第205話
「待て待て待て。お前一体何を運んでいる!?」
雪がちらつく夜、ギルムの街中をレイとセトが歩いていた。もちろん普通に歩いているだけでは警備兵や見回りの騎士にそのような突っ込みを入れられる筈も無い。
それでも街を警邏中の警備兵3人に呼び止められたのは、レイが女を1人肩に担ぎ、セトがその背に男2人を乗せていたからだろう。
しかも男のうちの片方からは強い血の臭いがしてくるとあっては、警備兵の男達がレイとセトを呼び止めるのは当然のことだった。
「お前、グリフォンを連れているとなると、レイとか言う冒険者か。詳しい事情を聞かせて欲しい。その3人は?」
「そうだな。それは構わないが、こちらからも1つ頼んでいいか? もちろんこの件に関わることだ」
「……何だ? そちらの希望を叶えられるとは限らないが、言うだけ言ってみろ」
冬の夜ということもあり、街中にいる者達の数は少ない。だがそれでも、決していない訳では無い。酒場へと向かっているのか、あるいは娼館にでも向かっているのか。それなりに人の姿は見当たり、それらの人物は背中に気絶した男2人を乗せているセトや、肩に女を担いでいるレイを見ては興味深そうに、あるいは何らかの事件かと微かに眉を顰めて視線を送っていた。
そんな状態の為、レイは警備兵の1人に肩で担いでいた女を引き渡し、もう1人の警備兵へと近づき周囲の野次馬達に聞こえないように声を掛ける。
「領主の館に行って騎士を連れてきてくれ。こいつらはベスティア帝国のスパイか何からしい」
「っ!?」
レイの言葉に、鋭く息を呑む警備兵。
もしこれが普通の……それこそ数ヶ月程前の出来事なら、恐らく鼻で笑っていただろう。だが、今は違う。何しろ少し前にベスティア帝国の錬金術師が街中に入り込んで、長い間暗躍していたことが明らかになっていたのだから。
そしてその人物を捕らえる騒動に目の前の冒険者が関わっていたのも、その騒動でアゾット商会の捜査に参加させられた警備兵は当然知っていた。それ故に。
「分かった。すぐに呼ぶ。だが、このままここでどうこうすることも出来ないだろう。一旦警備兵の詰め所まで来てくれないか? お前にしてもこの寒い中で騎士が来るのを待ってるよりはいいだろう? それに、正直お前の担当は俺には荷が重いからな」
警備兵の言葉に数秒程考え、やがて頷く。
ドラゴンローブを着ているレイや、この程度の寒さは全く苦にしないセトだったが、それでも冬の夜空で立ったままというのは嬉しく無い。座って待つことが出来るというのならそれに越したことは無いと判断した為だ。
「そうか、じゃあ頼む」
「助かる。……おい、騎士を頼む」
レイと話していた警備兵の視線に、警備兵の1人が小さく頷く。何しろ3人のうち1人は女を抱えており、もう1人はレイを詰め所まで案内しないといけない。そうなると、手の空いている自分が騎士を呼ぶことになるのは明らかだったからだ。
「すぐに戻る」
短くそう言い、領主の館のある方へと走っていく警備兵。
それを見送り、レイは繁華街の近くにある警備兵の詰め所へと案内されるのだった。
「狭い場所だが、入ってくれ」
そう言われて、レイと警備員は詰め所へと入る。セトは背に乗せていた2人を警備員へと引き渡した後は、いつものように建物の影になる場所へ寝そべっていた。ただし、今回はいつものようにリラックスをしたり寝たりしているのではない。ギルムの街に他にも潜入しているだろうベスティア帝国のスパイが、捕まった3人を取り返しに来るなり、あるいは口封じに来るなりした時にそれを察知する為に周囲を警戒しているのだ。
レイの目配せだけで全てを承知したような行動を取るセトに、レイは今回の件が終わったらお礼代わりにでもたっぷりと肉を食べさせてやろうと思うのだった。
「ちょっとそこで待っててくれ。俺達はあの3人が目を覚ましても脱出出来ないように縛り上げてくる」
レイの座ったテーブルの上にお茶の入ったカップを置いてそう告げる警備兵。
「ああ、問題無い。むしろちょっとやそっとでは逃げられないようにしておいてくれ。そいつらは、いわゆる裏の存在だからな。骨を外して手を縛っているロープを解くとかは普通に出来るだろう」
「……分かった。念には念を入れておく」
そう言い、警備兵の2人は建物の地下へと降りていく。
(なるほど。詰め所にしてはあまり広くないと思っていたが、牢屋とかは地下に用意されているのか。だが……)
何となく内心で頷くレイ。
