ガメリオン
第168話
「は? ハーピーの解体は既に終えているじゃと?」
悠久の力の面々とモンスターの解体を済ませた翌日。宿まで訪ねてきたフロンとブラッソへ既にハーピーの解体は済んでいると告げた時に返ってきた言葉がそれだった。
「ああ。お前達も知っての通り、モンスターの解体に関して依頼を出していただろう? それを昨日済ませたんだが、その時ついでにハーピーの解体もな」
「……いや、それは……あぁ、別にどのモンスターの解体とか指定していなかったからそれでいいのか」
フロンが多少首を傾げたか、それでも最終的にはレイの出した依頼書の内容を思い出したのだろう。納得したように小さく頷く。
「まぁ、その分昨日は随分遅くまで外でモンスターの解体をしていたけどな。日が暮れるのも早くなってきたから、最後の方にはかなり忙しかった」
溜息を吐きながら呟くレイ。
何しろ昨日の依頼が完了した時には、既に日が沈みかけていたのだ。夜になった街の外は当然モンスターが跳梁跋扈する世界となる訳で、特に武器や鎧の殆どを修繕している悠久の力の面々は、日が落ちてくるのを見るにつれ死に物狂いでモンスターの解体を行っていた。
「お前って結構……いや、ある意味それでこそレイか」
呆れたように呟くフロンだったが、気を取り直してレイへと声を掛ける。
「それじゃあ、ハーピーの素材に関しては約束通りに」
「うむ。魔石2個をレイに。その他は全てギルドで売って魔石分を儂等に多めにと言うことじゃったな」
「俺としてもそれで構わない。じゃあ、早速行くか?」
レイの言葉に頷き、一行は早速ギルドへと向かおうとしたのだが……
「雲行きが怪しいな」
宿を出たレイが、空を見上げながら呟く。
空はどんよりとした雲に覆われており、いつ雨が降ってきてもおかしくない状態だ。
「まぁ、昨日解体している時に雨が降ってこなかっただけマシか」
「うーむ、こんな時は酒場でゆっくりとしているのが一番なんじゃがのう。昨日は何だかんだあって疲れていたからゆっくりと飲めなかったし」
「嘘を言うな、嘘を。ずっと酒場に居座ってただろうが」
そんなやり取りをする2人を既にいつものこととそのままに、セトを迎えに厩舎へと向かうレイだった。
「はい、セトちゃん。これ食べてー」
5歳程の少年が手にサンドイッチを持ってセトへと差し出す。
「グルルゥ」
既に見慣れた、そんないつもの光景を眺めつつレイもまた露店で買った串焼きへと舌鼓を打つ。
「レイ、ほらこれもどうだい。ケルピーの串焼き」
「ケルピーじゃと?」
子供達と遊んでいるセトを眺めているレイへと串焼き屋の主人が声を掛けるが、それに反応したのはレイではなくブラッソだった。
「ケルピーと言えばランクCモンスターだろうに。良く手に入ったな」
そんなブラッソの隣では、こちらもまたセトを眺めていたフロンが驚いたように声を上げる。
「ちょっと高かったけどな。ほら、今このギルムの街にはヴェトマンさんが率いる商隊が来ているだろう? 彼等が持ってた商品が出回り始めたんだよ」
「……あぁ」
串焼き屋の言葉に、夕暮れの小麦亭で出会った人当たりのいい商人を思い出すレイ。
(そう言えば、あいつ等に確保しておいて貰った冒険者とかはどうなったんだろうな? 既にアゾット商会の件は落ち着いたから解放されていると思うが。……まぁ、多少拘束が長引いた所である意味自業自得だしな。俺が気にする必要は無いか)
内心でそう呟くレイだったが、実は既にヴェトマン達が捕らえていた冒険者は昨日宿に来た騎士が引き連れて行っており、今は幾ら依頼とは言っても宿屋に……正確に言えば宿屋にある厩舎に襲撃を掛けた罪で捕らえていたりする。もっとも、現在アゾット商会の会頭であるガラハトはそれらの罪は全てボルンターが指示したものであるとして保釈金を払って着々とその戦力を増やしているのだが。
何しろアゾット商会は色々な街や村、あるいは都市に辺境ならではのモンスター素材や、その素材を使って作りあげた武器を輸出している。だがこれまでの評判の悪さはそう簡単にどうにかなるものでは無く、護衛として使える戦力を必要としていたのだ。
ギルムの街の領主であるダスカーにしても、アゾット商会の売り上げが落ちれば納められる税収も減る為に保釈金で冒険者達を解放していた。
もっとも、次に罪を犯せば相応の罰があると言い含めた上でだったが。
「にしても、ランクCモンスターのケルピーを市場に流すとは……なかなか腕の立つ者が揃ってる商隊じゃのう」
