第166話

「……魔獣兵、ね」


 レイが去り、静かになった領主の館の執務室。そこでダスカーは既に冷たくなった紅茶を口に運びながら呟き、隣室へと続く扉へと声を掛ける。


「おい、どう思った?」


 その声が響くと扉が音もなく開き、1人の男が入ってくる。このギルムの街の治安を預かる騎士団の幹部の1人だ。だが、騎士団と言うよりはどちらかと言えば裏の存在といった方が的確に男の特徴を表しているだろう。それもその筈。この男は名目上では騎士団の幹部だが、実際にはギルムの街の裏の存在といってもいい者なのだから。


「難しいというのが正直なところですね。何しろあのミナスやコルドといった2人は、目を覚まして自分達が捕らえられたと知った途端にあの暴れようですから」

「……だろうな」


 ダスカーの脳裏に過ぎっているのは昨夜……と言うよりも既に早朝と言ってもいい時間にされた報告だ。

 レイとセトによって気絶させられたまま領主の屋敷の地下牢に運び込まれた魔獣兵の2人は、自分達が何処にいるのかを悟るや否や地下牢から脱走しようと暴れたのだ。その結果、死人こそ出なかったものの数人の騎士や兵士が怪我をして回復魔法の世話になっていた。


「あそこまで声が響くとは思わなかったからな」


 残り少なくなったサンドイッチを口へと運びながら苦笑を浮かべるダスカー。

 まるで咆吼とでも呼ぶべき叫び声が領主の館の中へと響き渡ったのだ。

 本来であれば領主の館と騎士団は別々に拠点を持つのが普通ではある。だがこのギルムの街は辺境であり、街自体がモンスターの群れに襲撃される可能性もある以上、領主の館に街の住人を避難させる要塞としての機能もある為、領主の館に騎士団の拠点を抱え込んでいるような造りになっていた。


「で、情報についてはどうだ?」


 レイには王都まで連行してから尋問をすると言っていたダスカーだが、もちろん本気でそれを言った訳では無い。いや、もちろん王都まで連行した後には国王派や貴族派の者達と共同で尋問をすると言うのは事実ではあるが、その前に出来るだけ情報を搾り取っておくべきだとダスカーは考えていた。3つの派閥の中で最も勢力の小さい中立派の中心人物としては、そうでもないとイニシアチブが取れない以上当然の行動だろう。

 だが、そんなダスカーの問いに男は小さく首を振る。


「駄目ですね。魔獣兵とか言いましたか。そっちの2人は危険すぎて手を出せません。もしどうしても情報を得るというのなら、錬金術師の方になりますが……」

「そっちも駄目か」

「ええ。何しろ我々はあくまでも辺境の騎士団。……単刀直入に言えば実戦で戦う力こそ磨かれていますが、その手の尋問やら何やらは向いていませんしね」

「まぁ、それはしょうがない。何しろここは辺境だからな。まさかベスティア帝国の手がここまで伸びているとは思ってもいなかった。……いや、だが逆に考えれば辺境だからこそか?」

「ダスカー様?」

「……」


 呟き、目を閉じて何やら考え始めるダスカー。

 騎士の男はそれを見ながら、主の考えを邪魔しないようにじっと沈黙を守っていた。

 そしてやがて1分程でダスカーの目が見開かれる。


「そうか、それが狙いか?」

「何か思いつかれましたか?」

「……予想でしかないがな。言うまでも無くこのギルムの街は辺境だ。そして辺境であるが故に多種多様なモンスターの素材といったものが集まる。それこそ王都でも滅多に手に入らないような素材でもだ。おまけに、この近くにはダンジョンまで現れているしな」

「確かに」

「つまり、このギルムの街からアゾット商会が輸出している素材はミレアーナ王国にとっては唯一無二……とまではいかなくても、非常に貴重であり、同時に有益な品でもある訳だ。それがもしそっくりそのままベスティア帝国へと流れていたとしたら?」


 ダスカーのその推測に、騎士は息を呑む。


「本来であればミレアーナ王国の力となるべき強大な武器や防具、あるいはマジックアイテムを作る為の素材をベスティア帝国が手に入れる訳ですか。確かにそう考えれば上手い手かもしれませんね。ですがアゾット商会にしても取引相手は選んでいたのでは? まさか全てにあの錬金術師がどうこう出来た訳でも無いでしょうし」

「そうか、それもそうだな。そうなると全てでは無いにしても希少価値の高い素材がメインと見るべきか。……よし、その辺を調べてくれ。アゾット商会と取引のあった相手の中でも高価な素材を集中して購入していた取引相手だ。商会、商人、あるいはベスティア帝国と繋がっている裏切り者の貴族といった奴等が怪しいだろうな」