魔法という存在がある故に、土系の魔法を使えばあっさりと脱走したり脱走の手引きが出来るんじゃないか? とも思ったレイだったが、基本的にこの詰め所にそこまでの重要犯罪人の類が収容されることはない。主に繁華街で騒ぎを起こした者達の為の牢屋なのだ。そうである以上はそこまで頑丈に作る必要も無く、そして何よりもギルムの街は敷地面積が限られている以上は場所を取る施設を地上に建てるのは難しい。
これが辺境で無い場所なら、街を覆っている壁を拡張するといったこともそう難しくは無いだろう。だが、ここは辺境。下手に壁を壊したりすると、その隙を狙ってどんなモンスターが現れるか分からないのだ。ましてや壁を増設することでモンスターを刺激する可能性も考えると、そうやすやすと街の拡張も出来ない。
そんな風に思いながらお茶を口へと運ぶが、その味に思わず眉を顰める。
「さすがに詰め所のお茶と言うべきか」
「はっはっは。まぁ、予算が予算だからな。それ程高い茶葉は用意出来ないんだよ。それでも茶葉が用意されてるだけ恵まれてる方だな」
地下の牢屋から上がってきた警備兵が笑みを浮かべつつ、レイの向かいへと腰を下ろす。
「さて、事情を聞きたいところだが……まぁ、その辺は領主の館から騎士が来てからだな。お前さんも2度手間になるのは避けたいだろう?」
「そうだな、そうしてくれると助かる」
警備兵の心遣いに礼を言いつつ、再びお茶を口へと運ぶ。
お茶と呼ぶよりは、ただの色つきのお湯と表現しても差し支えないその飲み物を飲みつつ、詰め所の中へと視線を向ける。
「ん? どうした?」
その視線が気になったのか警備兵が尋ねてくるが、レイは小さく肩を竦める。
「いや、繁華街の近くにある詰め所だからな。もっと騒がしいかとばかり思ってたんだよ。けど、こうして見る限りじゃそれ程忙しくもないのか?」
そんなレイの言葉に、警備兵は溜息を吐きながら首を振る。
「今はまだ夜も早いからな。これから加速度的に忙しくなる筈だ。……まぁ、それでも」
視線を外へと向けながら警備兵は言葉を続ける。
「今は冬だからその程度で済むが、これが夏なら調子に乗る馬鹿も増えて忙しさは洒落にならなくなる」
「……なるほど」
ふと、エルジィンに来る前のTVでやってた警察の特集番組を思い出すレイ。その番組の中でも夏の交番、それも繁華街の交番は色々と忙しくしていたのを見た覚えがある。幸いと言うべきか、レイが住んでいたのは山奥と言ってもいいような田舎だったのでそんな経験を実際にしたことはないのだが。
(そう考えると、警備兵も楽じゃないよな)
何しろ、このギルムの街には冒険者が多い。それはつまり、戦闘の本職が酔っ払って暴れることも多いということなのだ。そう考えると、目の前の警備兵達は警察官よりも大変な仕事をしていると言えるだろう。
「それよりも確かお前だろう? どこぞの疫病が流行った街に薬の材料を届けたのって」
「ん? ああ。バールの街だな」
「バールの街か。……ここから近いって訳でもないが、かと言って遠いって訳でも無いな。この街にまで疫病が広がる危険性とかはどうなんだ?」
警備兵だけあって、やはりこの街が心配なのだろう。そう思いつつ、目の前に座っている相手を安心させるように頷く。
「問題無い。流行した疫病、魔熱病という病気なんだが、これに関してはバールの街を封鎖していたからな。病気自体も俺が持って行った材料で薬を使って治ってるし。広がる恐れは無いだろうよ」
(もっとも、この街にバールの街と同じようなダンジョンの核が出来たりすれば話は別だが)
内心そんな風に思いつつも、それを表情に出さずに警備兵との会話を続けるレイ。
その後は、最近流行しているうどんについてや、ガメリオンの肉の流通量が去年に比べてかなり多かったといった話をしていると、やがて詰め所の扉が強くノックする音が聞こえてきた。
「来たな」
そのノックの音だけで誰が来たのか理解したのだろう。警備兵が扉を開けて来訪者を出迎える。
扉の外にいたのは、案の定警備兵が予想したように騎士の甲冑を身につけた、ギルムの街の騎士団の騎士達だった。その数5人。
「連絡を貰って来たのだが」
「はい。そこにいるレイが今回の騒動の中心人物です」
騎士達の先頭に立っている、恐らく他の騎士達の上官と思われる騎士に警備兵がそう答える。
(中心人物って……それだと、俺が事件を起こしたように聞こえるな)
ある意味でその通りなのだが、当然騎士達はそれに構うようなことはしない。騎士の代表がチラリとレイへと視線を向ける。
「外のセトを見て、もしかしてと思ったが……やっぱりお前か」
