第196話

「……え?」


 バールの街の本来の領主に呼ばれ、領主の館へと案内されて、自分を呼んだ人物と顔を合わせたら、次の瞬間にはその貴族がひっくり返って気を失った。レイが体験した事実を端的に現せばそうなるのだろう。


『……』


 そしてそれは部屋の中にいた数人の護衛達も同様だった。あまりと言えばあまりの展開に、一瞬どう動けばいいのか分からなくなったのだ。

 そんな中で一番最初に行動を起こしたのは、この場にレイを連れてきたコーミッシュだった。


「ソレイユ様、大丈夫ですか?」


 自分が仕えている主が気を失っているというのに、全く心配した様子も無く。いや、むしろ心底面倒臭そうに声を掛ける。

 そしてその声で護衛達も我に返ったのか、慌ててソレイユへと走り寄っていく。

 そんなやり取りを眺めていたレイだったが、やがて護衛の1人がどこか困惑したような視線をレイへと向ける。


「おい、お前。ソレイユ様に何かしたのか?」


 護衛にしてみれば、自分達の主が目の前にいる人物を見た途端に混乱したのだ。原因がレイにあると思い込んでも不思議はなかった。だが、護衛達はレイが入って来た時からじっと見ていたので、何か行動を起こしたとしても自分達がそれを見過ごすとは考えられない。ローブを身に纏ってはいるが、さすがに貴族との面会ということもありフードは被っていない。その為に童顔と言ってもいい顔と、華奢な身体付きを見て取ることが出来た。そんな、どうみても見習い魔法使い程度にしか見えない子供がどうやって自分達の主を混乱させたのか。護衛達のそんな思いもあり、問いかけ自体はそれほど厳しいものでは無かった。そして当然それはレイにとってみれば濡れ衣であり。


「いや、別に特にこれといっては。と言うか、この部屋に入ってすぐにこうなったんだぞ? 俺に何が出来ると?」


 レイのその言葉に、内心では思わず同意する護衛。だが、実際に目の前にいる男が何かをしたのでも無ければ、ソレイユの行動は理解出来なかったのだ。


「確かにそうかもしれん。だが……」


 そう言い、さらに言葉を続けようとする護衛だったが、その肩に背後からコーミッシュの手が置かれる。


「落ち着け、ソレイユ様は気を失っているだけだ。すぐに意識が戻る。ならそれから話を聞けばいいだろう。……一応念の為に聞いておくが、本当にお前の仕業じゃないんだな?」

「ああ」


 コーミッシュの言葉に頷くレイ。

 そうなると原因不明の理由でソレイユが気絶したということになり、周囲にはどこかピリピリした雰囲気が漂い始める。

 護衛達にしてみれば、もし今回の件がレイの仕業ではないとしても……いや、その場合は余計に誰か、あるいは何か他の手段で自分達の主人が攻撃を受けたのではないかと周囲を警戒し、レイもまた同様に顔を合わせて言葉を交わした次の瞬間にソレイユがとった行動の意味を掴みかねていた。だが……


(……あ)


 あの時のソレイユの様子に、何となく既視感があったレイはふと思い出す。ボルンターとの騒動の際に、自分を見た瞬間に腰を抜かしていた魔法使いの存在を。あの時も確か今のような反応をしていなかったか。そしてサザナスやディアーロゴ、セイスの3人から聞いた情報にはソレイユが魔法にのめり込んでいるというのもあったのだ。つまりは。


(魔力を感じ取る能力を持っている訳か)


 魔法にのめり込んでいるというのなら、その類の能力を持っていてもおかしくはない。いや、寧ろ当然だろう。そう判断したレイは、ソファの上へと寝かされているソレイユへと視線を向ける。

 そして護衛の1人が何らかの魔法を使ったのか、手に暖かな光を宿し、それをソレイユの頭部へと触れさせる。

 頭部へと触れていた光が消え去ってから30秒程。やがてソレイユの目が開かれた。

 自分の今の状態が分からないのだろう。周囲を見回して口を開く。


「……ん? 私はどうしたんだ?」

「ソレイユ様は彼を見た途端に恐慌状態になって、ソファへと倒れ込んだのです」


 ソファへと倒れ込んで、床に頭を打って気絶したと言わなかったのは護衛としての情けだったのだろう。そんな風にレイが思いながら成り行きを見守っていると、やがてソレイユの狐のような細い眼が向けられる。


