第129話

「いやぁ、楽だなおい。いつもならこんな山の中に俺達だけで入ると、まず間違い無く有象無象のモンスター共に襲われるんだがな」


 山の中にフロンの満足そうな声が響く。

 既にハーピーが巣くっているという山に入ってから数時間。その間にモンスターに襲われたのは2度と、普通に山に入る時に比べるとその襲撃頻度はかなり低いものだった。

 当然それには理由がある。ドワーフと人間を餌にしようと近づいて来たモンスターも多いのだが、その殆どがある程度まで近付くとランクAモンスターであるグリフォンのセトに気が付き、モンスターとしての格の違いとでも言うべき物を本能的に理解して逃げ去っていくのだ。

 中にはファングボアのようにモンスターではない、野生に生きる筈の動物がその牙を露わにして突進してくる時もあったが……当然セトにそんな攻撃が通じる筈も無く、鉤爪の一撃で文字通りの意味で首を飛ばされてその肉はレイ達の昼食になるのだった。


「そうじゃのう。こんなに楽だと、ついつい物見遊山の気分になってくるわ」


 そう言いつつ、周囲の景色を眺めるブラッソ。その背には巨大なハンマーが背負われてはいるが、山に入ってから……否、ギルムの街を出発してからはまだ1度として振るわれていない。


「うむうむ。さすが秋じゃのう。見事な紅葉じゃて」


 ブラッソの視線の先にあるのは、秋ということもありその葉の色を黄色や赤へと変えている幾多もの種類の木が見せる紅葉だ。雲の少ない秋晴れに、山特有の澄んだ空気。そして山の至る所に生えている広葉樹の数々が見事なまでに黄や赤へと色を変え、まるで山を覆うようにして存在している。


「おい、ブラッソ。確かに見事な景色だけど、だからってあまり油断するなよ」


 そんな風に秋の山に見惚れているブラッソへとフロンが注意するが、そう言うフロンにしても見事なまでの秋の山へと見惚れているのは事実なのだ。


「グルルゥ」


 そんな2人を他所にふとセトが唸りを上げたのを見て、視線を山へと凝らす。そしてレイが見つけたのは、空を飛んでいる幾つかの影だ。

 その影は本来ならまだ詳細に見分けが付かない程の距離にあるのだが、レイの五感があればそれがどんな存在なのかを判断するのはそう難しくはない。


「2人共、物見遊山はそこまでだ。どうやらお目当ての存在が現れたようだぞ」

「何!?」


 そう。遠く山の山頂付近を飛び回っているその影は、女の顔と胴体を持ち、その足は猛禽類のものであるモンスター。即ち今回の討伐依頼の対象でもあるハーピーだった。


「こっちに来るのか?」


 フロンの言葉に小さく首を振るレイ。


「いや。こっちにとは別方向に飛んでくのを見ると、俺達の存在には気が付いていないんだろう。餌か何かを探しに行ったんだろうな」

「餌……ちっ、胸くそ悪い」


 つい数分前までは秋の山に見惚れていたフロンだったが、ハーピーの求める餌が何なのかを理解すると唾を地面へと吐き捨てる。

 そもそも今回レイ達がハーピーの討伐依頼を引き受けたのは、この山にある鉱山の件もあるがギルムの街へと向かう旅人、商人、冒険者といった存在が幾度となくハーピーの襲撃に遭っているからなのだ。そしてその襲撃の目的は自分達の餌。つまりは、つい今し方山頂から飛び去ったハーピーの群れは食事としてそれらを襲いに行ったのだと理解したのだろう。


「……確かに物見遊山をしている場合じゃないのう」


 今までの気分を一新し、背負っていた巨大なハンマーをその手に持つ。その顔にはつい数分前まであった温和な表情は消え失せ、危険を前に立ち向かう冒険者のそれになっている。


「確かにな。ったく、クソ鳥どもに絶望ってのを教えてやる」


 フロンもまた同様に、表情を険しくしながら呟く。


「さて、じゃあまずは……どうする? 山頂にあるハーピーの巣に夜襲を仕掛ける計画だったが、それまで休憩して体調を万全にしておかないといけないだろう?」

「それに関しては目処をつけてある。儂等に今回の件を頼んできた鍛冶師から、鉱山の近くに鉱夫達の休憩用に小屋があるらしい。もっとも小屋とは言っても鉱夫達が纏めて休憩する場所じゃからな。中は相当広く、セトでも十分に休める筈じゃ」

