利なマジックアイテムとなればレイが黙っていられる筈も無く。


「そのマジックアイテムはどこで買えるんだ?」

「うーん、多分買うのは難しいと思うよ? 一応街を守る為の重要なマジックアイテムなんだし、それを考えれば盗賊なんかに売って仕組みを調べられたりされたくないだろうし。買うにしても、領主とかの許可がいる……って以前聞いたような覚えがあるような」


 街へと向かって歩を進めつつミロワールがそう呟くが、周囲にいる通行人はそんなレイ達を見て……より正確にはセトを見て、驚愕の表情を浮かべながら距離を取る。

 その行動をどこか懐かしく思いながらも一行は歩みを進めて正門の前へと到着した。

 数人が警備兵から街へと入る手続きをするべく並んでいたのだが、そこにグリフォンを連れたレイ達が近付くとこちらでも驚愕の視線を向けられて場所を譲られる。


「いいのかよ? いや、俺達は便利でいいんだがな」


 ポール・アックスを背負ったエグレットがそう尋ねるが、並んでいた者達は素早く何度も頷く。


「そりゃそうです。その、こうして見る限りだと従魔なんだろうけど、グリフォンが後ろにいるってのは……」


 ああ、またか。以前にも経験した対応だったが、それでもやはりいい気はしない。だが、街の住人に無意味に脅えられるというのもレイの本意では無いので、大人しくレイはセトと共に正門前で手続きをしている警備兵へと近づき、声を掛ける。

 当然その警備兵も驚き、街の中に入れるのは許可出来ないと言われ、結局以前のようにレイが出て来るまで外で待ってて貰うことにしたのだった。

 もっとも、セトにしても怖がられるというのは不本意らしく、更には軽く空腹になってもいた為にモンスターを狩りに大人しく街から離れていったのだが。






「……いいのか?」

「何を今更。それに以前も似たようなことがあったしな。あまり気にする必要は無いよ。どのみちギルドでの用事を済ませればさっさと街から出て行くんだから。離れているのはほんの数時間程度だし、その辺のモンスターがセトを襲おうとしても、返り討ちにあってセトの胃の中に収まるだけだろうよ」


 エグレットへと軽く返しながら街中を進んで行くレイ達。

 さすがにギルムの街や、辺境に接しているアブエロの街、あるいはそのアブエロの街に近いサブルスタの街と比べると随分と規模が小さい街だが、それでもある程度は賑わっている。そんな中を屋台の店主から串焼きを買ったついでに聞いたギルドまでの道を進み続け、やがて目的の建物へと到着する。


「さて、いよいよお前達の去就がはっきりする訳だが……覚悟はいいな?」


 そうは言いつつも、既にレイの中ではこの目の前にいる2人は賞金首の類ではないと半ば確信していた。

 そもそも賞金首なら、ここまで大人しくギルドまでやって来る筈が無いのだから。

 それ故に、ギルドに寄ったのは既に確認の意味でしかなかった。強いて他の理由を挙げるとすれば、何か珍しい……あるいは美味い料理の類を補充するといったところか。

 そんな風に考えつつギルドの扉を開け、3人は中へと入っていく。

 ギルドの中に入った瞬間に併設されていた酒場にいた数人の視線が向けられるが、それだけだ。ギルド内部にいる人数そのものが少ないのは、やはり日中で冒険者の殆どが依頼に出ている為なのだろう。


(まぁ、ギルドの規模そのものがギルムの街に比べるとかなり小さいけどな。バールの街と比べると同じくらい、か?)


 辺境唯一の街として人口10万人を越えるギルムの街のギルドと、どこにでもあるような普通の街のギルドを比べるのは明らかに間違っているのだが、とにかくレイはそんな風に考えつつギルドのカウンターへと向かう。

 そこにいた、受付嬢と呼ぶにはちょっと苦しいような40代程の中年の女がどこか面倒臭そうにレイへと視線を向ける。


「坊や、依頼かい?」


 レイの容姿を見て、冒険者であるとは思わなかったのだろう。依頼をしにきた相手だと判断して問い掛けるが、首を横に振って後ろにいるミロワールとエグレットへと視線を向ける。


「この2人が賞金首かどうかを知りたい」

「……は? 賞金首?」


 胡乱な目付きで見られるのに耐えられなかったのか、レイの横にいたミロワールが口を開く。


「実はさ、あたしとこっちの男が賞金首じゃないかってこの子に疑われてるんだよ。で、その無実を証明する為にこうしてギルドに立ち寄った訳」

「はぁ、そりゃまたあんたもこんな子供に付き合わされて面倒なことだね。ま、今は暇だからいいけど。ギルドカードを出しとくれ」


 そう言われ、大人しくギルドカードをカウンターの上へと置くミロワールとエグレット。

 そのカードを見て、受付嬢の女が微かに驚きの表情を浮かべたのは、やはり最後に依頼を受けた街の名前が見覚えのない街だったからだろう。


「はー、確かにこりゃ賞金首と疑われてもしょうがないね。何だってこんな長期間依頼を受けてないんだい? ちょっと、賞金首のリストを持ってきておくれ」


 若い男の職員へと声を掛けながら尋ねるが、仕事をしていない訳を尋ねられたミロワールは苦笑を浮かべて肩を竦める。


「別にこれといった理由がある訳じゃ無いんだけど。単純に機会が無かったというか何と言うか。まぁ、あたし達のランクを見て貰えば分かる通りそれなりに高ランクだからね。蓄えは結構あったから金に困ったりはしてなかったんだよ」

