戦闘指南

第214話

「……ふぅ」


 エレーナからの手紙を読んで、溜息を吐くレイ。

 ただし、その溜息にはどこか満足そうな感情が含まれていた。


「キュ?」


 そんなレイを見ながら、竜……イエロは小首を傾げる。


「……自分の魔力を使って作り出した使い魔、か」

「キュウ!」


 そうだ! とばかりに自慢気に胸を張るイエロ。その様子に思わず笑みを洩らしてそっと頭を撫でる。

 何しろ体長20cm程しかない為に、どのような体勢を取っても愛らしいとしか表現出来ないのだ。

 だが、そんなイエロの頭を撫でながらレイは口元の笑みを消す。


(魔力を使って使い魔を作る。……魔獣術と酷く似ているな。手紙に書かれていた内容を考えると、魔石を吸収するとかは出来ないんだろうが……あるいは、魔獣術は竜言語魔法、いや当時は竜言語魔術だな。とにかくそれを基にして開発されたのか?)


 ふと疑問に思い、ゼパイルの知識を引き出す。


(……微妙だな。確かに開発に際してはあらゆる魔術を参考にしているし、その中には竜言語魔術も入っている。だが、それ以外の魔術も多種多様に使われているから決定的とは言えないか)


 引き出した知識の内容に頷き、どうしたの? とばかりに自分を見上げているイエロへと視線を向ける。


(さて。肝心なのはこのイエロだな。どうしたものか。この大きさの生き物というだけでも連れ歩けば目立ちそうだというのに、しかもその外見が竜だからな。ただでさえこの街で悪目立ちしている俺が、セトの他に小さい竜を連れて歩いたりすれば否が応でも目立つだろう。まぁ、いっそ開き直るというのも悪くは無いが……)


「かと言って、お前を連れて歩く俺やセトはともかく、お前が変な奴等に狙われかねないしな」

「キュウ? ……キュッ!」


 レイがイエロを困ったように呟きながら撫でていると、何を思ったのかその小さな羽を羽ばたかせてレイから距離を取る。そして。


「キュウッ!」


 小さく鳴くと、次の瞬間その姿が周囲の景色へととけ込むようにして透明になるのだった。


「……何?」


 その様子に思わず驚きの声を上げて手を伸ばすレイだったが、イエロの存在していた空間へと手が伸びると、そこには確かに何かがあった。


「手紙に書いてあった特殊能力、か?」

「キュ!」


 その通りだ、とばかりに何も無い空間からイエロの鳴き声が聞こえ、次の瞬間には透明化を解除して姿を現す。

 そしてその様子を見て、エレーナの手紙にあった内容を思い出す。


「なるほど。確かに敵に見つからなければ攻撃される心配もない訳だ。敵に攻撃されないんだから、こんな姿でもいい訳か」


 納得したように呟くレイだったが、実情はちょっと違っていた。

 古文書のような古い本を集めて竜言語魔法を少しずつ習得していっているエレーナだったが、それでも既に使う者が殆ど存在しない魔法だ。その習得には手こずり、イエロを作り出すことには成功したものの、その能力はゴブリンと戦っても何とか勝てるかどうかといったレベルでしかない。それでもイエロを作り出した時に偶然にも近い幸運、まさに万に一つ、億に一つの偶然で透明化能力が得られたのは幸運だったと言ってもいいだろう。


「まぁ、それならいいか。で、取りあえず俺が書いた手紙をエレーナに届けてくれるんだよな?」

「キュ!」


 任せろ! とばかりに胸を張るイエロ。

 その様子を見てほんわかしながらも、早速とばかりに部屋にある机でペンを手に取り……そのまま動きを止める。


「……何を書けばいいんだ?」


 手紙と言えば、精々年賀状くらいしか書いたことの無いレイだ。バールの街での出来事を書けばいいのかとも思ったが、それはアーラから聞いているだろうから2番煎じでしかないだろう。


(となると、ギルムの街に戻ってきてからの……あぁ、そうか。ギルドマスターからマジックアイテムを貰ったことを……それとバールの街のギルドマスターや領主代理と元々パーティを組んでいた女のダークエルフだってことも書いておくか)


 内心で考え、その通りに書き綴っていくレイ。

 その文字は必ずしも綺麗な文字とは言えなかったが、それだけに手書き感が良く出ている。

 ……ただし、レイの唯一にして最大の間違いはギルドマスターがダークエルフの美女であると書いたことか。レイに初めての唇を許したエレーナに、ギルドマスターのマリーナが美人であると書いたその文章は、後にエレーナを大きく焦らせることになる。


