第265話

「本当に草原の狼を引き込むとはな。全く、レイは俺の予想を超えた行動を取るよな」


 馬車の中でルーノがしみじみと呟く。それを聞いていた護衛の騎士達もまた同様に、レイへと驚きの視線を向けていた。


「草原の狼と言えば、この辺りでは最も有名な盗賊団だろう。確かにそれを味方に引き入れるとは……」

「取りあえず、やつらがいるのなら他の盗賊団を警戒する必要は無くなるかもしれないな」


 そんな風に話す騎士達の言葉に、レイが思わず眉を顰める。


「盗賊達が手を出してきてるのか? この大軍に?」


 ラルクス領軍だけで5000人を越える戦力であり、既に合流しているアブエロ軍の数を考えると、合計7000人を越える戦力がこの軍勢には揃っている。そこにちょっかいを出してくる盗賊達がいるとは、レイにはとても思えなかった。

 だが、そんなレイの言葉にルーノは苦笑を浮かべて首を振る。


「確かに7000人を越える軍勢と考えれば、ちょっとやそっとで手を出せないだろうさ。けどな、7000人を越えると言っても所詮人は人。常に大勢で集まって行動している訳じゃない。特に夜の見張りなんかは盗賊達にしてみればいい獲物だろうよ。数人ずつ纏まっているし、基本的に見張りなんだからそれ程強くない一般兵士だ。更には夜で周囲が暗いし……な」

「そういうことだ。もっとも、ダスカー様もその辺のことはきちんと考えている。見張りには冒険者を数名混ぜて戦闘力の質を上げているって話だ」

「冒険者、か」


 騎士達の言葉に、ふとこの戦争に参加している顔見知り達の顔を思い出して呟くレイ。

 ラルクス領軍には、ギルムの街からも多くの冒険者が参加している。例えば以前のレイとの約束通りにランクAパーティの雷神の斧が、この国を守る為……そして戦争でセトに怪我をさせないようにと密かに思っているランクCパーティ灼熱の風、純粋に報酬目当てのランクDパーティ悠久の力。

 レイ個人としては人付き合いがあまり得意ではなく、それ程知り合いは多くないのだが、それでも思いつくだけでそれだけの知り合いがこの戦争へと参加しているのだ。


「まぁ、どのみち盗賊達の狙いは尽く外れたんだけどな。奴等の目当ては補給物資だ。けどその補給物資は半分近くレイがアイテムボックスに入れて保存しているし、残りの補給物資にしても半分程度である以上は警備が厳しい。……まぁ、アブエロの街から派遣されてきた軍の方では多少の被害が出てるようだが」

「だろうな。向こうはレイのようなアイテムボックス持ちはいないだろうから、普通の編成だろうし」


 同僚の言葉に、もう片方の騎士が頷く。

 当初の予定であれば、ラルクス領軍以外の補給物資もレイのアイテムボックスに入れて運ぶ予定ではあったのだ。実際、レイを雇う時にダスカーもそれを匂わせる発言をしている。だが実際に補給作業を行った結果、レイの精神的な疲労度が高く、このまま他の軍の補給物資もレイが取り扱うとなるとレイが持たないかもしれないと判明した為、取りあえずは現状のままラルクス領軍だけの補給物資を担当することになっていた。


「それにしても、軍の移動がこんなに面倒だとは思ってもいなかったな」

「はははっ、まあそれはそうだ。日頃セトに乗って移動しているレイにしてみれば、こうやって歩きで移動することなんて滅多にないんだろう?」


 ぼやきにも近いレイの言葉に、騎士の1人が笑みを浮かべてそう告げてくる。

 レイがセトに乗って移動しているというのはギルムの街の冒険者達の間ではかなり有名である。何せ人目を忍んでとかではなく、堂々と人前でもセトに乗って移動するのだから。冒険者どころかちょっと事情に詳しい一般市民でもレイがセトに乗って移動しているというのは知れ渡っていた。

 そして騎士もまたその噂を知っているからこそ、レイに向かって笑い声を上げつつし指摘したのだ。


「そう言われても、俺に取ってはこれが普通だったからな」


 レイにしてみれば、このエルジィンという世界で今の肉体に入ってからすぐに魔獣術でセトを生み出したのだ。よって、セトと一緒に行動するのが普通だという認識を持っている。