「なるほど。私が気絶したか。確かにいきなりこれ程の魔力の持ち主を視界に入れれば恐慌を起こしてもおかしくはないが」


 口の中だけで呟かれたその言葉に、レイがピクリと反応する。


(俺を視界に入れた、だと? つまりそれは……)


 内心で呟くレイの脳裏を過ぎったのは、ギルドで何度か顔を合わせているルーノの姿。ランクC冒険者とそれなりに高ランクの冒険者でありながらソロで活動している人物。その最大の理由が、魔力を直接見ることが出来るという魔眼の力がある為だった。

 そして今の小さく呟かれた言葉の内容を考えると、ソファで自分の方へと警戒しつつ……それでも尚興味深そうに視線を向けているソレイユは、恐らくそれと似たような魔眼を持っているのだろうというのは容易に予想出来た。


「君がレイ、だな?」


 その問いかけに、どのような態度を取るべきか数秒程迷い……一応男爵であり、ディアーロゴの上司であるというのも考えて慣れていない外向き用の言葉使いを選択する。


「間違いありません。ギルムの街の冒険者、レイです」


 言外にこの街の冒険者では無いと告げるのだが、ソレイユはそれに気付いた様子も無く相変わらず興味深そうな視線をレイへと向けている。


「……ふむふむ。確かにこれだけの魔力を持っていれば可能なのか? いや、だがダンジョンの核自体がまだ成長していなかったという話だしな」


 そして座っていたソファから突然立ち上がると、熱心にレイの様子を眺め始める。


「ん? レイと言ったな。お前の着ているそのローブ、相当に高レベルなマジックアイテムだな?」

「っ!?」


 ソレイユの言葉に、思わず息を呑むレイ。

 魔力を見る魔眼を持っているというのはこれまでの行動から理解はしていたが、それでも隠蔽の効果を見抜かれるとは思っていなかったのだ。


(腕が立つ魔法使いとは聞いていたが、予想よりも遥かに高レベルの魔法使いらしいな)


 内心で呟き、微妙に警戒する視線をソレイユへと向けるレイ。

 レイが驚いた気配を感じ取ったのだろう。ソレイユは笑みを浮かべつつ口を開く。


「見抜かれたのは意外だったか?」

「いえ。魔法使いとして腕が立つとは聞いてたので」

「まぁ、そうなんだよな。確かに私は魔法使いとしてはそれなりに腕が立つと自負している。と言うか、私から魔法を抜いたら単なる道楽貴族以外の何者でもないし」

「……」


 さすがにその言葉には迂闊に同意する訳にもいかず、無言で通すレイ。

 だが、ソレイユはレイの様子を見もせずに笑みを浮かべたまま話を続ける。


「何しろ、魔法の研究に熱中しすぎてこの街を治める仕事をサボりまくってたおかげで、流通やら決算書類やらその他諸々で大騒ぎになったことがあってな。おかげで、世話になっている上の人間からこの街の領主の役目を降ろさせられることになったんだしな。……いや、私としては魔法の研究に熱中出来るからいいんだけど」


(……なるほど。典型的な研究馬鹿な訳だ。おまけに、その方面についての才能も少なからずあるとあってはな。確かに興味の無い領主としての仕事を放り出すのはしょうがないか)


「で、だな。ダンジョンの核。それがこの街に存在していたというのは事実なのか?」


 ようやく本題に入ったのだろう。狐のような細い目に、それでも研究者特有のどこか熱の籠もった視線をレイへと向けるソレイユ。

 その視線の意味を感じつつも、レイは素直に頷く。

 何しろダンジョンの核があったというのは、既にディアーロゴやセイスにサザナスが報告済みであると知っているだけに、ここで隠したとしても百害あって一利なしと判断した為だ。


「はい。少し前にこの街で流行っていた魔熱病に関しても、恐らくはダンジョンの核が原因だったと思います」

「くそっ、やっぱりか。今回の報告を聞いた時には信じられなかったが……」


 さすがに、実際にその目でダンジョンの核を確認したレイの言葉は信じざるを得なかったらしい。

 そこには、レイの持つ莫大な魔力も関係していたのは明らかだっただろう。これ程の魔力を持つ人物が動いているのだから、と。


「だが、何故短絡的にダンジョンの核を破壊するなんて真似をした? ダンジョンについては、まだまだ未知な部分が大量にある。いや、判明していることが限りなく少ないんだ。それこそ、お前はアイテムボックスを持っているのだから、ダンジョンの核をその中に一時的に取り込んでも良かったのではないか?」

