第147話

「……なぁ、これどう思う?」


 呆れたような様子で呟くレイ。

 その言葉を受け取ったブラッソは小さく溜息を吐きながら首を振る。


「どうもこうも……見ての通りじゃろう」


 その視線の先にいるのは、多かれ少なかれ怪我をして気を失って地面へと倒れている3人の冒険者達だった。

 現在レイ達がいるのは夕暮れの小麦亭の裏にある厩舎だ。ガラハトとの合流する前にセトを迎えに厩舎へと向かったのだが……レイ達が見たのは厩舎の入り口が内部から何かがぶつかって破壊されており、扉の残骸の上に気を失って倒れている3人の冒険者達の姿だった。最初は宿に押しかけてきたチンピラの仲間かと思ったレイだったが、気絶している男達の装備品が違っていた。金属製の鎧や、何を考えているのかフルプレートメイルを身に纏っている者もいたのだ。チンピラ達の装備が良くて長剣1本程度であったことを考えると、恐らく別口。少なくてもチンピラ達の仲間では無いだろうと判断する。


「多分……いや、間違い無くセトを捕らえるか殺すかしに来たんだろうな。何しろセトは俺達にしてみれば最大戦力だ。おまけに今回の首謀者のボルンターはセトを欲しがっているんだろう? 生かして捕らえられれば良し。もし殺すことになったとしてもグリフォンの素材なんてどれ程の値がつくのか想像するのも難しくないからな」

「で、チンピラ達を宿に突入させて陽動や時間稼ぎ。そして本命の冒険者達が厩舎で大人しくしているセトを狙って襲撃を掛け……最終的には結局この様か?」


 フロンへとそう返し、気を失っている3人へと視線を向けるレイ。

 セト自身の力だけでも驚異的だというのに、装備している者の力を上げるマジックアイテムの剛力の腕輪を装備しているのだ。その状態で一撃を食らった冒険者のチェーンメイルは斬り裂かれてその下の身体に深い傷を負って血を流しており、フルプレートメイルを着ていた者はセトの一撃で鎧を砕かれ、周囲へとその破片を撒き散らしている。

 セトにしても一応明日以降に面倒事になるのを嫌ったのか、一撃で殺しはしていないようだが秋も深まってきたこの季節、それなりに深い傷をそのままに一晩程外に放り出しておけば凍死……とまではいかないが、それでも風邪の1つや2つは引くだろう。


「そもそも、この装備の違いは何だ? チェーンメイルに、普通の金属鎧。そしてフルプレートメイル。3人全員が違う装備品というのは別に珍しくもないが、それでもこれは用途が違いすぎないか?」


 動きやすさを重視し、レザーアーマーよりも防御力の高いチェーンメイル。ブリガンダインとも呼ばれる胸部や胴体を守る金属鎧。そして全身を金属の鎧で覆ったフルプレートメイル。3人の気を失っている冒険者達の着ている装備は用途を考えると色々な意味でちぐはぐだった。


「恐らくだが、考え方の違いじゃろうな」

「考え方の違い?」


 ブラッソの言葉に首を傾げながら尋ね返す。


「うむ。例えばチェーンメイルを着ている者は隠密性を重視したのじゃろう。それとは逆にフルプレートメイルを着ている者はセトのグリフォンとしての能力を恐れてガチガチに防御を固めてきた……というところかのう」

「なるほど。となると冒険者同士の意思疎通はそれ程上手くいってる訳じゃないのか」


 ブラッソの言葉に頷きつつ、地面へと落ちている武器へと手を伸ばすレイ。

 槍が2本に弓が1つ。ただし弓は弦が切れている為に修理しなければ使えないだろう。


(奇襲を仕掛けるとは言っても、さすがにグリフォンを相手に剣や斧、棍棒のように近い間合いで戦うのは怖かったんだろうな。その為に間合いの広い槍を選んだ訳か。厩舎の中という狭い空間で使うのを考えた場合は悪手にしか思えないが……まぁ、それだけセトに恐怖を感じたんだろう)


 内心で呟き、地面から拾い上げた槍2本と弓をミスティリングへと収納するレイ。同時にチェーンメイルを着ている男の近くに転がっていた矢筒も同様に貰い受ける。


「ちょっとがめつくないか?」


 そもそも現在は鉄鉱石の値段が高騰している以上、鉄製の槍はそれなりに高級品だと言ってもいい。この冒険者達にしても、ここで槍を失ってしまえばかなりの損失になるだろう。そう思って口から出たムルトの言葉だったが、レイは小さく笑みを浮かべて言葉を返す。


