第148話

 夕暮れの小麦亭の裏にある厩舎付近で行われた、戦闘とも言えないような戦闘。それが終わって気絶したアゾット商会側の冒険者と思われる4人をどうするべきか悩んでいたレイ達の前に姿を現したのは、現在夕暮れの小麦亭に泊まっている武装商人達を率いている人物のヴェトマンだった。


「騒がしかった、と言ってたが……そこまで騒ぎを大きくしたつもりはないんだがな」


 握っていたデスサイズは既に構えてはいないものの、それでもどこか警戒したような視線を向けるレイ。


「まぁ、うちには色々な能力を持った人達がいますから。それよりも少しですが話を聞かせて貰いました。よければお手伝いしましょうか? とは言っても、もちろんレイさん達の方に戦力を提供する訳ではないのですが」

「……何が目的だ?」

「特にこれといった目的はありませんよ。ですが、折角こうして凄腕の冒険者の方とお知り合いになれたのです。ここは是非とも縁を繋いでおきたいと思いまして。……端的に言えば先行投資ですね」

「凄腕、ねぇ」


 チラリ、とブラッソとフロンへと視線を向けるレイ。

 ……その際、一顧だにされなかったムルトは微妙に不満そうな顔をしていたが、さすがにこの状況でそれを口に出すようなことはなかった。


「いえいえ。そちらのお2人もそうですが、私が言っている凄腕の冒険者というのは貴方ですよレイさん。そちらのお2人は確かにベテランの冒険者であって、経験も豊富でしょう。ですが私の目から見た限りでは、この中で最も腕が立つのはレイさん、貴方だ」


 笑みを浮かべつつも、鋭い視線を向けるヴェトマン。その視線を真っ向から受け止めつつも、レイは小さく肩を竦める。


「俺はこれでも、まだランクD冒険者なんだがな。それも昇格してから1年も経っていない」

「ランクは確かに冒険者の実力を見る目安にはなりますが、それでも絶対的な評価では無いと言うのが私の判断です。まぁ、世の中では少数派だというのは自覚していますけど。そもそも、グリフォンなんていうモンスターを連れている人が実力がないというのもおかしな話ですし」


 チラリ、とレイの側で大人しく佇んでいるセトへと視線を向けるヴェトマン。グリフォンと言う存在をその目で見ても平静を保っているのはさすがと言うべきだろう。現にヴェトマンと共に現れた者達は身体を強張らせてグリフォンへと視線を向けているのだから。

 そんな様子を眺め、大人しく会話の成り行きを窺っていたフロンとブラッソはお互いに視線を交わして無言で会話をする。

 それは即ち、目の前にいる人物を信じてもいいのかどうかということだ。

 そしてやがて結論が出たのか、ブラッソが口を開く。


「レイ、実際に戦闘に参加する訳じゃないということじゃし、ここは協力して貰ってはどうじゃろうか? ヴェトマンと言えば儂でも知ってる凄腕の商人達を纏めている人物じゃ。わざわざ儂等を騙すような真似はしないじゃろうて」


 凄腕の武装商人で構成され、王都のような比較的安全な場所ではなく辺境から辺境へと旅をする者達。武装商人と言っているように護衛も殆ど雇わずに、それでも10年以上をやってきた者達なのだ。当然冒険者達の間ではヴェトマンの名前はそれなりに知れ渡っていた。特に辺境に位置しているギルムの街で、冒険者や商人だというのにその名前を知らない者はモグリと言ってもいいだろう。……あるいはレイのように現代の常識が足りないような人物か。

 ともかくブラッソの言葉を聞きながら地面へと倒れている4人の冒険者へと視線を向ける。


「ならそうだな、この4人を見張っておいてくれるか? 色々な理由で殺すという訳にはいかないらしいし、かと言ってこのまま解放するとまたすぐに敵に回りそうなんでな」

「……」


 数秒程考えるように目を閉じ、やがて目を開くと小さく頷く。


「分かりました。その程度ならお安い御用です。では、彼等は私達の部屋ででも見張っておきます。具体的にはいつくらいまででしょうか?」

「そうだな……恐らく明日くらいまでだとは思うが、もし遅れるようなら誰かを連絡に出す。それでいいよな?」

「あ、ああ。どんなに時間が掛かっても明日中には何とか収まる筈だと思う」


 突然話を振られたムルトが多少慌てたように答えるのを見て、人の良さそうな笑みを浮かべて頷くヴェトマン。


「ではそう言うことで。私達としてもこのギルムの街で武器取引を仕切っているアゾット商会と繋がりが出来るのは嬉しいですからね。何しろここ暫く、色々と都合の悪い取引を……いえ、貴方達に言ってもしょうがないですね」


