第170話

 ギルドに併設されている酒場で向かいに座っている冒険者のハスタの口から出たモンスター名に首を傾げるレイ。


「ガメリオン?」


 聞き覚えのないモンスター名に首を傾げるレイ。一応ゼパイルの知識を探して見るが、その中にもガメリオンという名称のモンスターは存在していなかった。


「悪いが初めて聞くモンスター名だな。どんなモンスターなんだ?」

「あれ? 知りませんか? この街ではそれなりに有名なモンスターなんですが」


 さも知ってて当然とばかりに呟くハスタの言葉に、レイは思わず苦笑を浮かべる。


「何しろ俺がこのギルムの街に来てからまだそれ程経ってないんでな。ギルムの街では常識だったとしても、俺にとっては知らないことも多いんだよ。だからよければ教えてくれ」

「あ、そう言えば……」


 レイの言葉にそのことを思い出したのだろう。小さく頷いたハスタが口を開こうとして……


「お待たせしました」


 酒場のウェイトレスが注文した料理を運んでくる。

 それに軽く礼を言い、料金を払ってから注文した串焼きへと手を伸ばすハスタ。


「まずは食べましょう。温かい料理は温かいうちに食べるのが礼儀ですしね」

「確かに冷えた串焼きとかはあまり食いたくはないな」


 ハスタの言葉にレイも同意し、串焼きへと手を伸ばしながら尋ねる。


「それでガメリオンとか言ったか。どんなモンスターなのか、改めて聞かせてくれ」

「あ、はい。さっきも言いましたが、ガメリオンというのは秋から冬になるこの季節にギルムの街の近くにある草原に姿を現すモンスターです。外見は……そうですね、巨大な兎というのが一番近いでしょうか」

「……兎?」


 ランクDに昇格して1年以上経つ、既にベテランと言ってもいいハスタが自分に協力を仰いでまで倒したいモンスターと聞き、ドラゴンとまではいかないまでもダンジョンで戦ったスプリガンレベルのモンスターを想像していたレイは思わず聞き返す。

 本気か? と言う意味を込めた問いかけだったが、ハスタは真面目な顔で頷く。


「はい、兎です。とは言っても、もちろん普通の兎ではありません。あくまでも外見は兎に近いというだけで非常に凶暴なモンスターです。体長は約3m程で、身体を覆っている毛は刃物を使った攻撃に限定すれば防御力が非常に高いです。主な攻撃手段は刃のように鋭い斬れ味を持っている耳に、標的に噛みついて毒を注入する牙。それと尻尾は1m程の長さを持っているのが普通で、鞭のように振り回します。これらの攻撃を兎特有の高い瞬発力と共に行ってくるので、モンスターランクCの非常に厄介なモンスターです」

「……兎?」


 再び先程と同じ言葉を口にするレイ。

 レイの中にある兎と言えば、このエルジィンに来る前に暮らしていた実家の近くにある山で時々見る存在だった。その大きさは体長30cmといったところで、少なくても3mなんて大きさの兎は想像の範囲外だ。


「ええ。兎です。ですがあくまでも先程言ったように兎に見えるのは外見だけで、その本性はモンスターでしかありません」

「……だろうな」


 たった今聞かされた説明を脳裏でイメージするが、それはとても兎と呼べるような姿ではない。


「それでどうでしょう? 手を貸して貰えますか?」


 ハスタからの問いかけに、パンを噛み千切り、スープで流し込んでから口を開く。


「その前に幾つか聞きたい。その結果次第でこの依頼……いや、頼みを引き受けるかどうかを決めようと思う」

「はい。分かりました」


 レイの言葉に神妙に頷くハスタを見ながらレイの問いかけが始まる。


「まず第1に。もしお前の頼みを受けた場合の俺のメリットは? さっきは報酬を支払う金が無いからギルドに依頼を出せないと言っていたが、この場合は当然俺にも支払えるような金は無いんだろう?」

「そうですね。ですがレイさんは魔石のコレクターだと聞いています。僕が欲しいのは、あくまでも家の食堂で使うガメリオンの肉なので、魔石と素材に関しては全て持っていって貰って構いません」


 その言葉に、ふと脳裏で先程ケニーから聞いた内容を思い出す。


「確か以前にパーティを組んでいた時、その条件で揉めたと聞いているが?」

「あー……知ってましたか。確かにそうですが、今回のガメリオンに限ってと区切れば問題は無いんじゃないでしょうか? 僕が欲しいのは肉。レイさんが欲しいのは魔石で、素材に関しては全て譲っても構いませんし」

「なるほど。まぁ、それはいいとして。この質問はあまり関係無いんだが、何で俺が魔石を集めていると知ってるんだ?」


 魔石を集めていると公言している訳でも無いし、それを教えた面子もそう多くはない。それなのに何故目の前にいるハスタがそれを知っていたのか疑問に思って尋ねたのだが……


「え? レイさん自分がどのくらいこのギルムの街にいる冒険者の間で有名なのか知らないんですか?」


 返ってきたのは驚きの表情を浮かべながら告げられたそんな言葉だった。


「……何?」

「そもそもレイさんがギルドに持ってきている素材や討伐証明部位の量がソロの冒険者としては異常なんですよ。そしてその割には一番高額で売れる魔石の量がいまいち素材の量に合ってないというのは以前から結構有名でしたよ?」