「了解しました!」


 素早く敬礼して執務室から出て行く騎士を見送り、ダスカーは獰猛な笑みを浮かべて呟く。


「ベスティア帝国、この俺の街で暗躍してくれるなんざ愉快な真似をしてくれるじゃないか。この礼については来春に起こるだろう戦でたっぷりとさせてもらうぜ」


 まるで獲物を見定めた巨大な肉食獣のような、そんな笑みを浮かべつつ。






「あ、レイさん。丁度良かった。面接希望のパーティの人達が待ってますよ」


 領主の館での報告を終えた後、早速とばかりにギルドへと向かったレイを出迎えたのは笑みを浮かべたレノラだった。

 昼を少し過ぎた辺りである為か、現在ギルドの受付にいるのはレノラのみで、いつもはレイへとモーションを掛けてくるケニーの姿は見当たらない。


(まぁ、例え金やらランクが高くなるだろう地位目当てだとしてもあそこまでの美人に好かれて悪い気分はしないけどな)


 内心でそんな風に思いつつも、レノラに小さく頷く。


「場所は上でいいのか?」

「ええ。……きっと吃驚しますよ?」


 レノラの言葉に多少首を傾げながらも、行けば分かると促されてギルドの2階にある会議室へと向かう。

 そしてその会議室に入ったレイを出迎えたのは……


「遅いわよ! 全く、私達なんて昼前から待ってたのに!」


 レイを見つけた途端怒鳴ってきた女の盗賊に。


「レイも色々と忙しかったんだからしょうがないよ」


 女盗賊を宥める魔法使いの男に。


「……ふんっ」


 レイを見るや否や不機嫌そうに顔を背けた男の剣士の3人だった。


(……なるほど)


 そしてレイは内心で納得していた。会議室に座っていた3人に見覚えがあったからだ。

 女盗賊はキュロット。魔法使いはスコラ。剣士がアロガン。3人ともレイと一緒にランクアップ試験を受けた、言わば同期の冒険者達だ。


「まさかお前達が俺の依頼を受けるとはな」

「あはははは。ちょっと事情があってお金が足りなくてね」


 レイの言葉にスコラが頬を掻きつつ苦笑を浮かべる。


「金が?」

「うん。依頼を受けてモンスターと戦ったのはいいんだけど、武器だったり防具だったりに寿命が来てね。現在はその打ち直しとか新しく作って貰ったりとかしてるんだ。で、当然その間は危険な依頼を受けることは出来ないから、街中か、あるいは街の近くで出来る依頼を探していたら……」

「俺の依頼を見つけたって訳か」

「そうそう。……で、どうかな?」

「そうだな」


(ランクアップ試験でこいつらがどんな性格なのかは分かっている。それに俺のことも良く知っている以上は素材をちょろまかすような真似はまずしないだろうし)


「まぁ、いいか。じゃあお前達に頼むとしよう。……そう言えばお前達3人はパーティを組むとか言ってたが、パーティ名はどうなったんだ?」


 ふと思いついたレイの言葉に返事をしたのはキュロットだった。


「そう言えば言ってなかったわね。私達のパーティ名は『悠久の力』よ。よろしくね」

「悠久の力か。随分とまた大仰なパーティ名になったな」

「何よっ、文句あるの!?」

「そう血を昇らせるな。その辺はランクアップ試験の時と殆ど変わってないな」

「む……」


 レイの言葉で試験終了後に試験官でもあるグランの忠告を思い出したのだろう。微かに眉を顰めるキュロット。


「まぁ、それはともかくだ。今回の依頼はさっきスコラが言ったように街の近くで作業をして貰うことになる」

「……何でそんな面倒臭い真似をわざわざ街の外でするんだよ? 別に街の中でやればいいじゃねえか」


 レイから視線を逸らしたままだったアロガンの呟きに溜息を吐くレイ。

 そもそもアロガンはレイの実力を侮って喧嘩を売ってあっさりと負け、その後ランクアップ試験で再会した後にはレイの実力を見てある意味で恐れている。だが、本人としてはそれを認めたくないからこそこんな態度を取っているのだった。それを大体理解しているレイには溜息の後に呆れたように説明する。


「依頼書にも書いてあった通り、俺のアイテムボックスに入っているモンスターの死骸は大量だ。そんな大量のモンスターの解体を街中でやってみろ。見られたら警備隊や騎士団を呼ばれる可能性が高いし、そうでなくても血や臓物の臭いでもの凄いことになるぞ。……それに、騎士団は今日忙しいしな」

