第172話

「ちっ、面倒極まりない!」

「ギギギィッ!」


 大きく、そして鋭く振るわれたデスサイズの刃が3匹のゴブリンの胴体を纏めて切断する。

 周囲に散らばるゴブリンの血と臓物。そしてそれらから上がっている湯気に不快そうに眉を顰めると、近くで戦っているハスタへと視線を向ける。

 そこでは大振りに振るわれた錆びた長剣を回避し、次の瞬間には突き出されたエストックの切っ先がゴブリンの額へと素早く突き刺さり、そしてまた次の瞬間には素早く引き抜かれていた。一連の動作はさすがに慣れた様子を感じさせる。


「へぇ、さすがランクD冒険者。戦闘力はなかなかだ」


 感心したように呟き、ハスタに加勢はいらないだろうと判断して相棒のセトの方へと視線を向ける。


「グルルゥッ!」

「……だろうな」


 そこで繰り広げられていたのは、既に戦いというよりも一方的な蹂躙だった。

 ゴブリンが必死に振るう錆びた槍を、セトが前足を一振りするだけで呆気なく破壊する。投げ付けられた石は空を自由に舞うセトにとって回避するのは難しくはない。そして振るわれるセトの一撃は容易くゴブリンの生命を奪い取っていく。

 無謀にもレイ達一行を襲ってきたゴブリンの集団が、勝ち目が無いと悟り逃げ出すまでに5分と掛からなかった。






「まさか今更ゴブリンに襲われるとは思わなかったな」

「ですね。こっちの方でゴブリンが現れるという報告はギルドにされてなかったと思うんですが」


 レイとハスタの2人は溜息を吐きつつ討伐証明部位の右耳を切り取り、心臓から魔石を取りだしていく。


「肉は……俺はいらないな。そっちは?」

「僕もさすがに。ゴブリンの肉は不味いですしね。……これがせめて美味しいんだったら、まだそれなりに旨味もあるんですけど。冒険者達にしてみれば繁殖力が強いだけに厄介な相手ですし」

「まさに1匹見かけたら30匹はいると思えと言われても納得する繁殖力を持ってるしな」


 死体に関しては、10匹程度のゴブリンである以上は他のモンスターが食べるなりして始末してくれるだろうと判断し、そのままそこに残して2人と1匹はガメリオンの出没する地点を目指して再び歩き始める。


「ガメリオンを狙うのは今年が初めてなのか?」


 道を歩きながらレイが隣を歩いているハスタへと訪ねるが、小さく首を振る。


「これまでにも何度か経験があります。ただ、その時は他のパーティに連れて行ってもらってですけどね。そうすると僕が受け取れる肉の量がどうしても少なくなるので、今回はレイさんに頼んだんです」

「なるほど。ちなみに、その時はゴブリンとかが現れたりしたのか?」

「うーん……僕は覚えがありませんが、こっちの魔の森方面は多種多様なモンスターが出没しますしね。それこそゴブリンがいてもおかしくないんじゃないかと思いますが」

「……だと、いいんだがな」

「レイさん?」


 レイの口から漏れた呟きに不安を覚えたのか、思わず尋ね返すハスタ。だがレイは何でも無いと小さく首を振る。


(そう、魔の森由来の多種多様なモンスターがいるのなら、それこそゴブリン程度のモンスターがこっちで生き残るのは難しい筈だが……この広い草原だ。たまたま、運良く他のモンスターに見つからなかったんだろうな)


 内心で呟き、気を取り直すようにして話を続ける。


「ちなみにこの草原ではガメリオンの他にどんなモンスターが出るか聞いてもいいか?」

「そうですね、浮遊クラゲとかもこの時期になると現れますよ」

「……浮遊クラゲ?」

「あ、そうか。ギルムの街に来るまで山の中にいたんだったら、クラゲと言っても分かりませんよね」


 慌てたように解説をしようとしてくるが、レイは小さく首を振ってそれを止める。


「いや、師匠の持ってる本で読んだことがある。透明の笠から触手が生えている生き物だろう?」

「そうですね。そのクラゲが何らかの理由でモンスターと化した存在だと言われています。まぁ、ランクDモンスターなのでそれ程強くはないんですけど。ただ、触手の先を使うと痺れさせるのでそこだけ注意して下さい。それと名前通りに空を飛んでいるので……レイさんの場合はセトがいるからその辺は問題ないと思いますが」