「そうなのか?」

「はい。何しろソロであれだけ稼いでいる人も珍しいですから。で、そのお零れに預かりたい人が素材を売っている時に魔石の数が足りないと気が付いて、それが知れ渡った感じです」

「……そうか」


 聞いてみれば何でも無い解答に、思わず溜息を吐くレイ。

 冒険者が集まっているギルドでは無く、どこかの店に直接売りに行けば良かったのかも……と内心で思ったレイだったが、値段交渉の面倒くささを考えるとすぐにその案は没になる。何しろハスタが言ったように、レイが売りに出している素材は普通のソロで行動している冒険者どころか、パーティで活動している冒険者より多いということも珍しくはないのだ。それを毎回海千山千の商人達と交渉をするのなら、交渉の必要がない代わりに多少安くても一定の値段で、そして素早く買い取ってくれるギルドに売る以外の結論はないのだった。

 コホン。

 小さく咳払いをして、話を続けるレイ。


「で、話を戻すが。俺に協力を要請してきても断られるとは思わなかったのか? 例えば俺が1人でそのモンスターを倒しに行くとか。そうすればわざわざ肉と素材みたいに分ける必要もないんだが」

「もちろんその可能性は考えました。けど、ある人からアドバイスを貰いまして。レイさんなら事情を話せば恐らく無下には出来ないだろうと」


 その言葉にピクリと頬を動かすレイ。

 自分と関わっている人物はこのギルムの街で考えるとそれ程多くはない。それなのにそんな風に言われるような覚えは殆どなかったからだ。


「誰だ、そんな傍迷惑なことを言ってるのは」

「その、うちの近くにある鍛冶屋のパミドールさんです」


 パミドール、鍛冶屋。その2つの単語を聞き、脳裏に一見すると山賊にしか見えない強面の顔を思い出す。


「あいつか」

「はい。引っ越して来てからそれ程経っていないんですが、あの辺では色々と有名なんですよ。顔と中身のギャップが凄いって」

「……だろうな」


(とは言っても、パミドールの紹介ともなれば断るのは無しだな。ブラッソから聞いた話だとこの国でも有数の実力を持つ鍛冶師だって話だし。アゾット商会が俺の敵に回った時にも、その命令を無視して俺に対して商品を売ってくれると言ってたしな。ああいう性格の奴とは出来るだけ友好的に接しておきたい。こっちが義理を忘れなければ向こうも忘れないだろうし)


 頭の中で素早く計算し、口を開く。


「しょうがない。パミドールの紹介だとすれば断る訳にもいかないか。ガメリオンとやらを仕留めるのは手伝わせて貰おうか。この時期だけ出没するモンスターの魔石というのも捨てがたいしな」

「ありがとうございます!」

「それで、話が決まったのなら次は実際にいつ出向くかだが……」

「その、それよりも前に一応確認しておきたいんですがレイさんってアイテムボックス持ちって本当なんですか?」

「ん? ああ。それについてはそうだな。ほら」


 呟くや否や、ミスティリングから鞘に入ったままの短剣を1本取り出すレイ。

 そしてハスタはそれを見ると喜色満面といった笑みを浮かべる。


「うわっ、本当にアイテムボックスだ。……実物を見るのは初めてですよ」

「現存数は少ないらしいからな。それでわざわざ確認したってことは何か理由があるのか?」

「はい。その、ですね。ガメリオンが大体3mくらいの大きさだと言うのはさっき話した通りなんですが……その、出来ればその肉について運ぶ時にアイテムボックスを使わせて貰っても構わないでしょうか?」

「……」

「もちろん無料でとは言いません!」


 アイテムボックスを使うと言うのに一瞬考えこむレイだったが、ハスタはそれを見た瞬間に口を開く。

 レイにとってはそれはいつものことだったので特に問題は無かったのだが、一般的な冒険者にしてみればアイテムボックスと言う非常に稀少度の高いマジックアイテムを使わせて貰うというのは身の丈に合わないように感じられたのだろう。


(なら、これを利用してどこまで本気なのか試してみるか)


 内心で呟き、ハスタへと視線を向けながら口を開く。


「基本的に金がないと自分で言うお前が、俺に何を対価として差し出す?」

「確かに僕には自由になるお金は殆どありません。なので、提供出来るとしたら僕と言う労働力くらいです」

「労働力?」

「はい。レイさんはモンスターは大量に倒してますけど、素材の剥ぎ取りや解体があまり得意じゃないんですよね? 僕は小さい時から家の食堂でモンスターの解体を手伝ってきたので、その手の作業には慣れています。なのでそう言う意味では十分レイさんの力になれると思います。もちろんこれからずっとと言う訳にはいきませんけど……素材の剥ぎ取りをこれから10回無料で手伝うと言うのはどうでしょう?」

