第171話

「まぁ、料理に関してはガメリオンとかいうモンスターを仕留めた後ってことでいいな?」

「あ、はい。そうして貰えると助かります。まずはガメリオンの肉を優先ということで」

「で、そのガメリオンが出没するというのはここから半日程の距離だという話だが……今から行くのか?」


 その言葉に、酒場の窓から外へと視線を向けて首を振るハスタ。


「ガメリオンが出没する地域まで大体半日。今から行っても向こうに着けば既に夕方を過ぎます。その状態で標的を探すというのはちょっと厳しいでしょう。いや、レイさんには問題無くても僕にはちょっと……」

「確かにな。セトに俺とお前の2人が乗れればいいんだろうが、生憎俺1人で精一杯だし」

「セトって言うのは確かグリフォンの名前でしたよね。……うーん、そうなるとやっぱり明日の朝早くに街を出て昼前後にガメリオンの出没地点に到着。その後ガメリオンを倒してギルムの街まで戻って来るというのが一番スムーズな流れなんですけど」


 そこまで呟き、レイとハスタの2人は揃って首を振る。


「無理だな」

「そうですね。そこまで都合良く物事が運ぶとはちょっと思えません。何しろ向こうについてすぐにガメリオンを見つけられるかどうかも分かりませんし。……と言うか、普通は無理ですよね」

「そうなると、最悪向こうで1泊程度は覚悟する必要があるかもしれないな。解体作業に関して言えば、倒したガメリオンを俺がアイテムボックスに入れてこの街に運んできてから行えば問題無いんだが、そもそもお前の言う通りにガメリオンをどれだけ早く見つけられるかが問題か」

「そうなります。ですが、出来ればこの時期に街の外で夜営というのはしたくありません。寒さについてもそうですし、この時期になると春や夏の時よりも強力なモンスターが姿を現すこともありますし」

「へぇ、そうなのか?」


 その件については知らなかったレイが思わず聞き返す。

 レイにしてみれば、まだ出会ったことの無いモンスター=まだ吸収していない未知の魔石だ。そう言う意味では強いモンスターが姿を現すのは願ったり叶ったりと言っても良かった。


「……いっそ、俺とセトだけでそこの草原まで飛んで行ってガメリオンとやらを仕留めてくるか? それなら時間もそう掛からないし、そっちにしても楽でいいんじゃないか?」


 レイはガメリオンを倒し、ついでに他の未知のモンスターも倒して魔石を入手する。ハスタはギルムの街で待ってるだけでいい。そんな風に思って出したアイディアだったが、当の本人は小さく首を振る。


「すいません。父さんからの条件が僕自身も動いて、とのことでしたので完全にお任せする訳にもいかないんです。これが例えば、悪徳金貸しに借金をしているとかならそんなことを気にしていられるようなものじゃないんですが、あくまでも今回の件は父さんや母さんが借金をしているのが嫌だという僕の我が儘から始まってるので……もしレイさんに全部お任せしてガメリオンの肉を手に入れたとしても、きっと父さんは使ってくれないと思うんですよ」

「……頑固な父親を持つと苦労するな」

「あはは。でもそんな父さんだからこそ、僕も力になりたいって思うんです」


 照れた笑みを浮かべつつもはっきりと告げてくるハスタに、少し前に関わったアゾット商会のボルンターとガラハトを一瞬だけ思い出すレイ。

 既にボルンターやポストゲーラ、コルド、ミナスの4人は王都へと護送が完了されていた。その護送が決まるまで、日付が変わる頃になると身も世もないような泣き声が聞こえていたという噂があったが、レイ自身はその噂を聞いても特に表情を動かすようなことはなかった。


「じゃあ、明日の朝に正門前で待ち合わせってことでいいか? それでガメリオンの出没地点まで移動して、なるべく早く狩る。で、そのまま急いでギルムの街に戻ってくると。もし閉門の時間までに間に合わない場合は街の外で一泊することになるが」

「そうですね。それしかないでしょう。……しょうがないとは言っても、やっぱり朝に明るくなるのが遅いというのは痛いんですよね。外が暗いとモンスターの動きもそれなりに活発ですし」

