第226話

 アイスバードに包囲されている馬車。そこに援軍として駆け付けたレイがいくら強いとはいっても、さすがに1人で馬車を中心にして地上で様子を窺っていたり、あるいは馬車の周囲を飛んでいるアイスバードを全てどうにかするというのは無理だった。その為にレイの守っている場所ではアイスバードを戦力的に圧倒しながらも、他の冒険者達が多数のアイスバードに攻撃を仕掛けられるとそのフォローに回るといった風に一進一退の状態が続いていた。


「おいっ、あんた! 何とかならないのか!? 援軍で来てくれたんだろう!?」


 最初にその状況に耐えきれなくなったのは、邪魔にならないように馬車の中に隠れていた商人達のうちの1人だった。馬車から顔を出して、レイへと大きく叫ぶ。

 だが、すぐに自分達へと放たれた氷の矢に気が付いた他の商人達によって馬車の中へと引き戻される。そして次の瞬間には馬車の車体へと数本の氷の矢が突き刺さっていた。

 その様子を横目で見つつデスサイズを振るってアイスバードを牽制し、同時に馬車の護衛の冒険者に襲い掛かろうとしていたアイスバードへとミスティリングから取り出したナイフを投擲しながらレイは内心で舌打ちする。


(無理も無い。幾ら商隊とはいっても、結局は商人だ。街の商人達と比べれば荒事には慣れているだろうが、それでもこれだけのモンスターに襲撃されるなんてことは滅多にないだろうしな)


 内心で呟き、商人達だけではなくこの馬車を守っている冒険者達にも聞こえるように口を開く。


「安心しろ、すぐにギルムの街から応援が向かって来る。それまで耐えきればこっちの……勝ちだ!」


 レイの隙を突くかのように真上から頭部目掛けて襲い掛かってきたアイスバードを、横に1歩移動して回避。地面にぶつかる直前で羽ばたきながら速度を落とし、離脱しようとしたところでデスサイズの石突きの部分を使ってその青い羽毛に包まれた身体を串刺しにする。そして、隙を窺っていた他のアイスバードたちの方へとデスサイズの柄を振るって強引に投げ飛ばす。


「キキキッ!」


 仲間を殺された為なのか、これまでよりも高い鳴き声でレイ達を牽制してくるアイスバード。


「ちっ、援軍が来るとは言ったものの、これだと切りがないな。……しょうがない」


 言葉を吐き出しつつ、レイは周囲の状況を改めて確認する。

 馬車を中心にして、その周囲にはレイを含めた冒険者達。そしてそれを包囲するかのようにアイスバードの群れが周囲を飛び回っている。

 そして何よりも大事なのは、レイの後ろに馬車と冒険者達がいるということだ。そして、アイスバードは炎に弱い。


「これから魔法を使う。迂闊に俺の前に出ないようにしてくれ!」

「あ? ああ、分かった。使うなら早くしてくれ。いくら援軍が向かっているとはいっても、こっちもそろそろ限界に近い!」


 護衛の冒険者の言葉に頷き、レイは魔法発動体でもあるデスサイズを握りしめながら呪文を唱え始める。


『炎よ、汝の燃えさかる灼熱の如き力を渦として顕現せよ』


 呪文を唱える、その魔法の効果でもある圧縮された炎がデスサイズの刃の先端に現れ……


『渦巻く業火!』


 その言葉と共に圧縮された炎が素早く飛び、アイスバード達が密集している場所へと着弾する。そして次の瞬間。

 轟!

