第225話

 ギルドの訓練場からそのまま直接外へと向かったレイとセト。それを見送ったケニーは、自分の側にいるバスレロへと目を向ける。


「さ、このままここにいてもどうにもならないから、ギルドに戻ろう? 汗も拭かないと、風邪引いちゃうだろうし」

「でも……」


 ケニーの言葉を聞きつつも、バスレロはどこか熱の籠もった瞳でレイ達が飛んで行った方へと視線を向けていた。


「ほらっ、ここにいたら風邪を引くだけだって言ってるでしょ。子供は大人しくお姉さんの言うことを聞きなさい!」


 どこか怒ったようにバスレロの手を引くケニー。

 さすがに年下趣味だとは言っても10歳のバスレロに対してはそういう感情を抱くことはないらしく、そのまま強引にギルドまで引っ張っていくのだった。あるいはこの時、もしケニーがバスレロの目をしっかりと見ていたとしたらバスレロの目に何らかの決意の色を見つけられたのかもしれない。






「あれか!」


 ギルムの街を飛び立って数分。セトの背の上で周囲の様子を確認していたレイは、街へと続く街道に青い塊を発見する。

 商隊の馬車3台のうち2台へと群がっているアイスバード達だ。

 遠くから見ている分には商隊の護衛も必死に抵抗しているのだが、何しろその数は50匹を優に超えている。そしてアイスバードの体長は平均1m程度であり、それだけの数の暴力に対抗するには護衛達の数も実力も足りなかった。既に馬車の1台は完全に破壊され、それを守っていただろう冒険者や、馬車を引いていた馬、あるいは商人と思しき者達はアイスバードに群がられて生きたまま貪り食われて絶命していた。


「ちっ、ああも馬車に固まってると魔法で一網打尽って訳にもいかないな」


 デスサイズを片手に、思わず舌打ちをするレイ。

 炎の攻撃に弱いというのは知っているのだが、まさか助けにきた馬車ごとアイスバードを仕留める訳にもいかないだろう。

 考えている間にも、セトとアイスバードの群れとの距離は見る間に縮まっている。


「考えている暇も無いか。セト、俺は右の馬車の応援に行く。お前は左の方の馬車を頼む」

「グルゥッ!」


 レイの指示に喉を鳴らして頷き、セトはそのまま地上で馬車へと群がっているアイスバードの群れの方へと突っ込んでいく。


「グルルルルルルゥッ!」


 自分の存在を知らしめるように高く、鋭い雄叫びを上げながら。


「キッ!? キーッ!」


 そんなセトに気が付いたのだろう。馬車を襲っていたアイスバードが、とても鳥型のモンスターとは思えないような、どちらかと言えば猿のような甲高い鳴き声で脅威の襲来を仲間達へと知らせる。


「キィッ、キキ、キー!」


 だが、その仲間達はセトに気が付くのは遅すぎた。……いや、セトの空を飛ぶ速度が早すぎたと表現するのが正しいだろう。その群れの大半がグリフォンという高ランクのモンスターの存在に気が付いた時、既にセトは馬車の上空を通り過ぎる寸前であり、同時にレイがその背から飛び下りるところだった。

 

「はああああぁっ!」


 地上へと落下していきながら、馬車の上空に存在している1匹のアイスバードを魔力を流したデスサイズで一閃。微かな抵抗すら覚えることも無いままにその身体を真っ二つに斬り裂き、同時に。


「スレイプニルの靴、発動!」


 空中を数歩程度だが歩けるというマジックアイテムを発動し、馬車へと突入する前に空中を蹴り上げて前方へ。馬車を引いている馬の方へと着地。そして……


「邪魔だぁっ! 飛斬!」


 その叫びと共に振るわれたデスサイズから斬撃が飛び、2匹のアイスバードが先程の1匹同様真っ二つにされる。


「な!? だ、誰だ!?」


 突然現れたレイへと、馬車を守るようにして戦っていた冒険者のうちの1人が反射的に叫ぶ。

 馬車の護衛として雇われていた冒険者は4人。剣を構えている2人に、槍を構えている1人。そして弓を構えている唯一の女が1人だった。年齢は全員がまだ10代後半から20代前半といったところか。

 レイへと声を掛けたのは、槍を使っているためにアイスバード相手に近接戦闘を強いられてはいなかった槍使いの男だった。剣を構えている前衛の2人は必死にアイスバードを近づけまいと頑張っているが、それでもアイスバードの由来となった氷を操る能力を使い、氷で覆われた鋭い足の鉤爪やクチバシ、あるいはアイスバードから放たれる氷の矢を防ぐのに精一杯でそんな余裕は無かった為だ。


