第293話

 セレムース平原にあるベスティア帝国軍の本陣が置かれている場所。そこへ向かって走っている30人程の騎馬兵がいる。その速度は通常の騎士達が操る軍馬と比べても尚速く、腕利きが揃っているのは上空からその様子を見ているレイにしても明らかだった。


「……さて、じゃあセト。俺達も行くか」

「グルルルルゥッ!」


 レイの声に喉の奥で戦意も顕わに鳴き、翼を羽ばたかせて空を進むセト。その速度は、決して地上を走る騎馬隊には負けていない。いや、寧ろ地を進む騎馬隊と空を進むセトを比べるのが間違っているのだろう。並みの騎馬隊よりも速い地上部隊をあっさりと追い抜き、視線の先にある敵本陣へと向かって行く。

 レイがこの奇襲作戦で任されたのは、先行して敵陣地を混乱状態に陥れること。その混乱に乗じて奇襲部隊が突っ込み、敵総大将のカストム将軍を討つというものだった。あるいはレイが戦争開始時に使った火災旋風を使うという意見もあったのだが、火災旋風を作るにはスキルの射程範囲の関係上、どうしても敵本陣に突っ込まなければいけない、また、火災旋風で殺してしまうと顔が見分けにくく、総大将を討ち取ったのかどうかも判明出来ない可能性もあるという意見が上がり、結局は普通に突っ込んで暴れるという手段を取ることになった。

 ……だが、その方法にしても全てが上手く行った場合に限った時の話だ。何らかのイレギュラーが存在して、それが奇襲部隊にとって障害となるようならその障害を排除することを求められていた。そう、例えば現在本陣から飛び立った20騎程の竜騎士達のように。


「ちぃっ、火災旋風でかなりの数を倒したと思ったんだが……まだこれだけの数がいたのか。セト、分かってるな。俺達の役目はあの竜騎士達をエレーナやシミナール達の方に向かわせないことだ。竜騎士なんぞに上空から火球の一斉射撃をされたりしたら、奇襲する前に全滅するからな」

「グルルルルルルルルゥッ!」


 レイの声に、雄叫びのように吼えて自らの存在を鼓舞するセト。

 その声を聞いたのだろう。一瞬だが、間違い無く竜騎士達が乗っている飛竜の動きが鈍くなったのをレイの視線は捉えていた。

 だが、それもほんの一瞬でしかない。さすがに軍のエリート部隊と言われている竜騎士達だけあり、すぐに己の飛竜の動揺を鎮めて攻撃の矛先を地上を疾駆している奇襲部隊から、レイとセトへと変更する。この時レイの予想外だったのは、全ての竜騎士が自分へと向かって来たのではないことか。もちろん20騎のうちの殆どがレイとセトへと向かって来たのは事実だ。だが、その中でも3騎が地上の奇襲部隊へと向かって襲い掛かる。


「ちっ、向こうにも頭の回る奴は当然いるか。……セト、手早く片付けるぞ」

「グルゥっ!」


 レイの言葉に鋭く鳴き、次の瞬間には翼を羽ばたき体勢を斜めへと変える。そして同時に大量の火球が飛竜から放たれ、一瞬前までセトの身体があった場所を貫いていく。

 そのまま、連続して放たれる火球を回避し、あるいはレイがデスサイズを振るって迎撃していく。基本的に攻撃的なレイだけに、もちろん防御一辺倒という訳ではない。


「飛斬!」


 その言葉と共に横薙ぎに振るわれたデスサイズから斬撃が飛ばされ、並んでいた竜騎士2人の胴体を綺麗に切断する。

 同時に、自らを御していた騎士の姿が無くなり混乱したのだろう。飛竜がバランスを崩し、隣を飛んでいた飛竜とぶつかり、錐揉みしながら地上へと落下していった。


「残り15! セト、離れているとこっちが不利だ。近接戦闘を仕掛ける!」

「グルルルゥッ!」


 レイの言葉を聞き、セトは速度を上げ竜騎士へと突っ込んでいく。

 もちろんセトにはファイアブレスや水球、ウィンドアローを始めとして、遠距離攻撃用のスキルを幾つも持っている。だが、それをこの場で披露するというのは、セトの特殊性。引いては魔獣術の存在そのものを知らしめる結果になる可能性もあるのだ。火災旋風の時のようにレイが誤魔化すようなフォローを出来るのならともかく、大量の敵がいる状態ではそれも難しい。


「飛斬っ!」


 再び放たれる飛ぶ斬撃。しかし、竜騎士達にしても軍の中で最精鋭と呼ばれている者達の集まりである以上、1度見た攻撃を……それも極めて危険度の高い攻撃に注意するのは当然であり、レイが飛斬を放った瞬間に移動して斬撃の飛来コースから退避する。