 そんな音を立てながら、炎の竜巻が姿を現す。その炎に巻き込まれたアイスバード達が瞬時に炎に包み込まれ、断末魔すらも上げること無く焼け焦げ、命を失い、炭化していく。


「うおっ、す、すげぇ……ここまで強力な炎の魔法は見たことがねえぞ」


 剣を振るってアイスバードを牽制しつつ、護衛の冒険者の男が思わず呟く。

 実際レイが使った魔法の威力は、レイ自身の魔力の影響で同じような魔法を他の魔法使いが使った時に比べて数段、いやそれ以上に上の威力を持っている。そしてその炎の竜巻は10匹近いアイスバードを瞬時に焼き殺したのだ。

 これなら何とかなる。そんな風に冒険者達の心に希望が湧き上がってきたのも当然のことだった。

 この時点での唯一にして最大の誤算はたった1つ。自分達にとっては最大の弱点である炎によって群れの仲間が殺されたと、アイスバード達が認識したことだった。そしてそれはアイスバード達へとより濃厚な殺意を抱かせる。


「ね、ねぇ。ちょっと。何か周囲のアイスバードが妙に殺気立ってるんだけど……」


 弓術士の女がその様子に気が付き、思わず呟く。

 

「げっ、本当だ。何か俺達を……って言うか、援軍にきた坊主を見る目が尋常じゃないんだけど」


 声では驚きつつも、いつでも襲い掛かってきたアイスバードへと対応出来るように剣を構えながら呟く冒険者。

 だが不幸中の幸いと言うべきか、アイスバード達が狂乱に陥ってレイへと襲い掛かるよりも前に再び事態は動く。

 護衛の冒険者達の中でもリーダー格であろう槍を持った男が、もう1台の馬車の方に襲い掛かっていたアイスバードが、どこからともなく放たれた矢によって貫かれるのを目撃したのだ。

 そして素早く周囲を見回した男が見たのは、ギルムの街の方角から自分達の方へと急速に近付いてくる馬車の姿だった。それも、その御者台には弓を構えた女の姿がある。


「救援だ! ギルムの街からさらに救援が来たぞ!」


 その声に、レイも自分達に近付いてくる馬車へと視線を向け、ニヤリと笑みを浮かべる。

 御者台で馬を操っているのはミレイヌ。そして、その隣でひたすらに矢を放っているのがエクリルだったからだ。


(どうやらエクリルを引っ張り出すことには成功したらしいな。だが、魔法使いのスルニンがいないのはどういうことだ? この遠距離なら魔法で一方的に攻撃出来るだろうに。俺の炎の魔法と違って威力が高すぎるという訳でも無いんだし)


 そう思いつつも、再度訪れた突然の援軍に対してどこか戸惑った様子を見せるアイスバード達。そしてそこへ付け込まない程にレイは甘くはなかった。

 デスサイズへと魔力を送り込み、先程同様に呪文を唱え始める。


『炎よ、汝は炎で作られし存在なり。集え、その炎と共に。大いなる炎の翼を持ちて羽ばたけ!』


 呪文を唱えると、刃の先に炎が集まっていく。だが先程の魔法と違うのは、刃の先端に集まった炎が次第に鳥の姿へと変わっていったことだろう。そして、その炎が完全に鳥の姿になった時に呪文は完成する。


『空を征く不死鳥!』


 呪文の完成と共に放たれた火の鳥は、翼を広げるとその大きさは3m程はあった。周囲へと圧倒的な熱気を放ちつつ翼を羽ばたかせ、アイスバードへとレイの指示通りに突っ込んでいく。

 炎の鳥と氷の鳥。その戦いは、触れたその瞬間に氷の鳥であるアイスバードが全身を炎に包み込まれて一瞬で勝負が付く。そしてレイの操る火の鳥は、既に燃え上がった敵を気にした様子も無く、次のアイスバードへとその攻撃の矛先を向ける。


「キキ、キ!」

「キキキキ!」


 警戒の声なのだろう。そんな声を上げつつ、火の鳥から距離を取るアイスバード達。そして炎が苦手というその性質故に火の鳥へと意識を集中した隙を、護衛の冒険者達は見逃さなかった。


「今のうちになるべく数を減らせ!」


 槍の男の指示に従い、それぞれが最後の力を振り絞って反撃に出る。そして同時に、ミレイヌ達を乗せた馬車も到着してその荷台から10人程の冒険者が飛び出してくる。その数はギルムの街にいる冒険者の数で考えるとひどく少なかったが、それでもレイが救援に向かってからすぐに集めたにしては上出来と言えるだろう。