「……ほう」


 予想外のその提案に、思わず感心したように頷くレイ。

 レイにしてみれば、確かにモンスターの素材を剥ぎ取ったり魔石を取り出したりする為の解体はそれ程得意ではないのでハスタの提案には惹かれるものがあった。それにギルドにわざわざ依頼を出さなくてもいいというのはレイにとっても明らかに利益があった。何しろ一番手間の掛かる面接をしなくてもいいのだから。


「確かにその提案は魅力的だな。……だが、何故そこまでしてガメリオンとかいうモンスターの肉を求めるんだ? 確かにこの季節しか姿を現さないのなら稀少価値は高いんだろうが」


 その言葉に数秒程黙り込んだハスタだったが、やがて小さく話し始める。


「実はうちの食堂、今ちょっとした借金がありまして。なるべく早くそれを返したいんですよ」

「借金?」

「はい。あ、もちろん悪い商人から借りてるとか、知り合いの借金を引き受けたとかそう言うんじゃないですよ。ただ純粋に食堂の施設を増設する時に借りた借金ですので。利息に関しても特に暴利な訳でもないですし。……でも、小さい頃から金の貸し借りだけはしっかりしろって両親に育てられてきたので、どうしても借金がある状態というのがこう……すっきりしないんですよね」


 どこか照れ隠しのように、既に冷え始めているスープを口に運ぶハスタ。


「で、その借金の解決策がガメリオンか」

「はい。ランクCモンスターだけあってその肉は相当美味しいですし、何よりもこの季節限定で稀少度も高いですから」

「……けど借金があるのなら、それこそ肉だけじゃなくて魔石や素材もあった方がいいんじゃないのか?」

「あははは。僕もそう言ったんですけど、父さんに『子供に借金を背負わせる程俺達は頼りないのか!』って怒鳴られちゃいまして。妥協点として食堂で出す為にいつも取ってきているようなモンスターの肉じゃなくて、高い値段の料理に使える高ランクモンスターの肉を取ってくるってことになったんです」

「なるほど」


 頷くレイだったが、料理に使うとしてもすぐに全ての料理が売れる訳では無いのだろうというのは予想がついていた。何しろ高級な料理なだけに注文する者もそれ程多くないだろうと。


(まぁ、3m程度の大きさのモンスターの肉なら悪くなる前に全部捌けるという自信があるのかもしれないが)


 頷くレイに対して、これまで元気よく答えていたハスタが何処か遠慮がちに声を掛けてくる。


「それで、ですね。実はちょっと前に父さんの知り合いの人から話を聞いたんですが」

「話?」

「はい。その知り合いの人は表通りで露店を出しているんです。食べ歩きが出来るようなサンドイッチや串焼きのような簡単な軽食の類ですね。それで、レイさんにちょっとアドバイスを貰ったら料理の味が良くなって売り上げが伸びたって。なので出来ればうちの食堂でも何かアドバイスをして貰えれば、と」


 そう言われて、レイの脳裏に過ぎったのは良くセトへとサンドイッチを与えている露店の店主だった。セトを可愛がっており、その露店でサンドイッチを買うとサービスをしてくれるので、その礼にと簡単なホットサンドのレシピを教えたのだ。ようはサンドイッチを焼くだけという、レシピとも言えないようなレシピなのだが、少なくてもギルムの街にホットサンドという料理は無かったらしく結構な人気の商品となっていた。もっとも、パンで具材を挟んで切る前に焼くという一工程を加えただけなのですぐにその調理法は広まってしまったが。


「サンドイッチを焼くなんて普通はなかなか考えつきませんよ。でも、焼くと美味しいんですよね。チーズとかハムとか。……具材によってはちょっと合わないのもありますが。それで、その知識を見込んで是非うちの食堂にも名物の一品をお願い出来ないかと思って」

「……俺は料理に関しては素人もいい所だぞ? ホットサンドにしたってあんなのはパンを焼くだけなんだから誰でも思いつきそうなものだし」

「それを実際に思いつく所が凄いんですよ。……お願い出来ませんか?」


 ハスタに懇願するような視線を向けられ、数秒程悩むレイだったが……やがて何かを思いついたように小さく頷く。


(このエルジィンには麺料理というのが存在していない。いや、もしかしたら他の国や街にはあるのかもしれないが、このギルムの街には存在していない。となると丁度いい機会か? うどん辺りなら小麦粉と塩と水があれば出来るし。……ただ、問題は俺自身がうどんを作る為の知識を殆ど持っていないってことか。前に家で作ったことがある程度でどうにか出来るか? ……いや、どのみち作るのは本職の料理人なんだ。俺に出来るのはヒント程度で、工夫に関しては向こうに任せればいいだろ)


 内心でそう意見を固めてからハスタへと声を掛ける。


「そうだな。俺にも試して欲しい料理のアイディアがあるし、それを実現するいい機会だろう。だが俺に出来るのはあくまでもアイディア程度だぞ。それを実現出来るかどうかは料理人の腕に掛かっている」

「ありがとうございます!」


 レイの言葉に、勢いよく頭を下げるハスタだった。

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