「その辺はしょうがないだろう。むしろガメリオンはこの時期だからこそなんだろう?」

「ええ。恐らく冬の前に食いだめをして身体に栄養を蓄える為に、モンスターなり野生動物なりの獲物が多い草原まで出て来るんじゃないかと言われています。……実際、2年くらい前にこの時期のガメリオンの肉を食べる機会があったんですが、もの凄く美味しかったですしね。あの肉の味はランクBモンスターにも匹敵する味でした」


 肉の味を思い出しているのだろう。ニヘラ、と幸せそうな笑みを浮かべるハスタ。

 その様子を見ていたレイは、軽いとは言っても食事を済ませたばかりなのに空腹を感じたような気がした。


「とにかくだ。明日の朝。大体外が明るくなるくらいの時間に正門前に集合ってことでいいか?」

「……あ、は、はい! 僕はそれで問題ありません。よろしくお願いします!」


 ペコリと頭を下げるハスタに、レイもまた小さく頷きこの日はそれぞれ翌日の準備をする為にその場で分かれたのだった。

 とは言っても、レイの場合は右手に嵌っているミスティリングに冒険で使う道具等は大量に入っているので、特に何を買うでもなく、いつものようにセトと買い食いをしながら宿へと戻ったのだが。






 明けて翌朝。レイはいつもより早めに目を覚まし、朝食を簡単に済ませてさらにおやつや昼食用にとたっぷりのサンドイッチを別料金で作って貰い、まだ薄暗い中をセトと共に正門へと向かって歩いていた。


「んー、やっぱりそろそろ寒くなってきてるんだな」

「グルゥ」


 自分以外にも数人程の冒険者達が正門へと向かう姿を眺めながら、思わず呟く。

 少し前までと違って鎧の上からローブやコートを身に纏っている者も多く、中には何枚ものローブを重ね着している魔法使いらしき存在もいた。

 そんな中、着ている者の快適な温度に保つドラゴンローブや、この程度の気温の変化では特に何も感じていないセト。この1人と1匹は周囲から非常に浮いている。目立つと言うだけなら既にセトの存在を知らない者は殆どいないのだが、それでも10℃を下回る気温の中を服の他にローブ1枚だけで他にコートも着ていないのでは、周囲の注目を集めるのは当然だった。

 誰が見ても何らかのマジックアイテムを使っていると言うのは明らかだったのだが、なるべく触れない方がいい存在として知られるようになってしまったレイは何を聞かれるでもなくそのまま正門へと到着する。まだ暗いせいか正門は開いてはいないが、数人の冒険者達が門の開くのを待っていた。


「あ、レイさん。おはようございます!」


 そしてレイを見つけるや否や、挨拶をしながら勢いよく頭を下げてくるハスタ。


「……朝から元気だな」

「グルゥ」

「へぇ、街で遠くからは何度か見てますが、こんなに近くで見るのは初めてです。えっと、よろしくねセト……でいいんだよね?」

「グルルゥ」


 ハスタの言葉に喉の奥で小さく鳴くセト。

 それを見たハスタは背負っていたリュックから何かを取り出してセトへと差し出す。


「えっと、うちの食堂の賄い料理を持ってきたんだけど。食べる?」


 その手の中にあったのはサンドイッチだった。ただしパンに挟まれているのはボリュームのある肉であり、肉のサンドイッチと言うよりはパン付きの肉と呼ぶのが正しいような代物だ。


「グルゥ」


 機嫌良く鳴き、差し出されたサンドイッチをクチバシで咥えて口の中へと運ぶセト。


「あ、レイさんもどうぞ。一応朝食代わりに父さんからたっぷりと作ってきて貰ってますから」

「そうか、なら遠慮無く貰おう」


 宿から出る前に軽くではあるが朝食を食べてきたにも関わらず、肉入りのサンドイッチを口へと運ぶレイ。

 一見するととても上品とは言えない料理なのだが、パンに挟んであるのは焼いてある肉ではなく煮込んである肉であり、殆ど力を入れて噛まなくても口の中で解けていく。


「……美味いな」


 思わず口から出る言葉。それを聞き、ハスタは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 やはり自分の父親が作った料理を褒められると嬉しいのだろう。


「口に合って良かったです。……あ、そろそろ門が開くみたいですよ。早く行きましょう。今日は色々と急がないといけませんしね」

「そうだな。セト、行くぞ」

「グルゥ」


 サンドイッチの最後の一口を口の中へと放り込み、セトやハスタと共に正門前へと向かう。

 その動きに気が付いた周囲の冒険者達も街の外に出る手続きをする為に移動するのだが、レイやセトに気が付くとその場で一旦止まってパーティメンバーと話をして時間を潰すのだった。