「あぁ、そう言えば。アゾット商会が何かトラブル起こして騎士団がその仲裁に入ったとか何と言ってたね」

「なるほど。そういう風に広まっているのか」


 スコラの言葉に、レイはポツリと呟く。それに反応したのは五感が他の2人よりも鋭いキュロットだった。


「ちょっと、もしかして昨夜の騒ぎにあんたも関わってるの?」

「まぁ、関わってると言えば関わってるが。ただ、色々とあって情報を漏らす訳にはいかないぞ」

「……でしょうね。まぁ、いいわよ。今まで散々悪い評判しか聞かなかったアゾット商会ですもの。少なくても今より悪くなるようなことはないでしょうしね」

「そう言うことだ。話を戻すが、依頼書にも書いてあった通りにそれなりにランクの高いモンスターもいる。その解体方法は分かるか?」

「うーん、その辺の知識に関してはスコラに任せてるけど……どう?」


 視線を向けられたスコラは、小さく頷く。


「大体のモンスターの解体方法なら知ってるよ。ちなみに具体的には?」

「一番ランクが高いのはランクBのスプリガン。その他にはランクCのエメラルドウルフやオーガとかだな」

「……あんた、一体何処でそんな高ランクモンスターを倒してきたのよ。ランクBモンスターなんてそんじょそこらで遭遇出来るようなモンスターじゃないわよ? ランクCモンスターにしても、この辺で遭遇するのはちょっと難しいでしょうし。もしかして魔の森にでも入ったの?」


 レイの言葉を聞いて、自分達が解体するモンスターのランクの高さに唖然とするキュロットだったが、レイは何でも無いかのようにその質問に答える。


「ちょっと前にダンジョンに出向くことになってな。その時に倒したモンスターだよ」

「ダンジョンって……もしかしてギルムの街から一番近い場所にある?」

「ああ。依頼があってな。色々と大変だったが、相応の収穫はあったな」


 ふと脳裏に浮かぶキュステの姿。お互いに嫌悪をしていると言ってもいい間柄ではあったが、それでもこれまでずっと共に行動してきた仲間に裏切られて死ぬような最期を迎えなければならない性格だったかと言われれば、レイは間違い無く否と答えるだろう。

 

「レイ?」


 一瞬だけ浮かんだレイの表情に気が付いたのは、さすがに盗賊と言うべきか。どこか怪訝そうな表情でレイへと声を掛けるキュロット。

 そんなキュロットに小さく首を振り、話を戻す。


「いや、何でも無い。それでだ。スプリガンを始めとしたモンスターの解体は可能か? さっき面接は合格と言っておいて何だが、これらの解体が出来ないようなら……」

「あ、大丈夫。実際に解体した経験はないけど、僕の持っている本に高ランクモンスターの解体手順が書かれている奴があるから何とかなると思う」


 レイの言葉を遮るようにしてスコラが告げる。


「僕がどこをどうやって解体して素材を剥ぎ取ればいいのかを指示して、細かい場所はキュロット。力が必要な場所はアロガンって風に作業を進めていきたいんだけど、どうかな?」

「ああ、そっちがやりやすい方法で構わない。それにしても随分ときっちり役割分担できているパーティだな」

「その辺はパーティを組んだのがこのメンバーだったから」


 そこまで言うと話は一段落ついたとばかりにレイが立ち上がり、キュロット達も立ち上がる。


「さて、じゃあランクDパーティ悠久の力に依頼を頼むとして。早速だが街の外に出るが構わないか?」

「え? 今日いきなり? いやまぁ、どのみちこっちは暇だからいいけど」

「うん、僕も問題無いよ。アロガンは?」

「……好きにしろ」


 こうして早速これから依頼を行うと決まると、一行は揃ってギルドの1階へと降りていく。


「あ、レイ君。レノラに聞いてたけど面接はどうだったの?」


 そして1階に降りた途端受付にいたケニーに見つかって声を掛けられる。つい先程までいたレノラの姿は無く、現在の受付にいるのはケニー1人だった。

 恐らく交代で昼食でも食べに行ったんだろうと判断し、悠久の力を引き連れてカウンターへと向かう。


「素材剥ぎの依頼、この3人に受けて貰うことになったから手続きを頼む。早速これから街の外で解体をしてくるからな」

「あれ? 他にも面接希望の人達が数人いたと思うんだけど……いいの?」

「ああ。一番早く面接に来ていたのがこの3人だし、幸いランクアップ試験で一緒だったからそれなりに面識があるしな」

「……ああ」


 チラリ、とケニーの視線が向けられたのはアロガン。恐らくギルドの中でレイへと喧嘩を売ったあげくに返り討ちにあったのを思い出したのだろう。本人もまた何となくそれを理解したのか不機嫌そうだったが、さすがに何を言うでもなく黙っている。

 そしてレイは依頼の手続きを終えると、誘惑をしてくるケニーを受け流しながら悠久の力と共にギルドを出て行くのだった。

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