「ああ、そう言えばそんなことを聞いたような気がするな」


 ブラッソの言葉に、そう言えば……と思い出すフロン。相方の様子に、思わず溜息を吐きながら一行の先頭に立ってブラッソは歩み出す。

 その後ろをフロン、レイ、セトの順番でついていきながら、レイもまたミスティリングからデスサイズを取り出す。


「……うおっ、それが噂の大鎌か。確かにでかいな」


 背後でレイがデスサイズを取り出したのに気が付いたフロンが何気なくそちらの方を見ると、自分の身長よりも長い柄と巨大な刃が目に入り思わず圧倒される。


「確かにもの凄い業物じゃな。余程高名な錬金術師や鍛冶師が協力して作ったマジックアイテムじゃろうて」


 先頭を行くブラッソにしても、かつては鍛冶師を目指していただけあって前方を油断しないように警戒しながらも、チラチラと背後へと視線を向けている。

 かつて鉱山で働いていた者達によって踏み固められた道を進みつつ、前方の2人へと苦笑を浮かべるレイ。


「確かに強力なマジックアイテムであるのは間違い無いが、こういう狭い場所だと取り回しがしにくいって欠点もあるんだよな」

「ああ、なるほど。確かにこんな山の中だと、周囲の木が邪魔で取り回しはしにくいじゃろうな」


 レイの言葉に納得した様子で頷き、自分の持っている巨大なハンマーへと視線を向けるブラッソ。


「そう言う意味じゃと、儂のこの地揺れの槌も似たようなもんじゃな」

「……だから、前からもっと取り回しのしやすい斧か何かに買い換えろって言ってんだろ。なんだってそんなデカブツに拘ってるんだか」

「やかましいわい。そもそもこの地揺れの槌は儂が旅立つ時に両親から贈って貰った物じゃぞ。壊れたならまだしも、そうそう売ったり出来るか。それにフロンとて、今までこの地揺れの槌のマジックアイテムとしての効果で命を長らえたこともあったじゃろう」

「……地揺れの槌?」


 物騒な名前に、ブラッソの持っているハンマーへと視線を向けるレイ。


「うむ。このハンマーの銘じゃ。マジックアイテムの一種でな。魔力を込めることにより一度だけ打撃の威力を3倍に増すという代物じゃ。……もっとも、一度使えばまた使用可能になる程の魔力を貯めるのに3日間は掛かるという欠点もあるが」


 余程自慢の品なのだろう。笑みを浮かべつつ地揺れの槌の柄を撫でながら嬉しそうに説明するブラッソ。

 そんなブラッソを呆れたように眺めながらフロンが口を開く。


「けどブラッソ自慢の地揺れの槌は、ここのような山の中だと取り回しが難しいだろう? せめて他の武器とかを持ったらどうなんだ?」

「……ちょっと前なら斧のストックがあったんだけどな」


 レイの脳裏を過ぎったのは、ひたすらに上司を尊敬している1人の騎士の姿だ。もっともパワー・アクスを使いこなすその姿は、既に騎士と言うよりは戦士にしか見えなかったが。


「ちっ、残念だな。……っと、見えてきたぞ。あれだ」


 フロンの視線の先にあるのは山の木を使って作られた一種のログハウスのような建物だった。確かに先程聞いたようになかなかに広く作られているのが見て取れる。


「ハーピーが巣くってから人が来てない割にはあまり寂れてないんだな」


 その休憩所を見て、レイが呟く。

 モンスターに荒らされている訳でもなく、あるいは外壁を破壊されている訳でもない。住もうと思えばいつでも住めるような休憩所なのだ。


「何もハーピーがこの山に巣くってからすぐに鉱山に来なくなった訳じゃないからな。鉱夫がここに来なくなってから、まだそんなに日数が経っていないんだろうよ。もっとも、その程度の日数で鉱石やらなにやらの値段が上がってきているというのも事実だけどな」


 フロンの言葉を聞き、休憩所の扉へと目を向けるレイ。その扉に関しても特に被害を受けている様子は無い。本来であればこんな山の中にある無人の建物だ。夜の間にモンスターが破壊するなり忍び込むなりしてもおかしくないと言うのに。