「あれ、レイ君。久しぶりだね」


 そしてレイとセトの手続きをするのはこちらも既にレイ達の専属と言ってもいいランガだ。まだ朝日も昇りきっていないのに、既にその顔には元気が溢れており、厳つい顎髭もいつも通りに黒々と艶を放っている。


「まあ、さすがに休憩は終わりってことだな。今日はあいつと一緒にガメリオンとかいうモンスターを目当てに草原の方にちょっとな」


 ガメリオンという名称を聞いた途端、ランガの頬がピクリと動く。

 その動きを見逃さなかったレイは、自分のギルドカードとセトの首に掛かっていた従魔の首飾りを渡しながらランガへと尋ねる。


「何かあったのか?」

「……いや、そうだな。君がいるのなら心配は無いだろうが……知っての通り、ガメリオンというのは毎年この時期に姿を現すモンスターだ」





「らしいな」

「それで、ランクCモンスターとしては非常に美味しい為に毎年この時期になると冒険者達が依頼やら、自分達が食べたいからと倒しに行くんだが……」

「が?」

「今年は、どうもいつもと違うらしい。いや、もちろん既に何組かの冒険者パーティはガメリオンを倒しているんだ。けど、そのパーティから妙な報告がされていてね」

「……」


 ランガに無言で続きを促すレイ。


「普通のガメリオンは体長が大体3m程度。けど、彼等の中では8mを越えるガメリオンを見たって言ってる人がいるんだ」

「……8mオーバー? また、随分とでかいな。通常の3倍近い大きさじゃないか」

「ああ。恐らく希少種だと思うんだけど……とにかく、ガメリオンを倒しに行くのなら、その辺を気を付けておくに越したことはないと思う」

「そうだな。情報助かった。俺とセトだけじゃないし、なるべく遭遇しないように気を付けるよ」

「そうしてくれ。出来れば倒してくれるのが一番いいんだけどね。……はい、どうぞ。気を付けて」


 ギルドカードを返して貰い、レイよりも少し早く待っていたハスタと共に正門を出る。当然その後ろにはセトが2人の速度に合わせるようにして歩いていた。

 そのままギルムの街をぐるりと回るようにして裏の方から魔の森のある方へと進んで行く。


「希少種の話、聞いたか?」

「はい。希少種ともなると1ランク上となるのが普通ですから、もし本当にガメリオンの希少種がいたらランクB相当になりますね。……正直、困りました」


 呟きながら思わず溜息を吐くハスタ。

 ランクD冒険者のハスタにしてみれば、ランクCモンスターであるガメリオンにソロで挑むというのもかなりのリスクを負っているのだ。今回はレイとセトという戦力がいるからこそガメリオンを狙う覚悟を決めたというのに、それがランクB相当の希少種であるとなると戦力的に厳しい。そうハスタが思ってしまうのも無理は無いだろう。だが。


「まぁ、ランクBなら何とかなるだろう」

「……え?」


 ポツリと呟かれたレイの言葉に、思わず唖然とした表情で聞き返すハスタ。

 ランクBモンスターを……しかもソロで相手取ることが出来るのはギルムの街にもそれ程多くはない。それ程のモンスターをランクDなのにどうにか出来ると言うのか? そんな疑問を抱いたハスタだったが、すぐに自分達の後ろをついてきているグリフォンへと視線を向けて納得する。

 確かにランクAモンスターのグリフォンがいればランクBモンスターでもどうにかなるだろう、と。

 レイ自身が倒したオークキング、あるいはエレーナ達と協力してではあるが倒したスプリガンや、個体ではランクCだが集団になるとランクB相当と言われているエメラルドウルフ。これらのモンスターをレイが倒してきているというのは殆ど広まっていない。オークキングに関しては知る人ぞ知る的な扱いだったのだが、ハスタは知らなかったらしい。


「いざという時は、頼むな」


 故に、ハスタはそう言いながら稀少種が出た時に頼れるだろうセトへとそう声を掛けながら頭を撫でるのだった。


「グルルゥ?」


 セト本人は何故急に頭を撫でられたのか分からず、不思議そうに鳴くだけだったが。

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