第264話
「ダスカー様、戻りました」
夜も更けてきた頃、ラルクス領軍が夜営をしている場所へと戻ってきたレイがダスカーとの面会を果たしていた。
マジックアイテムでもあるテントの中にいるのは、この軍の指揮官でもあるダスカー、その護衛として控えている騎士が3名、面会を申し出たレイ、そしてレイに連れて来られた草原の狼のリーダーでもあるエッグだった。
「よく戻ったな。……で、そっちが草原の狼の?」
「はい。草原の狼を率いている者で、エッグといいます。……エッグ」
レイに顔を向けられ、小さく頭を上げるエッグ。
「紹介にあった通り、草原の狼を率いているエッグだ。先に言っておくが、俺達は貴族というのが嫌いだ。特にサブルスタの街の領主代理に関しては、裏で汚い真似をしているしな。けど、貴族を嫌っているからといっても国そのものを嫌っている訳じゃねえ。それにレイに対する借りもあるからな。一応今回はあんた達に協力することにしたが……だからといって、俺達草原の狼をその辺の犬のように飼い慣らせるとは思わないでくれ」
言ってやった。そんな思いがエッグの表情に浮かぶ。
前々から貴族に対して思うところがあった為に出た言葉だった。それに、もし自分に対して怒りを抱けば戦争に参加しなくても済むかもしれない。あるいはこの場で無礼だと斬って捨てられても、自分が戻ってこなければ草原の狼は再び山へとその身を隠すだろうという考えもあった。
そして何よりも、ここまで移動してくるまでの間にレイからラルクス辺境伯であるダスカーは豪放磊落な人物であると聞いていたので、それを試す意味もあった。
そしてその結果……
「がはははは。おい、聞いたか。この俺を目の前にしてちっとも恐れた様子も無く、ここまで言い切ったぞ」
無礼だ、あるいは生意気だと剣を抜くのかと思いきや、これ以上ない程に面白そうに笑い声を上げる。
その腰にある剣の鞘に手を伸ばす様な気配は一切無い。もし本当に剣を抜かれたとしたら、ダスカーとの面会の為に自分の武器である斧を預けていた為にどうしようも無かったかもしれないという思いがあったエッグだったが、完全に拍子抜けだった。
「おい、お前等この男をどう見る?」
更には笑いの発作が収まると、ダスカーは護衛として控えていた騎士達へと尋ねる。
「そうですね。ダスカー様を前にしてここまで言い切る度胸というのは凄いと思います」
「俺だったらダスカー様にあんな口は利けないなぁ……なまじな盗賊よりも迫力あるし」
「おい、幾ら本当のことでも俺だって傷つくことがあるんだぞ。もう少し言葉を選べ」
「ダスカー様が傷つくとか……オリハルコンで心臓が出来ていると噂されているダスカー様がですか?」
「誰だそんな出鱈目をほざくのは」
いきなり目の前で広がったそんな会話に、どこか戸惑った視線をレイへと向けるエッグ。
エッグにしてみれば、ラルクス領軍の指揮官が自分を相手にしてとる態度だとはとても思えなかったのだろう。
「……レイ?」
「何だ?」
「いや。……また、妙な人だな」
「だろう? だからこそ俺も喜んで協力している。これでお前が思っていたような傲慢な貴族だったりしたら、恐らく俺はここまで手を貸したりはしていなかっただろうさ」
「おいそこ。人の前で内緒話をするのは感心しないぞ」
「あ、すいませんダスカー様」
ダスカーの声に小さく頭を下げ、改めて視線をエッグへと向けるレイ。
「ご覧の通り、ダスカー様を相手にしてもこの調子で度胸はあります。腕としてもそれなりに立ちますし、盗賊をやっていただけに隠密行動に関しても得意なのでラルクス領軍の目としてお役に立つと思います」
「……そうだな。レイの言葉なら信用出来るし、俺としても草原の狼という盗賊団の噂は知っている。元々うちは辺境にある性質上、直接的な戦力はまだしも偵察や工作員のような裏の仕事は最低限しか人数が割かれていない。それを補助してくれるというのなら歓迎するが……最低限、腕は見せて貰うことになるぞ? それに俺は気にしないが、他の奴等は盗賊団の出だと知れば絡んでくるような奴もいるだろう。そして何かあったとしても、実際にその絡んできた相手に余程のことが無ければ庇うことも出来ない可能性もある。それでも俺達に協力してくれるのか?」
