第167話
「おや、珍しい。今日はセトと一緒じゃないのかい?」
ギルムの街にある正門で既にすっかりお馴染みとなったランガにミスティリングから取り出したギルドカードを手渡しながら頷くレイ。
「ああ。何か眠そうだったから、今頃は宿にある厩舎でぐっすりだと思う」
基本的に睡眠の必要性は殆ど無いグリフォンだが、それは睡眠が出来ないという訳では無い。あくまでも必要性が無いと言うだけであって、睡眠自体を楽しむというのは十分に可能なのだ。特にセトは生粋のモンスターではなく魔獣術によって生み出されたグリフォンである為、睡眠を楽しむ傾向にあるのは確かだった。
「そうか。で、今日はそっちの3人と?」
「ああ。と言っても一緒に依頼をするんじゃなくて俺が依頼を出す側だけどな」
「依頼を出す側?」
「俺が仕留めたモンスターの解体だよ。量が多くて1人じゃ解体するのが厳しいからギルドに依頼をな。それで量が量だから街中でやるのも危険だってことで街から少し離れた所に行く訳だ」
「……大丈夫かい? あまり街から離れすぎると、血の臭いでモンスターが寄ってくるけど」
心配そうな顔で尋ねるランガに対して笑みを浮かべるレイ。
「あいつ等も全員ランクD冒険者だし、こんな街の近くまで近付いてくるモンスター相手なら問題ないだろう。それに一応俺も一緒に行動するしな」
ギルドカードを受け取りながらそう返す。
(依頼を出した時は全部任せて俺は他のことをしていればいいと思ってたけど、よく考えたら俺の持ってる初心者用の本に載っていないモンスターの解体方法を知るいい機会なんだよな。幸い大抵のモンスターに関してはスコラが解体方法を知ってるって話だし)
他の警備員にギルドカードを見せている3人の姿を確認して内心で呟く。
「そうか。じゃあ、気を付けて。……そうそう、これは言っておかないと。昨日の件は助かったよ」
ふと言われたその言葉に、首を傾げるレイ。
「昨日の件?」
「ああ。アゾット商会の件さ。僕達も色々と無茶を言われて来たからね。これからはああいうことが無くなるかと思うと嬉しい限りだ」
何で知っている? そうも思ったレイだったが、そもそも騎士団が捜査をしているのだ。警備兵の隊長でもあるランガがその情報を知るのはそう難しくないと判断する。
「こっちも半ば成り行きだったから気にするな。それよりも通っていいか?」
「ああ、問題無いよ。じゃあ気を付けて。幾らレイ君でも油断すれば危険だからね」
ランガにそう言われ、同じく手続きを完了したキュロット達と共に街を出て行く。
そんな中でギルムの街へと入っていく商隊を目にするが、この商隊も武器取引でアゾット商会と関わり合いがあるのかもしれないから今日は驚くことになるだろう。そんな風に考えながら内心で笑みを浮かべるレイだった。
「で、街の外には出たけど具体的にはどのくらい離れるの?」
「そうだな、少なくてもこの正門から街の中に入る者達に血が見えない場所がいいから……」
チラリとレイの視線が向けられたのは街道の脇にある林。
林となると木々が生えている以上ある程度のモンスターは存在しているだろうが、それでも街に近いことを考えれば低ランクモンスターのみの筈。そう判断したレイは念の為にデスサイズを取り出して林の方へと向かう。
「あの林の中だな。血の臭いで寄ってくるとしても低ランクモンスターや野生の獣程度だろうし、解体した後の役に立たない部分を放って置いてもそいつらが片付けてくれるだろうしな。いや、出来るだけ処理はするつもりだが」
「確かに予備の武器や防具しか無い今の僕達でもこの辺りにいるモンスターなら何とかなるかな。アロガン、僕達の中では君の魔剣が一番攻撃力が高いんだから、いざという時は期待しているよ」
「ふんっ。この辺りの雑魚相手に俺の魔剣は勿体ないと思うがな。まあ、いいだろう」
腰にぶら下がっている、魔剣を納めた鞘を軽く叩きながら強気な笑みを浮かべるアロガン。だが、その笑みもキュロットの次の台詞で固まるのだった。
「まぁ、レイがいればそれこそこの辺に現れるモンスターなんて敵じゃないんだけどね」
「……キュロット。何で君はそうやって仲間のやる気が下がるような言葉を……」
「え? 何か変なこと言った?」
「いや、いいよ別に。それでこそキュロットなんだし」
そんな風に馬鹿話をしながら林の中に入り10分程。狭いながらも一応川と言ってもいい水場を見つけたレイ達は、そこで解体作業を開始することにする。
