第248話

 ギルドのカウンター内部からのみ上がれる階段。その階段を上った先にある扉を、3人を代表してランガがノックする。

 ちなみに、この場にいるのはランガ、エルク、レイの3人のみだ。ランガの部下の警備兵は1人だけがいざという時の為にカウンターの近くで待機しており、他の者は今回の件を知らせる為に領主の館や警備隊の本部、あるいは騎士団の下へと向かっている。

 もっとも警備隊の本部はともかく、騎士団は基本的に領主の館に駐留しているのだが。


「ギルドマスター、警備隊隊長のランガです。緊急の用件があるのですが、少しよろしいでしょうか?」

「ええ、構わないから入ってちょうだい」


 部屋の中から聞こえてきた声に、ランガが扉を開ける。

 その途端視界に入って来たのは、露出度の高いドレスに身を包み、まるで見せつけるかのように褐色の肌を晒しているダークエルフだった。

 マリーナ・アリアンサ。ミレアーナ王国の辺境にある冒険者ギルドを纏め上げるギルドマスターである。

 ただでさえ荒くれ者の多い冒険者という者達、その中でも辺境にあるこのギルムの街に集まっているのはその中でも色々な意味で活力に溢れている者達だ。特に人数の多い低ランク冒険者達の中には粗暴な者も少なくはない。そんな冒険者達を纏め上げているのがマリーナ・アリアンサという人物だった。

 挑発的な服装に、高い知性を宿す目。ダークエルフという種族の特徴でもある高い魔力。弓術士としての腕も超の付く一流であり、かつてはランクA冒険者でもあった人物。


「で、何か急な用件があると聞いたけど……何かしら? もう夜も更けているのに、こうして貴方達3人がギルドまで押しかけて来るんですもの。余程の出来事なんでしょうね?」


 中途半端な用事では許さない。言外にそう匂わせながら告げてくるマリーナに、エルクが1歩前に出る。

 レイという圧倒的な魔力を宿している存在に対してここまで強気に出られるのは、以前に面識はあってもさすがにギルムの街のギルドマスターといったところだろう。


「俺が説明する。実は……」


 そう言い、エルクが自分の身に起こったことを説明していく。パーティメンバーであり、同時に家族のミンやロドスが冬の寒さを避けて向かった港町で黒尽くめの男に捕らえられたこと。そしてその2人を人質にされ、ギルムの街にいるレイの命を取ってこいと命じられたこと。

 その中でも監視役の男と共にギルムの街に戻ってきてレイの命を狙ったが、レイの咄嗟の機転でセトを使って監視役の男を捕らえて無力化出来たこと。そして人質にされたミンやロドスはアブエロの街にいること。それら全てを語ったエルクは、勢いよく頭を下げる。


「ギルドマスター、頼む! 力を貸して欲しいんだ!」

「……」


 頭を下げているエルクを無言で見やるマリーナ。無言ではあるのだが、レイやランガはその身体からはユラリとした何かが放射されているように感じられた。実際、もしこの場に魔力を見たり感知出来たりするような者がいた場合は頬を引き攣らせるだろう。一般的な人間の魔法使い10人分近い魔力がその肢体からは発せられていたのだから。


「ふっ、ふふふ。そう、私のギルドの中でも顔の1人と言ってもいい冒険者を使って、有望株の命を奪おうとする……そんな真似をするのね」

「ギ、ギルドマスター?」


 その言葉に、頭を下げていたエルクにしてもさすがに異常を感じ取ったのだろう。微妙に頬を引き攣らせながら顔を上げ、声を掛ける。

 実際、この時マリーナの心中は怒りに燃え狂っていた。長い寿命を持つダークエルフという種族であるマリーナにとって、このギルムの街の冒険者達は謂わば自分が庇護すべき対象なのだ。その庇護すべき対象でもあるエルクを脅迫して、同じく庇護すべき対象でもあるレイを殺そうとする。

 この場合、レイがマリーナよりも強大な魔力を持っているというのは関係無い。自分がギルドマスターである以上はレイもその庇護すべき対象の1人なのだ。それにそういう意味では、エルクも純粋な戦闘力でいえばマリーナよりも上なのだから。