レイには見覚えがなかったが、騎士はレイとセトを知っていたのだろう。どこか納得したように頷くと、背後にいる騎士達へと視線を向ける。
「捕らえた3人を馬車へと移せ。奴等はいわゆる裏の部隊。色々とミレアーナ王国にとって有益な情報を持っているだろう。どんな手段を使ってでもそれを引き出すんだ」
「分かりました」
先頭の騎士の言葉に小さく頷き、早速とばかりに警備兵達に案内されながら地下の牢屋へと向かうのを見送ると、仕切っていた騎士がレイへと近付いてくる。
「詳しい話を聞きたいのだが、ここではちょっと問題があるか」
「ちょっと待って下さい。問題があるって、どういう意味ですか?」
自分の詰めている場所を馬鹿にされたように感じたのか、警備兵が騎士へと食って掛かる。
だが、騎士はそれを気にした様子も無く小さく首を振って口を開く。
「残念だが、実際に今回レイが捕まえたような者達が街に入り込んでいるのだ。今回捕まえた分で全員だとは言い切れないだろう。そうなると、ここで話をしていると情報を盗み聞きされる可能性もある」
「待ってくれ。セトが外にいる以上は、その辺は安心してくれてもいい」
「……なるほど。出来れば騎士団の本部で情報を聞きたかったのだが、確かにグリフォンのような高ランクのモンスターがいる場所に盗み聞きするような馬鹿な真似をする奴はいないか。いいだろう、ならここで事情を聞かせて貰うとしよう」
レイの言葉を信用した……というよりは、グリフォンの能力を信用したといった感じで頷くと、騎士はレイと向かい合うようにソファへと腰を下ろす。
兜は被っていないものの、それでも胸部分を覆うブレストプレートのような鎧を身につけている為か、腰を下ろしたソファが盛大に沈み込んだ。
それを気にした様子が無いままに、マジックアイテムのペンと紙を取り出してレイの方へと視線を向ける。
「さて、では順番に話を聞かせてくれ」
「そうだな。まず最初に視線を感じたのは、今日の日中だった。モンスターの討伐依頼でブルーキャタピラーを倒しに街の外に出ていたんだが、その時に視線を感じて気配を探ろうとしたらすぐに消えた訳だ」
そう言い、簡単に事情を説明していく。街中で人気の無い場所へわざと移動して誘き出したこと。そしてベスティア帝国へと勧誘され、それを断ったら戦闘になったのでセトと共に倒して捕縛したこと。それを運んでいる途中で警備兵に見つかり、今に至る。
「……なるほど。ベスティア帝国の手の者としては、お前を引き込もうと考えるのは当然だろうな」
呟く騎士の脳裏には、アゾット商会へとその手を伸ばして根を張っていた錬金術師の顔が過ぎっていた。
既に錬金術師や魔獣兵達に関しては王都への移送を完了しており、尋問が行われているとの情報も上司から聞いている。そうなると、当然今までは手に入れにくかったベスティア帝国の情報に関しても色々と搾り取っている筈だ。その原因を作ったのが目の前に座っている、一見すると華奢な見習い魔法使いにしか見えない存在である以上は、ベスティア帝国が引き込もうとするのは無理もないだろうと。
(ベスティア帝国が力を入れている錬金術だが、グリフォンを従えている冒険者というのはその錬金術師と引き替えにしても欲しい人材ということなのだろうな。俺には感じられないが、この男自身莫大な魔力を持っているという話だし)
騎士と一緒に話を聞いていた警備兵にしても、そこまで大袈裟な話になっているとは思わなかったのか、その顔は微かに引き攣っているようにも見えた。そんな騎士の様子を一瞥し、レイから聞いた話を書き込んだ紙へと視線を移して確認していく。
その後、細々とした話を聞き取り、最終的にレイが開放されたのはそれから1時間程経ってからのことだった。
「では、ベスティア帝国の3人はこちらで引き取る。恐らく情報を引き出した後ポストゲーラの時と同じく王都に護送することになるだろう。……もしかしたら、また何か向こうから接触があるかもしれん。その時はまた今回のように捕獲してこちらへと引き渡してくれると助かる」
「こっちとしては、あまり嬉しく無いんだけどな。特にメリットも無いんだし」
「まぁ、それはしょうがないだろう。何しろお前自身が今回の騒動の主役なんだからな」
警備兵がどこか慰めるようにレイの肩を叩き、騎士は苦笑しながらレイと警備兵に軽く挨拶をしてから護送用の馬車へと乗り込む。
それを見送り、レイはようやくセトと共に宿へと戻るのだった。
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