「皆、モンスターの撃破よりもまずは馬車の護衛を最優先に考えて!」

「おう!」

「分かった!」

「すぐに取り掛かるわ!」


 ミレイヌの指示に、それぞれが返事をしながら火の鳥に意識が向かっているアイスバードの背後から攻撃をして道を作り出していく。

 ミレイヌとエクリル、そして3人の冒険者達がレイ達の馬車の方へ。残り7人はセトが守っている馬車の方へと向かう。

 この人数差は、ランクC冒険者であるミレイヌとエクリルのいるグループと、それ以外のグループの戦力差の為だった。


「……ちっ! 火の鳥の維持時間がもう限界だ! アイスバードの動きに注意しろ!」


 魔法を発動する時に設定した限界時間に達してレイが叫び、それから数秒で炎で形作られた鳥は最後の一撃とばかりに周囲へと炎を巻き散らかしながら消滅していく。その炎の影響で更に数匹のアイスバートが悲鳴を上げながら地面へと墜落し、そこへ応援に駆け付けたミレイヌ達冒険者が素早く息の根を止めていく。


(どうにかなりそうだな)


 その様子を見ながら、溜息を吐く。

 安心しながらも、もちろん油断なくレイの手にはデスサイズが握られている。

 だが、レイとセトが援軍に来ただけで何とか互角にやり合えていたのだ。そこに、冒険者の質で言えばミレアーナ王国でもトップクラスと言われているギルムの街の冒険者が10人以上も駆け付けた以上、既にその場の勝敗は明らかだった。例え元からこの商隊の護衛として雇われていた冒険者達の体力が限界に近いとしても。

 ……そう、勝敗は明らか『だった』のだ。それを過去形で現すべき原因。それをレイは視線の先で目にしてしまう。

 即ち、馬車から顔をだして周囲の様子を窺っている子供の顔を、だ。

 その顔が誰のものなのかは、レイには即座に判断がついた。何しろ、ここ1週間もの間ずっと戦闘訓練を付けてきた相手なのだから。


(っ!? 何でここにバスレロが!?)


 内心で息を潜めつつ、それでもアイスバードの注意がバスレロに向けられないように大声を出すのは何とか我慢する。


「ミレイヌッ!」


 だが、その代わりという訳でもないだろうが、アイスバードの放って来た氷の矢を剣で弾いているミレイヌへと声を掛ける。


「ちょっ、何よいきなり。こっちは忙しいんだから、用件は単刀直入……にっ!」


 最後の氷の矢を剣で弾き、一瞬だけ出来た空白の瞬間。その隙を見逃す程にミレイヌは甘くは無かった。地を蹴り、瞬時に上空へと逃げようとしたアイスバードとの間合いを詰め、剣を振り下ろして1m近い体長を持つその身体を左右に両断する。


「馬車の方を見てみろ! 何でここにバスレロがいる!?」

「はぁっ!?」


 さすがにレイのその言葉は予想外だったのだろう。殆ど反射的に馬車の方へと視線を向けるミレイヌ。その視線の先には、恐る恐るといった様子で馬車の車体から顔を出しつつ、周囲の様子を窺っているバスレロの姿があった。

 その様子を確認したミレイヌは、頬を引き攣らせつつレイの側へと後退する。


「し、知らないわよ! ちょっと、何で本当にあの子がここにいるのよ!?」


 ミレイヌとしてもさすがに予想外だったのだろう。完全に混乱しつつ……次にバスレロが取った行動を見て、更に頬を引き攣らせる。

 バスレロが自分の剣を持って馬車から降りてきたのだ。その顔は緊張で強張っているのだが、それでも1歩、2歩と戦場となっている場所へと歩み寄って行く。

 幸いだったのは、アイスバード達の注意が完全にレイやミレイヌといった方へと集まっており、その外側には一切向いていなかったことだろう。その為に自分達の後ろから近づいて来ている新たな脅威、あるいは獲物であるバスレロの存在には一切気が付いていなかったのだ。