(後は、エレーナも知っている雷神の斧のメンバーであるロドスと一緒にブルーキャタピラーの討伐任務を受けたことくらいだな。スパイに関しては……教えてもいいかどうか分からないから一応書かない方向で)


 ブルーキャタピラーが思ってた以上に気色悪い姿をしていて、セトも食べようとはしなかったという風に文章を綴り、冬も本番になっているので健康には気を付けるようにして欲しい。そんな風に文書を締めるのだった。


「んー、こんな感じでいいのか? まぁ、そもそも貴族相手の手紙なんて生まれて初めてなんだし、何か間違いがあってもエレーナなら気にしないだろ」

「キュ!」


 気にするな、とばかりに鳴くイエロ。

 イエロにしてみれば、手紙を持って帰るのがエレーナに命じられたことであって、その手紙の内容に関してはどうでもいいというのが正直な気持ちだったからだ。何しろ作られたばかりで人生経験――あるいは竜生経験――もあまり無いので、細かいことには気が回らないのもある意味ではしょうがない。

 そんなイエロの様子を見て、元々手紙の書き方についてそれ程詳しくないレイは、あっさりとそれで終わりとする。


「それで、お前はこれからどうするんだ? このまますぐに手紙を持って帰るのか?」

「キュウ」


 レイの問いかけに、首を振るイエロ。もちろん最大の仕事はレイからの手紙を持って帰ることだったが、それ以外にもエレーナに命じられている仕事がある為だ。

 だがそんな事を知る筈も無いレイは、そんなイエロの様子に軽く首を傾げる。


「ん? まだ帰らなくてもいいのか。んー、じゃあちょっと街中でも見ていくか?」

「キュ!」


 レイの提案にイエロは小さく頷く。


「よし。イエロもその気があるのなら、ちょっと街に出るか。セトも厩舎で退屈しているだろうしな」


 呟き、ドラゴンローブを羽織り外出する準備を整える。


「キュ!」


 その様子を見ていたイエロは、小さく鳴くとそのままレイの右肩へと着地をして、同時に次の瞬間には透明になって姿を消す。


「……便利だな」


 思わず呟くレイ。

 ギルドでレイが受ける依頼は多々あるが、その中でもやはり多いのは魔石を集める為の討伐依頼だろう。そしてモンスターを倒す時に自分が透明になっているというのがどれ程有利なのかは、考えるまでもなく明らかだった。


(もっとも、モンスターの中には音やら臭いやら魔力やらその他諸々、視力を使わないで相手を感知する奴も多いから完全に安全って訳でも無いんだがな)


 そんな風に考えつつ、宿の入り口から外へとでて厩舎へと向かう。

 既に外では雪が10cm程積もっており、今もまた弱くではあるが雪が降っていた。


「まぁセトは雪が嫌いじゃないみたいだからいいんだけどな」


 もしもセトが猫のようにコタツで丸くなるタイプだったとしたら、それもそれで面白そうかも……と思いつつ、そうなると冬に街の外に出るようなことになったりした場合は面倒なことになる。そんな風に何とは無しに考えつつ厩舎へ入っていくと、中にいる馬や騎乗用のモンスターらしき羽の退化した巨大な鳥が興味深そうにレイへと視線を向けていた。


(……セトに驚かないってのは、恐らくそれなりに長い間この厩舎にいるんだろうが……あぁ、そう言えばどこかの傭兵団が来ていたな)


 ここ数日、見覚えのない顔の者達と幾度か食堂で顔を合わせ、そして夜になると宴会をやっているのを思い出しながらレイは呟く。

 さすがに傭兵団の従魔ということなのか、セトを前にしても以前に他の客が連れていた馬とは違ってそれ程怯えてはいない。

 もちろん、完全に平気だという訳では無い。セトがいない時に比べれば大人しいのだからそれは一目瞭然だろう。だがそれでも、以前のように怯えて身動きも出来ない程ではなかった。


「グルゥ?」


 レイが来たのを察知したのだろう。セトが厩舎から首を出す。


「グル……グルゥ?」


 いつものようにレイに甘えようとしたセトだったが、グリフォンとしての感覚でレイの右肩にいる存在に気が付く。

 それでも即座に攻撃に移らなかったのは、その右肩で姿を消している存在、イエロがレイにとって危険な存在では無いと理解したからだろう。

 その右肩にいるのは何? とでも言うように、じっとレイの右肩へと円らな瞳で視線を向けるセト。


「キュ!」


 イエロにしても、自分を見つめている視線に気が付いたのだろう。小さく鳴いて姿を現し、その短い羽でパタパタとセトの方へと飛んで行く。


「グルルゥ」

「キュウ!」

「グル?」

「キュ!」

「グルゥ、グルルルゥ」

「キュキュ! キュ!」


(……これは、会話が成立してる……のか?)