「グルゥ?」


 呼んだ? とばかりにレイ達の後ろで小首を傾げてくるセト。


「何でも無い。お前がいてくれると頼もしいってだけだ」


 笑みを浮かべつつ、頭を擦りつけてくるセトの頭を撫でるレイ。

 そんな風に2人と1匹で周囲を警戒しながら世間話をしつつ、あるいは襲ってくるポイズントードやファングボアといったモンスターを倒し、素材、討伐証明部位、肉、魔石といった物を収穫しながら数時間。やがて周囲が濃い緑で、丈も長い草の生えている場所へと辿り着く。

 そこは見るからに不思議な光景だった。既に晩秋で冬に近くなっているというのに、これまで歩いてきた草原のように草が枯れるでもなく青々と茂り、まるでここだけ夏であるかのように錯覚しそうな光景だ。だが景色は真夏の草原であっても周囲の気温は間違い無く晩秋のそれであり、10℃を下回っているのがより強く違和感を与える。


「これは……」

「不思議でしょう? この辺り一帯はどうやら魔の森から何らかの魔力的な干渉を受けているらしくて一年を通して草が生い茂っているんですよ」

「魔の森が?」


 まさかここである意味、自分が生まれた場所の名前を聞くとは思っていなかった為に思わず驚きの表情を浮かべるレイ。

 何しろ魔の森からギルムの街まではセトの翼でも数時間、人間が徒歩で進んだ場合は数日程度の距離なのだから、魔の森の影響の大きさがどれ程のものかが窺い知れる。


「ええ、そうらしいです。まぁ、そのガメリオンがこの時期にここまで出て来るのはそれが原因だって話もありますし、ギルムの街の住人にとっては悪いことじゃないんですけどね」

「いや、いいのか? 得体の知れない現象をそのままにしておいて」

「だって特に何か不具合が出る訳じゃないんだし。いいんじゃないですか?」


(色々と不都合なこともありそうだが……後でちょっと調べてみた方がいいかもしれないな。いや、魔力を感じ取れない俺が調べるのは無理か。となると……)


 その時、レイの脳裏を過ぎったのは魔力を直接目で見ることが出来る魔眼を持つ冒険者、ルーノだった。


(当然自分の能力を使ってとなると対価を要求してくるだろうが……さて、どうするべきか)


「あ、お久しぶりです」

「よお、ハスタじゃねえか。久しぶりだな。ここに来たってことはお前達……あー、なるほど。うん、分かった」


 内心で考え事をしてたレイは、ハスタの声で我に返る。

 そちらへと視線を向けると、そこでは5人程の冒険者がレイを……いや、正確に言えばセトを見て動きを止めていた。

 そしてその冒険者達の中の数人が引っ張っている荷車の中には、数匹程のモンスターの死骸が入っている。

 長くしなやかな尻尾に、純白の毛皮、刃のように鋭い耳と牙。その全てがハスタから聞いていたガメリオンの特徴に一致していた。


(なるほど。こいつらもガメリオン目当ての冒険者パーティか)


「……たった2人でガメリオンに挑もうなんて無茶を止めようと思ったんだが。噂のレイがいれば確かに2人で十分な戦力か。と言うか、グリフォンがいる時点でガメリオンにとっては手も足も出ないだろうけどな」


 先頭の人物が呟き、その言葉に同意するかのように他のメンバーも頷いている。


「あははは。上手く交渉出来たので、何とかレイさんから力を貸して貰うことが出来るようになりました」

「そうか。……レイのような腕利きの冒険者がいる以上心配はいらないと思うが、一応注意しておくぞ。気を付けろよ。俺達が倒したガメリオンもそうだが、何だか妙に好戦的だった。去年とはちょっと違う」

「あー。やっぱり。正門を出る時に希少種がいるかもって話は聞いたんだけど……あれ? 僕達がここに来る時にもう帰るってことはもしかして昨日は泊まりで?」

「ああ。なかなか見つからなくてな。しょうがなく、だ。幸い夜営中にモンスターに襲われるようなこともなかったし」


 あはははは、と冒険者達の笑い声が周囲へと響く。

 それでも魔の森に近いこの草原で一夜を明かすのだから、男達の一行がそれなりに有能なのは明らかだろう。


「俺達の他にもまだ何組かガメリオン目当てのパーティが草原に泊まり掛けで散らばってるから、そうそう危ないことは無いと思うが……」

「いや、それはついさっき言ったじゃないですか」


 リーダー格の男にハスタがそう返し、それもそうだとばかりに苦笑を浮かべる。


「さて、じゃあ俺達はそろそろギルムの街に戻るとするよ。血の臭いで他のモンスターが寄ってきたりしたら面倒だしな」

「分かりました。道中気を付けて下さいね」

「ああ。……っと、ちょっといいか?」


 チラリ、とレイへと視線を向けて呼ぶ男。


「別に構わないが。何だ?」

「その、だな。こんなことをあんたに頼むのも筋違いかもしれないが、ハスタを良く見ててやってくれ」


 ハスタに聞こえないようにだろう。レイの耳元で小さく呟く男。


「あいつは、確かに元気で冒険者にしては礼儀正しい。だが、家族思いが強すぎることがあってな。たまに暴走するんだよ。だから、その辺を気を付けて見ててやってくれると助かる」