こちらもケルピーの串焼きを口に運びながら満足そうに呟くブラッソ。
殆ど顎に力を入れなくても噛みきれる程に柔らかい肉。だが、噛み締めるとしっかりと肉の味がして、肉汁と味付けに使われている塩ダレが絶妙な味を口の中で醸し出す。そして次の瞬間にはその味だけを口の中に残し、肉自体はまるで霞のように消えている。
「くぅっ、美味いのう。店主、もう2本……いや、5本くれ」
「あー、すまないな。幾らケルピーの肉があるとは言ってもさすがに数はそれ程ないんだ。申し訳ないが、1人1本で我慢してくれ」
「……むぅ、そうか。こうなったら近い内にケルピーの討伐任務を受けるべきかのう……」
1人1本という言葉に思わずそう呟くブラッソだったが、次の瞬間にはフロンの拳が後頭部へと振り下ろされる。
「ぐっ!?」
「あんまり馬鹿を言うな。お前の酒の肴の為だけにそんな危険な討伐依頼を受ける気はないぞ」
「……どうしても駄目か? フロン、おぬしもこれを食ってみればじゃのう」
「うるさい。同じことを何度も言わせるな、全く。ほら、レイとセトも食ってばかりいないでさっさと行くぞ。ギルドでハーピーの素材を売るんだろう?」
ブラッソを引っ張りながら告げるフロン。その様子を見ながら、レイとセトも周囲の者達に断ってその場を後にする。
……もちろん、串焼きやサンドイッチの類を幾つか買ってからだが。
「あれ? 昨日あれだけ大量に素材や魔石を売ったのに今日もまた何かギルドに御用ですか? あ、もしかして依頼を探して?」
ギルドに入って来たレイ達へとレノラがそう声を掛けてくる。
何しろ昨日の解体で得た素材やら魔石の量は膨大であり、手の空いているギルド職員が手分けして査定したのだ。
もちろんキュロットやスコラ達悠久の力のメンバーはそれに付き合う訳もなく、報酬を受け取ったらさっさと帰って行った為にレイ1人で。
「楽して儲かる仕事ってないものなのね」
キュロットの疲れ切ったその言葉が妙にレイの印象に残っていた。
「いや、今日も素材の売却だ」
「……え!? いや、だって昨日……」
レイの言葉に唖然とした表情を浮かべるレノラ。その横では、レイ贔屓のケニーすら驚愕の表情を浮かべている。
そんな馴染みの2人の様子に、思わず苦笑を浮かべるレイ。
「今日持ち込んだのは、ハーピーの素材だ。ほら、この2人と一緒に行った依頼の」
そう言い、後ろにいたフロンとブラッソを見るレイ。
その2人は2人で、どれだけ大量の素材を持ち込んだんだとばかりにレイへと視線を向けている。
……尚、スコラとレイで意見の違ったウォーターモンキーの眼球については、スコラの持っている本の方が正しかったことが判明した。正確に言えば10年近く前までは確かにウォーターモンキーの眼球も素材として買い取っていたのだが、今では同様の性質を持ちながらもより効果が高く、尚且つ安価な触媒が発見された為に既に錬金術師達が使わなくなった素材だというのが正確な所だった。あるいは素材の足りないような田舎――辺境ではなく――なら使う者もいたのかもしれないが、少なくてもギルムの街では既に使われておらず、輸送に関しても請け負う業者がいなかった為に眼球とそれを保存するケースの料金に至ってはほぼ丸損という結果になったのだった。
レイが持っている本が古い為にそのような事態となっていたのだが、さすがにこの件に関しては責めるべき相手もいないので溜息を吐いて諦めるしかない。それでも大量の素材をギルドが買い取ってくれたので最終的に見ればその程度の出費は気にならない程の金額を受け取ったのだが。
「と言う訳で、安心してくれ。素材自体はそれ程多くない」
呟き、ミスティリングからハーピーの討伐証明部位である右耳、剥ぎ取った素材である足の爪、尾羽。そして魔石を取りだしていく。
もちろん事前の約束通りに魔石2個に関してはレイ達の取り分として既に取り除いてある。
「確かにそれ程多くありませんね。これならすぐに鑑定出来ますので待っていて下さい」
レノラがそう言い、早速とばかりに討伐証明部位の右耳を手に取る。
「ケニー、討伐証明部位の方、お願い」
「分かったわ。レイ君の為だから頑張らないと」
「……あんたがそんなんだから、素材の鑑定を任せられないのよ。昨日だって甘めに鑑定しちゃうし」
「あはははは。で、でもほら。素材の状態については全体的にそう悪くなかったでしょ?」
どこか誤魔化すような笑みを浮かべるケニーに、レノラは溜息を吐いてから素材の鑑定へと戻る。