「問題無い。草原の狼はレイに対して借りを返すだけだ。ただし、先程も言ったが俺達は狼であって貴族の犬になるつもりはない。……ラルクス辺境伯、あんたは確かにレイの言う通り有能で偉ぶらない、下の者にとってはこれ以上ない程の貴族だ。だが、貴族にはあんたのような有能な者だけじゃなく、屑としか言いようのない者もいる。俺達草原の狼を始めとして、この辺に幾つもある盗賊団の中にはそんな貴族のせいで盗賊にならざるを得なかった者もいるんだというのを、覚えておいて欲しい」
淡々と、だからこそ事実のみを語ったその言葉に、ダスカーだけではなく護衛の騎士達までもが言葉を発せずに、そして数秒前までの和やかな雰囲気を消し去って大人しく聞く。
ダスカーにしても、エッグの言っていることは分かる。いや、権力争いをしている国王派と貴族派の緩衝役を自認しているダスカーだからこそ理解出来る話だった。
「……ああ。その言葉はきちんと胸に刻み込んでおこう。それよりも、早速だが今後の打ち合わせをしておきたいんだが?」
「構わない。1度協力すると決めた以上、この戦争中は俺達を好きなように使ってくれ。あんたは俺の思っているような貴族じゃないみたいだしな」
ニヤリとした笑みを浮かべ、ダスカーへと意味あり気な視線を送るエッグ。それを受けるダスカーもまた、不敵な笑みを浮かべつつ視線を送り返していた。
精神的な波長があったのか、あるいは根本的なところで似た者同士だったのか。とにかくこの短時間で意気投合をした2人は小さく頷くと、お互いに手を伸ばして握手を交わす。
そしてダスカーは握手をしたままレイへと視線を送る。
「レイ、補給の他に余計な仕事をさせて悪かったな。今回の件は十分な功績になるから、報酬には期待をしていてくれ」
「いえ、俺から言いだしたことですから。……ですが、出来れば報酬は金ではなくてマジックアイテムにして欲しいと思います。それも、実戦で使用出来るようなレベルの物を」
「……ほう」
レイの言葉に、以前上がってきた報告書の内容を思い出したのかダスカーは小さく頷く。
「そう言えばマジックアイテムを集めるのが趣味だったな」
「……はい」
趣味とも言えるマジックアイテム収集をダスカーに知られていたことに多少驚きつつも、自分の異常性は理解しているのでどこからか報告が行ったのだろうと頷くレイ。
「いいだろう。この戦争の活躍次第ではあるが……そうだな、1番手柄を立てたと誰もが認めるような活躍をしてみろ。そうすれば、ラルクス家に伝わる秘蔵のマジックアイテムを授けよう」
ピクリ。
秘蔵のマジックアイテムという言葉に、思わず反応するレイ。
辺境を支配下に置くラルクス辺境伯家。勢力的には非常に小さい中立派という弱小勢力でありながらも、それでもミレアーナ王国へと広く影響力をもたらすことの出来るような一族に伝わる秘蔵のマジックアイテム。それがどれ程の物なのかは、ゼパイルの知識を受け継いだレイにしても容易には想像出来なかった。
「分かりました。なら俺の持てる限りの力を使って、この戦争で誰にも敵うことのない功績を上げて見せましょう」
「そうしてくれ。お前が活躍すればする程、この国が生き残る可能性が高くなるからな」
笑みを浮かべつつも、頷くダスカー。
勿論ダスカーにも報酬としてマジックアイテムを出すメリットは大いにある。これだけ魅力的な報酬を出すのだから、ギルムの街から……引いては自分の勢力下から出て行かないようにと。あるいは他の街に行ったとしても中立派である自分と繋がりがあると示しておけるのだ。特にアイテムボックスを使った輸送能力をその目にした今、ダスカーの中ではレイの存在は以前よりも更に重要度を増している。今回はレイが初めての従軍ということで、持たせているのは大量の料理にその他の補給物資を半分程といったところだが、もし完全に信頼出来るようになったと判断したら補給物資の全てを預けてもいいと思う程に。
そんな胸の中にある夢とも希望ともつかない思いを気づかせること無くレイへと告げ、レイはそのままテントを後にする。
ドラゴンローブに包まれたその後ろ姿を見送り、ダスカーはエッグと共に偵察についての相談を始めるのだった。
「グルゥ?」
テントを出たレイを待っていたのは、いつものように地面に寝そべっているセト。夜ということもあり、いつもよりも低く喉を鳴らしつつレイへと視線を向ける。