 暫くグルグル、キュウキュウ鳴いていたセトとイエロだったが、やがて何らかの話が通じたのか、あるいはボディランゲージで意思の疎通を図ったのか。どちらにしろ数分でイエロはすっかりセトへと懐き、その背へと乗るのだった。


「まぁ、喧嘩されるよりはいいか。……イエロ、誰か来たら姿を隠すのを忘れるなよ」

「キュ!」


 短く鳴き、セトの背の上に寝そべるイエロ。

 その様子に思わず笑みを浮かべつつ、セトの頭を撫でながら尋ねる。


「街の散歩に行こうと思ってるんだが、セトも行くか?」

「グルゥ」


 勿論だとばかりに頷くセトに、レイは笑みを浮かべながら厩舎から出す準備をする。

 そのまま、どこかほっとした雰囲気を放っているように感じられる多くの従魔や馬を厩舎に残してレイとセト、そしてセトの背に乗って姿を消しているイエロは外へと出るのだった。






「……そう言えば」


 道に積もっており、少しではあるが降り続いている雪を見てふとレイが呟く。


(イエロは竜言語魔法で作り出された使い魔だとはいっても、一応竜の姿をしてるよな。……この寒い中でも平気なのか? ここで冬眠とかされると困るんだが)


「キュ?」


 完全に竜とトカゲを一緒くたにして考えているレイだったが、自分のことを考えていると分かったのだろう。セトの背の上からそんな声が聞こえてくる。透明になっている為にその姿は見えないが、それでも小首を傾げているのだろうというのは何となく予想出来るような声だった。


「いや、なんでもないよ」


 さすがに竜とトカゲを一緒くたにして考えるのは悪いと判断し、何でも無いと首を振るレイ。

 そのまま、地面に残っている雪をセトが前足で潰す感触を楽しみながら歩いていると、やがて大通りへと出る。

 気温が低い上に雪が降っているという天気の関係上、少し前までは存在していた露店の類は殆ど存在せず、屋台の数も同様に姿を減らしている。だが、その数少ない屋台の幾つかには決して少なくない数の客が存在していた。その屋台が出している料理はそれぞれ微妙に違ってはいるが、ただ1つ。うどんであるということだけは共通していた。


「へぇ。随分と色々なうどんが出て来るようになったな」


 屋台を見ながら呟くレイ。

 メインの食材はうどんではあっても、スープが違っていた。一番ポピュラーなのは、やはり最初に満腹亭で作られたような肉や野菜の具がたっぷりと入ったスープだ。だがそれ以外にも、挽肉を炒めたミートソースに近いようなものを絡めて食べる屋台もあり、醤油が無い為に塩味の焼きうどんのようものを出している店も存在していた。


「グルゥ」


 周囲に漂っている匂いを嗅いだセトが、食べていこうとばかりに喉を鳴らす。

 だが、それを聞いたレイは少し困ったように周囲の屋台へと視線を巡らす。

 何しろ、うどんというのは基本的には汁物の料理だ。中には焼きうどんの店もあるようだが、レイ達が良く食べているサンドイッチや串焼きのように食べ歩き出来るような料理ではない。そして屋台である以上は2mを越える体長を持つセトの巨体は、明らかに他の客の邪魔になる。あるいは、客のいない屋台でならそれも良かったかもしれないが、レイが見たところではうどんを出している殆どの屋台にはどこも数人程の客が存在している。


「……うどんじゃなくて、串焼きとかでもいいか?」


 最終的にレイが選んだのは、食べ歩きに適した料理だった。

 うどんをメインに出しているとはいっても、サイドメニュー的な扱いでそれ等を提供している屋台もある程度存在したからこその意見だった。


「グルゥ」


 残念そうに鳴くセト。


「キュ!」


 そしてそんなセトを慰めるかのように、イエロの声がセトの背中から聞こえて来る。

 結局、この後は20本近い串焼きを買い求め、セトやイエロと共に微かに雪が降ってる中を串焼きを食べながら進んで行くのだった。

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