第203話

「……すまん」


 目の前に広がる光景に、ロドスがレイに頭を下げる。

 ブルーキャタピラーの風の障壁を貫くために、ロドスが放った切り札とも言える技。その一撃は確かに風の障壁を貫いてブルーキャタピラーの身体へと命中した。だがその威力が高すぎたために胴体は木っ端微塵に砕け散り、周囲にはブルーキャタピラーの頭部の破片が転がっており、尾に近い胴体の部分は茨の槍で地面へと縫い付けられている。つまりは、モンスターの素材の中で最も高額で売れる魔石も胴体諸共に砕け散ってしまったのだ。

 レイは頭を下げているロドスへと視線を向け、やがて溜息を吐く。


「まぁ、やってしまったものはしょうがない」


 これが普通の冒険者なら……特にこの時期の金に困っている冒険者なら下手をしたら一騒動起こっていただろう。だが幸いレイ自身は金に困っている訳でも無く、敢えて言うのなら魔石が目当ての討伐依頼だ。ブルーキャタピラーが1匹なら魔石を欲しているレイとしても険悪になっていたかもしれないが、幸いなことに討伐するのは6匹となっている。それなら魔石の入手はそう難しくないだろうと判断して、あっさりとロドスを許すのだった。


「言っておくが、今回のミスの分そっちの分け前が少なくなるのは覚悟しろよ」


 もちろんこうして念を押すのを忘れはしなかったが。


「ああ、分かってる」


 溜息を吐きながらロドスが頷き、ロングソードとは反対側の腰に身につけていた鞘から短剣を抜いて討伐証明部位の右の触角、そして素材として売れる牙の剥ぎ取りを始める。

 レイもまた、それを見ながら胴体へと突き刺さっていた茨の槍へと触り、穂先の部分から生えていた茨を消して回収する。


(茨の槍、か。かなり使えるマジックアイテムだが、穂先が刺さってる間しか茨を作り出せないというのがちょっと残念だな。抜いた後でも茨が残っているのならかなり汎用性も高くなるんだが)


 満足そうに茨の槍を眺めながら内心で呟き、ミスティリングから取り出した布でブルーキャタピラーの体液を拭き取ってデスサイズと入れ替えるように収納すると、すでにロドスは剥ぎ取りを完了してレイの準備が整うのを待っていた。


「グルルゥ」


 セトにいたっては特にやることもない為に周囲を警戒しながら暇潰しをしている。

 魔獣術で生み出された時にある程度レイの嗜好を継いだのか、芋虫であるブルーキャタピラーに対してはさすがに食欲が湧かなかったらしい。


「さて、じゃあ次だな。セト、また頼む」

「グルルゥッ!」


 レイに頼まれ、再び上空へと駆け上がっていくセトだった。






「飛斬!」


 デスサイズのスキルにより放たれた飛ぶ斬撃は、ブルーキャタピラーが張っていた風の障壁をいとも容易く斬り裂き、その柔らかな胴体を切断する。最初にブルーキャタピラーを倒してから数時間。ようやく6匹目のブルーキャタピラーを倒したレイとロドスは安堵の溜息を吐く。


「ようやく終わりだな。そろそろ薄暗くなってきてるし、日が暮れる前に街に戻った方がいいな」

「そうだな。昼食は簡単なものだったし、夕食は温かいものが食いたいな」


 剥ぎ取り用のナイフで右の触角と牙を剥ぎ取り、ブヨブヨとしたブルーキャタピラーの胴体の感触に微かに眉を顰めながら斬り裂き、魔石を取り出したレイが流水の短剣で生み出した水で魔石についていたブルーキャタピラーの体液を洗い流しながらロドスの意見に同意する。

 そんなレイの言葉に溜息を吐くロドス。


「あの料理で簡単なものって……これだからアイテムボックス持ちは」


 どこか呆れたように呟くロドスだったが、その手の言葉はこれまでに何度も聞いてきた為、特に気にする様子も無く話を続ける。


「そのおかげでお前も干し肉とパンだけじゃなくて、それなりの料理を口に出来たんだからいいだろうに」

「ああ、そうだな。だがお前と一緒に依頼を受けると、贅沢が身に付いて父さんや母さんたちと一緒に行動する時に……どうした?」


 話している時、突然レイの動きがピクリと止まったのを見てロドスは反射的に尋ねる。もちろん何か不測の事態が起きた時の為に腰のロングソードをいつでも抜けるように体勢を整えるのも忘れない。

 解体用のナイフをミスティリングの布切れで拭いて、ブルーキャタピラーの体液を拭っていたレイはその言葉に答えず周囲の様子を探る。そんなレイの横では、セトもまた何があっても行動出来るように周囲へと鋭い視線を向けてそれとなく警戒している。


(今一瞬視線を感じたような……だが、すぐに視線は無くなった。となると、俺の勘違い? いや、だがセトの様子を見る限りでは周囲を警戒しているのは間違い無い。そうなると俺の勘違いって可能性はまず無いと思ってもいいだろう。けどそうなると、俺が視線を感じ取ったのを向こうが気が付いてすぐにこちらへと視線を送るのを止めたのか? 周囲に俺が感じ取れる気配の類は……無い?)