「そもそもこいつらは敵だぞ? 倒した敵から武器を取り上げるのはこっちの戦力増強、敵の戦力減少になる。どこかおかしい所があるか?」

「……まぁ、そう言われればそうだが。武器の値段を考えるとそれなりにこいつらが哀れでな。何しろ今日でアゾット商会の会頭がボルンターからガラハトさんに代わる以上は槍を失った分の補填を願い出ても恐らく却下されるだろうし」

「そりゃまぁ、そうだろうな。何しろ自分達と敵対していた奴から補償をしてくれと言ってきても普通はそんなの知ったことかってなるだろうしな」


 フロンの言葉に頷くムルトだったが、ブラッソは首を振る。


「さて、そうなるかのう。ガラハトとかいう冒険者にしても味方は多い方がいい筈じゃ。此奴等は基本的に有利な方についただけなんじゃろう? なら会頭が代われば自然と此奴等も新しい会頭に味方をするじゃろうて」

「ほいほい態度を変えるのは好きじゃないんだけどな」

「あのなぁ。確かにお前はそのガラハトって奴に恩を感じるなり、尊敬するなりしてるかもしれない。だがこいつらは単純に仕事でアゾット商会に雇われているんだぞ? 今の雇用主がアゾット商会で、会頭がボルンターである以上は冒険者としてはこっちが普通だっての」


 呆れたように説明するフロン。そんなフロンに納得がいかなさそうな顔で視線を向けていたムルトだったが……ふと気が付いて槍をミスティリングへと収納していたレイへと視線を向ける。


「おいちょっと待て。それじゃあこいつらが失った武器の補填は結局アゾット商会がすることになるんじゃないのか? つまりガラハトさんが」

「だろうな」

「ばっ! じゃあガラハトさんが丸損じゃないか!」

「……あのなぁ。それなら俺がお前を手助けするのに報酬を要求してもいいのか?」

「いや、それはそれでだな」

「こいつらにしてもだ。俺と一緒にハーピーの討伐依頼を受けたから今回の騒動に巻き込まれたが、こうして実際に動いている以上は当然報酬を要求出来る立場ではあるんだぞ。それを考えれば、この槍を俺が貰うくらいは大目に見てもらいたいんだがな」

「けどレイが手を貸すのは、武器屋に……」

「それに関しては別に今のままでも特に問題ないんだよ。そもそも俺の武器は魔力を通せば手入れとかも特に必要は無いし、どうしても手入れが必要になるのは剥ぎ取りの時に使うナイフくらいだ。それにしたってこのギルムの街に来たばかりでアゾット商会の手が伸びていないパミドールって鍛冶師がいる以上は特に問題無いしな。敢えて問題を挙げるとすれば、さっき俺が貰った槍のような投擲用の槍を買えなくなるくらいだが……」


 話しつつ、地面に落ちていた掌にのる程度の石を拾い上げる。


「こういう石があれば投擲用の武器に困る必要も無い」


 掌でポンポンと持ち上げながら言い切るレイ。


(まぁ、そうは言ってもこんな石ころよりも槍の方が攻撃力高いんだけどな)


 何しろ石はあくまでも石でしかない。ぶつかった時の衝撃は高いだろうが、1つ1つで形が違う以上は当然投擲した時に受ける風の影響も違って来る。つまり、標的から離れれば離れる程の1つ1つの命中率が極端に違ってしまうのだ。それを考えると槍の形は投擲に最適であり、重量も石より重い為に威力や安定度も増す。また先端が刃である以上は石よりも攻撃力が高いと考えてもいいだろう。


(それに突き刺して動きを封じるとかも出来るのも大きい。石だとその辺がいまいち上手く調整できないし)


「レイ?」


 石を持ったまま、手で弄んでいるレイにムルトが尋ねてくる。その様子を見ながら相変わらず掌で石を転がし……


「ふっ!」


 鋭く息を吐きながら持っていた石を投擲する。その投げ方は、いわゆる野球のオーバースローのような投げ方ではなく、どちらかと言えば忍者が手裏剣を投げる時のような、溜めを感じさせないものだった。慣れない様子で投げた石だったのだが、その石は夜の闇を斬り裂いて宿の近くに生えている木へと飛んで行く。


「……」


 一瞬、レイが何をしているのか分からなかったフロン、ブラッソ、ムルトの3人だったが、フロンとブラッソの2人はすぐに何故今の様な真似をしたのか察知し、ムルトは何か重い物音がして初めて何かに気が付いたように木の方へと視線を向ける。