 だからこそ、昨夜のようにセトがレイと長期間別行動をしている為に寂しがり、甘えてくるというのも理解出来ていた。

 それは以前のランクアップ試験の時にも感じていたことなのだから。


「それに歩いて移動するというのは冒険者として活動している時にはそれなりにあったぞ。……まぁ、その時でも移動速度はここまで遅くなかったが」


 今までで一番移動速度が遅かったのは、少し前にレイが麗しの雫と共に受けた護衛の依頼だろう。奇しくも、その時の目標は現在合流すべく向かっているサブルスタの街だった。同時に、先に話題になっていた草原の狼に対しての貸しもその時のものだ。


「……っと、噂をしている間に見えてきたぞ。ほら」


 そんな風にレイが思い出している間、外を見ていたルーノが馬車の窓から遠くを見ながらそう告げる。

 ルーノの視線を追ったレイが見たのは、そろそろ日が落ちそうな夕焼けに近い色に染められているサブルスタの街だった。


「あー……合流するのはいいんだが、どうするんだろうな?」

「ん? 何がだ?」


 何気なく呟いたレイの言葉に、騎士の片方が反応する。


「いや、人数が多くなるってことはそれだけ移動速度が遅くなる筈だ。なら、戦場に到着するまで更に時間が掛かることになる」

「そうか? 聞いた話だと、サブルスタの街から出される援軍は1000人に届かない程度らしいぞ。それ程移動時間に差が出るとは思わないが」

「……1000人以下? また、随分と少ないな」


 騎士の言葉に、ルーノが思わずそう口に出す。

 その言葉を聞いた騎士は微かに眉を顰めつつ首を振る。


「サブルスタの街の領主代理は色々と良くない噂がある人だからな。特に金に対して執着心が強いらしく……」

「おいおいおいおい、ちょっと待て。それじゃあ何だ? まさか、大軍を編成すればそれだけ金が掛かるから最小限の人数で済ませようってのか?」


 ルーノの呆れた呟きに、ふとレイは以前の護衛任務で聞いた噂を思い出す。


「そう言えば、サブルスタの領主代理は盗賊達と繋がっているって噂を聞いたことがあるが?」

「恐らくは事実だろうな。そうでなければ不自然な程にこの近辺に草原の狼を始めとした盗賊達が多い理由にはならない」

「エッグに聞いて裏付けを取ればいいんじゃないか?」


 そんなレイの提案に、騎士は小さく首を振る。


「確かに盗賊と繋がっているのは事実だろう。だが、壊滅的なまでに商人達が襲われている訳じゃない。不正行為を行っているとはいっても、その辺のバランス感覚はあるんだろうな。自分に領地を任せている貴族に目こぼしをされる程度に押さえているのさ」

「そしてその貴族に対して上手く言い訳出来る援軍の人数が……あのくらいな訳だ」


 馬車の窓からサブルスタの街を見ていたもう1人の騎士が、眉を顰めつつ呟く。

 その窓から見えるサブルスタの街は次第に大きくなってきており、街の前に待機している派遣軍も馬車の中から確認出来るようになっていた。

 その人数を見て、レイがどこか呆れた様に口を開く。


「……1000人どころか、500人程度じゃないか?」


 もちろんレイに、補給担当のケオのような見ただけで数を数えられるような特殊な能力は無い。だが、それにしてもさすがに視線の先にいる人数が1000人に達しているとは思えなかったのだ。

 そしてそれは騎士達やルーノにしても同様だった。


「だろうな。ただ、500人でも1000人以下ってのは事実だ。別に嘘を言っている訳じゃない」

「また、随分とせこい真似をするんだな」


 騎士の言葉に、茶々を入れるようにして呟くルーノ。


「それでも俺達とは派閥が違う以上、ダスカー様にどうこうと指図するような権利は無い。……全く、金を惜しんで戦争に負ける可能性を少しでも考えて欲しいものだ」

「何、どうせこの国が負けることはないと思ってるんだろうさ。そしてそんな奴程、いざという時に真っ先に逃げ出すんだがな」

「レイ、それは少し言い過ぎだ」


 嘲笑を口に浮かべて告げるレイに、騎士の片方がそう声を掛ける。

 そんな風に注意をされても、レイにとっては自分が金を得る為に最低限の戦力しか派遣しない領主代行の行為は愚かにしか思えなかった。


「安心しろ。……って言うのも変だが、このことを貴族派の上の奴等に知られたら後で色々と面白いことになるだろうな」


 レイへと忠告したのとは別の騎士が、口元に笑みを浮かべつつそう告げる。


「面白いこと?」

「ああ。ダスカー様は今回の戦いで必ず大きな手柄を上げるだろう。実際、それが可能なだけの戦力を用意したしな。つまり、戦後の論功行賞でかなりの発言力を得ることが出来る。その時に今回の件を口にしたら……さて、どうなるだろうな? 貴族派としては、面目を潰されるどころの話じゃない。自分の利益の為に仕事を適当にこなした奴は良くて領主代理を首。下手をすれば文字通りに物理的な意味で首が飛ぶだろうよ。もっとも、ここの領主代理がそれに気が付いているかどうかは分からないが」