「今はまだ昼だからそれ程寒くは無いけど、この季節だと夕方近くになればかなり冷え込むからね。なるべく早く済ませよう」
「確かに。寒い時には舌が焼ける程のスープを冷ましながら飲むのがいいんだよね。今日も美味しい夕食の為に頑張るとしましょうか。レイ、早速モンスターを」
「ああ。まずはこれだな。魔石は既に取りだしてあるから、それ以外を頼む」
そう言い、ミスティリングから取り出したのはオーガの死体だ。右肩から先端と首が既に切断されており、血抜きに関しても完了している。
それを見たスコラは小さく頷く。
「うわ、オーガにしても大きいねこれ。血抜きとか考えなくてもいいから、これは結構楽かな。アロガンは皮膚を。キュロットは頭部から討伐証明部位の右耳と、素材として売れる頭蓋骨を取り出して。……それと、オーガの足の腱は素材として買い取ってくれるからそっちも忘れずにね。残念だけど素材としてはこれくらいかな。肉はどうするの? 一応ランクCモンスターの肉だし売ろうと思えばそれなりに高く売れるけど」
スコラの指示に従い、早速オーガの身体から皮膚を剥ぎ取っているアロガンや頭部の処理をしているキュロットの手際の良さを感心しながら見ていたレイだったが、スコラの問いで我に返る。
「あ、ああ。悪いが肉に関しては適当なブロックに切り分けてくれ。何しろ俺にはテイムしているモンスターがいるからな。そっちの食事に回させて貰う」
「ああ、セトとか言う。街でも色々と噂になってるよね」
スコラ達にしても、ギルムの街で冒険者として活動している以上はやはりレイ達の噂は聞いていたらしい。
指示を出し終え、自分のナイフで斬り落とされた右腕の皮を剥ぎながら呟くスコラ。
3人の様子を見ながら、効率よく剥ぎ取る方法や素材として売れる場所を頭に叩き込みつつ頷くレイ。
「何しろ大きさが大きさだからな。必要な食べ物も相応の量になる」
「……だろうね」
スコラは頷き、そこからは剥ぎ取りに集中する為に殆ど話すことなく周囲は沈黙に包まれるのだった。
その間、レイ自身は一応血の臭いが周囲に漂っているという影響もあって周囲を警戒していたが、さすがに慣れていると言うべきかあの巨大なオーガの解体を30分も経たないうちに終了してしまうのを見て驚きの表情を浮かべる。
その後、適当に穴を掘ってオーガの素材として使えない部分――主に内臓や骨――を投げ捨て、次の解体へと移る。
「次は……そうだな、ランクの高いモンスターじゃないが数が多いこれを頼む」
そう呟き、ミスティリングからウォーターモンキーを取り出す。
ドサドサドサドサ、とばかりに大量に姿を現すモンスターの死体を見てさすがに唖然とする悠久の力の面々だったが、やがてスコラが我に返る。
「っと、ごめん。さすがにこの数は予想外だった。……ちょっと待って。これはウォーターモンキーだよね。まず水耐性を持っている毛皮。討伐対象の右耳。使えるのはこの2つのみかな」
スコラがそう告げるが、ふとレイが眉を顰める。
「俺が持ってる本によると、眼球も素材として買い取ってくれるとあったが?」
「え? ちょっと待って。えっと……いや、僕の知識だと眼球はないよ。レイの持っている本というのをちょっと見せて貰える? あ、キュロットとアロガンは血抜きをしておいて」
「了解。取りあえず眼球はともかく右耳は全部切り取っておくわね。……ねぇ、レイ。魔石は?」
ミスティリングから本を取り出しながらキュロットの問いに小さく頷くレイ。
「オーガと違って魔石を取り出してないから、その回収も頼む」
「分かったわ。……にしても、とんでもない数よね。これを本当にレイが倒したのかしら」
そんな風に小さく呟きながら、用意してあったロープでウォーターモンキーの足首を縛り上げて行く。そしてアロガンがウォーターモンキーの数にうんざりとしながらも、それを近くに生えている木に足首を上にして吊り下げ、喉をナイフで切り裂いて血抜きをしていく。
「全く。普通はモンスターの死骸なんてこんなに持ち歩き出来ないし、腐ったりもするのに。これだからアイテムボックス持ちは……」
キュロットとアロガン。この2人はある意味似た者同士なのだろう。
そんな風に思いつつ、レイは手に持っていた本を開いてウォーターモンキーのページをスコラへと見せる。
「ほら、こっちの本にはきちんと眼球も素材として売れると書かれてるぞ」
