第169話

「……どうしてこうなった」


 アゾット商会の件が片付いてから2週間程。既に晩秋も過ぎて後はひたすらに冬へと向かい、外の気温も既に肌寒くなってきた中で思わず溜息を吐くレイ。

 もっとも周囲の気温が幾ら寒くなったとしても……あるいは暑くなったとしても、ドラゴンローブ自体が使用者の快適な気温を保つという効果がある為、レイにとっては雪が降って歩きにくくなるようなことにでもならなければ特に影響はないのだが。

 現在レイがいるのはギルドの中だ。ここ2週間程は疲れを癒したり必要な道具を購入したり、あるいは図書館で本を読むというような生活を送ってきたのだが、そろそろ休暇を終えて本格的に冬が来る前に一仕事しておこうと判断してギルドへとやって来たのだ。……しかし丁度いい依頼を探していると、突然1人の冒険者に声を掛けられたのだ。そして名前を尋ねられてレイだと名乗ると、いきなり深く頭を下げられるという意味不明の状況に陥っていた。

 人混みを嫌うレイなので、ギルドに訪れた現在の時間は朝と昼の間。大体午前10時前後の時間帯となっている。その為にギルドの中にいた冒険者の数自体はそれ程多くはないが、それでもある程度の人数は存在していた。そんな中でいきなり深く頭を下げてきたのだ。レイと頭を下げている冒険者は当然周囲から非常に目立つのはしょうがないだろう。そう、それこそ見世物の如く。

 目立つという事態は既に今更なので特に気にしてはいないレイだが、それでも見世物のような扱いは御免被るとばかりに溜息を吐いてから口を開く。


「取りあえず頭を上げろ」

「じゃあ、話を聞いて貰えますか!?」


 いい返事を聞くまでは絶対に頭を上げないとばかりのその言葉に、再度溜息を吐く。


「……分かった。少しくらい話は聞く。そうだな、酒場で席を取っておいてくれ。こっちも用事を済ませたらすぐに行くから」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 勢いよく頭を上げ、初めて今まで頭を下げていたのがどのような顔をしているのかを見ることが出来たレイ。

 外見で言えばレイと同年代……いや、レイが15歳程度と考えるのなら若干上の18歳程度だろうか。このエルジィンという世界では既に立派に独り立ちしているべき年齢の青年だ。金髪……と言うよりは黄色と表現すべき髪の色をしており、どこか生真面目そうな顔をしている。装備しているのは、動きやすさを考えてなのかレザーアーマーに金属の鎧の部品を使って所々補強しているような鎧だった。腰には長剣。ただし普通と違うのはその長剣が異様に細いということか。当然その長剣が納められている鞘もまた同然に普通の長剣よりも細長い。


(いわゆる、エストックとかいう武器か)


 エストック。見た目通りに普通の長剣に比べて華奢と言ってもいい細さの剣である。基本的に斬るのではなく突きに特化した剣であり、敵の攻撃を刀身で受け止めるという真似も出来ない。いや、やろうと思えば出来るのだろうが、余程上手く受け流さなければあっさりとへし折れるだろう。エストック最大の特徴である突きに関しても、まともな金属鎧に当たってしまえばエストック自体が折れてしまうし、鎧に覆われていない部分や関節部分といった場所を狙わなければならない玄人好みの武器と言える。少なくても初心者が扱うような代物ではない。


(となると……ある程度は実力を持っている冒険者か?)


 内心で呟き、ギルド内部にある酒場へと向かっている男の後ろ姿を見送る。

 確かにその足捌きはそれなりに実力がある者のそれだった。


「さて、また何か一騒動……とかじゃないといいんだがな」


 アゾット商会での権力闘争から2週間程。ようやくギルムの街でも武器屋関係の混乱が収まり、通常通りの喧噪が戻って来ているのだ。一般人にとってはそれ程意味の無い混乱ではあったが、武器が必須の冒険者にしてみればかなり面倒な混乱だった。まぁ、それもあってレイは2週間程休暇と割り切って休んでいたのだが。