「待たせたか? ちょっと色々あったからな。それよりも俺達もテントで眠るとしようか。明日もまた忙しくなるしな」
「グルルルゥ」
体重を感じさせない軽やかな動きで立ち上がり、レイの身体へと顔を擦りつけてくるセト。
日中はラルクス領軍の目として先頭に立ち、いざ食事の時間となればレイは補給役としてひたすらミスティリングの中に収納している物を出すのに忙しく、じゃあ夜になったら甘えられるかと考えていたセトだったが、夜になれば夜になったで食事やテントの類を出して更には草原の狼を味方に加える為に、どこにいるのかの手掛かりも無いままに山へと向かったのだ。
幸い1人でいた盗賊から情報を得ることは出来たので、セトが思っていたよりは時間が掛からなかったのだが、それでもセトにしてみればレイと遊べる時間が極端に少なくなっていると感じていた。
もちろん他の冒険者や兵士、あるいは騎士団の者達ですらもセトに対しては親しみを覚えており構ってくれる。だが、それでもやはりセトとしては、1番大好きなレイと共に遊びたいのだった。
その為に構え、あるいは撫でれ、とばかりに喉を鳴らし、尻尾を振りながら頭を擦りつける。
レイとしてもセトの様子から大体の事情を察し、しょうがないなとばかりに笑みを浮かべつつその頭を撫でるべく手を伸ばす。
身体から生えているのと同様の、滑らかなシルクの如き手触りに疲れを癒されるレイ。
基本的に人付き合いがそれ程得意ではないというのに、この戦争に補給役兼傭兵として参加してからは否応なく大勢の人と触れ合うことになっている。それが、補給の時にレイがいつも以上に疲労する大きな原因の1つだった。
「……ほら、セトも行軍中ってことで食事はあまりとってないだろう?」
ミスティリングから取り出した鶏肉を甘辛く煮込んで挟んであるサンドイッチをセトの口元へと持っていくレイ。
このサンドイッチは夕食の残りであり、レイ自身が夜食用として貰っておいた物だ。自分用に以前保存してあった料理も結構な数があったのだが、ミスティリングのリストで一番最初に目に付いたのがこのサンドイッチだったのだ。
「グルゥ?」
食べてもいいの? と小首を傾げるセトに小さく頷きそのままサンドイッチを食べさせるが……
「グルルルルゥ」
喉を鳴らしつつ、半分だけクチバシで噛み千切って自分の口へと放り込んだセトは、そのまま残る半分を持っているレイの手を頭で押す。
円らな瞳で半分こして食べようという意志を感じ取ったレイは、笑みを浮かべつつサンドイッチを口へと運ぶ。
「ありがとうな」
「グルゥ」
そのまま1人と1匹は野営地を進み、ダスカーのテントからそれ程遠くない位置にある自分達のテントへと向かう。
本来であれば中央に近いこの位置は指揮官クラスの者達が集まっている場所なのだが、レイは補給担当という地位故にこの場所を与えられていた。ちなみに補給担当のケオもレイ達の近くにテントの場所を割り当てられている。
「……明日からもまた忙しくなりそうだ」
呟き、夜空を見上げるレイ。
雲は無く、星や月から降り注ぐ光が周囲を照らしており、明かりの炎はいらないのではないかと思う程だ。
もっとも、それは夜目の利くレイだからこそだろう。明るいと言えば明るいのだが、それでも普通の人間にとっては野営地の各所に存在している明かり用の焚き火がなければ、歩くのに苦労する程には暗いのだから。
「グルルルゥ?」
テント側で地面に寝転がり、尻尾を振りつつ甘えるようにしてレイへと視線を向けてくるセト。
そんなセトに寄り掛かりつつ、喉へと手を伸ばす。
猫なら喉を撫でられると嬉しそうに鳴くのだが、何故かセトもまた頭部は鷲だというのに機嫌良さそうに喉を鳴らしている。
もっともセトにすれば確かに喉を撫でられるのも嬉しいのだが、機嫌がいい最大の原因はやはりレイと共にいられるというのが最大の要因だった。街道を進んでいる間も、レイが近くにいるのは分かっている。それでも馬車の中にいる為、その姿が見えないセトとしては寂しく思うのはしょうがないのかもしれない。
心細いではなく寂しいである辺り、セトが自分の実力を理解している故の気持ちなのだろう。
こうして、レイが眠気を覚えるまではセトとともにゆっくりと戯れるのだった。
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