「……いいわ。そこまで私に、私のギルドに喧嘩を売ってくるのなら望み通りに買ってあげましょう」


 そう呟くマリーナの笑顔は、見る者を引き込むような危うげな、しかし目を離せなくなるような壮絶な色気が放たれている。

 ゴクリ。思わず息を呑んだ音にレイが横を見ると、まるで魂を奪われたかのようにマリーナに目を奪われているランガの姿があった。


「エルク、レイ。貴方達が私に望むことは何かしら?」


 凄絶な色気を放ったまま視線を向けてくるその様子に、エルクは一旦躊躇ったもののすぐに口を開く。


「アブエロの街にミンとロドスが捕らわれている筈なんだ。向こうのギルドに連絡をして、その位置を割り出して欲しい」

「ええ、問題無いわ。あそこのギルドマスターは昔色々と世話をして上げたことがあるから、その程度の無茶は聞いてくれる筈よ」


 エルクの言葉に、マリーナは即座に頷く。

 実際、人より長い時を生きるダークエルフという種族の関係上、マリーナは普通の人間よりも他人との関わりが遥かに広い。その人脈は高名な冒険者だったこともあってかなりのものであり、それだけに多少の無茶はどうにか出来るという自負もあった。


「それからどうするの?」


 マリーナの言葉に、次にレイが口を開く。


「俺がこれからセトに乗ってアブエロの街に向かう。出来ればそのまま今夜中に片付けてしまいたい。時間を掛けるとまた妙な手を使われかねないからな」

「……そうね。確かに現在この街で一番足が速いのはレイとセトのコンビですものね。それで行きましょうか。ちょっと待ってなさい」


 即断即決、とばかりに即座に決断してレイへと頷くマリーナ。

 そしてそのまま執務机の上に置かれている水晶へと手を伸ばして魔力を込める。

 魔力を流されることにより、水晶は使用者の望む水晶と繋がりそこに相手の顔を映し出す。


「ん? これはマリーナさん。こんな時間にどうしたんですか?」


 水晶に写し出されたのは50代程の貧相な男だった。この男は冒険者としての実力ではなく、組織運営の腕を見込まれて辺境であるギルムとその外であるアブエロ以降の繋ぎとしてギルドマスターに抜擢された元商人の男である。まだ若かった商人時代にマリーナに護衛として、あるいはダークエルフの集落のみで作られている特殊なマジックアイテムや、それにまつわる素材の仲介として、そしてあるいはマリーナという存在に惹かれた相手として色々な意味でマリーナや、あるいはそのパーティメンバーでもあるセイスやディアーロゴに助けて貰った人物なのだ。それだけに、マリーナ達に対しては頭が上がらなかった。


「久しぶりね、ティラージュ。色々と話したいこともあるんだけど、それは後回しにして早速本題に入らせて貰うわね。ランクAパーティの雷神の斧を知ってるわね?」

「ええ、もちろんです。私達の街も幾度となく彼等にはお世話になってますから」


 ミレアーナ王国の中でギルムが辺境の中にある街なら、アブエロは辺境に最も近い位置にある街だ。当然、辺境特有の凶暴なモンスターに襲われる確率も他の街よりも高く、それ故にこれまでにも幾度かモンスターに襲撃されたり、あるいは希少種が周辺に姿を現したことがあった。それを雷神の斧は何度か解決したことがある。そんなエルクの説明を、レイは頷きながら聞いていた。


「その雷神の斧のメンバーなんだけど、エルクは知っているわね?」


 そう言いつつ、水晶を動かしてエルクの方へと向けるマリーナ。

 水晶の向こう側でティラージュは小さく頷く。


「ええ、もちろん。お久しぶりですね、エルクさん。それにそちらの方は確か警備隊の隊長と……もう1人の子供はどなたですか?」


 ティラージュの視線が、初めて見るレイへと向けられる。

 その問いに答えたのは、レイ本人ではなくマリーナだった。

 基本的に目上の人物に対する礼儀が怪しいレイに答えさせて、無駄に時間を消費するのを嫌った為だ。


「レイよ。アブエロの街にも情報が届いてないかしら? このギルムの街でギルドに登録してから最短でランクCまで駆け上がってきた期待のルーキー」

「ああ、そう言えば。何でもグリフォンを従えているとかいう……いや、マリーナさんが羨ましいですね。有望な新人が次から次へと……」

「その辺の話は後にしてちょうだい。今はちょっと時間が無いのよ」


 ティラージュの言葉を遮るマリーナ。

 それだけで何かあったのは理解したのだろう。そもそも夜も更けて、寝るのが早い者は既に床についていてもおかしくない時間帯だ。そんな時間帯にマジックアイテムの水晶を使って連絡をしてきた時点で、何かがあったというのは予想していたのだろう。ただ、ティラージュがしていた予想よりも更に緊急性の高い問題だったというだけで。