「ギルムの街のギルドから派遣されてきた冒険者のレイだ!」


 その言葉と共に、大きく振るわれるデスサイズ。柄の部分だけで2mを越える長さを持ち、刃も1m以上。それらが大振りにされた時の攻撃範囲は広く、そしてレイ自身の膂力とデスサイズの重量による一撃はまさに武器名通りの死神の一撃と表現出来るようなものだった。

 魔力を流されている為に、刃に触れると問答無用で斬り裂かれ、あるいは柄の部分で殴られると骨が砕け、胴体や頭部が弾け飛ぶ。

 圧巻。馬車を守っていた冒険者の4人と馬車の中へと身を隠していた商人達は、たった今目の前で起きた出来事が本当に現実のものであるのかどうかを疑うように一瞬だけ呆ける。だが、レイはそんなのは関係無いとばかりにその場にいる者へと怒鳴りつけた。


「ぼさっとするな! まだ敵はいるんだぞ! それと、向こうの馬車にいる仲間にグリフォンは味方だと伝えろ!」


 本来であれば自分達よりも圧倒的に若い、それも子供と表現してもいいような年齢のレイに頭ごなしに命令されても従順に従うというようなことは無かっただろう。商人達はこれまで幾度となく交渉を纏めてきた海千山千の者達ばかりであったし、護衛の冒険者達にしても相応の経験と実力を持つ者達なのだ。だが、一撃。先程レイの放ったあの一撃をその目で見た瞬間に圧倒されて、反駁する気持ちは一切浮かんでこなかった。

 とは言ってもグリフォンという名前を聞いた冒険者達はさすがに頬を引き攣らせる。ランクAモンスターのグリフォン。それが本当に味方だとしたらこの上ない戦力だが、もし何かあってグリフォンに襲われることになったりしたら……冒険者である以上はそう考えるのもしょうがなかった。

 だが、それでも。今は助かるために手段を選んでいられないというのも事実。その為に護衛の冒険者達の中でも先程レイへと声を掛けた槍使いの男が、喉も枯れよとばかりに大声で少し離れた場所にいる馬車へと叫ぶ。


「グリフォンは味方だ! ギルムの街から来た援軍の冒険者の従魔らしい。くれぐれも攻撃するな!」


 その、とにかく味方へと意思を疎通しようとして放たれた大声は、男の意志が込められているかの如くもう1台の馬車を護衛している冒険者達へと届いた。


「聞こえたー? ギルムの街からの援軍だってー!」

「でも、グリフォンを従魔に……って、ええいっ、しつっこいわね!」


 どこかのんびりしたような声に答えつつも、ハルバードの一撃を大きく振るい、先端の斧の部分でクチバシを突き立てんと襲い掛かってきたアイスバードの首を切断する。


「それよりも、矢、矢! 援護してってば! 盾がもう限界に近いんだから!」


 先頭にいる盾を構えた女が、空いている方の右手で剣を振ってアイスバードを牽制しながら悲鳴のように叫ぶ。

 レイが救援に向かった方の馬車とは違い、こちらの馬車の護衛に付いている冒険者は3人が3人とも女だった。先頭で矢の援護を要求しているのがハーフプレートと盾と剣を装備しており、冒険者としては珍しく機動力よりも防御力を重視したタイプ。そしてハルバードを持っているのが、レザーアーマーに金属の部品を組み合わせたような鎧を着ている女、そして最後の1人が必死に矢を放ってアイスバードを近づけまいとしている弓術士の女だった。全員が20代の妙齢の女冒険者で、それなりに容姿も整っている者達ばかりだ。

 そんな3人のうち、リーダー格だろうハルバードを持つ女が再び近づいて来たアイスバードへと攻撃を仕掛けようとした、その時。


「グルルルルルゥッ!」


 上空から聞こえてきた雄叫びと共に、勢いよく巨大な何かが女達の前を通り過ぎ、今にも襲い掛かろうとしていたアイスバード数匹をその巨体で弾き飛ばしていく。


「……え? 今の声って、さっきも聞こえた……じゃあ、あれがグリフォンの声!?」


 自分へと向かって突っ込んで来たアイスバードを盾で弾き、その衝撃で地面へと墜落した瞬間を見計らって金属で補強されたブーツで首の骨を折る。そんな風にしながら思わず叫ぶ女剣士。

 アイスバードの首の骨を踏み砕きながら一瞬だけ視線をハルバードの女の方へと向けると、そこには2mを越える体長のグリフォンのセトが馬車へ決して手出しはさせないとばかりに、鋭く視線をアイスバードへと向けていた。


「キッ、キキー、キキキィッ!」

「キキキ、キキ」

「キィーッ!」


 そしてアイスバードのような低ランクのモンスターがグリフォンの放つ圧力に抗うことが出来る筈も無く、先程も放っていた猿の鳴き声のような声を発しながら馬車を中心にして遠巻きに周囲を飛び回る。