「セト?」

「グルゥ」


 その短い問いだけでレイの聞きたいことが分かったのだろう。だが、セトは小さく鳴いて首を振る。


(セトでも無理か。そうなるとこちらが視線に気が付いたその瞬間に既にこの場を離脱するなり……いや、それだとセトの五感を考えると見逃す可能性は無い。となると……まさか、転移?)


 内心で素早く考えを纏め、発想を関連づけていく。

 レイの中で転移と言えば、それはベスティア帝国の錬金術師が作成したと思われる転移用のマジックアイテムが一番に思い浮かぶ。空間魔法の使い手の可能性もあるのだが、レイ自身まだリッチロードのグリム以外に空間魔法の使い手に会ったことは無い為にそのような結論になるのだった。


「おい、レイ。いきなりどうしたんだよ。もしかして他のモンスターか何かか?」

「……いや、気のせいだったらしい。どうやら久しぶりに街の外に出た影響で神経質になっているのかもしれないな」


(懲りずにギルムの街に手を伸ばしてきたのか……あるいは、俺自身が目的か?)


 ロドスへと首を振りつつも、内心で考えを巡らせるレイ。

 何しろダンジョンでエレーナを狙った暗殺計画を妨害し、ギルムの街で暗躍していた錬金術師を捕らえ、その部下である魔獣兵2人も捕らえたのだ。辺境にあるが故に人を派遣しにくいことを考えると、ベスティア帝国にとってレイは邪魔者以外の何者でもないだろう。そしてその邪魔者をそのままにしておけば、いずれまた同様の被害を受ける可能性があるのだから、排除しようと考えるのも当然。


(ただ、この荒野では襲い掛かって来るにしても人の数が少ない分すぐに察知される。特に俺にはセトがいるしな。そうなると、可能性としては街中か)


「とにかく目標のブルーキャタピラー6匹は倒したんだ。このままここにいても本気で寒いだけだし街に戻るとしないか?」

「ああ、そうだな。色々とやるべきことも思い出したし」

「やるべきこと?」

「ちょっとした用事があったのを思い出してな。だから悪いが、ギルドで討伐証明部位を引き渡したら俺はすぐに宿に戻らせて貰う。祝杯に関しては家族で頼む」

「祝杯って……わざわざこんな依頼を片付けた程度で、そこまで大袈裟な真似をする訳もないだろ。ほら、行くぞ。街に戻るのが遅れて、母さん達に心配を掛けたくない」

「ああ、そうだな」

「……おい、本当に大丈夫か?」


 いつもならすぐにからかうような言葉が出て来るレイなのだが、どこか心ここにあらずとでもいったようなレイの様子に、思わずロドスが尋ねる。


「ん? あぁ、何でも無い。ちょっと用事の件がな」

「それなら、セトに乗って先にギルムの街まで戻るか? 俺としてはそれでも構わないが」


 視線をセトへと向けるロドスだが、セトはいつものようにあらぬ方を向いて無視をする。

 意地を張っている様子に、思わず笑みを浮かべつつその頭を撫でながら首を振るレイ。


「いや、そこまで急ぐ用事でもないしな。それにいくら何でも、お前1人を置いて俺だけが街に戻ったりしたらエルクとミンに何を言われるか分からないしな」


(それに、もし本当に俺を狙っているのがベスティア帝国の手の者だとしたら、ここで俺と行動を共にしたロドスが人質として狙われる可能性もある。ギルムの街に戻ればエルクがいるし、それまでは行動を共にした方が安全だろう)


 そんな風に思っていたレイだったが、その言葉を聞いた途端ロドスは眉を吊り上げる。


「おい、俺はお守りが必要な子供でも、ギルドに登録したての新人でもないんだぞ。別に1人でだって問題は無い」

「あまり無茶を言うなよ。そもそも街の外を1人で行動するのは色々と危険なのは、俺よりもお前の方が良く知ってるだろうが」


 街の外を1人で行動する。それは普通に考えれば自殺行為でしかない。あるいはそれが、辺境以外のある程度発展した街の近くならまだ1人で行動する者もそれなりにいるだろう。だが、レイやロドス達がいるのは辺境なのだ。それこそある程度自分の腕に自信がある者か、自信過剰の馬鹿が、あるいは辺境を何も知らない素人か。そんな者達でなければ街の外を1人で行動したりはしない。


(まぁ、ランクCなら自分の腕に自信があるのかもしれないが……それにしても、意味もなく1人で行動するというのはどう考えても熟練の冒険者が取るべき行動じゃない。……その辺が他の冒険者達に親の七光りと呼ばれている理由なのかもな)