「まぁ、ランクBって言えば相当な腕利きだしねぇ」


 受付嬢の言葉に、ギルド内部に残っていた数少ない冒険者達がざわつく。

 田舎の街でしかないこの街では、最も高い冒険者でもランクCなのだから無理も無いかもしれないが。

 やがてリストを見終わったのだろう。受付嬢は小さく頷きギルドカードを2人へと返してレイへと視線を向ける。


「この2人は賞金首とかじゃないよ。極普通の冒険者……いや、腕利きの冒険者だ。ギルドカードを見れば誤解するのも無理は無いけど、あんたもランクB冒険者を相手にして妙な真似をするんじゃないよ。幸い、この2人は温厚だったから良かったものの、下手をすれば殺されてたかも知れないんだから」

「……そうだな。確かに明確な証拠も無しに疑ったのは俺が悪かった。すまない」


 受付嬢の言葉に、ミロワールとエグレットへと頭を下げるレイ。

 だが、あの時に戦いになっていれば死んでいたのは自分達だと半ば確信している2人だけに、この程度で疑いが晴れてレイと敵対しなくても済むなら全く問題がなかった。


「ま、誤解が解けたのならそれでいいさ。ただ、そうだね。詫びとして食事をご馳走してくれればそれでいいよ。もう昼も過ぎて腹が減ってきてるし。エグレットもそれでいいよね?」

「ん? ああ、俺もそれでいいぞ」


 ミロワールの提案にエグレットも頷き、そのまま3人は冒険者ギルドを出て行く。

 その際、ギルドの入り口で数人の冒険者と擦れ違うが、レイ達は全く気にした様子も無く食事の出来る場所を求めて街中へと出て行く。

 擦れ違った冒険者達が驚愕の表情を浮かべて自分を見ているということに気が付かないままに。






「おい! 今出て行った冒険者達は何でここにいるんだ!?」


 レイ達が出て行ったのとすれ違いに入って来た数人の冒険者、その中の1人が血相を変えてカウンターにいる受付嬢へと尋ねる。

 いや、それは尋ねるというよりも食って掛かるといった方が正しい表現だろう。そんな風な男の様子に驚きつつも、受付嬢は口を開く。


「何でそんなに慌ててるんだい。あんた等はこの街のギルドでも有数の腕利きなんだから、どっしりと構えてなきゃ困るよ」

「いいから! 今の冒険者達が来た理由を教えて!」


 最初に尋ねた男の後ろにいた女も、男と同じように掴みかからんばかりの勢いで尋ねていた。

 他の仲間の様子も尋常ではないのを見て、微かに首を傾げながらも受付嬢は答える。


「何でも坊主じゃない方の2人組が賞金首かどうかを知りたいって話だったね。結局は何でも無かったんだけど」


 その答えを聞き、思わず顔を見合わせる冒険者達。

 訝しげな表情を浮かべつつ、次に口を開いたのは受付嬢だった。


「で、何だってあの冒険者達がそんなに気になるんだい? あの2人組の方はランクBだったから、確かに有名なのかもしれないけど」


 ランクBの冒険者2人組だ。この街の中でも腕利きとして通っている目の前のパーティが騒いでもおかしくない。そう思って尋ねた受付嬢だったが、戻って来た言葉は予想外のものだった。


「違う、俺達が問題にしているのは2人組の方じゃなくて、ローブを着た子供の方だ」

「……あの子かい? 何でまた」

「あの子供は、レイ。ギルムの街の冒険者で、この前俺達も参加したベスティア帝国との戦争に参加して敵の先陣部隊を纏めて焼き払い、更には敵の総大将に対する奇襲部隊に参加した腕利きの冒険者だ。その戦争で深紅、なんて異名がついたりしているしな」

「……は?」


 冒険者の男の口から出た言葉はさすがに予想外だったのだろう。間の抜けたように大きく口を開けたまま固まる受付嬢。

 やがて数分程して、ようやく我に返って尋ねる。


「異名持ち? 嘘だろ?」

「本当だ。実際、あの炎の竜巻を見ればそんな異名を付けられてもしょうがないと思うけどな」

「ああ、あれは凄かった」

「凄いって言うよりも、怖いだよね」

「……敵じゃなくて良かったというのは事実だな」


 男の言葉に、パーティの面々も同意するように呟きながら頷く。

 そんな様子を、受付嬢は呆気に取られたまま眺め続ける。






「は? 何だって?」

「だから、エモシオンに行くんだろ? なら俺達も連れてけよ。賞金首に間違われた俺達が賞金首のモンスターを討伐するってのはちょっと面白そうだし」


 街の食堂ではテーブルに並べられた大量の料理を食べつつ、レイの目的地と目的を聞いたエグレットが自分も連れて行けと頼んでいるところだった。

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