第247話

 エルクが地面に倒れている監視役に向けて半ば殺気を込めた目で睨みつけているのを見ていたレイは、改めてエルクへと声を掛ける。


「それで、これからどうする?」

「どうする? そんなのは決まっているだろう。こいつを警備隊に引き渡したら、すぐにアブエロの街に向かってミンとロドスを助け出す」

「無理だな」


 エルクの言葉を一刀両断にするレイ。

 それを聞いたエルクは、半ば殺気の籠もった視線をレイへと向けてくる。


「……何でだ?」

「よく考えろ。ここからアブエロの街までは約1日。馬を潰す勢いで走らせたとしても、半日以上は掛かるだろう。それまでに監視役のこの男が何らかの定期連絡をしないとあの2人が殺される。そんな風に考えるのは俺だけか?」

「……」

「更に言わせて貰えば、お前の肋骨は何本か折れているだろう。ポーションや回復魔法を使って治療は出来るだろうが、それでも万全の体調じゃない筈だ」

「その怪我を負わせたお前に言われてもな」


 小さく苦笑を浮かべ、溜息を吐くエルク。


「だが、ならどうする? 俺はこのまま黙ってミンとロドスを殺されるしかないと?」

「誰もそんなことは言ってない。取るべき手段はある。……そう、例えば俺がアブエロの街に向かうとかな。幸いセトがいれば数時間掛かるかどうかの距離だ。もし何らかの手段で定期連絡を行っていたとしても、その程度なら誤魔化すことは可能だと思わないか?」

「……そうだね。僕もそう思うよ」


 エルクとレイの会話に割り込んできたのは、厳つい髭を生やしつつもどこか穏やかな表情を浮かべている男。レイにとっても馴染み深い警備隊隊長のランガだった。その後ろには5人程の警備兵達が付き従っている。


「ランガ……」

「全く、君はつくづく騒動の中心にいるね」


 レイの姿を見て苦笑を浮かべるランガが呟くが、レイは軽く肩を竦めて黒尽くめの男へと視線を向ける。


「しょうがないだろう。そもそも、こいつらの目的が俺の命だったんだからな。それよりも怪しい奴等を街の中に入れる前にどうにかするのは警備兵の管轄じゃないのか?」

「無茶を言わないでくれないかな。ランクA冒険者であるエルクさんの同行者だよ? 何の証拠もなく身柄を拘束したり街へ入るのを拒否したりは出来ないんだから」


 迂闊な真似をして、それが原因でランクA冒険者が拠点としている街を変えられるというのも困る。言外にそう告げながら部下へと指示を出して黒尽くめの男を拘束していく。


「さて、出来れば詳しい話を聞かせて貰いたいんだけど……」


 エルクとレイの方を見ながらそう口に出すランガだったが、すぐに首を振ってそれは無理だと判断する。

 何故ならレイとエルクが言い合いをしていた為だ。


「なら、セトを俺に貸してくれ。それなら問題無い筈だ」

「大ありだ。そもそもお前の体重は重すぎる。セトでも確実にアブエロの街へと辿り着くまでに疲れて動けなくなってしまう。それどころか、下手をすればアブエロの街に到着する前に疲れきってしまう可能性もある」


 レイと比べるとかなり大きい身体に、身体中にみっしりの密度のある筋肉が備わっている。更にはモンスターの皮で作ったレザーアーマーに、デスサイズ程ではないにしろ巨大な武器である雷神の斧。それら全てを合わせると、エルクの体重は恐らく150kgを越えているというのがレイの予想だった。


「ならどうすれば……」

「……ま、この場合は俺が行くのがいいんじゃないか?」

「待て! 人質に取られているのはミンとロドスだぞ!? 助けに行くのなら俺が行くのが当然だろう!」

「だからそれが無理だって言ってるんだよ。今も言ったように、お前がセトに乗って移動するのは論外。セトが疲れずに移動出来るのは俺を乗せた時だけだ」


 2人の話を聞きながら、大体の事情が分かったランガは思わず眉を顰める。

 ギルムの街でも有名なランクA冒険者の家族が敵の人質になっているという状況は非常にありがたくないからだ。


「けど、お前の大鎌だって相当の重さの筈だろ? 雷神の斧の数十倍、下手をしたらそれ以上に重い筈だ」

「デスサイズは使用者に限って重量軽減の効果を持っている。つまり俺が持っていればセトには重さを感じさせない」


 より正確に言えば、魔獣術として生み出されたセトとデスサイズは魔力的に繋がっている影響もあり、そのおかげでセトはデスサイズをレイと同じように殆ど重さを感じさせずに振り回せるのだが、魔獣術について隠している以上はそれを説明出来る筈も無かった。