 ロドスにしてもレイの言葉で頭が冷えたのか、不承不承ながらレイ達と共に街へと向かうのだった。






「はい、じゃあギルドカードは確認したから。それとこれは従魔の首飾り」



 ギルムの街の入り口でランガとのいつものやり取りを済ませ、受け取ったギルドカードをミスティリングの中へ。従魔の首飾りをセトの首へと掛ける。


「それにしても、十分に金は稼いでいるのに……また、何でこの時期に依頼を? それも、いつものようにソロじゃなくて雷神の斧のロドス君と一緒に」

「さて、なんでだろうな」


 そう告げたレイに、小さく首を傾げるランガ。


「もしかして、何か聞いちゃ拙いことだったとか? ならこれ以上は聞かないけど」

「いや、全く。本当に何で俺もわざわざこんな時期に依頼を受けたのやら。全てはエルクの思いつきでなんだけどな」

「うわー、それはまた……」


 ランガもまた、それなりに長い間警備兵達の隊長を務めているだけに、エルクの自由奔放さ。……言い換えれば行き当たりばったりで面白ければ何でもいいという性格を知っている為に、何処か同情したようにレイへと視線を向ける。


「これがせめて、セトの食事になる肉を持つモンスターの討伐ならまだ良かったんだがな。さすがにセトもブルーキャタピラーは食いたくないらしい」

「グルルゥ」


 当然だ、とばかりに喉を鳴らすセト。


「あははは。まぁ、ブルーキャタピラーは獰猛な性格をしているからね。街の警備兵としては数を減らしてくれるのは嬉しいよ。ここ最近それなりに被害が出ていたし」


 そんな風に軽く会話をし、ギルムの街の中へと。

 そのままロドスと共にギルドへと出向き、素材や討伐証明部位、魔石をギルドに買い取ってもらって売値を山分けに――当然魔石2つを確保したレイはその分報酬が少ない――した後、宴会へと誘うエルクや食事に誘おうとしていたケニーをその場に残し、セトと共に街中を歩く。


(……いるな)


 自分に向けられている視線を感じ取り、内心で呟くレイ。セトもまた同様に、どこか落ち着かない様子でレイに買って貰ったサンドイッチを食べながら道を歩く。


(さすがにこれ程の人混みに紛れていると詳細な位置までは分からない、か)


 既に夕方であり、街の中は食事を取る者や酒場へと向かう者。あるいは仕事帰りの者などでそれなりの人混みとなっている。そんな人混みに紛れるように観察する視線をレイへと送ってきている者がいるのだが、人混みに紛れて視線の主がどこにいるのかはやはり分からなかった。


「セト?」

「グルゥ」


 セトもまた同様に、人混みの中から視線の主を見つけ出すのは不可能らしく不満そうに喉を鳴らす。


(となると、どこか人気のいない場所に誘き出すしかないか。ブルーキャタピラーの時のことを考えると、誘き出されると理解した瞬間に逃げ出す可能性も高いが、かと言ってずっと見張られたままってのは面白く無いしな)


「悪いな、俺とセトはちょっと用事が出来た。また明日にでも遊んでくれ」


 雪が降ってもおかしくないような寒さの中、それでもセトと遊びに来た数人の子供へとそう告げる。


「えー! 折角セトと遊べるのに」

「そうだよ。ほら、ちゃんと干し肉も貰って来たんだよ。だからもうちょっといいでしょ!」

「セトちゃん……」


 それぞれが抗議をしてくるものの、まさかこんな子供を連れて監視者を誘き寄せる訳にもいかずに、5分程掛けてようやく家へと帰すことに成功するのだった。


「……さて、行くか」

「グルゥ」


 子供達の元気の良さに苦笑を浮かべつつ、ギルムの街でも人通りの少ない裏路地へと入っていく。自分へと向けられている視線がそのままなのを確認し、さらに細々とした……下手をしたら迷路のような裏路地を歩き、やがて行き止まりの場所へと辿り着く。


「鬼が出るか、蛇が出るか」


 呟きながら、ミスティリングから素材剥ぎ取り用のナイフを取り出す。 

 さすがにこの狭い場所ではレイが得意としているデスサイズのような長物は取り回しが悪すぎるからだ。

 ただし、敵に一見して自分が武器を持っているのを知られないようにドラゴンローブの中に隠してだが。より性能の高いミスリルナイフでないのは、投擲することも視野に入れている為でもある。


「既に気配を隠す気はない、か」


 裏路地の行き止まりという、自分とセト以外には誰もいない場所まで来たにも関わらず、向けられている視線はまだ消えていない。街の外での時とは大分違う様子に、相手の本気を見たレイはそのまま待ち受け……やがて、数分程経ってから先程自分達が通ってきた道から1つの人影が姿を現す。


「やれやれ、これでも結構隠密行動には自信があったんですが……まさか、ああも簡単に私の視線を察知されるとは思いませんでしたよ」

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