「一応俺もあいつも同じランクD。それも俺よりもベテランの冒険者なんだが?」

「はっ、馬鹿を言うなよ。今ギルムの街にいる冒険者であんたの実力を知らないようなのは、街に来たばかりのお上りさんか、あるいは冒険者になったばかりで右も左も分からないような奴だけだろうよ。あんたはそれだけの実績を積み上げてきているんだ。それこそ、まだランクDに留まっているのがおかしいくらいにな。それに、グリフォンという奥の手も持っている」


 男の声には嘘偽りの類は無く、真摯にレイの実力を認めて話している。まっすぐに自分へ向けられている目を見ればその程度のことはレイにも分かった。


(ハスタは随分とベテラン冒険者に可愛がられているんだな)


 小さく溜息を吐き、頷く。


「そうだな。俺としてもあれだけの料理の腕を持っている料理人を悲しませるような真似はしたくないしな」

「そうか、それなら助かる。じゃあ、よろしく頼んだ」


 男臭い笑みを浮かべ、自分より頭1つ分は小さいレイの肩を力強く叩いてくる。


「あれ? どうしたんですか?」


 そんな男とレイの様子を見て尋ねてくるハスタだったが、男は何でも無いとばかりに首を振る。


「ちょっとした世間話だよ。……じゃあ、俺達はそろそろ本当に行くから、くれぐれも気を付けて狩りをしろよ!」


 その言葉を最後に、男達は荷車を引っ張ってギルムの街の方へと去って行くのだった。


「……さて、じゃあ僕達も早速行きましょうか」


 去って行った5人の背中を見送り、ハスタが呟く。その視線の先には、既に青々と茂っている草原へと向けられていた。

 自分が倒すべきモンスターであるガメリオンにのみ意識を集中しているのだろう。


「そうだな。じゃあ行くとするか」


 レイもまたハスタの言葉に頷き、セトと共に草原へと足を踏み入れる。


「レイさん、セトで上空からガメリオンがいる場所を探して貰えますか? 倒すにしても、まずは見つけないとどうにも出来ませんし」

「ふむ、そうだな。セト、頼めるか?」

「グルゥ!」


 任せろとばかりに喉の奥で鳴くと、そのまま数歩の助走を経て背中から生えている翼を羽ばたかせて空中へと駆け上がっていく。


「うわぁ……凄いですね」


 その姿を地面から見つつ、感嘆の声を上げるハスタ。

 一介のランクD冒険者でしかないハスタにしてみれば、空を飛ぶなんてまず不可能なのだから無理もない。

 そしてそのまま5分程経つと、やがて空を飛んでいたセトが降りてくる。


「グルルルゥ」


 草原へと着地するや否や、喉を鳴らしながら左の方へと視線を向けてこっちだよ、とばかりに先を歩いていく。


「どうやら見つけたようだな」

「この短時間で見つけるなんて……」


 驚きの表情を浮かべつつ、ハスタは賞賛の声を上げる。

 一行の先頭を歩いて行くセトはそのまま草原を20分程歩き、やがてその視線を草原の中に存在する小さな林へと向けたまま動きを止める。


「あそこで間違い無いか?」

「グルゥ」


 レイの言葉に静かに喉を鳴らすセト。


『……』


 その鳴き声を聞き間違い無いと判断したレイとハスタは、お互いに顔を見合わせると小さく頷いて足音を立てないように林との距離を縮めていく。ハスタは既にエストックを抜き放ちいつでも突きを放てるようにしており、レイもまた同様にその手にはデスサイズを持っている。

 そして林の中へと進んだレイ達が見たものは……


「ガ、ガァ……」


 半死半生の状態で……否、殆ど瀕死といってもいいような状態のゴブリンと、そのゴブリンの内臓を貪り喰っている3m程の白いモンスターの姿だった。

 レイはそのモンスターの姿に見覚えがある。何しろこの草原に入る直前に荷車でそのモンスターの死体を見ていたのだから。

 刃のように鋭い耳、1m近い尾。背後からなので牙は確認出来ないがまず間違い無い。体長3m程のそのモンスターの名前をレイが口に出そうとしたその時、それよりも前にレイの隣にいたハスタが呟く。


「ガメリオン」

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