「ダンジョンの核は街の東にある貯蔵所の地面に埋め込まれていました。それを取り出すとなると、核の埋まっている地面をどうにかしなければならず、そうなるとどうあっても核を刺激してしまう可能性があります。その結果何が起きるかを考えると、ちょっと怖くてその方法は取れませんでしたね」

「だが、それはあくまでも憶測だろう?」


 ソレイユの指摘に、小さく首を振るレイ。


「確かに何も起きない可能性もあります。ですが、実際には紫の霧を吐き出すスライムを生み出すという騒動が起きました。ダンジョンの核が起こしたあの行動が、もしかしたら迂闊にそれを発見して近付いた俺達に原因があるかもしれないのですから」

「……なるほど。確かにお前から感じられる魔力の大きさを考えるとその可能性はあるかもしれないな。……ちなみに、ここに来る前に東の貯蔵所とやらに寄ったが、そこにはダンジョンの核の破片1つ残されていなかったぞ。これはどういうことかわかるか?」


 その問いに、内心でピクリと反応するレイ。

 何しろダンジョンの核に関しては、レイのデスサイズが破壊した瞬間消え去ってしまったのだ。それこそ、モンスターの魔石を吸収した時のように。

 だが当然そんなことを言う訳にもいかず、数秒程考える振りをしてから口を開く。


「貯蔵所の中に溜まっている霧を集める為に、ギルドマスターが竜巻で屋根を吹き飛ばしてました。その際にダンジョンの核の破片もどこかに吹き飛ばされたか、あるいは竜巻に吸い込まれたのでは? ……もっとも、後者の場合は俺の魔法で消し炭にされてしまっていると思いますが」

「ダンジョンの核の欠片でもいいから欲しかったんだけどな」


 レイの言葉に溜息を吐きながらソファへと腰を下ろし、手で目を覆い隠す様にして息を吐く。

 そのままじっと待つこと5分。それでも特に動きがないのを見ると、やがてレイがソレイユへと尋ねる。


「もう用事が無いようなら宿に戻ってもいいでしょうか? こっちとしても昨日の今日で色々と疲れてますし」

「……」


 そんなレイの問いに気が付いた様子も無く、自分の考えに熱中するソレイユ。

 この辺りが、レイを持ってして研究馬鹿だと感じた理由なのだろう。


「あー、まぁ、いいんじゃないか? また何か用事があれば呼ぶかもしれないが」


 怠そうにコーミッシュが告げ、レイもまたそれならと扉へと手を伸ばし……ドタドタと廊下を走る音が急激に近づいて来たのを聞きつけ、扉から数歩程距離を取る。

 何をやっているのかと、コーミッシュを始めとした護衛達の視線がレイに集まる中……

 ガンッ、という音を立てて扉が殴り飛ばされるかのように強引に開けられる。


「ソレイユ男爵! バールの街に出向くのは駄目だとあれだけ言ったのに、何を勝手なことを!」


 勢いよく部屋へと突入してきたその人物は、ソファに座って考え事に熱中しているソレイユを見るや否や大声で怒鳴りつける。

 動きを妨げないようにモンスターの皮で作られたレザーアーマーを身につけ、その背には巨大なバトルアックス。一瞬だけだがその容姿を見たレイは思わず息を呑む。あるいは一瞬勘違いなのかもしれないとも思ったが、ソレイユに怒鳴っているその人物の背に背負われているのは間違い無く見覚えのあるバトルアックスだ。顔だけなら他人のそら似という可能性もあるが、その他人のそら似がかつて自分が所有していたマジックアイテムを持っているというのは確率的に限りなく少ないだろう。

 よって、レイは目の前にいる人物へと声を掛ける。よく手入れされ、使い込まれているパワー・アクスを背負っている人物へと。


「アーラ、か?」

「大体ですね。ソレイユ男爵は魔法使いとしての実力はあるのですから、それ相応の……え?」


 背後から掛けられた声に、ソレイユへの説教を思わず途切れさせて振り向く女。そしてレイをその視界に捕らえると、信じられないものでも見たかのように顔を驚愕の色へと染め上げる。


「レ、レイ殿!? 何でここに?」


 唖然としながらも口を開いたその人物は、間違い無くレイが以前指名依頼で雇われた時に顔見知りになったアーラ・スカーレイその人だった。

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