 苦笑を浮かべるヴェトマンに、何となく手助けする理由に納得したレイだった。

 ボルンターの性格を考えれば、公平な取引というのはまず行われなかったのであろう。相手の足下を見たような、それも強引な取引を迫っていたのだというのは簡単に予想できた。その意趣返しや、どちらか一方だけに利があるのではなくお互いに利のある取引をしたい。そういう考えなのだろうと。


「まぁ、そっちが協力してくれる理由は何となく分かった。けどここで俺達を助けたからと言って、取引に便宜を図るとかそう言うのは約束出来ないけど構わないのか?」

「ええ、ええ。もちろんです。別に便宜を図ってくれとまでは言いませんとも。私が期待するのは公平な取引です」

「……だ、そうだが?」


 とムルトの方を見て尋ねるレイ。


「……え? 何でそこで俺に?」

「いや、そもそもこの中で正式にアゾット商会に雇われてて、尚且つガラハトの部下とも言えるのはお前だけだろう。俺はそもそもボルンターに狙われている立場ってだけだし、ブラッソとフロンの2人に至っては完全に巻き込まれただけだ」


 呆気に取られているムルトだったが、レイのその言葉で我に返る。


「そう言えばそうなのか。確かにこの中では俺がそう言う立場になる訳だな。……あー、ヴェトマンさん。あんた達の噂は俺も色々と聞いてる。その、辺境に住んでいる者達の為に労を惜しまない方針がボルンターにとっては気に食わなくて色々とやってたことも含めてだ。確かにガラハトさんがアゾット商会の代表になれば、今までのような強引というか無理強いするような感じにはならないと思うが、それもしっかりとは約束出来ない。何しろガラハトさんは商会を動かす知識とかは無いから、基本的に商会の運営に関しては今回の騒動でガラハトさんに協力している商会員達が話し合って決めることになるだろうからな。だから俺に出来るとすれば、あんた達に助けて貰ったとガラハトさんに報告するくらいしかないけど……それでもいいのか?」

「ええ、もちろんですとも。むしろここで貴方達に強引に恩を売りつけるというのは、それこそ恩の押し売り。そんな商売は商道に外れた行為ですからね」

「じゃあ……頼む」


 ペコリとヴェトマンに頭を下げるムルト。そのムルトに一瞬意外そうな表情を浮かべながらも、小さく笑みを浮かべながら肩を叩く。


「任されました。では、貴方達は存分に暴れてきて下さい。……ただし、くれぐれも負けることのないようにお願いします。多少とは言っても貴方達を手助けしてしまったのです。これで向こうが勝ってしまったら、今まで以上にこちらの足下を見られた取引をしなければならなくなりますので」

「……なら、そいつ等の見張りだけじゃなくて全力で俺達を手伝ってくれてもいいんじゃないか? こいつらの様子を見る限りじゃそれなり以上に名前が売れてるんだろ? それこそ、そうしたらこれからの取引で優遇されると思うんだが」


 そんな、ある意味当然とも言えるレイの疑問にヴェトマンは苦笑しながら首を振る。


「残念ながらそれは出来ません。私達は行商人であり、傭兵ではないのです。武装商人と言われてはいても、それはあくまでも自衛の為。武力を商品として商売する傭兵ではないのですから。薄情だと思うかもしれませんが、これは私達の商隊での絶対的な約束事項。あるいは掟、と言ってもいいかもしれません。私達が襲われたのならともかく、それを商隊の長が自ら破る訳にはいかないんですよ」


 今、自分の前にいるのは自らが決めた道を決して外れることなく歩き続ける男なのだ。そう判断したレイは小さく頭を下げる。


「そうか、悪かった。お前達の流儀を知らなかったとは言っても無理を強いてしまったらしいな」

「いえ、気にしないで下さい。他の人から見れば馬鹿みたいに見えることなんですから。実際、中には半分商人、半分傭兵なんて商隊もいるんですし。たまたま私達の決まりがそうだった、というだけのことです。……さ、それよりもそこで倒れている4人については私達に任せて貴方達は早く行動に移って下さい。……彼等を運びますので」


 最後の一言を自分の背後に立っていた仲間へと声を掛けると、小さく頷き倒れている4人を連れて宿へと戻っていくヴェトマン達。その背を見送った後でレイ達3人とセトの視線がムルトへと向けられる。


