ロドスと共に

第202話

「……はぁ」


 周囲を見回し、思わず溜息を吐くレイ。

 それもしょうがないだろう。何しろ周囲に見えるのは一面の荒野。そして薄らと積もっている雪。空はまるで雲で蓋をされたかのように覆われており、身を切るような冷たさの風が吹いている。まさに冬の一景色。そんな場所にいるのはレイと相棒のセト。そして……


「溜息を吐くな、全く。俺だって溜息を吐きたいところだってのに」

「いや、殆どお前に付き合わされるようにして、強制的に討伐依頼を引き受けさせられた俺が溜息を吐いてもしょうがないと思うんだが」

「グルルゥッ」


 そんなレイとロドスの視線の先でセトは喉を鳴らして上機嫌に冬の荒野を走り回っていた。


(雪の中を駆け回るのは犬と相場が決まってて、猫はコタツで丸くなるものだと思ってたんだが……いや、セトの場合はグリフォンだから猫に数える必要はないのか?)


 前日にギルムの街が誇るランクAパーティのリーダー、エルクの思いつきで何故かロドスとレイの2人で討伐依頼をこなすことになってしまったレイは、それでも元々は美味しい討伐依頼があれば受けるつもりだったという消極的な理由で、ロドスと共にギルムの街から数時間程離れた荒れ地へとやって来たのだった。


「ブルーキャタピラー。ランクCモンスター、か」


 再び溜息と共に今回の討伐依頼で倒すモンスターの名を呟くレイ。

 ブルーキャタピラー。その名の通り、芋虫状のモンスターでありながら寒い場所を好み、水や風の魔法を好んで使う。また、非常に獰猛な肉食のモンスターでもあり、特に人の肉を好む為に危険度が高い。純粋な戦闘力だけで考えるとランクD相当なのだが、その凶暴性からランクC扱いをされている。討伐証明部位は額に生えている右の触角で、剥ぎ取り可能な素材は牙のみ。危険度が高い割には旨味が少ない。

 そんな風に、昨日この依頼を強制的に受けさせられた後に調べたブルーキャタピラーの知識を思い出す。

 この時期に好んで依頼を受ける冒険者はそれ程多くはなく、活動している冒険者達にしても冬を越すための資金を求めての者が殆どだ。そんな状態なので、危険度が高く旨味が少ないブルーキャタピラーのようなモンスター、それもランクCとそれなりに高ランクなモンスターの討伐依頼を好んで行うような者はまずいない。その為に、ギルドにしてみれば今回のエルクからの提案は渡りに船だったとも言えるのだ。


「おまけに俺達で最低6匹は狩ってこいときた」

「何だ、オークキングを倒す実力を持っているんだから、ブルーキャタピラー程度なら問題無いだろうに」

「まぁ、確かにな。寒さに関しても俺はそれ程問題無いし」


 そう言い、ロドスの方へと視線を向けるレイ。

 そこにはいつものレザーアーマーの上からコートを羽織り、さらにその上からからローブを纏っているロドスの姿があった。


「……それは正直羨ましい。いや、寒さ云々に関してもだが、それよりも厚着の為に若干とは言っても動きが鈍る俺にしてみれば、ローブ1枚で済むお前の装備品は正直垂涎の的だよ。……ちなみに、そのローブ。売る気はあるか?」

「いや、全くないな」


 ロドスの問いに対し、即座に首を振るレイ。


「はぁ、だろうな。俺が持っていても恐らく売ろうなんて考えようとは思わないだろうし。……それよりも早くブルーキャタピラーを探すとしようか。戦った経験はあるか?」

「いや、本で調べた知識程度だな。そっちは?」

「俺自身は無いが、父さんや母さんが戦っているのを見たことはある。……とは言っても、ランクA冒険者としての戦いだ。まさに一掃って感じだったから、参考にはならないけどな」

「そうなると、どうやって見つけるかだが……やっぱりここはセトに任せるか」


 レイとロドスが話している最中に、再び降り始めた雪を追いかけるようにして駆け回っていたセトへと視線を向けるレイ。

 そんなセトを眺めながら黙って頷くロドス。

 本来なら緊張感のない1人と1匹に対して頼りなく思い、自分がブルーキャタピラーを探すと言い出してもおかしくない。そして実際にロドスはランクC冒険者としてはトップクラスの実力を持っており、やろうと思えば可能だろう。それでもレイとセトに任せたのは、やはりその戦闘力を知っているからに他ならなかった。自分の戦闘力にはそれなりの自信を持っているロドスだが、それでもかつてレイがオークの集落で倒したオークキングを倒せるかと言われれば否と答えるしかない。ランクCとBの間にある壁はそれ程に厚いのだ。