 しかし、そこまで言われてもまだ納得出来ないのだろう。エルクは数秒程黙り込み、やがて再び口を開く。


「アブエロの街に行っても、どこにこいつの仲間が潜んでいるか分からないんじゃ意味がねえだろ?」

「それを言うなら、エルクだって同じじゃないのか?」

「いや、俺はここに戻って来る前にアブエロの街に寄ってる。その時にミンとロドスに会っているから大体の居場所は分かる」

「ならそれを俺に教えればいいだけだろう。それに、こいつらがランクA冒険者でもあるお前を甘く見ているとは思えない。恐らくはお前と顔合わせした場所から移動させられているだろうな。なら、お前がどこで会ったのかはあくまでも参考にしかならない」


 次々にエルクの言葉を否定していき、やがてエルクもそれ以上抗弁出来なくなったのか黙り込む。

 その様子を黙って見ていたランガだったが、エルクが黙り込んだのを見て口を開く。


「警備隊としても、今回の件を知ってる人からきちんと事情を聞きたいところですね。……どうでしょう? 今回の件はギルドマスターに相談してみては?」

「ギルドマスターに?」


 予想外の言葉だったのだろう。エルクが思わずランガへと尋ね返す。

 だが、ギルドマスター同士が通信を行う為のマジックアイテムを持っているのを知っていたレイは、特に何かを言うでもなく頷く。

 エルクにしても、もちろんギルド同士が連絡を取りあうことが出来るというのは知っていた。だが基本的には前衛担当であり、難しいことは妻であるミンに任せていた為に考えが及んでいなかった。


「ええ。ギルドマスターならアブエロのギルドマスターにも連絡が取れると思います。そうすれば、これからレイ君がセトに乗ってアブエロの街まで向かっている間にギルドの盗賊達を使って調べて貰えば向こうについてすぐに救出作戦を行えますし」

「……なるほど。どうあっても俺はアブエロの街に行けねえらしいな。……レイ、頼まれてくれるか?」


 数秒の瞑目の後、レイへと視線を向けてそう告げるエルク。

 肋骨を折られているにも関わらず、その表情には一切の苦痛の色が見えない。


「お前の命を狙った俺が、こんなことを頼める筋合いじゃねえってのは分かる。もしミンとロドスを助けてくれたら、俺はどんな償いでもする。マジックアイテムを欲するというのなら、雷神の斧を差しだそう。どうしても許せないというのなら、この命をくれてやる。だから……頼むっ! ミンを、ロドスを……俺の全てと言ってもいいあの2人を助けてくれ!」


 ランクA冒険者、雷神の斧。ギルムの街でもその豪放磊落で面倒見のいい性格故に数多くの冒険者達に慕われているエルク。もちろん純粋な実力だけで考えてもギルムの街でトップクラスであり、それは即ちランクSという規格外を除けばミレアーナ王国の中でもトップクラスの人物である筈の男が、見栄も外聞も捨ててただ真摯に頭を下げる。自分の息子と比べても、尚年下の少年へと。

 宿屋からレイ達の様子を伺っていた見物客や、あるいはランガと共にやってきた警備兵達。その誰もが予想外の光景に思わず息を呑んでいた。

 信じられない、ありえないと。これは本当に現実の出来事なのかと。

 そしてそんなエルクに頭を下げられたレイは、周囲から向けられている多数の視線を感じつつ溜息を吐く。


「安心しろ。ロドスやミンとは別に知らない仲じゃない。絶対に助ける……とまでは言えないが、可能な限りは手を尽くす。それに……」

「それに?」

「いや、何でも無い」


 レイの言葉を聞き咎めたランガの問いに、小さく首を振って追究を断ち切る。


(これまで幾度となく俺にちょっかいを掛けて来たベスティア帝国だ。いや、正確に言えばベスティア帝国の策略を邪魔し続けてきたってのが正しいか。それでいい加減頭に来て、目障りな俺をどうにかしたかったんだろうが……考えが甘かったな。今回も邪魔させて貰おうか。そして俺の知り合いを脅すような真似をした代金はしっかりと支払って貰う。開戦まで秒読みであるベスティア帝国の兵士達の血と肉と苦悶の怨嗟でな)