 だが、それが気が付かれた時がバスレロの最期であるというのは変わらない。今は文字通りに紙一重の状態で何とか命を繋いでいるに過ぎないのだから。

 そしてことここに至って、ようやくレイはバスレロへと声を掛けるという選択をする。もちろんアイスバードの注意がバスレロにいかないように細心の注意を払いながらだ。具体的に言えば、バスレロの方ではなく横に並ぶようにして立っているミレイヌの方を見ながら声を上げたのだ。


「バスレロ、お前は邪魔だ! 大人しく馬車に引っ込んでいろ!」


 ビクリ。レイの言葉を聞いた途端、バスレロの動きが一瞬固まる。そして困惑したように馬車とレイ達、そしてアイスバードの方へと何度か視線を向ける。そして数秒。迷ったような表情を浮かべつつも、再びアイスバード達の包囲網へと歩み始める。


(ちぃっ、こっちの言うことをまるで聞きはしない!)


 内心で吐き捨て、バスレロの方へとアイスバードの注意が向かないように大きくデスサイズを振るって意図的にアイスバードの注意を引きつけるような動作をする。


「ちょっと、バスレロ……馬車に戻らないんじゃなくて、初めての戦場で何が何だか分かってないんじゃない!?」


 ミレイヌの言葉を聞き、改めてバスレロの方へと視線を受けるレイ。

 確かにその視線の先には顔を緊張一色に染めているバスレロの姿がある。レイから見てみればただ緊張しているようにしか見えなかったのだが、冒険者としての経験がレイと比べると圧倒的に長いミレイヌの目には、初陣といってもいいようなこの状況で混乱、焦りといった要素でまるで余裕が無い状態であるように見えていた。


「レイ、拙いわよ。このままだと、アイスバードに気が付かれて……」

「分かってる。……ちっ、しょうがない。俺が一旦アイスバードの群れを突破してバスレロを確保してくる。その間、こっち側の防衛を頼めるか?」

「……ま、しょうがないわね。エクリル、話は聞いてたわね!? 少しの間忙しくなるからそのつもりでね!」

「了解です。ただ、準備する時間が少なかったから矢の残量が残り少ないんですよ。なるべく早くこの場を収めて貰えると助かるんですけど」

「……だってさ」


 エクリルの言葉を受け、レイへと視線を向けるミレイヌ。

 その様子を見て小さく頷き、バスレロの方へと1歩を踏み出したその時。


「ばっ、やめろ!」

「ええいっ!」


 思わずバスレロへと叫ぶレイ。そして完全に舞い上がっている為か、その声が届いた様子も無くバスレロはレイ達を包囲しているアイスバードのうち、地面に降りている相手の背中へと気合いの声と共に剣を振り下ろすのだった。


「キキ!?」


 確かにバスレロの放った一撃はそれなりの威力を有していた。バスレロ自身の剣の才能、そしてアイスバードが地上に降りていて動きが鈍かったこと、さらには背後からの一撃で完全に不意を突いたということもあり、バスレロの振るった剣はアイスバードの胴体を傷つけながら潜り込み……そのまま、数cm程アイスバードの身体を傷つけたところで剣の動きは止まる。

 確かにバスレロには剣の才能があるのだろう。だが、それでも所詮はまだ10歳の子供でしかない。レイのように規格外の膂力がある訳でも、あるいはデスサイズの如く強力なマジックアイテムを持っている訳でも無いのだ。その状態でアイスバードを一刀両断に出来る筈も無く……


「キキキィッ!」


 背後からの一撃を受け、傷つけられたアイスバードが怒りのままに氷の矢をバスレロに放ち……


「くそがぁっ! スレイプニルの靴、発動!」


 スレイプニルの靴の効果と、自身の身体能力を駆使して瞬時にアイスバードの群れを突破したレイがバスレロを抱きしめるように庇うのと、その背にアイスバードの放った氷の矢が次々に命中するのは殆ど同時の出来事だった。

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