「セト、上空からブルーキャタピラーを探してくれ。文字通りに青い色をした巨大な芋虫状のモンスターだから、見つけるのは難しく無いと思う」

「グルルルルルゥッ!」


 レイの声に高く鳴き、雪を追って走っている勢いそのままに翼を羽ばたかせて空中へと駆け上がっていく。

 その様子を下から見上げ、優秀な偵察役のセトがいなくなった為、いつ不意を突かれても対処出来るようにミスティリングからデスサイズを取り出し、構えるレイ。

 ロドスもまたロングソードを腰の鞘から引き抜き、周囲の様子を警戒するのだった。


「さて。ブルーキャタピラーが見えるまでに、どれだけの雑魚共を相手にしないといけないと思う?」


 ロングソードを構えながらレイに尋ねるロドスだったが、レイは小さく首を振る。


「セトが偵察に出た以上はブルーキャタピラーを見つけるのにはそれ程時間は掛からないだろう。ただ、問題なのはその数だな。基本的に群れで行動しないらしいから、連続して6匹となるとさすがにセトでも難しいかもしれない」

「……セトはそんなに優秀な偵察役なのか? 俺は相変わらず嫌われているようなんだが」


 オークの集落を攻めた時の第一印象が悪かったのか、人懐っこいセトにしてはロドスに対して近付こうとはしない。ロドスの方から歩み寄っても無視をするのだ。それでも攻撃的な姿勢を取らないだけマシなのだろうが。


「ま、そのうち慣れるだろうさ。時間を掛けるしかないな」

「……ふぅ」


 ある意味自業自得ではあっても、さすがにここまで嫌われるのはロドスにしても嬉しく無かった。

 そんな風に会話をしていると……


「グルルルルルゥ」


 話の種になっていたセトが声を上げながら羽ばたき、地上へと降りてくる。


「……もしかして、もう見つけたのか?」


 呟くロドスだが、セトはそれが聞こえなかったかのように無視をしてレイへと頭を擦りつけてくる。

 その仕草は、褒めて褒めてと態度で示していた。


「よしよし。セトは優秀だな。それで、ブルーキャタピラーはどこにいる?」

「グルゥ」


 セトの背を撫でながら尋ねると、レイから見て斜め右の方へとセトは視線を向ける。


「なるほど、あっちか。……さて、どうする?」

「どうするって、何が?」

「だから、倒す方法だよ。今回の依頼は元々お前が親の七光りと呼ばれているのを払拭するために受けた依頼だろう? それなら1人で挑むのもありと言えばありだと思うが? 自慢じゃないが、俺の戦闘力はそれなりに知られている。そんな俺と一緒に戦って依頼を達成しても今度はそっち方面で悪い噂が流れるんじゃないか?」

「馬鹿を言うな。確かに依頼を受けた……もとい、受けさせられた原因については理解しているが、かと言ってわざわざ戦力があるのに危険を冒すつもりはない。使える戦力は有効に使うべきだ。それにどうこう言うような奴がいるのなら、そいつは所詮その程度の奴なんだろうよ。自分の実力も弁えずに、人に対して妬みしか言えないような程度の低い奴を気にする必要がどこにある? ……まぁ、母さんや父さんはその辺が気になったからこそこの依頼を引き受けさせたんだろうが。あるいは、ブルーキャタピラーの討伐依頼を引き受ける冒険者が殆どいなかったってのもあるだろうから、そっちの方はついでかもな」


 きっぱりと言い切るロドスに、思わず感心の視線を向けるレイ。

 母親であるミンにたいするマザコンぶりとは裏腹に、冒険者としての判断は冷静に出来るのかと思うと少し意外だったのだ。


「何だ、その目は。お前が何を考えているのかは分かるが、これでもランクC冒険者としてそれなりに経験は積んでるんだ。下らない私情で判断を誤るなんて真似はしていないつもりだ」

「ああ、悪い。正直見くびってたな」

「ふんっ、ならいいだろう。さっさと行くぞ」


 レイの謝罪に若干不機嫌になりながらも鼻で笑い、セトの見ていた方向へと歩み出すロドス。

 そんなロドスの後を、レイとセトは追いかけて行く。

 そして徒歩で歩き始めて30分程。やがて荒れ地の中を蠢いている存在を発見する。

 レイ達の目標であるブルーキャタピラーだ。その外見は、確かに名前通りに青い体色をしている芋虫そのものだ。だが……


「確かに青いが……青は青でも、気色悪い青だな」

「確かにな」


 思わず呟かれたレイの言葉に、ロドスもまた苦笑を浮かべつつ同意する。

 ブルーキャタピラーの体色は青は青でもどこか生物的な青と言うべきか、見ているだけで何となく触るのを遠慮したくなるような、艶めかしいとでも表現出来る青だった。

 ブルーキャタピラーの方でもレイ達を見つけたのか、好物である人間の肉を食らおうと身体を伸び縮みさせながら急速にその距離を縮めてくる。本来芋虫の類は移動速度が遅いというのが一般的なのだが、モンスターであるブルーキャタピラーにそんなのが通じる筈も無く、かなりの高速でその距離を縮めていた。凶暴性が目を曇らせているのか、グリフォンであるセトがいるというのに全く気にした様子も無く進み続ける。