「今更だが、何でこの休憩所は壊されてないんだ? 普通、街の外にある建物とかは夜のうちにモンスターに破壊されたりするだろう?」

「ああ、それは鉱夫達の間でもはっきりとしたことは分かってないんだが、どうやらこの鉱山にある何らかの鉱石の関係で……と言ってたな」

「鉱山にある鉱石?」


 少し離れた位置にある鉱山の入り口へと視線を向けるが、特に違和感はない。そもそも魔力の類を感じ取る能力は極めて低いレイだ。もし実際に何らかの異常があったとしても感じ取れなかった可能性が高いのだが。


「グルルルゥ」


 だが、それを感じ取る存在がいた。いつもはレイの側を離れたがらないセトが、何故か今は少し離れた場所で数歩近付いては、数歩下がるといったことを繰り返している。


「……なるほど。そう言えばセトもモンスターなんじゃから、ここに近づけないという効果は働いてもおかしくないんじゃな」


 忘れていたとでも言うように呟くブラッソ。


「あー……じゃあ、どうする? 俺達だけ休憩所の中で休んで、セトにはここで待っててもらうか?」

「……いや、小屋にはフロンとブラッソの2人で行ってくれ。俺とセトはここから少し離れて影響のない場所で休ませて貰う。夜になったらまたここに戻って来る」


 レイにとっては、相棒のセトを放って置いて自分1人だけが休むという選択肢は有り得なかった。なので当然とばかりに2人へとそう告げて、少し離れた場所にいるセトの方へと歩いて行く。しかし……


「おい、待てよ」


 背後から声を掛けられ、振り向くとそこには小屋からレイ達の方へと向かって歩いてきているフロンとブラッソ2人の姿があった。


「まだ何か用事があったか?」

「ああ、忘れものだ」


 その言葉に少し考えるが、特に預かっていた物は……


「あぁ、悪い。そう言えば荷物を預かっていたな」


 ミスティリングからギルムの街の前で受け取ったリュックを出そうとしたその瞬間、フロンに呆れたような溜息を吐かれる。同時に、ブラッソもまた苦笑を浮かべる。


「違う違う。俺達を忘れるなって言ってるんだよ」

「全くじゃな。フロンの言う通り、パーティメンバーを忘れていくとはなっておらんぞ」


 そう言いつつ、休憩所から離れてレイとセトの隣へと並ぶ2人。

 そんな2人の様子に、思わずレイが慌てたように口を開く。


「おい、俺達が休憩所で休まないのは俺とセトの勝手な理由でしかないんだぞ。お前達が俺達に付き合う必要は……」

「何を馬鹿なことを言ってんだ。ここで離れるんなら、わざわざパーティを組んだ意味がないだろ。……それに、お前やセトは随分と腕が立つらしいからな。お前達と別れて居心地のいい休憩所で休むよりも、多少不便でもお前達と一緒に山の中で休憩した方が安全度は高いって下心もあるんだ。そんなに気にするな」

「そうじゃな。それに山の中で休憩したとしてもセトがいれば滅多なモンスターが寄って来ないというのは既に証明済みじゃ。それならばドワーフである儂にとっては、山の中でも休憩所の中でも大して変わらんわい」

「ちっ、これだからドワーフは根性だけじゃなくて身体まで頑固だって言われるんだよ。俺みたいな乙女の柔肌にとって山の中で休憩するのは色々と辛いんだぜ?」


 それなりにランクの高いモンスターの皮を使って作られた皮鎧。そこから伸びている腕の部分を撫でながらフロンが嘆くように言う。


「けっ、何が乙女じゃ。三十路を越えて婚期もとっくに通り過ぎてる癖に馬鹿言うんじゃないわい」

「ああ? んだとコラ? そのデコボコの頭をこれ以上ないくらいにボコボコにしてやろうか?」


 ブラッソの言葉が急所を射貫いたのだろう。フロンは殺気もかくやと言わんばかりに目の前で笑みを浮かべているドワーフを睨みつける。


「おお怖い怖い。こんなに殺気立っていれば、それこそ生半可なモンスターの類はやってこないじゃろうて。ほれ、レイ。このままここにいてはセトに悪影響がでかねん。一旦ここから離れるぞ。それにここにいては嫁き遅れに殺されかねんしな」

「あ、ああ」


 がははは、と笑いつつレイを引っ張って休憩所から離れていくブラッソ。その後をオーガもかくやと言わんばかりの目つきをしたフロンがブラッソを追っていくのだった。


(全く、しっかりと休める休憩所での時間を捨ててまでわざわざ俺とセトに付き合うとはな。……物好きな奴等だ)


 内心でそう言いつつも、それ程悪い気分はしないレイだった。

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