「ちっ、さすがに対応が早い。けど、余計な行動をしただけそっちの動きは鈍くなるだろ!」

 

 叫び、デスサイズを左手に持ち替え、ミスティリングから穂先が欠けており、普通なら使い物にならないような槍を右手に取り出す。


「はぁっ!」


 気合いの声と共に投擲される槍。速度だけに関して言えば飛斬よりも上であり、線の攻撃に対して点の攻撃でもある槍。その槍は空気を斬り裂きながら飛んでいき、騎士ではなく飛竜へと突き刺さり……命中した瞬間、その身体を貫き、更に後ろにいる竜騎士の肩へと突き刺さって飛竜の上から吹き飛ばす。

 アイテムボックスを利用した弾数制限の無い――正確に言えばあるのだが、収納されている槍の量を思えばこの戦場においては弾数制限が無いと判断してもいいだろう――攻撃に驚き、一瞬飛竜への指示を遅らせる竜騎士達。

 そんな決定的ともいえる隙をレイが逃す筈も無く、同時にそれはレイの相棒でもあるセトも同様だった。


「グルルルルルゥッ!」


 雄叫びを上げながら、翼を力強く羽ばたいて急速に飛竜へと近付いていく。

 元々竜騎士達の狙いは、セトから一定の距離を取って火球で攻撃し続けるというものだ。無論レイの飛斬や魔法といった遠距離攻撃には注意が必要だが、それでもグリフォンであるセトが遠距離攻撃の手段を持っていないという前提での陣形だったのだ。だが、一瞬の硬直を突かれた形で接近を許してしまうと、飛竜ではグリフォンを相手にどうする事も出来無い。周囲の飛竜達が火球を吐いても、下手をすれば味方に命中する可能性もあり、対抗する手段と言えば飛竜の上に乗っている騎士が持っている槍か飛竜の爪くらいだが、それに関してもあっさりとデスサイズの一撃で防がれ、セトが空を舞うように飛び回避する。そうして竜騎士達の群れへと突っ込んでいったセトは、体当たりで竜騎士を弾いて騎士を地上へと落とし、鉤爪で飛竜の首を砕き、クチバシで竜騎士に致命的な一撃を与えるのだ。

 レイもまた同様にデスサイズを振るって近付く相手を斬り付け、石突きで騎士の鎧を貫通する致命的な一撃を与え、あるいは柄の一撃で飛竜の上から吹き飛ばす。


「くっ! 一旦距離を取れ! 近接戦闘では勝ち目が無い! 遠距離から包囲しての攻撃に専念しろ! 奴が近づいて来たら攻撃は考えるな!」


 竜騎士達の指揮官が焦りを滲ませた声で叫ぶ。既に竜騎士の数は5騎まで減っており、地上の奇襲部隊の迎撃に回した3騎を合わせても10騎を割り込んでいる。竜騎士という兵種が1人前になるまでにどれだけの資金が掛かっているのかを考えれば、炎の竜巻の時と今の戦いを合わせて今回の戦争で失った竜騎士達の損害はとてつもない程の金額になっているだろう。勿論この戦場にやってきた竜騎士がベスティア帝国軍の全戦力という訳では無いが、それでも今回の戦争は魔獣兵や転移石のようなこれまで使われていなかった者や物を駆使したように、かなりの本気で攻め込んでいるのだ。そうなると当然エリートと言われている竜騎士達も通常よりも多く投入されることになり、その結果が今のこの状況だった。更に言えば、その竜騎士全ては目の前にいるたった1人によりもたらされた被害なのだ。最早竜騎士隊の隊長の視線の先にいる男は、炎の竜巻と併せて災厄としか言いようがなかった。


(くそっ、何だってグリフォンのような高ランクモンスターがいるんだ。それに、グリフォンを従えているということは、奴が兵士達の間に広まっている深紅で間違い無いんだろうが……)


 一瞬。そう、ほんの一瞬だけ自分の考えに没頭した隊長は、次の瞬間グリフォンとその背に乗っている男の姿がすぐ目の前にいるのに驚愕する。そして目の前にいる男は巨大な鎌を振りかぶり……


「はぁっ!」


 気合いの声と共に振るわれた一瞬の光景を目にし、隊長の命は上下に分かたれた胴体と共に消滅した。


「セトッ!」

「グルルルゥッ!」


 たった今胴体を真っ二つにし、下半身は飛竜に跨がったまま、上半身が切断面から零れ落ちた内臓や血と共に地面へと落ちていくのを見もせずにセトへと呼びかけるレイ。セトもその声に反応し、クルリとその場でバク転のように一回転する。