「え? あれ? これって……助かった……?」


 ハルバードを持っていた女が、思わず呟く。

 周囲を見回すと、自分達の乗っている馬車を囲むようにして20匹程のアイスバードが隙を窺って飛び回っている。

 それでも息つく暇も無く戦い続けてきただけに、モンスターに囲まれた状態であっても息を整える暇が出来たのは幸運だったと言えるだろう。


「ファベル、ルイード、まだ戦える?」

「わ、私はまだ何とかいけるわ。……でも、盾がそろそろ限界に近いから、そう長くは保たないわね」


 ファベルと呼びかけられた女冒険者が、何度もアイスバードの攻撃を防いでくれた愛用の盾へと視線を向けながら言葉を返す。

 その身体は金属鎧に覆われている為に怪我らしい怪我は殆どしていないが、それでも頬や剣を握っている手には幾つもの裂傷が存在していた。


「わ、私の方もそろそろ矢の数が心配なのー」


 どこかのんびりした風に、ルイードと呼ばれた弓術士が言葉を返す。

 前衛のファベルと違って怪我の類がないのは、後衛で弓を使っていた為だろう。だが、連続して何本も矢を放った影響でその腕は既に限界が近いのか、強張って微かに痙攣を始めている。


「と、とにかく油断はしないで。傷の治療に関してはポーションを使って」

「でもでも、タエニアちゃん。あの子がいる限り安心じゃないの?」


 タエニアと呼ばれたハルバードを持っていた女冒険者は、氷の矢で付いた切り傷にポーションを振りかけながら首を振る。


「確かに今は安心だけど、それでもいつ襲い掛かって来るか分からないのよ。なら対応する準備をしておくのは最低限やっておくべきことでしょう。……ポーションの予備はまだありますか?」


 ルイードに言葉を返し、戦闘の邪魔にならないように馬車の中に引っ込んでいた数人の商人に声を掛けるタエニア。

 その商人達は頷きながらも、慌てて数本のポーションを差し出し……そして、セトを目にしてその動きを止める。だが、恐怖により動きを止めたのはほんの数秒だった。すぐにグリフォンを味方として捉えることが出来たのは、やはりその首に掛けられているままの従魔の首飾りを目にしたからだろう。商人だけあって色々な冒険者を見る機会があり、同時に召喚魔法を使う魔法使いやモンスターを従えるモンスターテイマーといった存在を知っていた為だ。


「……これが、グリフォン」

「初めて見た」

「私もだよ」

「当然俺もだ」


 商人達がセトの姿に見惚れるのを見ながら、思わず苦笑を浮かべるタエニア。何しろランクAモンスターのグリフォンなのだ。敵だとしたらこの上ない脅威だが、味方として自分達を守ってくれるというのならこれ以上心強い相手もちょっといないだろう。


「さて、向こうの馬車はどうなったかしら。さっき見た限りだと1人そのグリフォンから落ちるようにして突入していったけど……」


 そう呟いたその時。

 轟っ!

 タエニアの見ていた馬車から巨大な炎の竜巻が現れ、10匹近いアイスバードを一瞬にして燃やし尽くす。


「……え?」


 突然上がった炎の竜巻に、呆気に取られたように呟くタエニア。それは他の仲間2人や隠れていた商人、あるいは馬車を取り囲んでいるアイスバード達ですら同様だった。

 もっとも、その炎を見て抱いた感情は大きく違う。タエニア達はアイスバードを炎で燃やし尽くしたのを見て希望を。アイスバードは自分達が最も嫌っている炎により仲間を燃やし尽くされて、恐怖と怒りを。

 あるいは、この時に炎の魔法が放たれるのがもう少し遅ければセトの存在感に圧倒されたアイスバードは逃げ去っていたのかもしれない。だが仲間を纏めて殺され、尚且つ自分達にとっては忌み嫌う炎を使う相手がいる。それらの光景を見たアイスバードは激昂状態に陥り、その場から逃げるという選択肢が脳内から完全に消え去ったのだった


『キキキキィッ!』


 だが、それでもまだグリフォンに攻撃を仕掛けるというのが自殺行為だというのは本能的に理解していたのだろう。アイスバード特有の、猿のような鳴き声を上げながら、セトのいる馬車ではなくもう1台の馬車の方へと向かって襲い掛かろうとし……

 ヒュンッ!


「キィ!?」


 その先頭にいたアイスバードが、全く気にしていなかった方向から飛んできた矢により胴体を射貫かれる。


「援軍!?」


 自分達を囲んでいたアイスバードの先、遠くに見えるギルムの街の方からこちらへと向かって来ている馬車が1台。そしてその御者台で弓を引き絞っては次々と矢を放っている女冒険者を見て、タエニアは歓喜の声を滲ませながらそう叫ぶのだった。

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