 来春になればベスティア帝国との戦争が間違い無いとされているのだから、せめてこの冬は穏やかに過ごしたいものだ。脳天気にそう考えつつ、レイはカウンターへと向かう。


「あはは。目立ってるねレイ君」

「ちょっと、ケニー! あまりそういうことを言わないの。それで、えっと、レイさん。今日はどんな用件で? 依頼書は持っていないようですが」


 チラリ、とレイの手元を見ながら話すレノラに小さく首を振る。


「いや、さっきの男のことで何か知ってたら教えて欲しくてな。さすがにいきなり頭を下げられるなんて体験は初めてだったし」


 あるいはギルドの中にレイの知り合いの冒険者がいたりすればその辺の情報を教えて貰えたのかもしれない。だが現在は昼前であり、普通の冒険者はそれぞれに依頼を受けるなりなんなりしている為、ギルド内部にいる冒険者の数はそれ程多くはない。そしてその中にレイの知っている冒険者は誰もいなかった。

 これが、逆にレイを一方的に知っているだけの冒険者となると実はそれなりの数になる。元々色々と目立っていたレイだったが、ボルンターとガラハトの件を通してアゾット商会の冒険者達と派手に揉めたのが原因でその実力や容赦のなさもこれまで以上に知れ渡っていたりする。その為にレイに向かって自分から話し掛けるような者の数は少ない。


「まぁ、能力とかそう言うのじゃなくて、一般的な評判の類でいいのなら教えても構いませんが」

「それでいい」


 レノラの言葉に頷くレイ。

 そしてレノラが口を開こうとしたその時、押しのけるようにしてケニーが身体を割り込ませてくる。


「あ、じゃあ暇だから私が教えてあげるね」

「ちょっ、ケニー!?」

「人当たりは私の方がいいから、レノラよりも詳しい話は知ってるんだけどなー」


 猫の獣人であるケニーが、本当の猫のように喉をゴロゴロと鳴らしながら上目遣いでレイへと視線を向ける。

 ……尚、上目遣いというのはケニーが座っているからであって、本来の身長に関して言えば実は若干ケニーの方が高かったりする。


「あー、そうだな」


 チラリとレノラの方へと視線を向けるレイだったが、レノラもレノラでしょうがないとばかりに肩を竦めているのを見て小さく頷く。


「分かった。じゃあ頼む」

「任せて。名前はハスタ君。ランクD冒険者でこの街の出身。大体今から1年くらい前にランクDになったから、それなりにベテランって言ってもいいかな。さっきレイ君も見たように、思い込んだら一直線って感じの性格をしてるわね。実家は図書館の近くで食堂をやってるらしいわよ」

「へぇ、食堂ねぇ。……ん? ランクD冒険者ってのはともかくパーティは?」

「ハスタ君はレイ君と同じくソロなのよ」


 ケニーのその言葉に、少し驚くレイ。

 もちろん自分以外にもソロの冒険者がいるのは知っていた。レイ自身の知り合いで言えば、魔力を見ることが出来る魔眼を持っているルーノがいる。だがそれでもソロというのは圧倒的に少ないというのもまた事実なのだ。それこそ、余程自分の腕に自信があるか、あるいは性格的に問題があってパーティを組んでくれるメンバーがいないか。そしてレイ自身のように他人に話せないような秘密があるか。


「俺が言うのもなんだが、ランクDでソロってのは珍しいな。何か理由があるのか?」

「理由って言うか、そもそもハスタ君が冒険者を目指したのが家の手伝いをする為だったらしいから。今も言ったように実家が食堂をやっているのよ。そこで自分の倒したモンスターの肉を使えば材料費はかなり安くなるでしょう?」

「……なるほど。パーティを組んで戦えば分け前が必要になってくるからな。もっとも、肉と魔石とかで分けることも出来そうだが……」


 レイのふと思い浮かんだその疑問に、ケニーは微かに眉を顰める。それは同時に、ケニーの後ろで話を聞いていたレノラもまた同様だった。


「確かに最初はレイ君が言うように魔石とモンスターの肉って具合でパーティを組んでた時もあったのよ。でも、分け前で揉めてね。結局そのパーティは解散。当時はまだランクEの冒険者だったけど、ハスタ君自体がそれなりに腕が立ったからそれからはソロで活動しているの」