「これは……あぁ、昨日の悠久の力の皆さんにお願いしたんですか? 素材の剥ぎ取り方の特徴が一致しています」
「ああ。だがこのハーピーの素材に関してはブラッソ達との依頼で受けたものだからな。勝手に換金するような真似は出来ないだろう?」
「そうですね。その辺を気にしないで勝手にギルドや店に素材を売って、後でそのことが原因で揉めるなんて話は時々聞きますね。酷い時にはそれが原因でパーティが解散する時もあるとか。……へぇ、それにしても昨日もそうでしたが、なかなかにいい状態で素材を剥ぎ取ってますね。特にハーピーの尾羽。矢羽に使えばかなり性能の高い矢が出来そうです。もちろん鏃とか他の部品にも相応の素材が必要でしょうが」
感心したように頷き、丁寧にハーピーの尾羽を纏めてよせるレノラ。そして次に取り出したのは足の爪だ。
「……その足の爪も素材になると聞いたんだが、どう使われるんだ? 錬金術師が使うのか?」
「それもありますし、鎧の表面に装着するという方法もあります。体当たりや敵に引っかけたりとかの攻撃的な鎧という感じで。他にも棍棒の先に埋め込んだりとかもしますね。結構使い勝手のいい素材なんですよ」
機嫌良さげに告げるレノラが次に手に取ったのは最後に残った魔石だった。
「こちらも欠けや傷の類は無いですし……良質な魔石ですね」
魔石に関しては外見を軽くチェックしただけで終わり、素材を持って一旦カウンターの奥の方へと引っ込んでいく。
「ちょっと待って下さいね。ケニー、そっちは?」
「こっちはもう準備出来たわ。はいこれ。討伐証明部位の分よ」
既に用意してあったのだろう。カウンターの内側には数枚の銀貨があった。
それを確認したレノラは小さく頷くと、レイ達の相手をケニーに任せて手続きを進めていく。
もちろんケニーとしても、レイと話が出来るチャンスなので特に文句を言わずに……いや、むしろ笑みを浮かべてレイへと話し掛ける。
「そう言えば、アゾット商会の件聞いた?」
ケニーの口から出て来た話題は、ある意味では現在ギルムの街で一番注目を集めているものだ。
「あー、大体は。会頭が替わったんだろう?」
口止め料を貰っている以上は詳しい話をする訳にもいかない為、誤魔化すように話を合わせる。
「そうそう。何でもギルドに登録している商人が言ってたんだけど、これまでよりも随分と武器取引に関しては風通しが良くなったらしいわ」
「……ギルドに登録している商人?」
ケニーの口から出て来た言葉に、思わず首を傾げるレイ。
そんなレイの様子に内心で歓声を上げつつも、表面上は笑みを浮かべたまま頷くケニー。
「あれ、知らなかった? 商人達の中には自分でモンスターを倒して素材を集めて武器を作るって人も少ないけどいるのよ。そしてその作った武器を自分で使ったり、売りに出したりね」
「なるほど」
(確かに自分で素材を取ってきて、武器や防具を作って、それを売るのなら冒険者に支払う素材の買い取り料金とかを節約出来る。……だが逆に考えれば、それは冒険者と鍛冶屋、武器屋の3役を1人でこなしているってことになるんだが……可能なのか? いやまぁ、実際にそうやっている冒険者がいるってことは可能なんだろうけどな)
レイが内心でそう考えている間にもケニーは笑みを浮かべながら話を続ける。
「何があったのかは詳しく知らないけど、ギルムの街にとってはいいことよね。あ、そうそう。今日のお仕事が終わったら一緒にその商人の店に顔を出してみる? レイ君にとっても色々と勉強になると思うんだけど。……痛っ!」
レイを誘っていたケニーの背後から手が伸び、その猫耳を引っ張る。
当然それを実行した人物はケニーの相方と言ってもいいレノラだった。
「全く、少し目を離すとすぐにこれなんだから。少しは自重しなさい。……いえ、この場合は自嘲しなさいとでも言った方がいいのかしら」
発音は同じだが、意味の異なる単語に何を言われたのかを理解したのだろう。ケニーが頬を膨らませて抗議する。
「ちょっと、それ酷くない!?」
「お待たせしました。これが今回の買い取り金額となります」
そんなケニーをスルーして買い取り料金を手渡してくるレノラ。
いつもの光景と言えばいつもの光景に、レイは苦笑しつつも料金を受け取るのだった。
ちなみに、その日宿に戻って早速ハーピーの魔石をセトに吸収させたりデスサイズで斬ってみたのだが、スキルの吸収は起きなかった為に魔石2個は無駄になったのだった。
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