「まさかグリフォンまで自分の餌だと思っている訳じゃないだろうな」

「さて、奴の凶暴性を考えるとその可能性はあるな。……で、お前はどうする?」


 前衛と後衛のどちらをやるか、と問われたレイが口を開こうとして……ふと何かに気が付いたように手で持っていたデスサイズへと視線を向ける。


「ロドス、ちょっと試してみたいことがある。上手く行けば奴の危険性をそれなりに減らして戦える筈だが、いいか?」

「うん? 俺としては前衛しか出来ないんだから、奴の危険度が減ってくれるのなら構わないが」

「よし。ならちょっと待っててくれ」


 ロドスにそう返し、持っていたデスサイズをミスティリングへと収納する。そして代わりに取り出したのは、穂先や柄が深緑に染められている槍。そう、バールの街への救援物資輸送の報酬として貰った茨の槍だ。


「……お前、どのくらいマジックアイテムを持ってるんだよ」


 一目でレイの持っている茨の槍が強力なマジックアイテムだと理解したのだろう。どこか呆れたようにロドスが呟く。


「これに関しては、純粋にまだ手にいれたばかりだな。バールの街の一件の報酬だ。それよりも……斬りかかる隙を逃すなよ」


 既に10m程の距離にまで近づいて来ているブルーキャタピラーを見ながら、茨の槍へと魔力を込めるレイ。


「ふんっ、それこそ誰に言ってるんだよ。まだまだランクとしては俺の方が上なんだってのを忘れるなよ」

「ならその口に相応しいだけの実力を……見せて、貰おうか!」


 その言葉と共にレイの怪力で放たれた茨の槍は、まるで熟練の弓術士が放った矢の如き速度を出しつつ空気を斬り裂くように飛んで行き……次の瞬間にはブルーキャタピラーの胴体へとその穂先を埋めていた。そして。


「グモオオオォォォッ!」


 突然動けなくなった身体に、悲鳴の如き声を上げるブルーキャタピラー。茨の槍が突き刺さった部分から幾重もの茨が生えており、完全にその動きを止めていたのだ。身体から生えた茨が地面へと潜りこんでいき、さらに身動きが取れなくなる。いや、むしろその茨の棘により動けば動いただけ多少なりとも傷を負うのだ。


「よしっ!」


 その様子を見てチャンスだと理解したロドスが、ロングソードを構えたまま地を蹴り間合いを詰め……


「グモオオォッ!」


 ブルーキャタピラーの声が再び響いた次の瞬間、横へと素早く跳ぶロドス。同時に、一瞬前までロドスがいた場所を見えない何かが通り過ぎる。

 自分の前を走っていったロドスの動きに、レイもまた反射的に回避する。

 すると薄らと透明な細長い何かがレイの横を通り過ぎ、あらぬ方向へと飛んで行くのが確認出来た。


(ウィンドアローの類か!)


「気を付けろ、風の魔法を使ってきているぞ」

「分かっている!」


 レイの声に返事をしたロドスは、既にその間合いにブルーキャタピラーを捉えていた。


「はああぁぁぁっ!」


 気合いの声と共にロングソードを大きく振るい……次の瞬間にはブルーキャタピラーの手前で透明の何かに弾かれ、ロドスの顔がその衝撃により微かに歪められる。


(透明の何か……いや、風の障壁か何かか?)


「ロドス! 風の……」

「分かってる! 実際にこいつと戦うのは初めてだが、父さん達が戦っているのは何度か見ているんだ。お前はお前の仕事をした。次は俺の番だ!」


 そう叫び、動けないままでも振るわれる足の一撃を回避するために後方へと軽く跳躍。ブルーキャタピラーの間合いの外側へと距離を取る。そして。


「風の障壁は点の攻撃に弱いんだろ。父さんなら力尽くで破れるが……俺は、こうだ!」


 呟き、息を整えて魔力を集中させるロドス。

 母親が凄腕の魔法使いである以上、ロドスにもある程度の魔法の力は受け継がれていた。それでも戦士のスタイルを取っているのは、父親であるエルクの素質がより高く受け継がれていた為だ。魔力はあるものの、それを操る才は少ないロドスの奥の手。それが……


「ファング・ペネトレーション!」


 その言葉と共に放たれた魔力を纏わせた突きが、ブルーキャタピラーが張っていた風の障壁と接触した瞬間あっさりと突き破り……そのまま胴体を引き千切って周囲へと体液を撒き散らかすのだった。

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