 どこか面白そうに騎士が告げると同時に、再び馬車が動き始める。

 合流したのが500人程度だった為、アブエロの街の時のように進軍の時の隊列といったものを決めるのに時間が殆ど掛からなかったのだろう。


「とにかくこれでサブルスタの街は通り過ぎた。後は……ん? 確かこの先の道は2つに分かれているんだったよな? 片方が首都に続く道で、もう片方が田舎の方って具合に」


 進み始めた馬車の窓から外を眺めつつ、ルーノは誰にともなく尋ねる。

 それに答えたのは、騎士達ではなくレイだった。何しろ、ここの上空を通ってバールの街へと魔熱病の特効薬の材料であるアウラーニ草の粉末を届けたのは数ヶ月前で、まだ記憶に新しい為だ。


「ああ。田舎の方はバールの街へと続く道だな。……俺達が進むのはバールの街の方だろう?」


 確認の意味を込めて騎士へと尋ねるレイ。

 ミレアーナ王国とベスティア帝国。どちらも大国と呼ばれている国だけに、その戦力がぶつかるのは両国の折衝地帯とも言える広大な平原でもあるセレムース平原となるのがこれまでの慣例だった。もちろん策略を使って敵国へと潜入し、破壊工作を行うようなこともあるのだが、基本的にはセレムース平原での戦いとなるのが一般的であったのだ。

 そしてそんな予想と共に放たれたレイの言葉に、騎士達も頷く。……ただし、僅かに眉を顰めつつ。


「基本的にはレイの言っている内容で間違い無い。これまでと同様の流れで戦いが進むのならセレムース平原での戦いが正しいんだが……」

「ダスカー様は今回の戦争はこれまでとは違うと考えている。そうなると、これまで通りにセレムース平原での戦いがきちんと起こるかどうかだな」


 騎士2人のそんな言葉に、ルーノが首を傾げつつ尋ねる。


「けどよ、ミレアーナ王国もベスティア帝国も出してくる戦力は数万を下回ることは無い筈だろう? それならやっぱり正面からの戦いはセレムース平原で間違い無いんじゃないのか?」

「……ああ。普通ならそれで問題無い。だが……な」


 ルーノの言葉に、騎士がどこか自信なさ気に呟き小さく首を振る。


「ダスカー様の考えが間違っている方がいいと思ったのはこれが初めてだ」

「安心しろ。俺達にはレイみたいな腕利きがいるんだから、余程のことがなければ問題無く勝てるだろうさ」

「……だと、いいんだけどな」


 騎士が溜息と共に呟き、そのまま馬車の中は沈黙で静まり返る。

 数分程も沈黙が続いていただろうか。ふとレイがミスティリングの中から幾つかの果物を取り出す。

 見た目は1口サイズでサクランボのように見えるのだが、色は夏の空を思わせるような青であり、食感や味は柿に近いという不思議な果実だ。

 名前はケティの実。春が旬の果物であり、丁度これからが旬の果物である。


「レイ?」


 ルーノの不思議そうな問いかけに答えることはせず、取り出したケティの実を騎士達やルーノへと手渡していく。

 冷やされてからミスティリングに収納されていた為か、騎士達はケティの実の冷たさに驚きの表情を浮かべる。ルーノはさすがと言うべきか、軽く眉を動かしただけでケティの実を受け取る。


「まだ戦場に着く前から敵を恐れてどうするんだ、それこそ向こうの思う壺だろう。今はそれでも食べて不安を忘れろ……とまでは言わないが、それでも表に出すな。この軍勢の中でも騎士であるお前達が不安がっていれば、兵士や志願兵達にその不安が移るぞ」

「俺にもくれたのは?」


 自分が不安がってはいなかったと思っていただけに、レイへと尋ねるルーノ。

 だが、それに答えるレイはどこか意地の悪い笑みを浮かべながら口を開く。


「そっちの2人にだけ食べ物をやると、何も貰えなかったお前がいじけるだろう?」

「くっ、くくく……た、確かにそうだ。お駄賃をやるのなら皆に平等にやらなくちゃな」


 ルーノが思わず笑みを浮かべ、騎士達もそれに引きずられるようにして苦笑を浮かべ……結果的に馬車の中は先程までの暗い雰囲気は綺麗さっぱりと消え失せるのだった。

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