「ばっ!?」


 その、余りに予想外の光景に隊長を殺された憤りすら一瞬忘れ、たった今自分が見たものを信じられないとばかりに動きを止める竜騎士。その頭上に上空で一回転したセトの前足が振り下ろされ……そのまま頭を兜諸共に潰し、同時に乗っていた飛竜もまた予想外の衝撃で気を失ったのか、地面へと墜落していく。

 だが、レイの攻撃はまだこれで終わらなかった。上空からの一撃を加え、そのまま翼を広げて落下速度を抑えるセトだが、どうにか安定を取り戻した時、その位置は随分と地上へと近くなっていた。即ち、レイとセトの頭上に残りの竜騎士3騎がいる状態だ。竜騎士達も今のバク転のような回転には驚き、一瞬セトの姿を見失い……次の瞬間、そのうちの2騎は下から投擲された槍が飛竜の腹へと突き刺さり、そのまま落下していく。


「残り、1騎! セト!」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの声に雄叫びを上げ、そのまま空気を踏みしめるようにして上へと昇っていくセト。その姿に、自分1騎だけではどうやっても勝てないと判断したのだろう。奇襲部隊の迎撃に向かわされた者と合流しようと逃げ出していく。

 軍の中でもエリートと呼ばれる者の集まりでもある竜騎士隊。その竜騎士隊に所属する者が敵に背後を向けて逃げ出し……


「ガアアアアァァッ!」


 次の瞬間、乗っていた飛竜が悲鳴を上げて墜落していく。


「な、何だ!?」


 咄嗟にグリフォンの仕業かと落下しながら背後へと視線を向けるが、グリフォンは遠く離れた場所にいる。錐揉み状になりながら落下していく竜騎士が飛竜の上から吹き飛ばされ、そして見たのは、飛竜の胴体へと突き刺さっている鞭のような存在だった。

 落下しながらも殆ど反射的にその鞭のようなものを辿っていくと、その先にあったのは地上で軍馬の上から自分の方を見ている美しい女の姿。その光景を目に焼き付けながら、竜騎士の男は地面へと叩きつけられて短い生を終えることになる。

 最後の竜騎士が片付いたのを見て、レイはセトと共に地上へと降りていく。そこで連接剣を手にしていたのは、当然エレーナだった。他の奇襲部隊の姿は存在せず、陣地の方では既に戦いの喧噪が巻き起こっていた。


「助かった」

「何、こちらに向かって来た竜騎士は3騎だけだったのでな。それより、竜騎士が片付いた以上は私達も奇襲部隊の応援に向かうぞ」

「分かっている」


 一瞬、チラリと地面に倒れ込み既に息をしていない飛竜へと視線を向けるレイだったが、まさか1分1秒を争うこの状況で飛竜を回収したいと言い出せる訳もない。その為、残念そうな表情を浮かべつつセトに跨がったまま、エレーナと共にベスティア帝国軍の総大将がいる陣地へと向かうのだった。






 ベスティア帝国軍の本陣。総大将であるカストム将軍のいる場所は、激戦と呼ぶべき戦場へとその姿を変えていた。


「ええいっ、ミレアーナ王国軍の者共め。まさか儂を直接狙ってくるとはな」


 カストムが叫びながら手に持っていた剣を振り、斬りかかってきた相手の首を斬り裂いたその瞬間、視界の端で5人程が弓を構えて自分達を狙っているのに気が付く。


「皆、儂の後ろに下がれぇっ!」


 総大将を最前線に出すという普通の軍隊ではあり得ない行為だったが、その場にいた者達は何の躊躇も無くカストムの命令に従い、後ろへと下がる。

 そして次の瞬間、ミレアーナ王国軍の奇襲部隊のうち5人が一息で5本以上の矢を連続して放ち、まるで雨の如くカストムへと降り注ぐ。

 自らへと向かって来る20本を越える矢を目にしながらも、カストムの顔には焦りの色は僅かにすら存在していなかった。獰猛な笑みを浮かべたまま鎧に包まれた右腕を、降り注いでくる矢へと向ける。


「啼け、ベヒモス!」


 カストムの口からその言葉が出た瞬間、地面の土が瞬時に盛り上がってカストムやその周辺にいた騎士、兵士といった者達をドーム状に包み込み、降り注ぐ全ての矢を遮断して中にいる者達にかすり傷の1つもつけさせない。

 土を操るマジックアイテム、ベヒモスの腕輪。ベスティア帝国軍の魔法省が稀少な素材を大量に注ぎ込んで作りあげた、まだベスティア帝国にも1つしかない貴重品である。

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