「なるほど。確かに腕は立ちそうだったな」


 酒場の方へと去って行った時の身体の動かし方を思いだして納得するレイ。


「大体分かった。取りあえず話を聞いてからどうするか決めるとするよ」

「うん。その……出来れば力になってあげてね?」


 少し心配そうに告げてくるケニーの言葉を背に、酒場で待っているハスタの下へと向かうのだった。






「悪いな、待たせて」

「いえ、大丈夫です! それよりも時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」


 テーブルに額をくっつけるのかと思う程に頭を下げてくるハスタを横目に、レイもまた席に着く。


「あ、今日は僕の用事で手間を取らせたので奢らせて貰います。……とは言っても、あまりお金を持ってないので安いものでお願いしますが」


 照れたように笑みを浮かべつつ告げてくるハスタに頷き、近づいて来たウェイトレスに暖かいスープと串焼き、パンのセットを注文する。少し早い昼食だ。……燃費の悪いレイにしてみれば、この程度の料理は昼食と言うよりも間食程度の量だが。


「じゃあ、僕もそれで」


 安いセットだったのが嬉しかったのだろう。ハスタもまた同様の料理を注文をしていた。

 そしてウェイトレスが厨房へと向かったのを見ながら、被っていたドラゴンローブのフードを下ろして改めてハスタの顔を見る。


「うわっ、本当に僕よりも若いんですね」


 レイの童顔とも言える顔を見て思わず驚くハスタ。だが既にそんな反応に慣れきっているレイは、特に気にした様子も無く口を開く。


「まあな。で、単刀直入に聞くが俺に何の用だ? 出会っていきなり頭を下げてまで頼み込んでくるってことは、かなり困ってるんだろう?」

「……はい。実は僕の実家は食堂をやってるんですよ。それで僕が倒したモンスターの肉を父さんや母さんに使って貰ってるんですが」


(俺がミスティリングの中に確保してあるモンスターの肉を格安で売ってくれ、とかいう流れか?)


 そう予想するレイ。何しろ体長2mの……そして最近はさらに大きくなってきているセトがいるのだ。そのセトに対して腹一杯食べさせる為にレイのミスティリングの中には大量のモンスターの肉が収納されている。大分少なくなって来たがそれでもまだ大量にあるオークの肉や、ダンジョンで大量に襲ってきたウォーターモンキーの肉。それら以外にも多種多様なモンスターの肉をレイは持っている。だからこそハスタの目的は自分の持っている肉だとばかり思っていたのだが……


「いいえ、違います」


 レイの顔を見て何を考えているのかを理解したハスタは、何か言われる前に自分から否定する。


「レイさんがグリフォンを従えていて、そのグリフォンの為にモンスターの肉を集めているというのは色々と噂で聞いて知っています。だからそれを目当てに来たと思われるのかもしれませんが、僕が求めているのはレイさんに力を貸して貰うことです」

「……力を貸す?」

「はい。実は、秋から冬に掛けて……そう。丁度今くらいの季節からあるモンスターが出没するんです。とは言ってもこのギルムの街の近くじゃなくて半日くらい離れた場所にある草原に、ですけどね」


 ギルムの街から半日程離れた草原。そう聞かされてレイの脳裏を過ぎったのは、よく自分やセトがスキルの習得を行う時に使っている場所へと行く時に通り過ぎていく草原だった。


「それは、もしかしてギルムの街から魔の森方面に向かう時にある草原か?」

「あ、知ってましたか。そうです。そこに出て来るモンスターを倒すのに協力して欲しいと思って」

「……協力、ねぇ。依頼とかを出せばいいんじゃないのか?」


 視線を依頼ボードの方へと向けて尋ねるレイに、ハスタは苦笑を浮かべて小さく首を振る。


「冒険者を雇うとなると、相応にお金が掛かります。特に報酬とかは今の僕にはちょっと資金的に無理があって。……なので僕自身がそのモンスターを倒しに行こうと思ったんです。ただ、僕だけの力じゃちょっと厳しいので実力があって、ランクが僕と同じで、ソロで活動しているレイさんに声を掛けさせて貰いました。もちろん他にも色々とレイさんを選んだ理由はありますが……」

「なるほど」


(これも一種のギルドを通さずに冒険者に直接依頼と言う奴か)


 内心で呟きつつ、口を開く。


「ちなみに、俺に協力を頼んでまで倒して欲しいモンスターって言うのはどんな奴なんだ?」

「ガメリオンです」

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