「……うーん、確かに。でも僕の持っている本だと眼球が売れるとは書かれてなかったんだよね。これは多分この本か、僕の本のどっちかを書き写した人の間違いかな」
溜息を吐きながら呟くスコラ。
印刷技術の類が発展していないこのエルジィンという異世界では、基本的に本というのは写本である。そうなると当然その写本の作者によっては、書かれている内容に違いがあることは少なくない。
「……どうするの?」
「まぁ、一応持っていくか。何しろ数が数だからな。これで眼球を持っていかないで、もし後で実は素材として買い取りをしてましたなんてことになったら、かなり損だしな」
「うん、分かった。保存用の容器は?」
「ああ」
何しろミスティリングという、ある意味反則的なマジックアイテムを持っているのだ。そして倒したモンスターの死骸にしても収納出来ることを考えると、素材の剥ぎ取りに使う為の消耗品はかなりの数を用意していた。特に今回の場合はダンジョンで倒したモンスターの数が前もって分かっていたのだから、その辺の準備に抜かりは無い。
次々と眼球保存用の容器を取り出して地面へと積み重ねていく。
「じゃ、手早くやっていこうか。一応眼球に関しては丁寧さが必要だから僕が引き受けるよ。ついでに討伐証明部位の右耳も。キュロットは毛皮を剥いで、アロガンは肉の切り分けと魔石の回収をお願い」
スコラの指示に従い、血抜きの完了したウォーターモンキーの死体を次々と解体していく。まるで流れ作業と言ってもいいような手際の良さは、最近それなりに素材の剥ぎ取りが上手くなってきたと思っていたレイよりも数段上の早さと正確さと言ってもいいだろう。
そんな中、レイは次々と取り出されていく眼球を、毛皮を、魔石を、切り分けられた肉をミスティリングへと収納していく。当然使えない内臓の部分に関してはオーガと同様に穴へと捨てられる。
大きさ自体はオーガの膝までも無いものの、その数は50匹を優に超えている。そんな状態なので、さすがに全てのウォーターモンキーを解体が終了した時には既に2時間近くが過ぎていた。
「……終わったぁっ!」
そして最後のウォーターモンキーの解体を終えたキュロットが思わず叫ぶ。
何しろひたすら同じモンスターを解体していたのだからそれも無理はない。近くに流れている川の水で手を洗い、こびりついた血を洗い流す。
「ご苦労さん。取りあえず少し休憩するか。これでも飲んでくれ」
そう言い、レイがミスティリングから出来たての野菜とベーコンのスープを取り出して皿に取り分けてその場にいる全員へと配る。
レイに対して複雑な感情を抱いているアロガンにしてもさすがに一休みはしたいのか、特に文句を言わずにスープの入った皿を受け取り、全員が川で手を洗って血を落とした後にスープを飲む。
「にしてもさぁ。さっきアロガンも言ってたけど、アイテムボックス持ちって本当にいいわよね」
スープを口に運びながら呟くキュロット。その視線はレイの右腕に嵌っているミスティリングへと向けられていた。
「そうだね。何しろモンスターの死体が腐ったりとか心配をしなくてもいいって言うのは羨ましいかな。他にもモンスターを倒して素材を剥いでいる時にまた他のモンスターに襲われて……なんてことも心配しなくてもいいし」
「確かに便利なのは認めるが、その分このミスティリングを狙って余計な騒動が巻き起こることもあったりするがな」
脳裏にボルンターの姿を思い浮かべるレイ。
最終的に昨夜の件ではボルンターを捕まえたのは日付が変わった後のことだった。つまり、レイが使用した『断罪の焔』がその効果を発揮するのは今夜からなのだ。
(……さて、自分の犯してきた罪に体内を焼かれるその痛みにお前は耐えられるかな? まぁ、その痛みで死ぬことは絶対にないから耐えるしか無いんだろうけどな)
「レイ、あんた悪そうな笑みを浮かべているわよ」
自業自得となるであろうボルンターの悲惨な末路を思い浮かべていると、不意にキュロットからそう声を掛けられるレイ。
どうやら知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたらしいと知り、誤魔化すように空になった皿を片付ける。
「さて、次はハーピーだ。こっちも数はそれなりにあるが、ウォーターモンキー程じゃないから安心してくれ」
ちゃっかりダンジョンで倒した以外のモンスターを出して解体を始めるのだった。
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