「……伺いましょう」


 表情を改めたティラージュへと向かい、マリーナもいつもの気怠そうな雰囲気が無くなったかのように真面目な表情をして口を開く。


「実はエルクのパーティメンバー、妻と子がとある集団に掠われて人質にされているそうなのよ。そして、その命が惜しかったらレイを殺せと脅迫をしてきたらしいわ」

「……何と」

「まぁ、幸いギルムの街に来ていた監視役はレイの機転で捕らえることが出来たんだけど、監視役を捕らえてしまった以上は残りの者達もなるべく早く抑えてしまいたいの」

「なるほど。その残りの者やエルクさんの家族がアブエロの街にいると?」

「ええ、そうらしいわ。これからレイをそっちに向かわせるから、それまでにそいつらの情報を集めておいてくれるかしら?」

「……今から、ですか? それなら私達が直接動いた方が早いんじゃ?」


 マリーナの言葉ではあったが、アブエロの街のギルドを侮辱しているように聞こえたのだろう。微かにティラージュは眉を顰める。

 だがそれも無理はない。マリーナの言葉を正直に受け取れば、お前達の戦力では解決出来ないからこちらの戦力を送ってやる、ともとれる話なのだから。

 それを察したのだろう。マリーナは小さく首を振る。


「今回動いたのは、恐らくベスティア帝国の影よ。以前から何度かレイに策略を潰されていて、それで排除するつもりだったんでしょうね。でも、レイは強い。それも規格外と言ってもいい程に。だからこそランクA冒険者でもあるエルクを使おうとしたんだと思うわ。つまりレイはベスティア帝国の影を相手にするのに慣れているのよ。残念だけど、アブエロの街のギルドではそんな人材は殆どいないでしょう?」

「……それは確かにそうです。けどうちのギルドにもランクAの冒険者はそちら程じゃないにしても数名いますし、対応出来ない訳じゃ……」

「ティラージュ。私の言葉が間違っていたことがあった?」

「…………」


 再び言葉を遮ったマリーナに、沈黙で返すティラージュ。

 レイ、エルク、ランガの3人はそのやり取りをただ沈黙して見守っていた。

 何しろ現在行われているのはギルドマスター同士の会話なのだ。例えランクA冒険者であろうと、あるいは警備隊隊長であろうとも割り込む資格はない。それが例え最速でランクCまで駆け上がってきたレイであったとしても論外である。

 そして、お互いが黙り込んで1分程。やがて根負けしたかのようにティラージュが溜息を吐く。


「分かりました。確かにマリーナさんの言葉に従って取引をして損を出したことは無かったですしね。今回は大人しく情報収集に専念させて貰います」

「そう。分かって貰えて嬉しいわ。じゃあ、これからすぐにレイとセトをそちらに向かわせるから、ギルドマスターの権限で受け入れ準備を進めてちょうだい」

「ええ、ええ。マリーナさんの言うことには素直に従わせて貰いますよ。何か他に要望は? この際ですしこちらで対応可能なことなら大抵は引き受けますが」

「そう……ね。レイ、他に何かある?」


 ティラージュの言葉を聞き、レイへと視線を向けるマリーナ。実際にアブエロの街まで出向くのはレイなのだから、本人へと何か無いのかを尋ねたのだろう。


「そうだな。以前護衛の途中でアブエロの街に立ち寄った時には、街の住民を混乱させないようにとセトを街中に入れられなかった。だが今回は奇襲を仕掛ける必要があるからな。その辺を考慮して貰えると助かる」

「だ、そうよ? 構わない?」

「……え? あ、あぁ、はい。問題ありません。ギルドマスター権限で警備兵や領主代理には連絡しておきます」


 自分にとっては上位的な存在であると認識しているマリーナ。そんなマリーナに対して乱暴と言ってもいい口調で話すレイに、軽く驚きながらも頷くティラージュ。

 元々堅苦しい言葉使いは嫌いなマリーナだが、その存在の格というものはダークエルフの中でも上位の強さを持っているのだ。その為、堅苦しい言葉使いをしなくてもいいと本人が言っても、どうしてもそれは難しい。それなのにレイはそんなのは関係無いとばかりに……そう、まるで仲間にでも語りかけるかのような口調で声を掛けているのだ。

 ティラージュの脳裏にレイという存在が深く刻み込まれたのはこの時だったのかもしれない。

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