第294話

「土の、ドーム?」


 竜騎士を全滅させたレイは、軍馬に乗っているエレーナより一足先に戦場となっているベスティア帝国軍の本陣へと到着していた。

 上空にいるセトの背から地上へと視線を向けると、まず最初に目に飛び込んできたのが直径5mはあろうかという巨大な土のドームだったのだ。そのドームへと向かって奇襲部隊の者達が攻撃を加えているが、その殆どが弾かれ、あるいはかすり傷程度しか付けることが出来ずにいる。そして次の瞬間には傷ついた場所があっさりと修復する。

 ドームへと集中して攻撃している為、その隙を突かれてベスティア帝国軍の騎士に攻撃される者も出て来ている。

 そもそも、これが奇襲である以上は素早く敵の総大将でもあるカストム将軍を討つなり、捕虜にするなりしなければいけない。ベスティア帝国軍に残っている戦力の大半が前線へと出ているからこその奇襲なのだ。


「……ちっ、早くしないと時間が無いな」


 舌打ちしつつ地上を見回していると、セトが戦場の一画を見据えて喉を鳴らす。


「グルルルゥ」


 あそこを見て、というニュアンスを感じ取ったレイがセトの見ている方へと視線を向けると、そこでは奇襲部隊の指揮官でもあるシミナールが剣を振るって魔法使いと思しき相手を斬り捨てていた。更には、近くにいる奇襲部隊の者達へと忙しく指示を出しているのも見える。


「セト」

「グルゥッ!」


 その一言だけでレイの言いたいことが分かったのだろう。セトは喉を鳴らして了承の意を伝え、そのまま翼を羽ばたいて地上へと降下していく。


「はぁっ!」


 ついでとばかりに、レイの振るったデスサイズの刃が近くにいたベスティア帝国軍の騎士の首を斬り飛ばしながら。

 首を切断され、まるで噴水のように血を吹き出す騎士の死体を背後に、レイはシミナールが周囲の者達に指示を下している場所へと辿り着く。


「シミナール、状況は?」

「良くないな。あれをどうにかしなければ、このままだとこっちが息切れをする」


 そう言い、忌々しげに土のドームへと視線を向けるシミナール。


「……もしかして、あの中にベスティア帝国軍の総大将がいるのか?」

「ああ、そうらしい。ベスティア帝国軍の総大将はカストム将軍という男で、魔法を使うという情報は無かったんだが」

「疑問は後だ。それよりここが俺達に襲撃されているというのは前線にも伝わっていると見ていいだろう。前線から部隊がこちらへと戻って来る前にそのカストム将軍とやらを仕留めないと拙いぞ」


 レイの言葉にシミナールの頬が引き締まり、視線をレイへと向けて口を開く。


「レイ、あの土をどうにかして貰えるか?」

「そう、だな。出来るかどうかは分からないが、やれるだけやってみよう」

「頼む。俺達はその間、この戦場に……うおっ!」


 会話をしている途中、突然1人の兵士が槍を手にシミナールへと襲い掛かる。

 この戦場の中で悠長に話をしているのを見て、更には見るからに高級品の鎧を着ているのを見て奇襲部隊の指揮官だと判断したのだろう。その判断は間違っていないし、話している時の隙を突くというのも間違ってはいなかった。だが……


「遅いな」


 その呟きと共にデスサイズが一閃。兵士の持っていた槍が柄の中程で切断される。


「くそっ、なら!」


 持っていた槍の残骸を放り投げ、腰から剣を引き抜きレイへと斬りかかる兵士。だが、その刃がレイへと届く前にどこからともなく伸びてきた鞭のような剣先が兵士の首を断ち切る。

 連接剣。時には剣、時には刃の付いた鞭と化すマジックアイテムであり、レイの知っている限りその武器を使いこなす者は1人しか存在していなかった。

 そして連接剣の飛んできた方へと目を向けると、予想通りの人物がそこにはいた。


「エレーナ、早かったな」

「そうか? これでも敵を倒しながら来たのだがな。それよりもどうなっている? 随分と押し返されているようだが」


 呟きながら、再び連接剣を振るうエレーナ。鞭のように伸ばされた刀身は、弓を構えていた兵士の首筋を斬り裂いて血の噴水を吹き上げる。

 また、そんなレイ達の近くではセトもまた素早く動いては騎士の頭部を前足で兜諸共に潰し、尾を兵士の片足に巻き付けては振り回して武器の如く使用していた。

 セトの活躍や、シミナールの護衛として残されている数人の冒険者達の活躍によりレイ達の周辺は一種の安全地帯と化しており、だからこそこの戦場の中でもある程度落ち着いて話をする余裕があった。