「グルルゥ」


 厩舎の中にいたセトも、外が気になったのだろう。いつもはレイが迎えに行くまでは外に出てこないのに、今夜に限っては自分で判断をして外へと姿を現す。当然ながら冒険者3人と戦闘を繰り広げたというのにその身体には傷1つ付いていない。元々アゾット商会に雇われている最高ランクの冒険者がガラハトのランクBであり、そうなると当然他の冒険者はランクC以下となる。例え槍や弓といった中距離や遠距離からの攻撃手段を揃えてきたとしても、ランクAモンスターであるグリフォンとは格というものが違うのだ。

 そんなセトの頭を軽く撫で、厩舎からそれ程遠くない位置にある木へと向かう。その根元には冒険者が1人、気を失って倒れている。


「って言うか、レザーアーマーに思い切り石のめり込んだ跡がついてるんだが……」


 どこか哀れみの視線を男へと向けながら呟くムルト。何しろレイが投げた石が当たったのだ。ボルンターの屋敷でレイが振るった一撃で壁を数枚破壊して吹き飛んだガラハトを見て、レイの純粋な筋力がどれ程のものか知っているムルトにしてみれば内心でご愁傷様と呟くのだった。


「いや、なんでお前がこいつの肩を持ってるんだよ。こいつは恐らくアゾット商会に雇われてる奴だぞ?」


 フロンが呟き、レイが気絶している男の顔を確認するが小さく首を振る。


「パミドールの工房でお前に攻撃を仕掛けてきた奴かと思ったんだが、違ったらしい。あいつらは極力音を出さない為に鎧代わりに黒く染めた厚手の服を着てたからな。ムルト、お前はこいつに見覚えは?」

「……見たことの無い顔だな。けどアゾット商会には冒険者が大量に雇われているからな。俺が顔を知らない奴だって当然いるぜ? 特に俺はガラハトさんの専属みたいな扱いだったし」


 と、どこか自慢そうに告げるムルトを放っておき、レイとブラッソ、フロンの3人は顔を見合わせる。


「どう思う?」

「まず間違い無く偵察じゃろう。あそこで倒れている3人の冒険者がセトを相手に勝てるかどうか。もし負けた場合は次にどう対処すればいいか。……まぁ、それに関しては殆ど一撃で倒されている以上は参考にならなかったとは思うがの。そしてその男の最大の目的は儂等……と言うよりも、ガラハト派とでも言うべき者達の戦力や動向の確認じゃろう」


 ブラッソの言葉に頷くフロン。


「だろうな。それと出来れば雲隠れしているガラハトがどこにいるのかを突き止めるってのもあるだろうし」

「で、問題はこいつ等をどうするかだが」


 木の下で気絶している男、厩舎の近くで気絶している3人の男の合計4人へと順番に視線を向けるレイ。


「こいつらは一応今回の件が上手く行けばアゾット商会の戦力になるんだろ? なら縛って宿屋にでも預けておけばいいんじゃないのか?」

「フロンの言うことももっともなんじゃが……縄抜けとかしそうな気がするのぅ。そしてまた向こう側の戦力として現れるとか」

「まぁ、こいつらに関しては今がまさに稼ぎ時と言ってもいいからな」


 何しろ自分の地位が脅かされているボルンターだ。自分の地位を守る為なら冒険者に報酬の大盤振る舞いをするくらいは安いものだろう。

 この男達を見張るような人材がいるのなら、自分達の戦力に組み込みたい。そう考えるブラッソやフロンにとっては捕虜と言ってもいい4人の扱いをどうするかは頭の痛い出来事だった。それこそ、頭が頭痛と言いたくなる程に。


(俺達の戦力を割くのは論外。かと言って戦力にはならないがある程度でも信用出来るような相手は……待てよ?)


 内心でレイが呟いた時、ふとこちらへと近付いてくる複数の足音が聞こえてきた。

 ミスティリングからデスサイズを取り出して構え、それを見たブラッソ達も武器を構えるのだが……


「何だ、お前達か」


 暗闇の中から姿を現し、月の光で露わになったその顔を見ながらレイが握っていたデスサイズを下ろす。


「知り合いか?」


 そんなレイへと視線を向けてくるムルト。何しろこの中ではガラハトを慕っていると言う理由で一番今回の出来事に深く関わっている為に、見知らぬ人物達は警戒の視線を向けざるを得ないのだ。

 だが、姿を現した人物はムルトの警戒するような視線と、自分に向けられているハルバードを気にしたような様子も無く笑みを浮かべながら話し掛けてくる。


「どうにも宿の裏が騒がしいとのことで様子を見に来てみたんですが……先程振りですね、レイさん」


 そう言い、人当たりの良さそうな笑みを浮かべたのは現在夕暮れの小麦亭に泊まっている武装商人達を率いている人物、ヴェトマンだった。

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