「じゃあまずはギルドに向かいましょうか。ギルドマスターのマリーナさんにアブエロの街に連絡を取って貰うために」

「そうだな、ここで色々と考えているよりも実際に行動に移した方がいいか。レイ、早速行くぞ!」


 そんな風にレイが考えている間に話が纏まっていたのか、エルクはレイの腕を掴んで強引に街中へと引き連れていく。


「ちょっ、待て待て! このまま行くのはいいけど、俺の部屋はどうするつもりだ! 壁に穴が開いたままなんだぞ!?」

「っと、確かにそうだった。えっと……ランガ、頼めるか」

「はぁ……分かりましたよ。宿の人に説明をお願いします。詳しい話は後日ですが、取りあえず以後は問題無いということで。補修費用に関しては……」


 ランガの視線が、チラリとエルクへと向けられる。

 その視線の意味が分かったのだろう。エルクもまた躊躇無く口を開く。


「ああ。これを使ってくれ」


 そう告げ、腰にぶら下がっていた布袋からコインを1枚取り出してランガの部下へと弾く。

 最初は1枚? とエルクにしては少ない金額だと思わず眉を顰めたランガの部下だったが、そのコインが光金貨であることに気が付くと思わず息を呑む。


「た、た、たたた、隊長!?」


 まるで悲鳴のような声。もっとも、4人家族が10年以上は遊んで暮らせる金額だ。慎ましく暮らせば30年程度は仕事をしなくても暮らせるだろう価値を持つ光金貨だ。そんな声が出るのも無理はなかった。


「エルクさん、いくらなんでも奮発しすぎでは?」


 光金貨を見て苦笑を浮かべるランガだったが、エルクは黙って首を振る。


「いや。この街で最も有名な高級宿で、同じく街でも有名な俺が暴力沙汰を起こしたんだ。宿の評判も考えるとこれくらいはしょうがない」


 いくらランクA冒険者であっても、光金貨ともなればそれを稼ぐのは容易ではない。だがエルクにしてみれば、完全に自分の都合で迷惑を掛けたのだ。この程度の出費はある意味で当然だと思っていた。

 それでも明らかに多すぎなのだが、この辺はパーティの金銭管理をミンに任せていた悪影響もあるのだろう。


「……はぁ、分かりました。そこまで言うのなら、これ以上は何も言いません。君、宿の責任者に軽く事情を話して光金貨を渡してきてくれ。今回の件はレイ君に落ち度が無いというのをくれぐれも念押しをして欲しい」

「は、はっ! 分かりました!」


 落としては堪らないとばかりに、両手で光金貨を抱え込むようにして持ちながらランガの連れてきた部下は宿の方へと向かっていく。

 それを見送り、もう大丈夫だと判断したのだろう。ランガはエルクとレイの方へと顔を向け、改めて口を開く。


「では、ギルドの方に行きましょう。エルクさんの家族を助け出すには一刻も早く行動に移さなければなりませんからね」

「ああ」

「そうだな」

「グルゥ」


 エルク、レイ、セトの順に頷き、その場にいた者達はランガに先導されるようにしてギルドへと向かうのだった。

 尚、ギルドへと向かう途中でレイが半ばおしおきと回復的な意味も込めて普通に飲むととてつもなく不味いと言われているポーションをエルクに無理やり飲ませるという光景もあったのだが……レイに負い目のあるエルクがそれを断れる筈も無く、半ば根性でポーションを飲み干すのだった。






 夜の冒険者ギルド。その中は、昼間と変わらぬ喧噪が広がっている。

 ギルド内部に併設されている酒場は太陽が昇っている時と比べてもより多く客の姿があり、冬の季節に別れを告げるかのように飲み、騒ぎ、あるいはしんみりとしていた。

 そしてそんな酒場と対照的なのがギルドのカウンターの方だろう。昼間ですらも人の少ないこの季節、夜ともなればそこには冒険者の姿を見つけるのは非常に難しい。たまに金銭的な事情でどうしようも無くなった者達の姿があったりもするのだが、幸い今日はそのようなことは無かったらしい。


「お? エルクじゃないか。どうしたんだ? それにレイも……おいおい、警備隊の隊長まで一緒かよ。何かあったのか?」


 さすがに夜という関係もあり、カウンターの中にいたのはギルドの華でもある受付嬢のレノラやケニーではなくギルド職員の男だった。

 珍しい組み合わせだ、とばかりにギルドの中へと入ってきた3人、そして警備兵へと驚きの視線を向けている。


「ああ、ちょっと厄介ごとでな。悪いがギルドマスターと面会をさせて欲しい」

「ギルドマスターに? ……どうやら真面目な話らしいな」


 エルクの言葉に、その場にいる者達の顔へと視線を向けるギルド職員。

 冷静で全く取り乱した様子の無いレイ。

 強面の顔を、微かに緊張で引き締めているランガ。

 そして、いつもとは違い緊迫した表情を浮かべているエルク。

 そんな3人の様子を見て、すぐにただごとではないと判断したギルド職員は小さく頷き、ギルドマスターの下へと向かうのだった。

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