 もっとも、先程の槍を持った兵士が潜り抜けて来たように、絶対の安全地帯という訳では無いのだが。

 周囲の様子を一瞬眺め、シミナールはエレーナへと声を掛ける。

 エレーナへと惹かれているシミナールだが、さすがにこの状況でそんなことを考えている余裕は無いのだろう。真面目な表情のまま口を開く。


「エレーナ殿、あの土のドームの中にベスティア帝国軍の総大将でもあるカストム将軍がいる。だが、あのドームはかなり頑強で、しかも多少の傷は周囲の土を取り込んで修復してしまう効果を持っているらしい。なので、あのドームの破壊に関してはレイに任せようと思う。エレーナ殿は、姫将軍としての力を振るって、敵の数を減らすことに専念して欲しい」

「承知した。こちらは奇襲部隊である以上人数が少ないのはしょうがないからな。私も精々頑張るとしよう。……レイ、そちらは任せたぞ」

「ああ。土の塊程度、どうとでもしてみせるさ。セトッ!」

「グルルゥッ!」


 レイの呼び声に答え、前足の一撃で兵士数人を吹き飛ばしてそのままやってくるセト。

 その頭をそっと撫で背へと跨がると、エレーナとシミナールをその場に残して土のドームのある方へと向かう。

 途中で何人か奇襲部隊と本陣の兵士が戦っている近くを通り抜け様にデスサイズを振るい、通り魔の如く斬り付けて味方の援護をしていく。

 元々奇襲部隊に選ばれるような凄腕の者達だけに、そのチャンスを逃さずに攻撃を仕掛け、短期的ではあるが奇襲部隊の方が戦力的に優位に立つ場所も増えていた。

 そんな1人と1匹の様子を背後から見つめていたエレーナもまた、自分もレイに負けてたまるかとばかりに軍馬で戦場を駆ける。

 こと、純粋な攻撃範囲という面で言えば、鞭状の刃になる連接剣はデスサイズの上を行く。その連接剣を振るい、奇襲部隊の味方に適切に指示を出し、人数では圧倒的に負けているこの戦場で姫将軍の凄まじさを敵や味方に見せつけることになる。






「……これか」


 呟き、土のドームへと視線を向けるレイ。

 既にセトからは降りており、問題の土のドームを何とかする間、周囲の護衛に関してはセトに任せていた。

 現に今もまた、遠くからレイを狙って弓を引いていた兵士へと上空から翼を羽ばたかせて急降下し、頭部へと前足を振り下ろして爆散させている。

 戦場の喧噪をよそに、レイは取りあえずとばかりに土のドームへと触れようとするが……


「ちぃっ!」


 手の平がドームへと接触しようとしたその瞬間、土の壁が長さ50cm程の鋭い棘と化してレイを貫かんと伸びてくる。

 咄嗟に後ろへと跳んで巨大な棘と距離を取るレイ。

 幸い棘は飛ばされるようなことはなく、そのままドームへと吸収されるように元へと戻っていく。


(さっき見た時は攻撃手段を持って無かったようだが……飛ばさないのは何でだ? この土に触れていないと制御出来ない? いや、そもそもどうやって俺が敵だと認識したんだ? このドームの中にいるのなら、当然外の様子は確認出来ないだろうに。いや、魔法かマジックアイテムかは知らないが、こんな手段がある以上は何らかの手段で敵と味方を識別しているのは当然と考えるべきか?)


 一旦距離を取り、デスサイズを素早く振るう。


「飛斬っ!」


 その声と共に放たれた飛ぶ斬撃は土のドームへと深い傷を付けるが、それでも一撃で破壊する程に深い傷ではなく徐々に復元していく。


(なるほど、再生速度はそれ程早いって訳じゃないのか)


 レイが観察してみたところ、ドームを形成している土を少しずつ集めて飛斬によって付けられた傷を復元しているように見えていた。

 

(だが、それだと復元すればする程にドームを形成している土壁は薄くなる筈。それが無いとなると……)


 次にレイの視線が見たのは、土のドーム……ではなく、そのドームが形成されている場所。即ち地面だ。当然地面というからには土で出来ている。


(つまり、復元で消費した土は周囲から補充している訳か。確かにこの状態なら援軍が来るまで持ち堪えることは出来るだろう。けど)