「……じゃあ、行くぞ」


 ムルトのそんな声に頷き、一行は夕暮れの小麦亭を後にした。






「さすがに暗いな」


 スラム街近くを急いで歩きながらフロンが呟く。

 ムルトの案内でガラハトが潜んでいるという一軒家へと向かっているのだが、各種の店や酒場、娼館といったいわゆる夜の盛り場がある表通りならともかく、ここはスラムに近い場所だ。当然住んでいる者も金持ちな訳では無いので明かりと言えば秋の夜空を照らす月光のみだった。


(……異世界でも、月は1つで変わらないんだよな)


 思わず月を見上げて内心で呟くレイ。異世界というのだから月が2つや3つあっても……あるいは、紫色だったり緑色だったりでもいいようなものだが、レイの見上げている月は地球で見た月と何一つ変わるところはない。いや、専門家が見れば色々と違いがあるのかもしれないが一介の田舎の高校生であったレイにはその違いを理解することは出来なかった。


「くそっ、出来れば走っていきたいところなんだがな」


 舌打ちをしながらムルトが呟く。


「無茶を言うでないわい。そもそも隠れ家を知ってるのはお主だけで、そのお主だけが走って1人で先行するか? お主の腕では、アゾット商会側の冒険者に襲われたら対抗出来んじゃろう」

「ぐっ……」


 ブラッソに図星を突かれて言葉が詰まるムルト。

 もちろんムルトも一人前と言われているランクD冒険者だ。それなりに腕は立つし、何よりガラハトに訓練を付けて貰っている以上はその辺のランクD冒険者に負けるような気はしない。


(一般的なランクD冒険者になら、な)


 自分の後ろを付いてきているだろうレイの姿が脳裏を過ぎる。

 自分と同じランクD冒険者。それもギルムの街始まって以来のスピードでランクアップしてきた人物だ。その実力は既にランクDといったものではないだろう。何しろレイがボルンターに殺意を向けた時、その殺気に当てられた自分は腰を抜かして黙って見ているしか出来なかったのだから。


(……待て。そうなると殺気を直接向けられた訳でもない俺が言葉を話せないくらいに固まっていたのに、その殺気を正面から受けたボルンターが普通に……とまではいかないまでも、口が利けたということは俺よりもボルンターの方が度胸があったとかいうことにならないか?)


 何となく内心でそんな風に考えてしまい、慌てて首を振る。


「確かにアゾット商会に雇われているランクB冒険者はガラハトさんだけだが、ランクCやランクDはそれなりに数がいる。それを考えれば確かに俺だけで向かうのは自殺行為なんだろうな」


 内心に浮かび上がった、自分がボルンターよりも度胸的な面では劣っているのでは? という考えを振り払うように呟くムルト。

 その様子に、暗闇の中をムルトの後を追うようにして歩きながらブラッソが頷く。


「分かればいいわい。……それよりも、何だかんだいいつつアゾット商会に雇われている冒険者達は既に10人近く倒している訳じゃが、そうなると残りは30人強。具体的な戦力、というか残っている奴等のランクはどの程度のものか分かるか?」

「正確な所は分からないが、大体はな。ランクCは殆どいないし、Dもそれ程多くはない。メインになっているのはEやFの連中だな。さすがに戦闘になる可能性を考えるとGやHはいないと見てもいいだろう」


 月明かりのみの夜の道を歩きながら説明するムルト。その説明を聞きながらフロンは小さく首を傾げる。


「ってことは何か? パミドールの工房付近でお前達やセトに倒されたり、夕暮れの小麦亭でセトを襲ってきた奴らも向こうにしてみればそれなりに重要な戦力だったってことか?」

「ああ、そうなるな。少なくても盗賊やら何やらの絶対数は少ない筈だ」

「グルルゥ?」


 自分の名前が出て来たので気になったのだろう。セトが夜道を歩きながら小首を傾げて喉の奥で鳴く。

 さすがに夜目の利くグリフォンと言うべきか、その足取りには夜の闇の中を歩いているという戸惑いは無い。


「何でもねーよ。お前がお手柄だったってことだ」


 そんなセトの背を軽く撫でてやるフロン。


「グルゥ」


 喉の奥で上機嫌に鳴くセトを見ながら、ムルトも過度な緊張が解けていくのを感じ取る。

 そんな風にしながら夜道を歩く一行だったが、やがてその視線に見覚えのある小屋が目に入ってきた。一見するとかなり古く、既に誰も住んでいないような外見だ。だが、その中身はそれなりに補修してあるので見た目程に酷くはないその建物。


「……あれだ」


 そここそが、ガラハトが身を隠している小屋だった。

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