 そこまで考え、疑問が浮かぶ。

 ベスティア帝国軍の総大将ともあろう者が、防衛戦の指揮も執らずに隠れているのか、と。

 総大将だけが絶対安全な場所に隠れている状況では、どうしても兵士達の士気は上がらないだろう。事実、奇襲部隊は腕利きが揃っているが人数は本陣の兵士達に比べると圧倒的に少ない。そんな奇襲部隊とほぼ互角の状態に陥っているのだ。純粋にこの場にいる戦力差を考えれば、正直あり得ないことだった。

 もっとも、その奇襲部隊に姫将軍と呼ばれ恐れられているエレーナ、グリフォンのセト、そしてこの戦争で一気に名を上げたレイがいる以上、士気が上がらないのはある意味当然なのかもしれないが。


(とにかく復元はするが、復元の速度自体はそう早くない。近付けば棘で攻撃されるが、それも速度自体はそう早くないし、そもそも棘を作り出すだけの土が無ければそれは出来ない。……なら、やるべきことはただ1つ。即ち……)


 デスサイズを握りしめ、魔力を込めて土のドームを睨みつける。


「復元する速度以上の破壊力を叩き込む!」


 その言葉と同時に、再び大きく振るわれるデスサイズ。


「飛斬!」


 先程同様に斬撃が飛ばされ、再び土のドームへと大きく傷を付ける。同時に地を蹴り、土のドームとの距離を縮めていく。

 レイが近付いているのを何らかの方法で察知したのだろう。迎撃するように棘が伸びるが、飛斬によってドーム自体がダメージを受けており、その修復の方が優先されているのだろう。レイへと迫る棘の速度は、明らかに先程よりも遅くなっていた。

 伸ばされた棘を半回転して回避し、その勢いを使ってデスサイズの刃を土壁へと叩きつける瞬間、目的のスキルを発動する。


「パワースラッシュ!」


 スキルの発動と共に飛斬の与えた傷痕へと叩きつけられた一撃は、土壁を斬り裂くのではなく吹き飛ばして破壊する。

 デスサイズの斬れ味に関しては落ちるが、与える衝撃は増すというスキル、パワースラッシュ。その効果を存分に発揮し、土のドームは飛斬によるダメージがまだ復元していない状態でそれに耐えきることは出来ず、飛斬の傷痕を中心にして周囲へと轟音を立てながら爆発したかのように土壁が崩れ落ちる。

 それでもまだ復元しようとする土壁に向かい、魔力を通したデスサイズで幾度も斬り付け、やがて中の空間へと通じる穴が作り出される。それでもまだ復元しようとする土壁の中へとデスサイズをいつでも振るえる状態のまま突入し……その中でレイが見たのは、骨と皮だけになって折り重なるように地面に倒れ込んでいる20以上の死体だった。


「……何?」


 さすがに予想外の光景だったのか、一瞬唖然とするレイ。

 だが、地面に倒れている死体のうちの1つ。骨と皮のみになっているその手首に嵌っている腕輪が脈動し、同時に自分の身体から急激に魔力が引き出されているのを感じ取る。

 そこまでされれば、さすがに目の前に広がっている状況についても想像がついた。


「魔力を吸収され過ぎたせいでドームの中にいた奴等の魔力が無くなり、それでも更に吸収しようとして生命力を吸収。結果的には生命力も吸い取られてミイラになった訳か」


 呟き、急激に自分の魔力を吸い取っている腕輪へと目を向けるレイ。

 レイ自身は知らなかったが、その腕輪はベスティア帝国軍の錬金術師達が技術の粋を結晶して作りあげたマジックアイテムで、ベヒモスの腕輪と呼ばれる品だった。土を自由に操るという効果を持つのだが、土の槍を作り敵を攻撃するという使用方法を考えていた錬金術師達とは裏腹に、巨大なドームを作り出すという錬金術師達が予定していた以外の使い方をした結果、試作品故に暴走し、使用者のカストム将軍、更には周囲にいる者達の魔力や生命力を吸収してこの惨状を作り出したのだ。

 だが、貪欲に魔力を吸収する腕輪であっても、レイの莫大な魔力全てを吸収出来る筈も無く……

 ピキッ、ピキキキッ。

 そんな音を立てながら、腕輪へと急速にヒビが入り、次の瞬間には音を立てて割れてしまう。

 同時にベヒモスの腕輪としての効果も消え、魔力によって強化されていた土のドームが崩れ始める。


「ちぃっ!」


 咄嗟に地を蹴り、穴の開いた土壁を潜り抜けて外に出た瞬間……土のドームはグシャリ、と潰れるのだった。

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